MOMO

百はな

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第4章 Jewelry Pupil 狩り

55.5 沈むだけ

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CASE 二見瞬

双葉を拾った時の事を今でも鮮明に覚えてる。


3年前ー


椿からとある女の子を保護して欲しいと連絡を受けた。

俺は兵頭会の傘下に入っている九龍会に所属している。

兵頭会の決めた御法度を破って、薬の販売を組長は椿会の若頭としている。

俺と椿のやり方は同じなので、共に行動するようになったのは必然的だった。

椿はJewelry Pupilを集め、でかい事をしようとしてる。

何かしらの計画がある筈なのに、椿は誰にも公言し
てないそうだ。

俺は俺の意思を貫き通す為に、ここまで沈んだ。
もう、上がる事は出来ない。

沈んだら最後、落ちる所まで堕ちるだけだ。


新宿 歌舞伎町

歌舞伎町の裏路地のゴミ捨て場、双葉は細い体を小さく丸めて埋まってた。

何日も風呂や食事をまともに取ってない事が、一目で分かる。

人々が騒がしく話しながら通っていたのに、俺と双葉の間では音が止まっているようだ。

まだ4歳の女の子が、この世の全てを恨んでいるような目をして、見つめて来た。

クリソベリルキャキャッツアイの瞳か。

「野良猫みてぇだな、お前。」

俺の言葉を聞いた女の子は、キッと目を釣り上がらせる。

「いきなり、何。」

「ハハッ、悪口じゃないねん。可愛いじゃん?猫。」

「野良猫は褒め言葉じゃない。」

「お嬢ちゃん、1人?」

そう言うと、女の子は黙って頷いた。

「お父さんとお母さん…、殺した。」

「殺した?お嬢ちゃんが…?どうやって…。」

「双葉の目を見ただけ。そしたら、2人が胸を押さえ出してっ…。」

Jewelry Pupilの能力って事か?

こんな子供が、大人2人を殺せないだろう。
グゥゥゥ…。

「ップ!!アハハハ!!」

シリアスな話をしているのに、腹の虫の声を聞き、笑いが溢れる。

「わ、笑うな!!」

女の子の反応からして、どうやらお腹を空かせているようだ。

「お腹すいたか?何が食いたい?」

「オムライス、温かいオムライス。」

「それぐらいなら、作ってやるで。」

「え、作れるの?オムライス、ニコちゃんの。」

「ニコちゃん?」

俺の言葉を聞いた女の子は、ニッと笑う。

「ニコちゃん、ニコちゃんマーク!!ケチャップで、ニコちゃん描いてくれる?」

「あー、落書きしろって事か。ええよ、描いちゃる。

「やった!!」

「そう言えば、お嬢ちゃん名前は?」

「双葉、お兄ちゃんの名前は?」

「瞬、二見瞬。」

手を伸ばせば、双葉は手を伸ばし握って来た。

家に連れて帰り、汚れていた双葉を風呂に入れ、食事の用意を始める。

幸いな事に冷蔵庫の中には、オムライスを作る為に必要な材料があった。

まずは、ケチャップライスを作るか。

ストックしてある冷凍ご飯をレンジで温めてる間に、玉ねぎとソーセージを小さく切る。

タンタンタンタンッ。

フライパンを取り出して、火を付け、油を引き、具材を炒める。

ジュワワワッ。

ガチャ。

調理を始めていると、リビングのドアが開いた。

「瞬、お風呂…、終わった。」

ポタポタと髪から水の雫が垂れた双葉を見て、俺は腰を低くし、タオルで頭を拭いた。

ワシャ、ワシャ、ワシャ、ワシャ!!

