MOMO

百はな

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第3章 赤く黒く染まる

29.間宮海峡と言う男

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CASE 四郎

「一郎が、六郎の兄貴…?嘘だろ?だ、だって、六郎の兄貴の情報が全く無かったじゃないか。」

「ボスが俺の情報を外部に流れないようにしてくれていたんだ。そう言う訳だから、外に行け。」

一郎はそう言って、俺の背中を押した。

トンッ。

タタタタタタタッ!!

「お、おい、一郎!!」

俺が振り返ると、一郎の姿はもうなかった。

「四郎…、ゴホッ、ゴホッ。」

モモが俺の名前を呼びながら咳き込んだ。

「ッチ、クソッ。」

俺はモモの顔を自分の服で押さえながら、一郎とは
逆方向に向かって走った。



CASE 一郎

ドゴォォォーン!!

爆発音を無視し、九龍彰宏の自室に向かう。

あの日の事を後悔しない日はなかった。

フラフラする足に鞭を打ちながら、奥の部屋に進む。

ドカッ!!

乱暴に襖を蹴破り、部屋の中に大きな水槽があった。

この中に鍵があるのか。

俺は袖を捲り水槽の中に手を突っ込んだ。

ザパァ!!

手探りで水槽の中に轢かれている石の中を漁る。

どこだ、どこにある。

ジャリッ。

ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ。

水槽の中に小さな壺を見つけた。

この壺の中にあるのか?

壺を取り出し、床に叩き付けた。

パリーンッ!!

「あった。」

これで、六郎を迎えに行ける。

鍵を手に取った瞬間、白い光が目に入った。

爆弾!?

俺は急いで部屋を出ようとしたが、爆発する方が早く、背中に痛みと熱さを感じた。

ドゴォォォーン!!

「ガハッ!!」

ドサッ!!

…。

あれ…。

どうなったんだ?

俺はまだ、生きているのか?

一瞬、飛んでた。

地下室は…、庭の…。

六郎を…いや、ユマを置いて出て行った事を後悔しない日はなかった。


ーユマを置いて出て行ったのは、12年前だ。

俺がまた14歳で間宮海莉(まみやかいり)だった頃。

小さかったユマを守れるのは俺しかいなかった。

母親の再婚した男がクソだった。

ユマの事を性的な目で見ている事に気付いたからだ。

まだ、幼いユマの体をいやらしい目で見ていた。

「ユマちゃぁん。お父さんとお風呂に入ろう?」

ユマが人形で遊んでいる隣に座った男は、風呂に入ろうと誘っていた。

あからさまにユマは男の事を怖がっていて、男はニ
ヤニヤしている。

母親はユマを睨み付けているし、ユマを助ける気はないようだ。

「ユマ、こっちにおいで。」

俺がそう言うと、ユマは俺の元に急いで来た。

「ユマ、銭湯に行こうか。」

「うん!!」

「おい、待てよ!!」

ユマの手を引き、男の怒鳴り声を無視しマンションを出た。

ここから銭湯は自転車に乗らないと少し距離がある。

俺はユマを後ろ乗せ銭湯に向かった。

「ありがとう、お兄ちゃん。」

「良いんだ。ユマをあんな男と一緒に居させられねぇ。」

何とかして、ユマと男を一緒に風呂に入れさせないようにした。

ユマと男を引き剥がそうとする度に、俺は男に殴られた。

殴られるくらいなら我慢できる。

だが、ユマに手を出して来るのは我慢できなかった。

ユマは俺にしがみ付いて、よく寝ていた。

ユマは何も悪くない。

悪くないのに、どうして母親からも虐げられるんだ。

「俺がユマを守る。俺しか、ユマを守れないんだから。」

俺の理性が切れる事が起きた。

それは、俺の学校が終わるのが遅くなった日だった。

急いでマンションに戻り、部屋に入って目に入ったのは、男がユマの着ている服を無理矢理、脱がそう
としている所だった。

俺は男とユマを引き剥がし、ユマを背中に隠した。

「ユマに触るな、糞野郎!!」

「あぁん!?テメーを見てると苛々すんだよ!!」

ゴンッ!!

