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第5章 ゴールデン・ドリーム
72.拾い拾われ
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数十分前ー
CASE 一郎
六郎と訪れたホラーハウスと書かれた洋館から、大きな発砲音が聞こえた。
俺達は音のした2階に階段を急いで駆け上がる。
タタタタタタタッ!!
2階に着くと、芦間啓成が血を流して倒れているのが見えた。
薫君が泣きながら銃を構えていたのを見て、芦間啓成を撃った事がすぐに分かった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「大丈夫、大丈夫だ。薫、大丈夫だ」
𣜿葉が過呼吸気味になっている薫君を抱き締め、背中を優しく摩っている。
「あ、ぁぁぁぁあぁあ!!啓成っ、啓成ぃっ!!!」
芦間啓成の体に抱き付き、少年が大声で泣き叫ぶ。
「𣜿葉、遅くなった」
「一郎!?何で、ここに…」
「四郎から連絡を受けて来た。大怪我だな、立てるか」
「悪りぃ、今にも意識が飛びそうなんだわ」
「だろうな、肩を貸す」
今にも倒れそうになっている𣜿葉の手を引き、体を支える。
「薫君、大丈夫?ごめんなさい、遅くなって」
「お姉さん?ぼ、僕…っ、こ、殺しっ」
「大丈夫よ、薫君。貴方は何も悪くないわ。お兄さんを守ったけだもの」
「だ、だけどっ。あ、あの子の大切なっ、大切な人をっ」
六郎が薫君を宥めるも、薫君は落ち着けなかった。
「僕はただ、お兄ちゃんを守りたかっただけなのにっ。どうして、こんな事になっちゃったんだ」
「ならどうして、僕から啓成を奪ったの…?」
大粒の涙を流しながら、少年が薫君の呟きに反応する。
「啓成が何をしたって言うの?啓成がお前達に何かしたの?」
「何かした…?したよ、したんだよ!!僕のお父さんとお母さんを殺したんだ!!そいつが、殺したんだ!!」
「え…?」
「僕の目の前で殺したんだ!!いきなり家に来て、お兄ちゃんの事も殺そうとしたんだ!!」
薫君の言葉を聞いた少年は、その場にへたり込む。
反応からして、𣜿葉の両親を殺した事は聞いていないようだ。
「啓成が人を殺してるのは知ってた。だけど、僕はそれでも…っ、それでも大好きだったんだよ」
「僕は嫌いだ。僕の家族を奪ったアイツは…、悪魔だよ」
「お前のお兄ちゃんだって、人を殺して来たんだよ」
「…え?」
少年の言葉を聞いた薫君は目を丸くさせる。
𣜿葉は薫君から目を逸らし、バツの悪そうな顔をした。
似ていた。
薫君と少年の境遇はあまりにも似すぎているんだ。
殺し屋の男2人が愛した子供達が、俺の目の前にいる。
芦間と𣜿葉、どうしてこの2人が割れてしまったのか分からない。
芦間本人から聞いたのは、ただの気まぐれの一言だけ。
本当にそうだったのか。
どうして、今になって不審に思い出したんだ?
頭の中で芦間啓成と言う人間について考えている。
芦間は基本的にだらしがなかった。
人にも興味がなく、事流れ主義だった筈。
なのに𣜿葉とだけは、楽しそうにペアになって行動していた。
芦間が急に態度を変えた理由は何だ?
Jewelry Pupil、この一言が頭に浮かび上がった。
椿恭弥がJewelry Pupilを集め出した時期と被っていた。
そうだ、椿恭弥が芦間を自分の組に勧誘した。
Jewelry Pupilが持つ不思議な力、Jewelry Wordsが関係していた筈だ。
何故、椿恭弥が芦間と接触し組に勧誘した理由…。
それは、𣜿葉と割れさせる為だったんじゃないか。
Jewelry Wordsの能力を使って…。
答えが見つかった瞬間、はまらなかったピースが埋まった感覚がした。
「𣜿葉」
「何だ?」
「お前と芦間が割れたのに、椿恭弥が関係しているかもしれん」
「は…?何を言ってるんだ?」
俺の言葉を聞いた𣜿葉は困惑の表情を見せる。
「啓成は本当に死んじゃったの?ねぇ、啓成…。どうして?どうして、僕を置いて行くの?1人にしないって、約束したじゃん」
冷たくなっている芦間の頬に少年は頬擦りをし、涙を流す。
少年は近くに落ちていたガラスの破片を手に取り、首元に近付けた。
「啓成…、置いて行かないで」
「ダメ!!」
ガラスの破片を首元に突き刺そうとしたのを、六郎が止めた。
少年が自殺しようとしているのがすぐに分かった。
体が無意識に動き出そうとした時だった。
俺より先に六郎が動き、少年の手からガラスの破片を奪い取る。
「何するんだよ!!」
「自殺なんかやめな」
「お姉ちゃんには関係ないでしょ?!啓成がいない世界なんてっ、生きてる意味ないじゃん!!」
「あたし自身も貴方の自殺を止めた理由は分からない。初対面なのにね?体が勝手に動いたの」
六郎の言葉を聞いた少年の涙が、ピタッと止まった。
「君、その人の胸ポケット見てみ」
「え?ポケット…」
