MOMO

百はな

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第4章 Jewelry Pupil 狩り

46 .好きになって

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CASE モモ

倉庫からの帰り道、三郎と四郎の会話に入れなかった。

2人の間には、他人が入れない壁があった。

私にとっては、とても大きい壁。

三郎は私の事を警戒してる。

初めて会った時からずっと、私に対してだけ。

笑顔を向けて来るけど、偽物の笑顔だ。

私と四郎の間に壁を作る人、近付けさせない人。

四郎の声も、私とは違って優しい。

キュュゥ…。

胸が痛い。

眠ったら、この痛みは治るのかな…。

そう思い、私は目を閉じた。


眩しい朝陽が、私を照らした。

ベビーベッドの上には、様々な小さな動物の人形が飾られ、オルゴールの音がした。

見覚えのある景色…。

でも、どこで?

「モモ。可愛い、可愛い、私の娘。」

そう言って、誰かが私の髪を撫でた。

誰…?

「あ、お帰りなさい。遅かったわね?ん?それは?」

「ごめんな、お詫びにケーキ買って来た。モモちゃーん、ただいま。」

男の人は私の額に唇を落とし、女の人を抱き締めた。

私…、この人達を知ってる。

だけど、顔が見えない。

私の名前を呼ぶ2人の声も、私に触れる優しい手も、全部を知ってる。

「ふふっ、ありがとう。この子も大きくなったら、ケーキを食べれるね。」

「あぁ、楽しみだな。体、辛くないか?」

「大丈夫よ、雪哉さんも手伝ってくれてるわ。」

「そうか、親父はモモに甘々だからなぁ。また、暫く遅くなりそうなんだ。片付けねーといけない、仕事があるんだ。」

男の人は申し訳なさそうに言った。

「仕方ないわよ、お仕事だもの。こうして、帰って来てくれるだけで…、幸せなの。モモも居るし、寂しくわ。」

「ありがとう、なるべく早く終わらせるから。」

「今日は、貴方の好きなビーフシチューを作ったの。頂きましょ?」

そうだ…。

この人達は、私のパパとママ。

雪哉おじさんは、叔父さんだった。

私はパパとママに愛され、育てられていた。

これは夢だ。

夢は現実なんかじゃないんだ。

じゃあ…、何で?

何で、私の事を捨てたの?

私をあんな…、酷い場所に置いて行ったの?

私の事が嫌いになったの?

だから、私を捨てたの?

ねぇ、どうして?

「っ!?」

黒くてドロドロした物が、私を飲み込もうとしていた。

嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。

早く、早く、早く、早く、早く。

覚めて、覚めて、覚めて、覚めて!!

助けて、助けて…。

私は、大好きなあの人の名前を叫んだ。

「四郎っ!!」

目を開けると、見慣れた天井が見えた。

「モモちゃん?どうした?」

襖を開けて入って来たのは、雪哉おじさんだった。

私が今、会いたいのは…、この人じゃない。

「四郎はどこ?」

「え?」

「四郎…、どこ。」

「モモちゃ…。」

「四郎じゃないと、やだあああ!!!」

感情がぐちゃぐちゃになって、理由もなく涙が出て来た。

私は四郎の名前を呼びながら、泣き叫んだ。


CASE 四郎

「四郎、一郎と連絡が取れたよ。」

兵頭会の本家に到着した俺達を出迎えたのは、二郎だった。

どうやら、一郎と連絡が取れたようだ。

「あれ?てっきり、二郎とは連絡取り合ってるかと…。」

「今回が初めてだけどな。六郎と一緒に、薫君の護衛をしてるみたい。」

三郎の問いに、二郎は答えた。

「あー、椿が狙ってるって言ってたな。薫君のJewelry Wordsで、傷が治ったし。あの2人は、薫君を助けたいんだろうねぇ。」

「ボスが俺達を集めて、話があるみたいだよ。」

「あの2人、何が喋ったの?」

「消えた。」

「「は?」」

俺と三郎の声が重なった。

「消えたって、どう言う事だよ。」

「言ったままだよ。突然、ボスの目の前から姿が消えた。」

「それってさ…、Jewelry Wordsの力ぽいよねぇ。目の前から消えるって、実際じゃ有り得ないでしょ。」

「三郎の言う通りかもね。ボスもそうかもって、言ってたし…。」

ドタドダドタドタ!!!

