【R18/BL/完結】エンドライン/スタートライン

ちの

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第二部

スタートライン 4

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 携帯のアラームが耳元でうるさい。電源を消そうとして眼に入ってきた時刻にはっとした。今日は一限から必修がある。ベッドの上が名残惜しくてもう一度まくらに顔を押し付ける。だるい。しかもあんまり寝ていない。夜中の出来事を思い出すと不貞寝をしたくなった。

「くそ、」

 それでも一限は待ってくれない。公休以外で三回休むとアウトというから、出れるときに出席しておくのが安全牌だ。
 急いで着替えて最低限必要なものを鞄につめこむ。財布の残金を確認して時計をはめた。玄関でふと立ち止まり、奥の部屋に体を向ける。西川はまだ寝ているのだろうか。あと三十分もすれば始まってしまう授業を西川も取っている。彼にとっては選択科目のひとつにすぎないが、今まで休まず一緒に受けてきた授業でもあった。どんなにバイトで疲れていても、眠そうな顔をしながら後ろについてきた。もちろん講義中は爆睡で、教授の話なんかこれっぽっちも聞いてやしなかったかま。そのとなりはいつも俺だった。
 無言で家を出た。勝手にすればいいと思った。

 とうとう睡魔に負けたのは二限の途中だった。講義が終わったのを、起こされて気づいた。

「おい、時枝」

 見知った顔だ。昨日の西川のクラス委員だった。

「お疲れのようだな」

「あ、何」

「今日西川は?」

「知らない。たぶんサボリ」

「あー昨日悪酔いしてたからなぁ。大丈夫そうだった?」

 言いながら隣の席に腰をおろしてくる。どうやらまだ話したいことがあるらしい。
 寝入ってしまったのを後悔した。西川の話など、昨日の何倍もしたくないというのに。どうしてこいつは俺に聞こうとするのだろうか。 

「夜中に帰ってきてゲロ吐いてたよ、それが?」 

 突き放すような言葉に相手の背が縮こまる。機嫌が悪いのを察して早く切り上げてくれないかと切実に思った。クラス委員の男は困ったような頼りなげな顔でしゃべり続ける。 

「本人に電話もメールもしたんだよ。昨日来てくれてクラスのやつらも喜んでたんだ。でもなんかあいつ最初から機嫌悪くて。無理して来てくれたのかなって。教授が帰ったあとの二次会も残ってくれて。ずっと一人で飲んでたけど、」

「酒なんて出すからだ」

「そうなんだけどさ……。あいつ結構飲んじゃってたみたいなんだ。フラフラして帰ってったし。俺が無理に誘ったせいだから、悪かったよ、」

「一緒に住んでるけど、俺には関係ないから。あとは自分で言ってくれよ」

「あ、時枝」

 根を上げたのは俺のほうだった。荷物を持って立ち上がる。頭が痛いほどイライラする。

「伝言ありがとな。助かったよ。邪魔してごめんな」

 弱弱しく笑いかける男がとても小さかった。善意でしているだけだ。西川を心配していただけの相手を変に威嚇して脅してしまった。
 我慢することには慣れていたはずなのに、どうして最近はこうも耐えられず、先を考えない言動をしてしまうのだろう。崩れていくのはどんどん内側で、なんだか今の俺は俺じゃないみたいだ。
 一緒に暮らすようになって、高校のときのような制約がなくなった。いつでも西川に会える。いつでも声が聞けるし、近くにいる。あの卒業の日から、俺の中でがらりとなにかが変わってしまった気がする。 

 コンビニ袋を手に家へ戻ると、俺は真っ先にあいつの部屋に向かった。ドアノブに手をかけてひねるが鍵がかかっている。遠慮なくドアを叩いた。家の中に響くくらいの強さで叩いたのだが返事はない。

「西川!起きろてめぇ、」

 どんどんと、嫌がらせのように叩いてやる。今度は足蹴にしてやろうと思った矢先、勢いよくドアが開いた。反射的に外へよけて、「あぶね」と息を吐く。出てきたでかい図体が直進していく先はトイレだった。ゆっくり後を追いかけていくと、西川は便器の前にうずくまっていた。俺は苦しそうに嗚咽する背中に手をやる。西川の後ろに膝をついて、強く、背中をさすってやった。

「ほら、全部吐け。酒なんてまだ早いんだよ馬鹿が」 

「う……と、き……?」

 よだれの伝う西川の顔は苦しそうに歪んでいた。吐きたいのに吐けない状態にみえる。額に手をあてると明らかに体温が普通ではない。薬はあるが、飲んだ後に吐かれてしまっては意味がない。俺は西川の首をうしろから掴んで、右手の人差指と中指を口に近付ける。やめろと言ったようだが、無視して続けた。

「うるせえよ、さっさと吐けよ。何度もトイレに行きたくなかったらな」

 嫌がる西川にかまわず、俺は指を喉の奥に突っ込んだ。呻いた西川が眼尻に涙を浮かべる。ギリギリまで押し込むと指の先に逆流してくるものを感じて、すぐずるりと引き抜く。そのまま便器に顔をつっこむようにして、西川はほとんど水のような吐瀉を吐きだした。
 トイレットペーパーで汚れた指をふいて、俺は先に外に出た。台所で手を洗って戻ると、西川は便器によりかかってぐったりしている。俺は西川の腕を肩に担いでその重い体を持ち上げた。

「俺に座薬入れられたくなかったら自分で歩けよ、」  

 かかる体重がぐっと軽くなる。膝をついて、西川が立ち上がった。唇の色が異様に真っ青だ。それでもこの病人は、病人に似合わずしたたかだった。

「……こんなときに俺のケツ狙うのやめてくれる、」

 今にも死にそうな顔をしている男の精一杯の強がりが聞こえた。





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