「これ、君へのプレゼントなんじゃないの?」
「プレゼント…?」
少年は芦間のジャケットのポケットの中を探る。
すると、中からメッセージカード付きの小さな箱が現れた。
「ポケットが膨らんでたから、何があると思ってね。大事にしてたのね、君の事。君に傷一つないのも、君を守りながら戦ってたのね」
少年はジッと、メッセージカードに書かれていた言葉を読んでいた。
「一郎、どうする?この子、ここに置いてくの?」
「そろそろ、離れた方がよさそうだ」
六郎の問いに答えながら、窓の外に視線を向ける。
ホラーハウスに組員らしき男達が、何人か集まって来ている。
「お前、俺と来るか」
「行かないって言ったら」
「椿恭弥に飼われるだけだろうな」
「啓成は、僕をあの人から遠ざけようとしてくれてた。啓成は…、僕があの人の物なのを嫌がってた」
やはりそうか。
椿恭弥は最終的にこの子をダシにして、芦間に命令していたのか。
「なら来るか」
「うん、いく」
そう言って、少年は芦間の銃を手に取った。
「お兄ちゃん」
「か、薫…」
「僕はお兄ちゃんがして来た事、知ってた」
「え?」
「側に居たら分かるよ。だけど、それでも僕の好きなお兄ちゃんだから…」
薫君が𣜿葉の体に抱き付くと、𣜿葉も薫君の体を強く抱き締めた。
俺と六郎はデザートイーグル50AEを構え、窓の両サイドに移動する。
「男達がホラーハウスに入る前に仕留めるぞ」
「了解」
六郎の返答を聞いてから、軽く手を挙げてから下げる。
六郎は素早く玄関ホールに向かい、扉付近にいる男達を仕留めに行く。
扉から離れている男達に気付かれないように、窓からデザートイーグル50AEの銃口を覗かせる。
正確な位置に照準を合わせてから、引き掛けを引く。
パシュッ、パシュッ!!
ブシャッ、ブシャッ!!
1人目の男の頭を撃った後、続けて隣にいた男の頭も撃つ。
「お、おい!?」
「どうし…っ」
パシュッ、パシュッ!!
扉付近にいた男達が異変に気付くも、六郎が素早く引き金を引く。
脱出経路を確保し、怪我人の𣜿葉に再び肩を貸す。
「行くぞ、𣜿葉」
「悪りぃな、一郎」
「お互い様だ。それと帰ってから手伝って欲しい事がある。お前も気になってる事だ」
「椿恭弥がどうやって、芦間を勧誘したか。その事は気掛かりだった」
グッと肩と腕に力を入れ、𣜿葉の体を持ち上げる。
少年は芦間からジャケットを剥ぎ、ソッと唇を塞ぐようにキスをした。
「啓成、ごめんね」
そう言って少年は芦間を抱き締めた後、名残惜しそうに離れた。
黒猫ランドの従業員入り口から出た四郎達の前に、一台のアルファードが止まる。
後部座席のドアが自動で開き、車内からモモが飛び出して来た。
ガバッと勢いよく四郎に抱き付き、顔を擦り寄せる。
「四郎っ」
「飛び出して来んなよ…、たくっ」
「ちょっと、モモちゃん。四郎は怪我人なんだから、離れな」
三郎は四郎からモモを引き離し、モモを車に無理矢理乗せる。
「やめてよっ、三郎」
「早く乗りなさい」
「ちぇ」
「ちぇじゃありません」
三郎がモモに言い返しながら車内に乗り込み、四郎と二郎も乗り込んだ。
だが、3人の視線は車内の中の一点に止まる事になる。
何故なら、一郎と六郎の間にジャケットを着たリンが眠っていたからだ。
四郎はリンを見て顔を顰め、三郎は何かを察した様子だった。
二郎が恐る恐る、一郎達に尋ねるように口開く。
「あ、あのさ…。その子供は…?どうしたの」
「芦間啓成の所にいた子供だ」
「え、そうなの?何で、また保護して来たの?」
「自殺しようとしてたのよ、この子」
一郎と二郎の会話中に六郎が、衝撃的な言葉を放った。
「あぁ、薫君が撃ったんでしょ、芦間啓成を」
三郎の言葉を聞いた一郎は驚いた顔をしたが、真顔にすぐ戻る。
「なんで知って…って、お前は未来が見えるんだった。あぁ、俺と六郎か着いた時、まさにその瞬間だったよ」
「意外だなぁ、一郎がこの子を連れて来たの.肩入れでもしちゃった?それとも、違う理由?」
「…」
「死ぬのを止めたんでしょ」
黙る一郎に三郎は追い打ちを掛けるように言葉を吐く。
「ちょっと、三郎!!アンタは何で、そんな棘のある言葉しか言えないの」
「棘がある?言わせて貰うけど、その子を死なせた方が良かったんだよ。言ってる意味、分かるでしょ」
「そ、それは…」
口籠る六郎から視線を外し、三郎は一郎に目を向ける。
「はっきり言うけど、この子にとって自分だけ生きるのは地獄になるよ。一郎は面倒を見る気で連れて来たの?一時的なエゴだとしたら、笑えるな。いつから、
そんな正義感が強くなったの」
「三郎、ちょっと落ち着けよ」
「五郎は分かってないよ、事の重大さを」
「重大って、何がだよ」
「この子が生きてたら、間違いなく椿の所に帰るよ。
だって、芦間を目の前で殺されたんだ。復讐しない筈がない。椿側の人間を1人でも殺しておくべきだったよ。相手が子供でもね」
三郎の言葉を聞いた五郎は、頭を押さえながら口を閉じる。