男の拳が俺の頬に当たった。

俺の体が大きく揺れ、後ろに倒れた

バタン!!

男は俺の体に跨り、俺を殴り続けた。

「やめて!!やめてよ!!」

「ユマ!!逃げろ!!」

「このクソガキが!!」

俺はユマに外に行くように言ったが、男が阻止した。

ユマに手を伸ばし床に押し倒した。

「いや、いや!!やめてよ!!」

「うるせー!!黙ってろ!!」

パンッ!!

男がユマの頬を叩いた。

ユマの鼻から血がながれ、ユマは恐怖のあまり体を震わせていた。

「母さん!!アイツを止めてくれよ!!」

俺は椅子に座っている母さんに助けを求めた。

だが、母さんは何も言わずにテレビをつけ始めた。

「はぁ、はぁ、はぁ、ユマちゃあん。」

「いやあぁぁぁあ!!」

雨音が激しく雷が落ちた。

ドゴォォォーン!!

俺は無意識でキッチンに行き、包丁を取り出した。

そして、男の背中に向かって包丁を刺した。

ドゴォォォーン!!

グサッ!!

男の白いTシャツが赤くなり始めた。

「痛ってぇ…な。は?」

「死ねぇえぇえー!!死ね、死ね、死ねー!!」

グサッ、グサグサグサグサ!!

俺はひたすら、男の体を包丁で刺し続けた。

死ね、死ね。

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。

「や、やめてぐれ、」

「死ね!!」

「いゃぁぁぁぁぁぁあ!!」

母さんは返り血を浴びた俺を見て悲鳴を上げた。

男の体から血が流れ、床を真っ赤に染めた。

俺が男を殺した。

ユマに手を出したからだ。

俺は立ち上がり、母さんの方に向かって歩いた。

母さんは壁際まで逃げたが、俺は足を止めなかった。

「や、やめて、こ、こないで!!」

「母さんはユマを守ってくれなかった。」

「や、ち、違うの。」

「何が違うんだよ?あ?言ってみてよ。」

「ユマが悪いのよ?!私の男を誘惑したのが!?私はあの人に嫌われたくなかった!!ユマが、ユマさえ産まなきゃ良かったのよ!!」

「じゃあ、死んでくれ。俺達の為に。」

「え?」

俺は母さんの首元を包丁で切った。

ブシャアアア!!

母さんの首元から大量の血が飛び出た。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ。あ、」

首元を押さえながら母さんは床に倒れた。

「た、たずけ…。」
 
「お兄ちゃん?」

「っ!!ユマ!!」

ユマの声を聞いた俺は、咄嗟にユマの体を抱き締めた。

「ユマ、大丈夫だ。兄ちゃんが悪い奴等を倒したからな。」

「お兄ちゃん…?この赤いのは何?」

ピチャ。

ユマが床に付いている血を見て言葉を放った。

こんな状況にユマを居させてしまった。

ユマには見せてはいけなかった。

俺はやっと、自分が罪を犯してしまった事に気が付いた。

「あ、あぁ…。ユマ、ユマ、ごめんな。」

「どうして、お兄ちゃんが謝るの?」

「こんな兄ちゃんで、ごめんな…。」

「お兄ちゃん、泣かないで…。」

これから先、ユマを守っていけるのか?

ユマを連れてここから離れて、どこに行けば良い?

