死んでしまった彼女が遺したモノも知らず。ただ私は、遺族の無念を晴らしたかった。

古町駒津

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第二章 白い彼の話。

予約を取って。

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「炯月竜騎って言うらしいんですけど。
 その人、あの三つ星フレンチレストランの料理長ですよ」
 
 うっわ、と引き気味の声が聞こえてきた。
 突然の発言に一体何かすぐには理解できなかったが彼が片手に持っている名前と日付、時刻が書かれたメモ用紙を見てなんとなく察しがついてしまった。
 
「炯月竜騎……確か、フランス人だったか……?日本人名なのに?」
「国籍取った時に改名でもしたんでしょ」
 
 随分と適当な物言いのまま後輩はメモを手渡してきた。
 日付は今日から丁度四日後。
 
「おい、俺の久々の休暇なんだが?しかも昼って、一番忙しい時間帯だろ」
「相手からのご指名なんですよ。
 その日は月に一度の休職日らしいから。
 まぁ、会うのは職場らしいんですけどね」
 
 やだやだ、と言って後輩はつまらなさそうに唇を尖らせてから少しばかり耳障りな音を立てながら背に体重を乗せた。
 本気で嫌がっているわけではなさそうだが、此奴がここまで言うのは珍しいな、なんて思いながら俺はコーヒーを飲んだ。

「弟くんが言ってた、そう言う生業云々からの理解出来ないって言葉は意味不明だし」
「確かに……正真正銘の一流料理長らしいしな」
「この顔で商売してるみたいな気がするのが腹立つのは俺だけっすかね」
 
 苛立ちを覚えている後輩のその言い方は完全なる僻みな気がする。
 確かに綺麗な顔立ちで、そう思うのは仕方がないとは思うがその腕前はミシュランが認めているのだから文句を言う義理はないだろう。
 
「あ、わかった。
 お前の奥さんがこの人のファンなんだろ」

 図星である。
 隣でパソコンを睨んでいた後輩の肩が思い切りビクついたのを俺は決して見逃さなかった。
 だが、まぁわからない話ではない。
 男の俺が見ても綺麗な人間だと、同じ性別だとは思えないほどに整った顔とまるで絵画のような美しい微笑みの写真はきっと誰が見ても見惚れてしまうのだろう。

「でも、俺の奥さんなのに他の奥さんたちと一緒に月一でこのレストラン行くんですよ?
 本当にもうって感じです……俺も一緒に行きたいのに!こんな男にうつつを抜かすなんて……」
 
 やきもちを焼いている後輩を見ながらなんとなく微笑ましく思えてしまう。
 俺も前付き合ってた子と上手くいってれば今頃は結婚して子どもとかいたんだろうなぁ、なんて考えてからコーヒーを飲み込んだ。
 苦い味が口の中に広がってなんとなしに頭が覚醒させられる。
 たらればなんて考えてる暇があるのならさっさと仕事を終わらせろと言う話だ。
 仕事ばかりしてるから「私と仕事どっちが大事なの」なんて最近のドラマでも聞かないセリフを彼女に言わせる羽目になるんだ。だから振られるんだよ。
 なんだか思い出したら腹が立ってきた。そもそもこんな仕事してるんだし、理解もしてるから頑張ってねって言ったのはお前だろうがなんで俺が悪いみたいになってんだよ。しかもその時期は姿鏡川で三人もの溺死した死体があがるわ、高校生のバラバラ死体が自宅に送り付けられるわ、女子高生が行方不明になるわでめちゃくちゃ大変だったんだからな
 
 なんて、アホらしい事を考えていれば後輩に形容し難い表情と呆れた眼差しで見つめられていた。
 
「なんだよ」
「なんか、先輩が突然百面相初めてドン引きしてる顔です」
「は?」
 
 純粋に此奴を殴りたいと思った。
 思わず出た低い声に後輩は笑いを漏らして見せるが、もうどうでも良い気がした。
 
「先輩はあれですか?彼女とかいるんですか?」
「いねぇよ。プライベーろに入り込んでくるな、お前の幸せを妬んでるのがバレる」
「僻みっスか」
 
 や ら か し た 。
 ゲラゲラと腹を抱えて笑う後輩に漏らしてしまった言葉を今一度無かったことにしたいと思うのは簡単だが、漏らした言葉を戻すなんて所行ができない事実に頭を抱えてしまいそうだ。
 いや、実際頭を抱えている。
 本当になんて言うやらかしだろうか、疲れてるんだ、俺は。
 連日事件のことを調べ尽くしながら後輩の言う彼女のことをしる日々に疲れてるんだ。
 本当に、疲れてるんだ。
 
 そう思いなはら俺は机に突っ伏した。


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