「三郎の言ってる事は間違いないね。現に、椿会の組員達が黒猫ランドに入って行ってるし。監視カメラの映像を見る限り、芦間啓成の死体を回収してるね。それから…、周りを見渡して、大慌てしてる」
パソコン画面に映し出されている映像を見ながら、七
海がリンに視線を送った。
「どうするの?四郎」
「一郎と六郎が決めれば良い」
「私は四郎が良いなら、良いの」
そう言って、モモは四郎の膝の上に座り抱き付く。
一郎は一通りの経緯を話し、メンバーに視線を送る。
カチャッ、カチャッ。
運転席に座る五郎は、ハンドルを握りパーキングから
ドライブに変え発進させる。
黒猫ランドの駐車場から出た後、二郎が口を開く。
「成る程、ボスに連絡入れといた方が良いね。三郎が連れて来た子の事もあるし」
「あぁ、それなら僕がしといたよ」
「仕事が早いね、七海は。それで、ボスはなんて?」
「地下室に連れて行けって、アジトのね」
七海は涼しい顔をして、二郎の問いに答えた。
黒猫ランド周辺に危険表示バリケードテープが貼られていた。
救急車、消防車、パトカーが駐車場に停車されて行く。
その中の1台のパトカーの中から、八代和樹と槙島ネネが降りる。
「槙島、アイツから何が聞いてるか」
「芦間啓成が𣜿葉孝明を襲撃するって…。でも、椿恭弥が警察に根回しを始めるって連絡がありました」
「槙島、見てみろ」
そう言って、八代和樹は槙島ネネに視線を送るよう指示をした。
2人の視線の先にあったのは白のベントレー、高級車だ。
「ベントレー、まさか椿恭弥がここに?」
「椿恭弥の愛用車があるって事は、警視長に接触してんな。急ぐぞ、槙島」
「分かりました」
八代和樹と槙島ネネは黒猫ランドの門前に到着すると、警視長と椿恭弥が会話していた。
椿恭弥の後ろには嘉助事、神楽ヨウが立っている。
「お疲れ様です、警視長」
「八代警部補に槙島警部補か。椿さん、こちらは私の部下です」
「あぁ、ご自慢の部下の2人ですか。どうも、ご存知だと思いますが椿恭弥です」
警視長に紹介される形で、椿恭弥は2人に自己紹介をする。
「すいませんね、うちの組の者がご迷惑をお掛けして」
「いえいえ、今回の騒動は椿さんの所の組員ではありませんから。それに、被害者側じゃありませんか」
「まぁ、小さな被害です。我々はこれで失礼しても?」
「はい、お時間を取らせてしまい申し訳ない」
八代和樹は椿恭弥と警視長の会話に眉間に皺を寄せる。
警視長の下手に出ているような話し方、椿恭弥の温厚な話し方。
悪質な裏社会の組長にしては、威圧感はないと八代和樹は思った。
「警視長、失礼を承知で申しますが、今回の爆破騒動と他の件についてです。一般人を発砲したのは、椿会の組員だと言う通報が何件も来ていましたよね?その件については、どうお考えでしょう」
「その事だが騒動を起こしたのは、確かに椿会の組員だ。だが、彼は破門されている。今回の発砲事件は一般人が起こした事件だ」
「破門ですか?いつ頃、破門されたのかも調査しないといけませんよね。椿恭弥には、署に同行してもらった方がよろしいんじゃないですか」
「その必要はない」
槙島ネネの言葉を聞き、警視長は予想外の言葉を吐いた。
「必要はない?おかしくないですか?重要参考人として、椿恭弥を連れて行く必要がある筈でしょう?なのに何故、その必要がないんですか」
「組員の男は破門されたと言っただろ。それに椿さんは、その事を伝えにわざわざいらしたんだ。情報提供をしてもらったのに、署に連れて行く必要はない」
「御遺族にも同じように説明なさるおつもりですか」
「その必要はないですよ、槙島警部補」
槙島ネネと警視長の会話に椿恭弥が割って入る。
「御遺族の対応はこちらがしますよ。元とは言え、うちの組にいた者ですから」
「ありがとうございます。我々としても助かりますよ。こちらの処理はいつも通り任せて下さい」
「宜しく頼みますね、また食事でも行きましょう。勿論、警視総監ともね」
「分かりました!!」
「ちょっ、警視長」
椿恭弥と警視長の会話に八代和樹は思わず反応してしまう。
現場にいるに関わらず、食事の話を始めたからだ。
「あぁ、すみません。少し不謹慎でしたね、私達はそろそろ失礼します」
横目で槙島ネネを見ながら、椿恭弥は黒猫ランドの駐車場に移動した。
「槙島、あまり椿さんの機嫌を損なわない方が身の為だ」
「警視長、お言葉を返すようですが。それは貴方が椿
恭弥から金を貰っているから、機嫌を取っているのですか?」
「なっ、何を言い出すんだ。そ、そんな訳が…」
「おかしいですね、この写真を見ても言えます?」
そう言って、槙島ネネは1枚の写真を警視長に見せる。
椿恭弥が経営する飲食店の個室で、警視長が金を受け取っている場面だった。
写真を見た警視長は顔色が青くなり、言葉を失ってしまった。
「警視長以外にも警視総監も受け取ってますね。だから今まで、椿恭弥が関係していた事件も揉み消してた。事故処理だとか適当に理由を付けて」
