MOMO

百はな

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第5章 ゴールデン・ドリーム

66.5殺し屋募集II

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1:00丁度。

椿恭弥は嘉助の運転する車に乗車していた。

椿恭弥の隣には芦間啓成(あしまよしなり)が座り、運転している嘉助に声を掛ける。

「嘉助ちゃん、坂田に募集を掛けさせたんだって?」

「使える人材はいくらでも欲しい。お前みたいな不真面目ない奴はいらんがな」

「嫌だなぁ、俺は至って真面目だよ?なぁ、頭」

そう言って、芦間啓成は椿恭弥に尋ねた。

椿恭弥はウィストン・キャスター・ホワイトの5mの煙草を咥える。

芦間啓成は素早くライターを取り出し、椿恭弥の咥えた煙草に火を付けた。

フゥッと白い煙を吐くと、車内に甘いバニラの匂いが漂う。

「リンを調教出来ているのは良いが、𣜿葉(ゆずりは)兄弟を殺し損ねたのは…なぁ?」

「その件については…、何も言えませんね。申し訳ありません」

「リンの首に付けた首輪」

「…」

椿恭弥の言葉を聞いた芦間啓成のピクッと眉毛が動く。 

リンと言うJewelry Pupilを持つ少年の首元には、椿恭弥がプレゼントした黒い皮の首輪が装着されていた。

その首輪には毒針が仕込まれており、椿恭弥がスイッチを押せば毒針が首に刺さる仕組みなっている。

芦間啓成は椿恭弥にリンの命を握られてる状況なのだ。

「なぁ、芦間。リンは可愛いか?」

「はい、それは勿論ですよ。俺にとても懐いてくれていますから…」

「だよなぁ?可愛いよなぁ?」

そう言って、椿恭弥は小さなボタンの付いたキンホルダーを見せびらかす。

「芦間、俺の言いたい事は分かるよな?」

「はい」

芦間啓成は歪んだ顔を椿恭弥に見せないように下を向く。

「𣜿葉兄弟の弟を攫って来い。弟くんのJewelry Pupilが欲しい」

ハンドルを切りながら嘉助はルームミラーで、チラッと椿恭弥の顔を見る。

脅しを含んだ話し方をする椿恭弥の顔は、とても優しいのだ。

好きな女を愛でる様な眼差しを向け、口元を軽く歪ます。

嘉助は椿恭弥のこの表情の時が嫌いだった。

椿恭弥の汚い手口を見せられながら、嘉助は運転に集中しようとした。

マップに表示された目的地に目を向け、ナビゲーターの声に耳を傾ける。

黙々とナビゲーターの指示通りにハンドルを回す。

「分かりました。早急に攫って来ます」

「うん、話が早くて助かるよ。芦間、お前は自分の立場をよく分かってるね」

「嘉助、その辺で止めてくれ」

芦間啓成が嘉助に声を掛け、嘉助は車を道路の脇に寄
せ停車させた。

「お前は仕事が出来る。そこを買っている事を忘れないでくれよ、芦間」

「はい、お先に失礼します」

そう言って芦間啓成は車を降りて行き、嘉助は再び車を走らせる。


芦間啓成はメルセデスが去った後、電信柱に寄り掛かった。

ポケットからスマホを取り出し、待ち受けにしているリンの写真に視線を落とす。

笑顔でプリンを食べるリンは女の子のように可愛い。

そんな事を考えていると、リンからの着信が入った。

芦間啓成はすぐに通話ボタンを押して、スマホを耳に当てる。

「もしもし、啓成?まだ帰らないの?」

「お前、こんな時間まで起きてるのか?早く寝ないとダメだろぉ?」

「啓成がいないと寝れないよ」

その言葉を聞いた芦間啓成は、どうしようもない愛おしい気持ちが溢れ出す。

