死んでしまった彼女が遺したモノも知らず。ただ私は、遺族の無念を晴らしたかった。

古町駒津

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第四章 マスクの彼の話。

幸と不幸は表裏一体。

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「すみません、遅くなって」
 
 外はいつの間にか雨が降っていた。
 羽織っていたフードを脱いだ彼は濡れているのと、扉が遭いた瞬間に聞こえてきた雨が地面を叩く音にそうなのだと気がついた。話に夢中になってしまっていた。
 
「いや、こんな夕食時に呼び出してしまってこちらこそ申し訳ない」
「いえ、俺の都合でこの時間になってるので」
 
 大丈夫です、と言いながら濡れてしまった黒いマスクをとると彼は新しいマスクをカバンから取り出してまた付けた。外しておけばいいのに、と思いながらも目の前に座る彼に目を向けてから炯月さんに目を向けた。
 
「扇くんはホットレモネードで良いかな」
「うん。あとオニオンスープも」
「図太いなぁ……相変わらずで安心したよ」
 
 待っててね、という炯月さんは眉尻を下げながらも柔らかく、本当に安心したような表情を浮かべていた。
 厨房の方へと向かっていく炯月さんを見送ってからやってきた扇くんに目を向ければ彼の藍色にも見える瞳と視線がぶつかった。
 
「……えっと、葉のことが聞きたいんですっけ。俺も、親しくなったのは高一の時なんで、そこまで詳しい話はできないですけど」
 
 できてもバイトとか、遊んでた時の話くらい。と言ったところで彼の携帯が鞄の中で震えた。
 すかさずカバンから取り出してそれを見ると彼は小さく頭を下げてから電話にでた。電話口で泣き叫ぶような女性の声が聞こえてきたが彼は静かな声で「おちついて」、「うん、聞いてるよ」と言いながら立ち上がり少し離れたところへと移動してしまった。
 それと入れ違いで厨房から赤髪の青年がやってきた。
 
「あれ、電話っすか」
「みたいです」
「これオニオンスープ、全員分っす。竜騎さんからの奢りっす」
 
 そう言いながら三人分の蓋の乗ったスープが入っているだろう陶器の器をテーブルにおいた。隣の後輩は蓋をすぐにあけたが隣にいてもわかるほどに芳ばしい香りが鼻腔を突いた。
 
「いい匂いですね」
「そうでしょ~。俺の考えた試作っす
 でもあの電話、多分元カノっすね」
「元カノ?」
「多分っすけどね」
 
 そう言いながらポットに入ったレモネードをティーカップに注いだ青年を見ながら少し覚めたコーヒーを飲んだ。
 
「何で別れたんです?
 家業を継がないから?」
「いや、俺は知らないんすけど亡くなったご友人の件で別れたとか。
 竜騎さんも知ってる人で、殺された女の子らしいっすけど。詳しく知らないんで聞いた方いいと思いますけど」
 
 俺、あんまあの人と仲良いわけじゃねぇし。と言いながら青年はそのまま厨房へと戻っていってしまった。
 電話をしている彼の横顔が悲痛げで見ているこっちまで少し心苦しい気持ちになってしまう。隣の奴はそんなこと気にもせずに美味しそうにスープを飲んで「あつ、あつ~」と幸せそうにしている。本当に幸せな奴である。
 
 電話を終えた彼は疲れた顔のままこちらへと歩いてくるとスープとレモネードを見てため息をこぼした。
 
「扇くんも、よければ先に食べちゃおうか」
「……食べながらでいいのなら全然喋ります」
「それより元カノさんの話が聞きたいなぁ
 漣さんと共通の知り合いだったんでしょ? 何があったの」
「おいッ」
「ヒスですよ、元々その気はありましたし」
 
 そう言ってレモネードを飲み込んだ。
 微かに濡れた染められたであろうアッシュグレーの髪から水が少しだけ滴り落ちて彼の肩を濡らしたのが見えた。
 
「ハンカチ、小さいけどよければ拭きなさい。風邪を引くよ」
「……ありがとうございます。
 あと、元カノと別れた原因は葉が死んだこととは関係ないので喋りませんよ」
「あはは、それなら別にいいよ~。
 プライベートなことまで聞くとこの人に怒られちゃう」
「すでに怒ってんだよ。後で覚悟してろ」
 
 この阿呆が、と吐き捨てながら後輩を睨みつければ彼は何とも言えない表情を浮かべながら「こわいこわい」と言ってみせる。戯けてるような後輩にさらに腹が立ったが、扇くんはどことなく落ち着いたような微笑みを浮かべてからカップをソーサーにおいた。

「あまり、喋りたくなかったし今後二度と同じ話も話題もしないので、今回だけ、聞きたいことについてだけなら喋ろうと思います。
 なんか、竜騎さんとか月花さんも喋ったっての聞いたんで」
 
 逃げるのはダメかなと思って、と苦笑いを浮かべる扇くんの言葉に、思わず息を漏らした。
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