「お前が証拠見つけた所で誰も動かんよ。東京警察署の上層部は皆、椿さん逆らえないようになっている。槙島、あまり椿さんの周りを嗅ぎ回るのはやめろ。いつか、本当に殺されんぞ」
そう言って、警視長は黒猫ランド内に刑事達と入って行く。
「槙島、いつの間にそんな写真を手に入れたんだ?」
「ヨウから買いました。だけど、写真だけじゃ効果はありませんね。警視総監も椿側に居る事を確証付けただけです」
「椿恭弥をこの目で見たのは初めてだが、槙島の事を敵対視してたな。生意気な女って目で訴えていた」
「私もあんな男はお断りです。嘘臭い笑顔に優しい口調、心理カウンセラー気取りも良い所」
槙島ネネはそう言って、写真を胸ポケットにしまう。
「確かに、アイツみたいに心底優しい訳でもなさそうだ」
「アイツとは?」
「あぁ、歳の離れた友人の1人。そいつ、心理カウンセラーしてんだよ。かなりの人気なんだ」
「和樹さんの…。もしかしたら、その人の力を借りる事になるかもしれません」
「アイツを危険な事に巻き込むの反対だ。余計な事に巻き込む気はない」
槙島ネネの言葉を聞いた八代和樹は、すぐに断った。
「芦間啓成と共にいた少年が、四郎君達と行動しているようです」
「お前のJewelry Wordsの能力で分かったのか?神のお告げと言うやつだ」
「その通りです。少年の心を癒せるかで、凶と出るか吉と出るか。この先の出来事に大きく関わると聞こえました」
「ただのカウンセラーの仕事なら、連絡だけしといてやる。ただ、本当にこれだけだらな」
「ありがとうございます、和樹さん。側にいてくれて、助かりました」
八代和樹は「へいへい」と言いながら、スマホを操作する。
槙島ネネもまたスマホを取り出し、メールを確認した。
届いていたメールの内容を見て、槙島ネネの表情が曇った。
黒猫ランドを離れた椿恭弥達は、椿組に向かっていた。
車内で、椿恭弥の腕に抱き付く木下穂乃果が口を開く。
「椿様、ごめんなさい。伊助が…、捕まっちゃた」
「あぁ、アイツか。そろそろ用済みだったし、捕まって良かった」
「そうなの?」
「佐助に色目を使ってたし、殺しの才能もないみたいだからね。それよりも、あの警察の女だ」
椿恭弥はそう言って、助手席に座る1人の男に視線を送る。
40代前半の赤いチェックのネルシャツを着た男は、パソコンのキーボードを叩いてた。
見た目は眼鏡を掛けた髪の短い男、体型は痩せ型。
秋葉原のアニメショップに佇んで居そうな男だ。
「坂田」
「はい、椿さん」
「槙島って女を調べろ」
「分かりました」
「齋藤さんの弟は?帰国するのか」
椿恭弥の言葉を聞いた嘉助は、ルームミラー越しに見つめる。
「弟君の出張先の会社に、本社を装った偽のメールを送りました。2、3日中には日本に帰還すると思います。弟君のスマホにGPSアプリを仕込んでおきましたので、パソコンで、位置情報が見れます。今はまだ、アメリカにいますね」
「仕事が早いね、坂田。何時便の飛行機に乗るのか調べろ。弥助、怪我の手当てをしたら仕事だけど…、出来る?」
そう言って、隣にいる木下穂乃果に視線を向けた。
四郎と会う前の顔付きと変わった事を嘉助は分かっ
た。
目が座り、瞳に光が灯っていない。
「2人殺せば良いですか?」
「フッ、勿論。2人を処理してくれるのは助かるよ」
「椿様の役に立ちたいし、それに…」
「それに?」
「あの人を殺すのは私が良いから」
その言葉を聞いた嘉助は背中に悪寒が走った。
椿恭弥はまれに、頭が逝った人物を選んで来る事がある。
木下穂乃果はまさに、頭の逝った女だった。
「へぇ、殺したい相手が出来たのか。それは良かったね、弥助」
「自分のものにしたいなら、しちゃえば良い。なんで、その事を思いつかなかったんだろうって思って」
「欲しいものはどんな手を使っても手に入れる。弱者が強者に喰われる自然界の掟と同じ事だ」
そう言って、木下穂乃果の頭を優しく撫で始めた。
「椿さん、例の子供の件ですが…。足取りは掴めましたよ」
坂田隆の言葉を聞いた椿恭弥は、木下穂乃果を撫でる手を止める。
「数10年前ですが、兵頭雪哉がアルビノの赤子を闇市場のオーナーに預けていた事が分かりました。監視カメラの視界になっていて、瞳までは確認出来ませんでした」
「オーナーに預けていた?だとしたら、あの時に居たのか…?探していた拓也と白雪の子供が…」
坂田隆と椿恭弥の会話を聞きながら、嘉助はハンドルを強く握る。
「嘉助」
「はい」
「闇市場のオーナーに会いに行く。弥助と坂田を下ろした後、オーナーの元に向かえ」
「分かりました」
嘉助は顔色一つ変えていないが、ハンドルを握る手が汗ばんでいた。
椿恭弥はとうとう、モモの存在に気付いてしまった。
まだ兵頭雪哉はその事を知らない。
CASE 一郎
六郎と訪れたホラーハウスと書かれた洋館から、大きな発砲音が聞こえた。
俺達は音のした2階に階段を急いで駆け上がる。
タタタタタタタッ!!