「おー、ちゃんと髪拭けよ。風邪、引くやろ?」

「…、ありがとう。」

「ソファーに座って待ってなー。」

「あの大きなソファーに座って良いの?」

「良いに決まっとるやん?」

そう言うと、双葉は嬉しそうにソファーに腰を下ろした。

火を止めていたので、再び点火し、ケチャップライスを温める。 

別皿に移した後、卵を3個割り生クリームを入れ混ぜる。

その後、洗ったフライパンにバターを落とし、卵を流し入れる。

ジュワワワッ。

「よっと。」

ケチャップライスの上に卵を着地させ、ケチャップでニコちゃんを描く。

それからインスタントだが、コーンスープも用意した。

「はーい、お待ちどうさん。ニコちゃんオムライスの完成やでー。」

コトッ。

双葉の前にオムライスとコーンスープを置く。

「わ、わぁ…。オムライスだ!!」

「ほら、温かいうちに食べや?」

「うん、いただきます。」

パクッと双葉がオムライスを頬張ると、勢いよく食べ出した。

「おぉー、良い食べっぷりやな!!」

「お、おいしぃ!!瞬は、コックさんなの?」

「ん?いーや、ちゃうちゃう。」

俺は双葉の隣に腰を下ろし、ネクタイを緩める。

「ほーら、口に付いてる。」

「むぐっ、あ、ありがとう…。」

「美味しいなら、良かったわ。」

そう言って、頭を優しく撫でると、双葉は嬉しそう
に笑う。

やっぱ、こうして見ると普通の子供なんだよなぁ。

Jewelry Pupilって聞いてもも、瞳が違うだけ。

ポケットから、ナチュラル・アメリカン・スピリット・ペリボックスを取り出すと、スマホが鳴った。

プルルッ、プルルッ。

着信相手は勿論、椿からだった。

「子供は拾えたか?二見。」

「お疲れ様ー、椿。無事に保護出来たでー。それで?どうすんや、この子。」

「お前、その子供の騎士になれ。」

「騎士?何やそれ。」

俺の言葉を聞いた椿は、Jewelry Pupilと騎士についての説明を聞いた。

「よく分からへんけど、俺がこの子の面倒を見れば良いんやな。」

「ま、そう言う事。その子供、お前に依存させろよ?逃げ出さねーように、囲っとけ。」

「囲っとけって…。」

「俺に口答えすんのか、二見。」

「分かった。」

「また、連絡する。」

ピッと乱暴に通話が切られ、煙草を咥え、火を付ける。

「瞬、疲れてる。」

「あー、何でもない。双葉ー、俺と暮らす気はあるかぁ?」

「え?」

「行く所がないなら、うちにおってもええで。」

のそのそと俺に近付き、シャツの袖を掴んで来た。

「叩いたりしない?」

「え?そんな事、する訳ないやろ。」

「大人は叩くもん。」

「叩かへんって、今だって双葉を叩いてへんやろ。」

「う、うん。」

「あんな、双葉。ビクビクしてたら、なめられるで?」

双葉はキョトンとしたまま、俺の言葉を聞いていた。

「双葉、大人は弱い奴しか虐めへん。虐められたくなかったら、強くならなかん。双葉が強かったら、大人は殴ってけーへんよ。」

「本当?」

「そうや?双葉、もしまた誰かに虐められたら、倍返しにしたれ。」

「あははは!!そっか…。」

「大人はなぁ、弱い奴を虐めへんと威厳を保てない生き物なんや。双葉は、そんな大人になったらいかんよ。」

双葉に向かって吐いた言葉だが、自分自身にも言っていた。

なめられたくなくて、俺は九龍会に入った。

巷で有名だった九龍会の組員と言うだけで、一般人は近寄らなくなった。

どこの組にも所属していないチンピラ達は、俺を見て頭を下げるようになった。

俺に平伏しているような、優越感に浸っている自分に酔っていた時期もあった。

だけど、俺は…。

誰かの上に立ってみたくなった。

そう思ったのは、兵頭会の組員である兵頭雪哉さんを見た時だった。

凄いオーラがある人だと思った。

あの人が通れば、傘下に入ってる組長、若頭達が頭を下げる。

男の中の男、男から見ても威厳のある姿に惚れ惚れする人だ。

この人みたいに、オーラのある男になりたいと思っ
た。

俺は、どんな事をしてでも、のし上がってやると誓い、色々な事をして来た。

薬の売買、人殺しの仕事、やれる事はやった。

使える物は何でも使う、それが子供だろうとだ。

「双葉は、瞬と一緒に居たい。」

「そうか。」

「うん、瞬の役に立てるように頑張る。」

そう言って、双葉は俺に抱き付いた。


それから、俺と双葉の2人暮らしが始まった。

俺は殺しの仕事の時に、双葉をわざと同行させ、現場を見せた。

吐き出す双葉に手を貸さず、言葉も投げかけない。

双葉の純粋な心を壊す為に、非道な事をしているからだ。

まともな理性を破壊させ、イカれさせる為に。

パァァアン!!

