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第一章 弟の話。
あの人は、俺にとっては恐ろしい人なんです【彼視点】
しおりを挟むそれは、彼らが住み始めて数日経ったある日のことでした。
「え、地下を使いたいんですか……」
「漣に……えっと、君のお姉さんには一応許可を得て、君から地下の鍵を貰えとお達しが出てるんだけどね」
ほら、メッセージ。と言って見せてくれた携帯画面には姉との無料連絡用アプリのメッセージ画面が開いていて、自分とするような端的なメッセージではない姉が広がっている気がしました。
目の前の白い男はただただ美しい微笑みを浮かべてこちらを見下してきて、たった数センチの身長差なのにどうして目の前の男はこうも足が長いのか。短足は日本人の性質なのか、なんて場違いなことを考えながらため息を漏らしてしまいました。
「鍵ならテレビの前にあるあの箱に入ってるんで自由に使って下さい。
姉が言ってる以上、俺が止めることはしませんから」
「そっか。話が早くて助かるよ。
荷物は今日中に来るし、工事は友人がしてくれるから煩かったらごめんよ」
捲し立てるように早々と言うと彼はすぐにも箱の中から鍵を取り出してリビングを出ていく彼を見送りながら少しばかり怒りを覚えてしまったんです。
今日が休日だからなのと、姉があの黒い人と生活用品の買い出しに行っているのを良いことに彼は忙しそうに地下へと誰かと潜っていくのをドア越しに聞きながらソファに体を沈めました。
「どうして、あんなのが」
吐き出した言葉に意味なんてありません。
ただひたすらに姉が選んだ相手を認められないだけで、自分でさえ姉に”家族”ということでしか認識してもらえないのになんであの男達はただの顔見知りなのに姉が簡単に懐に入れてしまうなんて。
どうしようもなく、羨ましかった。
そうでなくても姉は俺自身を弟だからとか、守るべき存在だからとかいう普通の考え方でしか見てくれない。
それの何が問題があるのか、きっとあなた方には理解できないでしょうが、姉にとって家族は、弟はその程度の認識でしかないということで。
姉の懐に入れる人間が至極羨ましかった。家まで一緒にきて外に遊びにいく友人が、家に迎えにきてくれる幼馴染達が。
もうひどく、とても羨ましかった。
家族でないのに、どうしてそこまで姉と一緒にいられるのかわからなくて本当に羨ましかった。
羨ましくて羨ましくて、致し方がなくてもう無力感に項垂れてしまうほどに。
あの二人を連れてきた時に全てを姉から聞いておくべきだと心底後悔しました。
「姉さん、本当にあの二人、何者なの」
あの二人の仕事姿を見かけてしまったのは本当に偶然の出来事でした。
それは、地下室をあの胡散臭い白い男に明け渡してから数日もしない平日の夕方のことです。
学校からの帰宅途中に見かけたショッキングなあの光景が。
まるで映画館のスクリーンで見るような映像のように脳裏に張り付いて永遠にリピート再生させられているように頭から離れない。
二人きりのリビングで、姉は優雅にテレビを見ながらペットに囲まれて緑茶を飲んでいて気にした様子もなくソファに座っていました。
「何者って、人間だろ。何言ってんの」
「そんなことは分かってるよ!
あの人たち、何をしてる人なんだよってことだよ」
姉を睨むように、机を叩けば猫三匹は驚いたように和室へと走り去っていってしまい、犬達は唸り始める。
やってしまった、と思っていれば姉が犬を落ち着かせてくれてそれらは姉にすり寄ったり側に落ち着いているのを見ていました。
そんな姉の姿に安堵すれば、姉はこちらを見上げて貼り付けたように、にこりと笑ってみせた。
やらかした。
「お前、そんなこと聞いてどうすんの?」
「いや……その、」
「大体、今まで干渉してこなかったのになんで今更気にするの?
意味不明。すっごく不快だから、やめてくれないかな?」
ひたすらに、笑顔を浮かべる姉は手でペット達を彼らの寝床である和室へとやってからこちらを見た。
不気味なまでに、光っているように見えるその綺麗な瞳が、薄らとこちらに向けられていて怖かった。
「こ、の家で、暮らすなら……
俺にも、知る権利はある……と、思うんだけど」
恐る恐る聞けば姉は瞳をぱちくりさせながら少し考えるように口元に手を当てた。
本当に考えているのか、フリなのか。姉のこう言うところは好かない。
姉が考え込んでいれば、不意に玄関から人の声が聞こえてきて大げさかもしれないが恐怖に肩を震わせた。
「あれ、弟くん帰ってたんだ。」
さも、いない方が当然と言わんばかりのその態度と表情に苛立ちを浮かべたが、入ってきた彼らの姿を見た瞬間、息を飲み込んだ。
「おかえり。
こいつ、お前らの仕事風景見たんだってさ。 だからちゃんと処理しときなよって言ったのに」
「あはは。見られてもお前の弟なら困らないでしょ?」
白い男の姿に驚く様子もなく、擦りつこうと姉に近づく男を見て姉は眉を潜めた。
その姿と服についた”汚れ”を見て少しばかり嫌がったんだと思った。
床は汚れても掃除すればいいが、絨毯はそうはいかないから、姉はそれが嫌なのだろうが論点はそこではないと思う。
「どう思おうが、邪魔なら」
そこまで言った姉の言葉に、立ち上がってしまった。
驚いたようにこちらを見る姉を見てから
「俺は、別にいいよ……
姉さんが傷つかないのなら」
そう言って、もう一度腰を下ろした。
その言葉を聞いて姉は満足したのか、とても優しい微笑みを浮かべた。
「うん。それなら、問題ないね」
姉にだけは嫌われたくなかった。
だからこそ、拒絶なんてしてはいけないと思った。
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