「今から帰るから、大人しく待ってろ」

「本当?早く帰って来て」
 
「分かったよ」

「家に着くまで電話しよ」

「良いよ」

芦間啓成は𣜿葉薫(かおる)の誘拐計画を頭の中で立てながら、帰路についた。


2人だけになったメルセデスの車内で、椿恭弥が口を開いた。

「随分とリンを可愛がってるようだな、芦間は。Jewelry Pupilに魅入られた人間の宿命と言える」

椿恭弥は再びウィストン・キャスター・ホワイトの5mの煙草を咥える。

「嘉助、どう思う?芦間は今回の仕事を成功させるだろうか」

カチッ、ボッ。

白い薔薇が装飾されたジッポを取り出し、椿恭弥は咥えた煙草に火を付けた。

「芦間はかなりリンに入れ込んでますしね。すぐに行動に移すと思いますけど、多少は手こずるんじゃないんですかね」

「お前がそう言うなら、そうだろうな。嘉助の言う事は何故か、信憑性を持てる。不思議だな」

椿恭弥は嬉しそうに微笑みながら、白い煙を吐く。

「ありがとうございます。椿様、そろそろ目的地に到着します」

「さて、何人くらい生き残ってるかな」

嘉助達が到着したのは、椿恭弥が買い取った廃工業だった。

工事の入り口付近にはバスが停車されており、窓ガラスに赤い血が付着している。

ガラッとバスのドアが開くと組員の1人が降りて来た。

そして、数人の男女がバスから降りて来る。

高級車のメルセデスから降りて来た椿恭弥と嘉助は、数人の男女達に視線を送った。

中には佐助(さすけ)も乗車していた為、椿恭弥の姿を見るなり走り出した。

返り血を浴びた木下穂乃果は呆然としていた。 


CASE 木下穂乃果

バスの中で起きた悲惨な出来事が頭から離れなかった。

気を抜けば、今にも吐いてしまいそうだ。

乗車していた人達がまず、一斉に標的にしたのは猿顔の男の仲間達だった。

銃弾が飛び交う中、猿顔の男達は仲間割れを始める。

だけど、私の隣に座っていた女子高生を筆頭に殺し合いが始まったのだ。

当然の結果だが、最初に死んだのは猿顔の男とその仲間達。

そして、次々と乗客達の頭や体から血飛沫が上がる。

私はただ、銃を構えてるだけで周りが勝手に殺し出す。

幸いな事は、私を狙って来た黒いフード付きのパーカを着た男に銃弾を当てれてた事。

致命傷にはならなかったからか、私と一緒で生き残ってしまった。

その男は何故か、降りて来てから私の側を離れない。

品定めしているような、全身を舐め回すような視線を向けてくる。

何だろう、この人…。

カチャカチャと音を鳴らしながら、ナイフを振り回し始めた。

男の視線は私だけに向けられている。

「椿様っ」

女子高生の好奇な声を聞いて我に帰った。

真っ赤な髪の男の人に女子高生は抱き付き、嬉しそうな表情を浮かべる。

柔らかい表情をしているが目が笑っていない。

椿様って…。

間違いない、ネットで見た画像のまんまだ。

色素のない白い肌、左目のオレンジ色が光り輝いている。

綺麗な顔立ちなのに、不気味に感じた。

何故なのか分からないが、椿恭弥と言う存在自体が…。

私の目の前に椿恭弥がいるんだ。

「佐助、お前から見て有能な奴等はいたか」

「椿様のお眼鏡に叶う人はいないかも…」

「そうか。まぁ、駒はいくらあっても良い」

「あ?テメェ、何様のつもりだ?椿恭弥」

椿恭弥の言葉を聞いて大声を出したのは、体格の良い茶髪の短髪をした男だった。

男の顔に青筋が立っていて、かなりご立腹の様子だ。

大人しくしていれば良いのに…。

私は怒鳴り続ける男に冷ややかな視線を送った。

パァァンッ!!!