2階に着くと、芦間啓成が血を流して倒れているのが見えた。
薫君が泣きながら銃を構えていたのを見て、芦間啓成を撃った事がすぐに分かった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「大丈夫、大丈夫だ。薫、大丈夫だ」
𣜿葉が過呼吸気味になっている薫君を抱き締め、背中を優しく摩っている。
「あ、ぁぁぁぁあぁあ!!啓成っ、啓成ぃっ!!!」
芦間啓成の体に抱き付き、少年が大声で泣き叫ぶ。
「𣜿葉、遅くなった」
「一郎!?何で、ここに…」
「四郎から連絡を受けて来た。大怪我だな、立てるか」
「悪りぃ、今にも意識が飛びそうなんだわ」
「だろうな、肩を貸す」
今にも倒れそうになっている𣜿葉の手を引き、体を支える。
「薫君、大丈夫?ごめんなさい、遅くなって」
「お姉さん?ぼ、僕…っ、こ、殺しっ」
「大丈夫よ、薫君。貴方は何も悪くないわ。お兄さんを守ったけだもの」
「だ、だけどっ。あ、あの子の大切なっ、大切な人をっ」
六郎が薫君を宥めるも、薫君は落ち着けなかった。
「僕はただ、お兄ちゃんを守りたかっただけなのにっ。どうして、こんな事になっちゃったんだ」
「ならどうして、僕から啓成を奪ったの…?」
大粒の涙を流しながら、少年が薫君の呟きに反応する。
「啓成が何をしたって言うの?啓成がお前達に何かしたの?」
「何かした…?したよ、したんだよ!!僕のお父さんとお母さんを殺したんだ!!そいつが、殺したんだ!!」
「え…?」
「僕の目の前で殺したんだ!!いきなり家に来て、お兄ちゃんの事も殺そうとしたんだ!!」
薫君の言葉を聞いた少年は、その場にへたり込む。
反応からして、𣜿葉の両親を殺した事は聞いていないようだ。
「啓成が人を殺してるのは知ってた。だけど、僕はそれでも…っ、それでも大好きだったんだよ」
「僕は嫌いだ。僕の家族を奪ったアイツは…、悪魔だよ」
「お前のお兄ちゃんだって、人を殺して来たんだよ」
「…え?」
少年の言葉を聞いた薫君は目を丸くさせる。
𣜿葉は薫君から目を逸らし、バツの悪そうな顔をした。
似ていた。
薫君と少年の境遇はあまりにも似すぎているんだ。
殺し屋の男2人が愛した子供達が、俺の目の前にいる。
芦間と𣜿葉、どうしてこの2人が割れてしまったのか分からない。
芦間本人から聞いたのは、ただの気まぐれの一言だけ。
本当にそうだったのか。
どうして、今になって不審に思い出したんだ?
頭の中で芦間啓成と言う人間について考えている。
芦間は基本的にだらしがなかった。
人にも興味がなく、事流れ主義だった筈。
なのに𣜿葉とだけは、楽しそうにペアになって行動していた。
芦間が急に態度を変えた理由は何だ?
Jewelry Pupil、この一言が頭に浮かび上がった。
椿恭弥がJewelry Pupilを集め出した時期と被っていた。
そうだ、椿恭弥が芦間を自分の組に勧誘した。
Jewelry Pupilが持つ不思議な力、Jewelry Wordsが関係していた筈だ。
何故、椿恭弥が芦間と接触し組に勧誘した理由…。
それは、𣜿葉と割れさせる為だったんじゃないか。
Jewelry Wordsの能力を使って…。
答えが見つかった瞬間、はまらなかったピースが埋まった感覚がした。
「𣜿葉」
「何だ?」
「お前と芦間が割れたのに、椿恭弥が関係しているかもしれん」
「は…?何を言ってるんだ?」
俺の言葉を聞いた𣜿葉は困惑の表情を見せる。
「啓成は本当に死んじゃったの?ねぇ、啓成…。どうして?どうして、僕を置いて行くの?1人にしないって、約束したじゃん」
冷たくなっている芦間の頬に少年は頬擦りをし、涙を流す。
少年は近くに落ちていたガラスの破片を手に取り、首元に近付けた。
「啓成…、置いて行かないで」
「ダメ!!」
ガラスの破片を首元に突き刺そうとしたのを、六郎が止めた。
少年が自殺しようとしているのがすぐに分かった。
体が無意識に動き出そうとした時だった。
俺より先に六郎が動き、少年の手からガラスの破片を奪い取る。
「何するんだよ!!」
「自殺なんかやめな」
「お姉ちゃんには関係ないでしょ?!啓成がいない世界なんてっ、生きてる意味ないじゃん!!」
「あたし自身も貴方の自殺を止めた理由は分からない。初対面なのにね?体が勝手に動いたの」
六郎の言葉を聞いた少年の涙が、ピタッと止まった。
「君、その人の胸ポケット見てみ」
「え?ポケット…」
「これ、君へのプレゼントなんじゃないの?」
「プレゼント…?」
少年は芦間のジャケットのポケットの中を探る。
すると、中からメッセージカード付きの小さな箱が現れた。
「ポケットが膨らんでたから、何があると思ってね。大事にしてたのね、君の事。君に傷一つないのも、君を守りながら戦ってたのね」
