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第五章 大きな彼。前編

他人の思考なんて、解らなくて当然だ。

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「あれ、橘さんに先輩?
 え、これってあれっすかね?なんか怪しい感じですか……?」
「「やめろ」」
 
 えぇ~、と形容し難い表情を浮かべる後輩の言葉に思わず二人して言葉を揃えてしまった。なんでこいつはこういうタイミングで現れるのか本当に勘弁してほしいと思う。
 後輩はそんな俺達をケラケラと笑いながら近づいてくるので二人して思わずなんともいえない表情を浮かべてしまった。
 
「で、何してるんですか?
 女の子達が二人がここに入っていくって言ってたから揶揄いついでに見にきたんですけど」
「仕事をしろ仕事を。
 見てわかる通り、四年前の事件の資料見返してんだよ」
「あ~、炯月さんが言ってたやつですね。
 別に関係なさげですけど、なんか気になることでも?」

 そういう後輩の言葉に、橘も隣で「そうだよな」と言葉を漏らすので思わずため息を漏らしてしまった。
 別に何か関係があるとは思わないが、どうしてもあの炯月さんの物言いが気になってしまったのだ。まぁ、調べたところで以前見た時とあまり代わり映えのしない内容なわけではあるが。
 
「まぁ、何かあればと思って見返してるところはあるな」
「ふぅん。
 あ、そういえば橘さん。跡部くんがさっき探してましたよ?」
「あ? 跡部が?」
「なんか資料がどうとか、報告書がどうとかって言ってましたねぇ」
 
 あはは、とあっけらかんと笑う様子に橘はその部下の姿を想像したのか呆れたようなため息を漏らしながらこちらにまた目を向けてきた。
 
「ま、ほどほどにして下さいね。じゃ、あとで」
 
 そう言いながら橘は軽く頭を下げてその場をさっていってしまう。本当に一体何だったのか、なんて思いながら後輩の方に目を向ければ彼の柔らかな髪の毛が見えた。
 
「そういえば、最近前髪上げなくなったなお前」
「あー、面倒臭くなってきたんで。
 嫁にも前髪あった方が格好良いって言われちゃって」
 
 ちゃっかり惚気てくるあたり本当に腹が立つと思ってしまうのは俺だけではない。独身仲間である橘がいればあいつは真顔で後輩の頭を叩いてたと思う。意外と脳筋なとこがあるからな、あいつ。
 
「でもあげてた方が仕事中はいいっすよね
 意外と邪魔で、ピン留め借りたんですけど可愛いキャラもんでつけらんないんスよ~」
「しらねぇよ」
「え、マジ冷たくね?」
 
 先輩ヤだぁ~、とおちょくってくるこいつを殴りたくなる衝動を抑えるために軽い深呼吸をしてみた。
 後輩って本当は可愛いものだって誰かが言ってたけどあれは嘘だ、こいつは可愛くない。可愛いわけがない。絶対にだ。
 
「それで、何かあったんじゃないのか?」
「あ、わかります?」
「わかるっての、どうせ炯月さんから連絡きたんだろ?」
 
 そう言いながら携帯の画面を見せてくる後輩のそれを受け取った。
 
「あぁ、あの言ってた扇くんのもう一人の友達ってヤツと話できるのか」
「はい。ちょっと早いんすけど、今週の土曜日なら行けるってことなんで」

 よろしくお願いしますね。と笑った後輩の言葉に頷きながら携帯を閉じ彼にそれを返した。
 
「呉羽荘って、あれだよな。三知駅から結構近くにあるアパート」
「あれ、知ってるんですか?」
「いや、一年半ぐらい前にそこのアパートの元大家が殺害されて川に捨てられたって事件あったろ。
 俺、あれも担当してたことあるから。まだ残ってたのか」
「新しい大家が入ったというか、息子が大家になって今も残ってるらしいですよ」
 
 ま、住居人は四人しかいないですけど、と言いながら後輩は受け取った携帯をポケットに戻しながら資料を箱から取り出した。
 
「ま、こんな事件見たとこで俺らには解り得ない事の方が多いと思いますけど」
「お前も無意味とか言うのか?
 いろんなものに縋りつきたくなるのは仕方がないだろ」
「いいんじゃないですか?
 俺は卜部さんの部下であり後輩ですし」
 
 たっくさんお手伝いしまぁす、とふざけながら言ったソイツは、資料を箱に投げ入れて歩き出していった。
 
 本当に一体なんだって言うんだろうか。



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