突然、聞こえた発砲音に驚く中、男の額から血が噴き出している。

恐る恐る椿恭弥の方に視線を向けると、彼の手には銃が握られていた。

「うるさい蠅だな。黙って死んでろ」

ゾクッ。

椿恭弥の冷たい視線が、私達の背筋を凍らせて行く。

冷酷な男と言う言葉に似合うと思った。

椿恭弥にとって、人を殺すと言う事は息をするのと同じだ。

「蝿が死んで、残りで10人か。どうしようかなぁ、弥助(やすけ)の空いたポジションに1人欲しいから…。今
から殺し合って、残った1人に入って貰おう」

椿恭弥は突然、何を言い出すんだ。

今から殺し合って…。

「そうですね。じゃあ、廃工場内を好きに使って良いから殺し合って下さい。制限時間は…、30分程で良いでしょうか」

椿恭弥の後ろにいた美形の男の人が、恐ろしい提案をして来た。

「車の中で待たせて貰おうかな。お前、コイツ等を倉庫の中に入れろ」

「分かりました」

椿恭弥の目配せを受けた男は、私達の方に振り返る。

「お前等、ついて来い」

男はそう言って、閉じられた廃工場の扉の前まで歩き出す。

ポケットから古い鍵を取り出し、南京錠の中に鍵をさした。

ガチャンッ。

南京錠が解除され、重たい扉が引かれると埃の臭い匂いが鼻を通った。

男の視線に促され、数人の男女は躊躇なく廃工場の中に足を踏み入れる。

高い天井に豆電球が数個配置されているが、中は薄暗かった。

古びたレーンが数台とカビの生えた大きな木材の山。

チェンソーが数台、マキタ数台、丸ノコ数台と言った
機械が乱雑に机に置かれている。

電源を入れれば使えそうな状態だ。

ガチャンッ!!

そんな事を考えていると、扉が閉められる音がした。

その音を合図に私以外の男女達は、工場内を走り出す。

え、え、え?

うそっ、もう始まったって事!?

ど、どうしよう…っ。

ウィィィィン!!!!

フリフリの服を着たふくよかな女性が、チェンソーの
電源を入れた。

女性の視界に私が入っていたらしく、私の方に向かって走って来たのだ。

ウィィィィン!!!! 

どうにかしないとっ…。

私は近くにあった板の山を足で蹴り、道を塞いだ。

ドゴォォォーン!!!

ウィィィィン!!!!

女性は山になった板達を切り刻みながら、前に進もうとしている。

この隙に距離を取らないと!!

タタタタタタタ!!
 
ハンドガンを構えながらその場を離れるが、目の前から痩せ型の男がナイフを走って来たのだ。

「おらぁぁあぁぁぁああ!!」

カチャッ!!

向かって来る男の頭に銃口を向け、照準が合った所で引き金を引く。

パァァンッ!!

ブシャッ!!

放たれた銃弾は男の額に当たり、血が吹き出す。
 
続けてもう一発!!

カチャッ。

パァァンッ!!

迷いなく弾き金を続けて引き、男の命を奪う。

殺さなきゃ、私が殺される。

私はここで死ぬ訳には行かないんだから!!!

ドォォォーン!!

ガッチャーンッ!!

何かが落下した音と、チェンソーが落とされた音が工場内に響く。

後ろから音がしたよ…ね?

嫌な予感がした。

恐る恐る後ろを振り返ると、さっきのふくよかな女性が倒れていた。

女性の背中の上には、男女の死体が落とされたような状態で乗っている。

工場内に入ったメンバーの死体だった。 

女性は落下して来た死体の下敷きになり、血を吐きな
がら目を開いた状態で固っていた。

その様子からして死んでいる事が分かる。

死体の中には私の事を見ていたフード男はいなかった。

グサッ!!

その瞬間、右肩に何かが刺さった感触が全身から伝わる。

右肩後ろに視線を向けるとナイフが突き刺さっていた。

ナイフが突き刺さっていると分かった瞬間、痛みが走り出す。

「いっ!?」

「これで僕達だけだね、お姉さん」

フード男はニヤニヤしながら、ナイフを振り回している。

ナイフを投げて来たのはフード男だった。

「変態っ、ゔっ!!」

そう言って、私は刺さったナイフを力を入れて抜く。  

ズポッと音を立ててながらナイフが抜けた。

「君を初めて見た時から可愛いなぁって、思ってたんだ。

募集に参加して良かったよ。殺して、僕のコレクションにしたいなぁ…っ」

男は興奮しているのか息が荒く、饒舌になって行く。

この男…、ただの変態じゃない。

素人の私から見ても、この男が殺しに慣れているのが分かる。

ナイフで殺したのだろう。

死体の体には、ナイフで首の動脈を数回に渡って切られている。

暗いせいで分からなかったけど、男の体が返り血で真っ赤に染まっていた。

フード男はナイフを握り直し、勢いよく走ってきた。

私はフード男の足に向かって銃口を向け、引き金を引く。

パァァンッ!!