銃弾の発砲音が鳴り響く中、双葉は死体を見て吐き出した。

「ゔ、ゔぇぇぇ…。しゅ、瞬、帰りたいっ…。」

「帰りたいなら、1人で帰ったらええよ。」

「え?」

「そんなに帰りたいなら、帰ればええ。ただし、俺の家に帰って来んで。」

「な、何で?ふ、双葉…、悪い事した?」

双葉は泣きそうな顔をしながら、俺にしがみつこうとして来た。

ドンッ。

だが、俺は双葉の体を付け放し、冷たく見下ろす。

「俺と一緒に居るって、こう意味やで。耐え切れないなら、俺の元からいなくなるんやな。双葉の代わりは幾らでも居るんや。」

「っ!?や、やだ。やだ、やだ!!双葉以外を可愛がったらやだ!!やだ!!」

大きな声で泣き出す双葉を、俺は慰めない。

本当はこんな事をしてはいけないと分かってる。

だけど、俺は…、もう。

誰かの為に自分が積み上げて来た物を壊す事は出来ないんだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!双葉、瞬の言う事聞くから。な、何でもするからっ。お、お願いだから、双葉を嫌わないで…っ。」

「なら、双葉。お母さんとお父さんを殺した力を、
俺にも頂戴?」

「どうやって、あげれば良いの?」

「ちゅーしてくれたらええよ。そしたら、俺達はもっと仲良しになれるで?」

「もっと、仲良く…。双葉、瞬と仲良くなる。」

双葉がキスしやすいように、腰を低くする。

チュッと柔らかく、小さな唇が触れると、体の中が沸騰したように熱くなった。

何かが流れ込んでくるような感覚がし、左手の小指に違和感を感じた。

視線を小指に向けると、赤い糸が小指に巻き付いてる?

糸がそのまま指の肌に食い込み、タトゥーのような物になった。

それはどうやら、双葉も同じようだ。

何となくだが、双葉の騎士になれた感じがした。

「これで良いのかな?」

「あぁ、ありがとうな双葉。」

「ううん、瞬の役に立てるなら良いの。双葉もこれから殺すの手伝うから!!」

「え?」

思わず双葉の目を見て、ギョッとしてしまった。

「あははは!!どーして、怖がってたんだろぉおお。お父さんとお母さんを殺した時の気持ち、忘れてたぁ。」

「忘れてたって、何を?」

双葉はいかれた目のまま、話を続けた。

「双葉ねー、殴って来るお父さんとお母さんが怖かったの。だけどね、双葉の目を見て、血を吐いて死んだの。その姿を見て、双葉は楽しかったの。あー、悪い大人を倒して、楽しいなって!!ヒーローアニメみたいだなって!!あははは!!」

「そっか、良かったなぁ。」

「うん!!だからね、瞬の邪魔する奴等は、双葉が殺すから!!」

「頼もしいなぁ、双葉は。」

「えへへ。」

双葉は俺に褒められたいようで、双葉は変わってしまった。

俺の仕事に同行した双葉は、Jewelry Words を使い、人を殺し始めた。

試しに自分も、Jewelry Words を使ってみたら使えてしまった。

椿の言っていた事は、本当だった。

Jewelry Pupilは、極度に心を許した相手に依存するらしい。

言い方を悪くしたら、利用されやすいと言う事。

信頼さえ取れれば、Jewelry Pupilに何でも命令出来
ると言う事。

だから、椿は双葉を依存させろと言ったのか。

椿が連れていた佐助と言う女子高生が、良い例だ。

暴力の上で成り立った歪んだ愛情を注ぎ、佐助は椿
に異常な程、依存している。

戦闘用の道具…か。

だけど、俺は双葉を殴る事はしなかった。

約束したからと言うのもあるけど、大切に思っていたからだ。

酷い事をしてると言う事は分かってる。

俺と双葉は普通の関係じゃない事だって。


辰巳君と美雨ちゃんの2人を見たら、胸が苦しくなった。

蘇武を使って美雨ちゃんを奪おうとしたが、2人を引き裂く事が出来なかった。

辰巳君は、美雨ちゃんに本当の愛を注いでいたのが分かった。

俺と椿とは違った愛を、辰巳君は与えているのか。

それに、双葉の体に限界が近付いて来ている事に気が付いた。

日に日に痩せ細って行く体、吐血する頻度も増え、寝たきりの状態が続いた。

ソファーから動けない双葉は、静かに眠っている。
双葉の体を壊してるのは、俺だ。

原因は、俺も双葉もJewelry Wordsを使い過ぎている事。

小さい体でJewelry Wordsを使い過ぎると、細胞を破壊し始めるそうだ。

青白い双葉の頬を指で撫でていると、椿から着信が入った。

双葉を起こさないように、リビングを出てから通話に出る。

「もしもし?双葉ちゃん、そろそろ限界なんじゃない?」

「まぁ、そうやな。」

「新しいJewelry Pupilを紹介してあげるから、双葉ちゃんは殺しなよ。」

「…は?」

双葉を殺せ?