少年はジッと、メッセージカードに書かれていた言葉を読んでいた。
「一郎、どうする?この子、ここに置いてくの?」
「そろそろ、離れた方がよさそうだ」
六郎の問いに答えながら、窓の外に視線を向ける。
ホラーハウスに組員らしき男達が、何人か集まって来ている。
「お前、俺と来るか」
「行かないって言ったら」
「椿恭弥に飼われるだけだろうな」
「啓成は、僕をあの人から遠ざけようとしてくれてた。啓成は…、僕があの人の物なのを嫌がってた」
やはりそうか。
椿恭弥は最終的にこの子をダシにして、芦間に命令していたのか。
「なら来るか」
「うん、いく」
そう言って、少年は芦間の銃を手に取った。
「お兄ちゃん」
「か、薫…」
「僕はお兄ちゃんがして来た事、知ってた」
「え?」
「側に居たら分かるよ。だけど、それでも僕の好きなお兄ちゃんだから…」
薫君が𣜿葉の体に抱き付くと、𣜿葉も薫君の体を強く抱き締めた。
俺と六郎はデザートイーグル50AEを構え、窓の両サイドに移動する。
「男達がホラーハウスに入る前に仕留めるぞ」
「了解」
六郎の返答を聞いてから、軽く手を挙げてから下げる。
六郎は素早く玄関ホールに向かい、扉付近にいる男達を仕留めに行く。
扉から離れている男達に気付かれないように、窓からデザートイーグル50AEの銃口を覗かせる。
正確な位置に照準を合わせてから、引き掛けを引く。
パシュッ、パシュッ!!
ブシャッ、ブシャッ!!
1人目の男の頭を撃った後、続けて隣にいた男の頭も撃つ。
「お、おい!?」
「どうし…っ」
パシュッ、パシュッ!!
扉付近にいた男達が異変に気付くも、六郎が素早く引き金を引く。
脱出経路を確保し、怪我人の𣜿葉に再び肩を貸す。
「行くぞ、𣜿葉」
「悪りぃな、一郎」
「お互い様だ。それと帰ってから手伝って欲しい事がある。お前も気になってる事だ」
「椿恭弥がどうやって、芦間を勧誘したか。その事は気掛かりだった」
グッと肩と腕に力を入れ、𣜿葉の体を持ち上げる。
少年は芦間からジャケットを剥ぎ、ソッと唇を塞ぐようにキスをした。
「啓成、ごめんね」
そう言って少年は芦間を抱き締めた後、名残惜しそうに離れた。
黒猫ランドの従業員入り口から出た四郎達の前に、一台のアルファードが止まる。
後部座席のドアが自動で開き、車内からモモが飛び出して来た。
ガバッと勢いよく四郎に抱き付き、顔を擦り寄せる。
「四郎っ」
「飛び出して来んなよ…、たくっ」
「ちょっと、モモちゃん。四郎は怪我人なんだから、離れな」
三郎は四郎からモモを引き離し、モモを車に無理矢理乗せる。
「やめてよっ、三郎」
「早く乗りなさい」
「ちぇ」
「ちぇじゃありません」
三郎がモモに言い返しながら車内に乗り込み、四郎と二郎も乗り込んだ。
だが、3人の視線は車内の中の一点に止まる事になる。
何故なら、一郎と六郎の間にジャケットを着たリンが眠っていたからだ。
四郎はリンを見て顔を顰め、三郎は何かを察した様子だった。
二郎が恐る恐る、一郎達に尋ねるように口開く。
「あ、あのさ…。その子供は…?どうしたの」
「芦間啓成の所にいた子供だ」
「え、そうなの?何で、また保護して来たの?」
「自殺しようとしてたのよ、この子」
一郎と二郎の会話中に六郎が、衝撃的な言葉を放った。
「あぁ、薫君が撃ったんでしょ、芦間啓成を」
三郎の言葉を聞いた一郎は驚いた顔をしたが、真顔にすぐ戻る。
「なんで知って…って、お前は未来が見えるんだった。あぁ、俺と六郎か着いた時、まさにその瞬間だったよ」
「意外だなぁ、一郎がこの子を連れて来たの.肩入れでもしちゃった?それとも、違う理由?」
「…」
「死ぬのを止めたんでしょ」
黙る一郎に三郎は追い打ちを掛けるように言葉を吐く。
「ちょっと、三郎!!アンタは何で、そんな棘のある言葉しか言えないの」
「棘がある?言わせて貰うけど、その子を死なせた方が良かったんだよ。言ってる意味、分かるでしょ」
「そ、それは…」
口籠る六郎から視線を外し、三郎は一郎に目を向ける。
「はっきり言うけど、この子にとって自分だけ生きるのは地獄になるよ。一郎は面倒を見る気で連れて来たの?一時的なエゴだとしたら、笑えるな。いつから、
そんな正義感が強くなったの」
「三郎、ちょっと落ち着けよ」
「五郎は分かってないよ、事の重大さを」
「重大って、何がだよ」
「この子が生きてたら、間違いなく椿の所に帰るよ。
だって、芦間を目の前で殺されたんだ。復讐しない筈がない。椿側の人間を1人でも殺しておくべきだったよ。相手が子供でもね」
三郎の言葉を聞いた五郎は、頭を押さえながら口を閉じる。
「三郎の言ってる事は間違いないね。現に、椿会の組員達が黒猫ランドに入って行ってるし。監視カメラの映像を見る限り、芦間啓成の死体を回収してるね。それから…、周りを見渡して、大慌てしてる」