俺達が話していると、慌てたようすの五郎が声を掛けて来た。

「四郎!!」

「あ?何だよ、五郎。」

「ボスが呼んでる!!モモが泣き出したんだよ!!」

五郎の言葉を聞いて、驚いた。

モモが泣き出した?

「とにかく、来てくれ!!お前の名前を呼んで、泣き叫でるんだ。」

「分かった。」

俺は五郎に連れられ、モモが寝ている部屋に向かった。

ガッジャーンッ!!!

部屋に近付くと、部屋から何かが割れる音が聞こえた。

「うわあぁぁぁあん!!触らないで!!おじさんじゃないよ!!」

「モモちゃん、危ないからそれを離して。」

「嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!!!うわぁぁぁぁあん!!」

「へぇー、本当に泣いてるよ。子供な所もあるんだねー。」

モモの鳴き声を聞いた三郎は、言葉を放った。

部屋の襖の前には、伊織と星影が居たが、慌てているように見えた。

「あ、四郎さん!!良かった、中に入って下さい。
四郎さんだけで、お願いします。」

星影は、俺の隣に居る三郎に視線を送る。

「え、何で。」

「頭がそうおっしゃってますので…。お二人は、部屋に入らないで下さい。」

「あっそ、煙草でも吸ってこよー。」

「俺も行くよ。お前も行くだろ、五郎。」

「お、おう。」

三郎達がモモの部屋を後にした瞬間、頭に激痛が走った。

ズキンッ!!

「ゔっ。」

「四郎?どうした、頭を押さえて…って、顔色悪いぞ。」

頭を鈍器で殴られたような感覚に、ぐちゃぐちゃな感情が流れて来た。

何だ、これっ…。

気持ち悪い。

二日酔いみたいな頭痛と、気持ち悪さ…。

あの倉庫以来から、俺の体がおかしくなってしまったようだ。

これは…、モモの感情?

そんな様な事を、モモが言っていたな…。

ガラッ。

「四郎。」

襖を開け、ボスが部屋から顔を出した。

ボスの頬は切れていて、血が流れていた。

「頭!?傷が…。」

「大丈夫だ、伊織。四郎、モモちゃんを安心させてやれ。」

「安心って…、分かりました。」

「後で、話がある。モモちゃんの件が終わったら、メンバーを集めて部屋に来い。」

「分かりました。」

とにかく、部屋に入るか…。

俺はゆっくりと部屋の中に入り、モモの姿を見つけた。

部屋中の物が荒され、モモは隅っこで蹲っていた。

「ひっく、ひっく。」

「モモ。」

「四郎っ、ひっく、ひっく。」

「どうしたんだ。」

「四郎がっ、四郎が、起きた時にいないからぁぁぁあ。」

泣き叫ぶモモの前に腰を下ろし、近くにあったタオルを手に取った。

「お前が寝てたから、部屋に運んだんだろ?」

「三郎と一緒にいたんでしょ?私を置いて、2人だけで仲良くしてたんでしょ。」

「は?」

「ずるい!!三郎ばっかり、四郎と仲良くしてずるい!!」

まさかとは思うが、コイツ…。

「何、不貞腐れてんだよ。三郎に妬いてんのか?」

「不貞腐れてないもん!!四郎が、私の事を好きなってくれないからぁぁあ!!」

「あのな、俺は好きって感情が分からねぇ。多分、一般的な感情もだ。」

俺の言葉を聞いたモモは、ピタッと泣き止んだ。

「え?」

「親からの愛情を注いで貰った記憶も無い。だか
ら、好きとか、愛してるとかの感情が分からん。」

モモの顔を優しく、タオルで拭きながら言葉を続けた。

「三郎とはガキの頃からの付き合いだから、他のメンバーよりも信用してる。アイツも俺と同じような環境で育って、俺と一緒に殺し屋になった。こんな事を話したのは、お前が始めてだ。」