ブシャッ!!

フード男の足に銃弾が当たる。

だがフード男は足を止める事なく走り続け、私の目の
前まで到着した。

カチャッ!!

フード男の胸に銃口を向け引き金を引こうとした時、
脇腹に鈍い痛みが走る。

グチャッ、グチャッ!!

フード男は脇腹に何度も何度もナイフを突き刺さしていた。

込み上げて来る物を吐き出しながら、フード男の腹に蹴りを入れる。

吐き出された血をフード男は嬉しそうに指で拭い、自分の顔に塗りたくった。

「な、何なの?アンタ…」

脇腹から噴き出す血を手で押せながら、フード男を睨み付ける。

「僕は痛みが快楽に変わるタイプなんだよ。それに、君の血を顔に濡れて最高だぁ!!」

「は、は?」

「さぁ、早く君を殺させてくれ!!」

この男は異常だ。

フード男は楽しそうに笑いながら再び、走り出した。

この男を殺さないと、椿恭弥に選ばれない。

どうしようもない恐怖が体を縛っている。

カタカタと震えます指、銃の照準が合わない。

お兄さんだったら…、簡単に殺せちゃうんだろうな。

ふと、そんな事を思った。

お兄さんに会いたくなった。

お兄さんの役に立って、私の存在を知って貰いたい。

そんな邪な気持ちだけで、両親を捨て兵頭雪哉の元に訪れた。

動機なんて単純だ。

ここで私がフード男に殺されても、お兄さんは何も思わないだろうな。

だって、私の存在を覚えていないだろうから。

こんな男に殺されて、その後はこんな男に好きにされるのか。

そう思ったら無性に腹がって来た。

「お前なんかに殺されてたまるかよ」

「あははは!!」

「気持ち悪いんだよ!!!」

パァァンッ!!

無我夢中でフード男に向かって、引き金を引き続けた。


ギギギギッ。

重たい錆び付いた扉が開かれると、外のひんやりした空気が流れ込んでくる。

「へぇ、予想外の君が残るとはね」

椿恭弥は私の姿を見て、優しい笑みを浮かべた。

その嘘で塗りたくられた笑顔は、私を小馬鹿にしている。

私はただ、足元に転がるフード男の歪んだ笑みを黙って見下ろす。

銃弾が無くなったハンドガンはただの冷たい塊になった。

「じゃあ、最終テストと行こう。君の我慢力を見たい」

椿恭弥がそう言うと、美形の男が私に近寄り腕を掴んでくる。

もう片方の手には救急箱を持っていた。

美形の男が手を引き歩き出し、その先には大きな作業テーブルが置かれていた。

「そこに寝転んで下さい」

「は、は?」

そう言うと、私の耳元に美形の男が口を寄せる。

「ここが正念場だぞ、木下穂乃果」

「何で、私の名前を知ってるの?」

「良いか、何が何でも耐えろ。気を失いそうになっても失うな」

美形の男が言葉を言い終えると、片方の手で持っていた救急箱をテーブルに置いた。

私は言われた通りに作業テーブルに横になる。

椿恭弥はプロテアニトルグローブを装着し、徐に消毒液を掛け始める。

「佐助」

「はい」

佐助と呼ばれた女子高生の手にはハサミが握られていた。

そして徐に私が来ていたTシャツを切り出し、脇腹の
傷が顔を見せる。

何をする気なんだろう…。

そんな事を考えていると、椿恭弥が消毒液を脇腹の傷にぶっかけてきた。

バシャッ!!

その瞬間、強烈な焼けるような激痛が走る。

「っ!?ゔっ、ゔっがぁぁぁぁぁぁ!!!」

激痛のあまりに声を荒げ、ジタバタと足をばたつかせた。

だが、佐助と言う女子高生が私の足をロープで縛り上げる。

そして、両腕も縛られ身動きが取れない状況になった。

「あー、やっぱり痛い?」

そう言って、椿恭弥が泣き叫ぶ私の顔を覗き込む。

コイツ…ッ!!!