パソコン画面に映し出されている映像を見ながら、七
海がリンに視線を送った。
「どうするの?四郎」
「一郎と六郎が決めれば良い」
「私は四郎が良いなら、良いの」
そう言って、モモは四郎の膝の上に座り抱き付く。
一郎は一通りの経緯を話し、メンバーに視線を送る。
カチャッ、カチャッ。
運転席に座る五郎は、ハンドルを握りパーキングから
ドライブに変え発進させる。
黒猫ランドの駐車場から出た後、二郎が口を開く。
「成る程、ボスに連絡入れといた方が良いね。三郎が連れて来た子の事もあるし」
「あぁ、それなら僕がしといたよ」
「仕事が早いね、七海は。それで、ボスはなんて?」
「地下室に連れて行けって、アジトのね」
七海は涼しい顔をして、二郎の問いに答えた。
黒猫ランド周辺に危険表示バリケードテープが貼られていた。
救急車、消防車、パトカーが駐車場に停車されて行く。
その中の1台のパトカーの中から、八代和樹と槙島ネネが降りる。
「槙島、アイツから何が聞いてるか」
「芦間啓成が𣜿葉孝明を襲撃するって…。でも、椿恭弥が警察に根回しを始めるって連絡がありました」
「槙島、見てみろ」
そう言って、八代和樹は槙島ネネに視線を送るよう指示をした。
2人の視線の先にあったのは白のベントレー、高級車だ。
「ベントレー、まさか椿恭弥がここに?」
「椿恭弥の愛用車があるって事は、警視長に接触してんな。急ぐぞ、槙島」
「分かりました」
八代和樹と槙島ネネは黒猫ランドの門前に到着すると、警視長と椿恭弥が会話していた。
椿恭弥の後ろには嘉助事、神楽ヨウが立っている。
「お疲れ様です、警視長」
「八代警部補に槙島警部補か。椿さん、こちらは私の部下です」
「あぁ、ご自慢の部下の2人ですか。どうも、ご存知だと思いますが椿恭弥です」
警視長に紹介される形で、椿恭弥は2人に自己紹介をする。
「すいませんね、うちの組の者がご迷惑をお掛けして」
「いえいえ、今回の騒動は椿さんの所の組員ではありませんから。それに、被害者側じゃありませんか」
「まぁ、小さな被害です。我々はこれで失礼しても?」
「はい、お時間を取らせてしまい申し訳ない」
八代和樹は椿恭弥と警視長の会話に眉間に皺を寄せる。
警視長の下手に出ているような話し方、椿恭弥の温厚な話し方。
悪質な裏社会の組長にしては、威圧感はないと八代和樹は思った。
「警視長、失礼を承知で申しますが、今回の爆破騒動と他の件についてです。一般人を発砲したのは、椿会の組員だと言う通報が何件も来ていましたよね?その件については、どうお考えでしょう」
「その事だが騒動を起こしたのは、確かに椿会の組員だ。だが、彼は破門されている。今回の発砲事件は一般人が起こした事件だ」
「破門ですか?いつ頃、破門されたのかも調査しないといけませんよね。椿恭弥には、署に同行してもらった方がよろしいんじゃないですか」
「その必要はない」
槙島ネネの言葉を聞き、警視長は予想外の言葉を吐いた。
「必要はない?おかしくないですか?重要参考人として、椿恭弥を連れて行く必要がある筈でしょう?なのに何故、その必要がないんですか」
「組員の男は破門されたと言っただろ。それに椿さんは、その事を伝えにわざわざいらしたんだ。情報提供をしてもらったのに、署に連れて行く必要はない」
「御遺族にも同じように説明なさるおつもりですか」
「その必要はないですよ、槙島警部補」
槙島ネネと警視長の会話に椿恭弥が割って入る。
「御遺族の対応はこちらがしますよ。元とは言え、うちの組にいた者ですから」
「ありがとうございます。我々としても助かりますよ。こちらの処理はいつも通り任せて下さい」
「宜しく頼みますね、また食事でも行きましょう。勿論、警視総監ともね」
「分かりました!!」
「ちょっ、警視長」
椿恭弥と警視長の会話に八代和樹は思わず反応してしまう。
現場にいるに関わらず、食事の話を始めたからだ。
「あぁ、すみません。少し不謹慎でしたね、私達はそろそろ失礼します」
横目で槙島ネネを見ながら、椿恭弥は黒猫ランドの駐車場に移動した。
「槙島、あまり椿さんの機嫌を損なわない方が身の為だ」
「警視長、お言葉を返すようですが。それは貴方が椿
恭弥から金を貰っているから、機嫌を取っているのですか?」
「なっ、何を言い出すんだ。そ、そんな訳が…」
「おかしいですね、この写真を見ても言えます?」
そう言って、槙島ネネは1枚の写真を警視長に見せる。
椿恭弥が経営する飲食店の個室で、警視長が金を受け取っている場面だった。
写真を見た警視長は顔色が青くなり、言葉を失ってしまった。
「警視長以外にも警視総監も受け取ってますね。だから今まで、椿恭弥が関係していた事件も揉み消してた。事故処理だとか適当に理由を付けて」