な、何を言うとるんや…、コイツ。

「Jewelry Wordsが使えないんじゃ、道具としての価値がないだろ?殺しても、瞳さえくり抜けば、再利用が出来るしな。」
 
「双葉は殺させんよ、椿。俺の血をあげとるから、大丈夫や。」

「へー、何気に可愛がってんだな。どうすんの、仕事出来んの?」

椿は怠そうな声を出して、俺に問いを投げ掛けた。

仕事…と言うのは、殺しの仕事の事。

「暫くは、双葉は連れて行かへんよ。俺だけでも、殺しは出来るしな。」
 
「あ、そう。仕事に支障が出なけりゃ、こっちから言う事はねぇよ。ただなぁ、最近のお前は威圧感がねーんだよ。分かってんだろ?蘇武の件以来から、おかしいだろ。」

「仕事はちゃんとしとるからええやろ。お前が俺達を道具としてしか見てへん事も、承知しとる。」

「今の家に住めてんのも、良い車に乗れてんのも、誰のおかげか分かってる?」

分かってるよ、そんな事。

タワマンに住めてんのも、高級車に乗れてんのも、贅沢な生活を出来てるのも、椿が贔屓(ひいき)にしてくれてるからだ。
 
俺だって、そこそこは稼いでいる。

だが、椿はその上を稼いでおり、嘉助にも良いマンションを与えている。

気に入った相手に金を使うのを惜しまない。

「分かっとる、それについては感謝しとるよ。」

「だったら、口答えすんなよ?四郎君達を今度こそ仕留めろ。何回、失敗したら気が済むんだよ。」

「…。」

「今度、失敗したら双葉ちゃんを殺す。」

「そ、それは…。」

「嫌だったら、ちゃんとやれ。」

ピッと通話が切られ、俺は廊下に座り込む。
 
プルルッ、プルルッ、プルルッ。

再びスマホに着信が入り、画面に視線を向けると、嘉助からだった。

「お疲れ様です、二見さん。今、お時間宜しいですか?」

「あぁ…、何や。」

「ありがとうございます。頭から連絡があったと思いますが、二見さん、ご不満に思っていらっしゃいますよね?」

嘉助の言葉を聞いて、ドクンッと心臓が高なかった。

「な、んで…。そう、思うんや…?」

「隠さなくても結構ですよ、言い方も宜しくなかったですし。双葉ちゃんの事を大事に思っていたら、尚更の事です。」

「俺は…。」

「はい。」

「俺は…、双葉を道具扱いして来た事が許せなかったんや。」
 
優しい声のトーンで話す嘉助に、思わず本音を漏らしてしまった。

「そうですよね、二見さんの反応が普通ですよ。頭の言う事も最もな所もあります。四郎君達を邪魔だと強く思っていますから、焦っている所もあるのでしょう。信頼している二見さんに、連絡を入れたのでしょうね?」

椿が焦っている…?

あの、椿が?
 
「そ、そうなんや。」

「双葉ちゃんにアルビノの血を飲ませれば、落ち着
くのでしょうが。」

その言葉を聞いて、パーンッと頭の中で何かが弾けた。

「そうや、アルビノ…。」
 
「え?」

「悪いなぁ、嘉助。電話切るわ。」

「え?あ、はい。」

プツンッ!!

通話を終わらせ、急いで寝ている双葉の元に向かった。


PM.15:00 原宿通り 

俺は四郎君達との戦いの前に、双葉をクレープ屋に連れて来ていた。
 
「瞬、見て!!大きな苺が乗ってる!!」

「良かったなぁ、双葉。ほら、クリームが付いとる。」
 
「ありがとう、瞬!!おいしぃ!!」

口元に付いてるクリームを指で拭い、喜ぶ双葉を見つめる。

モモちゃんを殺して、身体中の血を抜き取れば、暫
くは血に困らないだろう。

嘉助の言葉を聞いてから、頭の中がクリアになった。

そうた、アルビノの血さえあれば双葉は…。

「瞬ー?どうしたの?」

「ん?双葉が大切やなって、思っただけや。」

そう言って、双葉の体を抱き上げた。
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