「フッ、睨み付ける元気があるなら良いね。では、手術を始めまーす」

椿恭弥は救急箱の蓋を開け、針と糸を取り出す。

針の穴に糸を通し、針の先端に消毒液を掛けた。

暫くしてからジッポライターの火で軽く炙る。

嫌な予感がした。

いや、嫌な予感しかしなかったのだ。

コイツ、麻酔なしで傷口を縫うつもりなの!?

この野郎、マジでおかしい!!

プスッ。

脇腹の傷口の側にある皮膚に針が刺さり、布を縫うように針を抜く。

焼けるような痛みが続く中、鋭い痛みが走り抜ける。

心臓が脈を打つ度に鋭い痛みが走り、嫌な咀嚼音が聞こえた。

クチャクチャッと傷口を縫われる音。

「ゔっ!!おえぇっ」

激痛のあまり顔を横に向け、込み上げた血の混じった胃液を吐いた。

何度も何度も針を傷口刺される度、体が痛みでビク付く。

意識が飛びそうになるが、激痛が脳天を走った。

その繰り返しが何度も何度も繰り返される。

どれだけの時間が経っているのだろうか。

激痛が続く度に新たな痛みが走り抜け、痛みに慣れる事はなかった。

ただ、私の中で椿恭弥に対する殺意だけが生まれた。

殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる!!!

頭の中で、椿恭弥を殺すイメージが永遠と流れる。

「ぐっ、はぁ、はぁっ。あ、くっそ…っ」

「へぇ、大したものだね君」

パチンッ。

そう言って、椿恭弥はハサミで糸を切った。

「はい、手術終了。我慢強いねぇ、君」

「はぁ、はぁっ…。麻酔しないで縫うとか…、本当にありえなっ…」

視界がグニャッと曲がり、頭の中がグルグルと周り出す。

ヤバイ…、意識…、飛ぶ。

その瞬間、私の意識がブツッと切れた。


気を失った木下穂乃果の体を組員の男が抱き上げる。

椿恭弥は木下穂乃果の顔を見ながら口を開けた。

「嘉助、この女の素性を調べ上げろ」

「分かりました」

「椿様…、その女を入れるの?」

嘉助との会話を聞いた佐助は、椿恭弥のスーツの袖を掴んで問い掛ける。

「私みたいに可愛がるの?」

「馬鹿だな、佐助。お前は他の女とは違うだろ?」

「違う?」

「あぁ、お前はJewelry Pupilを持っている。それだけでも十分、価値があるだろ?」

椿恭弥はそう言って、佐助の長い髪に触れた。

組員の男が椿恭弥に尋ねる。

「頭、この娘はどうしやすか?どちらに運びましょう?」

「あぁ、そうだなぁ…。とりあえずは、俺の家に運んでくれ」

「分かりやした。車の後部座席に乗せておきやす」

組員はそそくさに廃工場を出て行った。 

椿恭弥は隣にいる嘉助に声を掛ける。

「嘉助、闇医者の爺さんに連絡しといて。睡眠薬と点滴パック、あとは精神安定剤が切れそうなんでね」

「分かりました」

「精神安定剤だけどさ、強めのにしといて」

「強めですか?これ以上、強いのはないと爺さんは言ってましたが…」

そう言って、嘉助はスマホを操作しなから尋ねた。

「金は幾らでも積むと言っておけ。それなら、爺さんも喜んで作るだろ」

「分かりました。でしたら、直にお願いして来ます」

「そうか?」

「すみません、運転は組員に任せますので」

嘉助の言葉を聞いた椿恭弥は、ご機嫌気味に答える。

「いやいや、そんな事は良い。お前は気にせず向かってくれれば良い」

「ありがとうございます、失礼します」

椿恭弥に頭を下げた後、嘉助は廃工場を後にした。


廃工場から数メートル先に潰れたであろうラーメン屋が見えた。

ラーメン屋豚野郎と書かれた看板に、茶色の錆がこべり付いている。

閉じられたドアに向かって、嘉助はノックを5回叩く。

ガチャッ。

暫くしてから鍵が解除される音が聞こえ、ドアが開かれた。

くたびれた白衣を着た白髪の爺さんが眼鏡を指で上げながら、口を開く。

「あぁ、お前さんか」

「例の薬、出来てますか」

「まぁ、入れ。中で話そう」

「分かりました」

爺さんに促されながら、嘉助は暗い店内に足を踏み入れた。
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