「お前が証拠見つけた所で誰も動かんよ。東京警察署の上層部は皆、椿さん逆らえないようになっている。槙島、あまり椿さんの周りを嗅ぎ回るのはやめろ。いつか、本当に殺されんぞ」
そう言って、警視長は黒猫ランド内に刑事達と入って行く。
「槙島、いつの間にそんな写真を手に入れたんだ?」
「ヨウから買いました。だけど、写真だけじゃ効果はありませんね。警視総監も椿側に居る事を確証付けただけです」
「椿恭弥をこの目で見たのは初めてだが、槙島の事を敵対視してたな。生意気な女って目で訴えていた」
「私もあんな男はお断りです。嘘臭い笑顔に優しい口調、心理カウンセラー気取りも良い所」
槙島ネネはそう言って、写真を胸ポケットにしまう。
「確かに、アイツみたいに心底優しい訳でもなさそうだ」
「アイツとは?」
「あぁ、歳の離れた友人の1人。そいつ、心理カウンセラーしてんだよ。かなりの人気なんだ」
「和樹さんの…。もしかしたら、その人の力を借りる事になるかもしれません」
「アイツを危険な事に巻き込むの反対だ。余計な事に巻き込む気はない」
槙島ネネの言葉を聞いた八代和樹は、すぐに断った。
「芦間啓成と共にいた少年が、四郎君達と行動しているようです」
「お前のJewelry Wordsの能力で分かったのか?神のお告げと言うやつだ」
「その通りです。少年の心を癒せるかで、凶と出るか吉と出るか。この先の出来事に大きく関わると聞こえました」
「ただのカウンセラーの仕事なら、連絡だけしといてやる。ただ、本当にこれだけだらな」
「ありがとうございます、和樹さん。側にいてくれて、助かりました」
八代和樹は「へいへい」と言いながら、スマホを操作する。
槙島ネネもまたスマホを取り出し、メールを確認した。
届いていたメールの内容を見て、槙島ネネの表情が曇った。
黒猫ランドを離れた椿恭弥達は、椿組に向かっていた。
車内で、椿恭弥の腕に抱き付く木下穂乃果が口を開く。
「椿様、ごめんなさい。伊助が…、捕まっちゃた」
「あぁ、アイツか。そろそろ用済みだったし、捕まって良かった」
「そうなの?」
「佐助に色目を使ってたし、殺しの才能もないみたいだからね。それよりも、あの警察の女だ」
椿恭弥はそう言って、助手席に座る1人の男に視線を送る。
40代前半の赤いチェックのネルシャツを着た男は、パソコンのキーボードを叩いてた。
見た目は眼鏡を掛けた髪の短い男、体型は痩せ型。
秋葉原のアニメショップに佇んで居そうな男だ。
「坂田」
「はい、椿さん」
「槙島って女を調べろ」
「分かりました」
「齋藤さんの弟は?帰国するのか」
椿恭弥の言葉を聞いた嘉助は、ルームミラー越しに見つめる。
「弟君の出張先の会社に、本社を装った偽のメールを送りました。2、3日中には日本に帰還すると思います。弟君のスマホにGPSアプリを仕込んでおきましたので、パソコンで、位置情報が見れます。今はまだ、アメリカにいますね」
「仕事が早いね、坂田。何時便の飛行機に乗るのか調べろ。弥助、怪我の手当てをしたら仕事だけど…、出来る?」
そう言って、隣にいる木下穂乃果に視線を向けた。
四郎と会う前の顔付きと変わった事を嘉助は分かっ
た。
目が座り、瞳に光が灯っていない。
「2人殺せば良いですか?」
「フッ、勿論。2人を処理してくれるのは助かるよ」
「椿様の役に立ちたいし、それに…」
「それに?」
「あの人を殺すのは私が良いから」
その言葉を聞いた嘉助は背中に悪寒が走った。
椿恭弥はまれに、頭が逝った人物を選んで来る事がある。
木下穂乃果はまさに、頭の逝った女だった。
「へぇ、殺したい相手が出来たのか。それは良かったね、弥助」
「自分のものにしたいなら、しちゃえば良い。なんで、その事を思いつかなかったんだろうって思って」
「欲しいものはどんな手を使っても手に入れる。弱者が強者に喰われる自然界の掟と同じ事だ」
そう言って、木下穂乃果の頭を優しく撫で始めた。
「椿さん、例の子供の件ですが…。足取りは掴めましたよ」
坂田隆の言葉を聞いた椿恭弥は、木下穂乃果を撫でる手を止める。
「数10年前ですが、兵頭雪哉がアルビノの赤子を闇市場のオーナーに預けていた事が分かりました。監視カメラの視界になっていて、瞳までは確認出来ませんでした」
「オーナーに預けていた?だとしたら、あの時に居たのか…?探していた拓也と白雪の子供が…」
坂田隆と椿恭弥の会話を聞きながら、嘉助はハンドルを強く握る。
「嘉助」
「はい」
「闇市場のオーナーに会いに行く。弥助と坂田を下ろした後、オーナーの元に向かえ」
「分かりました」
嘉助は顔色一つ変えていないが、ハンドルを握る手が汗ばんでいた。
椿恭弥はとうとう、モモの存在に気付いてしまった。
まだ兵頭雪哉はその事を知らない。
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