「本当?」

「あぁ、少なくとも最初の頃よりかは、お前の事は気にかけてる。」

「嬉しいっ。じゃあ、私が四郎に好きって感情を教える!!」

「は?」

何を言い出すんだ、コイツは。

「三郎と仲良いのは、子供の頃から一緒にいるからなのね。それは、仕方ないよね。でも、感情は私が教えるから!!好きも愛してるも!!」

「何か、急に元気になったな…。」

「私の事、好きにさせるからっ。だから、私の事を捨てないで。」

そう言って、モモは表情を曇らせた。

モモは、捨てると言う言葉をよく言う。

恐らくだが、これがモモにとっての恐怖だろう。

どうすれば、捨てられないのか。

どうしたら、褒めてくれるのか。

その事が、モモの頭を支配している。

そうしたのは…、モモの育った環境と社会の裏を見
過ぎた所為だ。

「四郎…、嫌いになった…?」

モモはそう言って、俺の手に触れた。

自分の古傷のある手と、モモの真っ白な手が目にはいる。

「お前の手は…、綺麗だな。」

「え?」

「俺の手は、いつからか綺麗じゃなくなった。この手はもう、汚すな。」

「四郎…、嬉しい。」

ギュッと俺に抱き付き、そのまま眠った。

こんな事を言うつもりじゃ、なかったけどな…。

俺はもう、モモと出会う前の俺じゃなくなって来ているような…。

知らない感情が、心を支配する。

「何なんだよ…、お前は。」

ポンポンッと、頭を撫でながら呟いた。


ドサッ!!

深傷をおった伊助と喜助は、高級マンションの部屋に現れた。

カツカツカツ。
「はぁ…、はぁ…。」

伊助は上手く息が出来ず、現れた人物に視線を送るしか出来なかった。

「おかえり、伊助、喜助。」

荒い息を吐く2人の前に、椿と佐助が現れた。

パリーンッ!!

椿の手に握られていたJewelry Pupil が砕ける。

「す、すいませ…。」

「雪哉さんに余計な事を詮索されても、困るからね。貴重なJewelry Pupilを使っちゃったけど、君達が帰って来て良かったよ。」

「椿様…、ありがとうございます。」

伊助と喜助は、椿に向かって土下座をした。

「君達には、そろそろ次の段階に進んで貰うよ?」

「はぁ…、次の…?」

「伊助、喜助には、怪我をしても動けるようにしてあげる。大丈夫、僕を信じてくれてるなら、やれるよね。」

「っ…。」

椿は冷たい視線を2人に送る。

伊助はその瞳を見て、額に冷や汗をかいた。

「拒絶反応をしても大丈夫、アルビノの血を飲めば治るからね、嘉助ー。」

「はい、椿様。」

呼ばれた嘉助は、椿の後ろに立つ。

「2人の手当てを、それとキャンディ製造部隊にも連絡を入れといて。」

「分かりました、椿様。そろそろ、お休みになられた方が、宜しいですよ。明日は、早くから予定がありますから。」

「そうたね、行くよ佐助。」

そう言って、椿は佐助の手を引く。

「はい、椿様。」

ガチャッ。

椿と佐助が部屋を出て行ったのを確認し、嘉助は2人を持ち上げた。

気を失っている2人を、心配そうに嘉助は見つめた。

「…、ごめんな。」

「へぇ、アンタさんも謝ったりするんスねー。」

「弥助、お前が部屋から出るなんて、珍しいな。」

「夜食ッスよ。うわっ、痛そう…。」

カップラーメンを持った弥助は、苦い顔をした。

「お前も、手伝えよ。」

「えぇ…、マジか。」

「カップラーメンの湯が沸くまでで、良いから。」

「ッス。」

喜助と弥助は、2人の手当てを始めた頃、椿と佐助は、椿の自室にいた。

「佐助、明日は予定を空けておいて。」

「分かりました、用事ですか?」

「あぁ、大事なね。」

「…、椿様。」

「いつものね。」

椿はそう言って、頭を撫でてから、佐助の額にキスをした。

「白雪の負担を減らさないとね。」

「白雪様は…。」

「お前には、白雪の代わりは無理だよ。」

「白雪様は、永遠に椿様のお姫様…、なんですね。分かってます、私なんかが…。」

佐助は言葉を飲み込み、椿に抱き着く。

「椿様、私を可愛がってもらえるだけで…。私は幸せです。」

「可愛い佐助、僕のJewelry Pupil。」

椿は佐助を抱き締めながら、ベットに倒れた。
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