俺が捕まったら、ユマが人殺しの妹って呼ばれる。

それだけは駄目だ。

どうにかして、俺の指紋を消さないと。

俺はユマを離し、包丁に付いた指紋を拭き取る為に
タオルを手に取った。

タオルで拭いただけで指紋が取れるか、分からなかった。

だけど、その方法しか思い付かなかった。

母親の悲鳴を聞いた住人が来るかもしれない。

その前に俺はいなくならないと。

「ユマ。よく、聞いて。」

「なぁに?お兄ちゃん。」

「お兄ちゃん、ユマを守る為にここから離れないといけないんだ。」

「どこかに行っちゃうの?」

ユマは泣きそうな顔をして、俺を見つめた。

「ユマ、お兄ちゃんはお前の事を絶対に迎えに行くから。だから、俺の事は秘密にしていて欲しい。」

「秘密?」

「うん。これからきっと、ユマは知らない大人達に俺の事を聞かれると思うんだ。だから、俺の事は誰にも言わないで欲しい。」

「分かった。ユマ、言わない。」

俺はユマの頭を撫で、立ち上がった。

「お兄ちゃん…。」

「ユマ、ごめんな。」

俺はドアを開け部屋を出た。

雨の中を俺は走り続けた。

サイレンの音にビクッとなり、震える体で走り続けた。

「おい、ガキ。」

黒い高級車が俺の前で止まった。

車の窓から顔を出したのは、いかにもヤクザな男。

「血塗れじゃねーか。どうしたんだ?その血は。」

煙草を咥えながら、俺に話し掛けて来る。

「…。」

「乗れ。」

「…、え?」

「行く所が無いんだろ?俺が拾ってやるよ。」

これが、兵頭雪哉さんとの出会いだった。

事務所に連れて行かれた俺は、兵頭雪哉さんに全てを話した。

すると、兵頭雪哉さんは「心配するな、俺が処理してやる。」と言って事務所を出て行った。

暫くして、兵頭雪哉さんと付き人だった岡崎伊織さんが帰って来た。

「話は付けて来た。お前は今日から一郎って名乗れ。」

「ど、どう言う事なのか説明して下さい。話を付けたって、誰に?」

「お前は俺に買われた。それだけだ。」

「買われた?俺が?」

「強盗が入り、妹のユマを守る為に両親は殺害された。兄は学校帰りに交通事故に遭い死亡した事になった。」

本当にそんな事になっているのか?

俺が信じられないでいると、岡崎伊織さんがテレビを付けた。

兵頭雪哉さんが言った通りになっていて、俺と思われる死体が見つかったとニュースで流れた。

「ユマは、ユマはどうなったんですか!?」

「お前の妹は、施設に入る事になった。俺が経営している施設だから、様子が見たいなら見に行けるぞ。」

「…。ユマを助けてくれて感謝しています。今、ユマに会っても俺はユマを幸せに出来ない。」

「海莉、お前は人を殺した。その事実はかわらねぇ。だがな、お前は守る為に殺した。それは悪ではなく、正義だ。普通の14歳の子供がこんな事は出来ない。大したもんだよ。」

俺を否定せずに、攻めもしなかった。

この人はヤクザだけど、凄い人なのかもしれない。

俺とユマを助けてくれたこの人の、役に立ちたい。

それから俺は、伊織さんの元で殺しの技術を学んだ。

ユマとの生活費を稼ぐ為に、俺はどんな仕事でも引き受けた。

それから二郎、三郎、四郎、五郎がボスに拾われた。

二郎達も俺と似たような事情を抱えていて、

俺達は地下に自分達の家を持つ事が出来た。

ユマが六郎として、ボスに拾われて来た時は驚いた。

そして、ボスに理由を迫った。

「どうして、ユマがここにいるんですか?どう言う事か説明して下さい。」

「ユマがお前を血眼になって、情報を集める為に売春をしていた。」

「売春!?ユマが?!」

「高校に行かずユマは施設を出て、お前を探しに出た。歌舞伎町にいたユマを見つけ、お前の情報を探してやるって言って連れて来た。」

「何で、ユマは売春なんかしてんだよ…。」

そこまでして、俺を見つけたかったのか…、ユマ。

「一郎、お前の目の届く所でユマを守れ。伊織は殺しの技術をユマに叩き込む。それはお前が止める権利はない。六郎としてユマはこれから生きる。」

俺はボスの命令に逆らえない。

売春を辞めさせたのはボスだ。

俺は近くで、ユマが人殺しの技術を学んでいる姿を見た。

ユマは誰にも心を開こうとしなかった。

俺は勿論、メンバーにも心を開いたのはかなり、時間が掛かった。

ボスは間宮海峡の情報を外部に流れないようにしてくれていた。

だから、ユマや七海がどれだけ探しても出て来ない。

ユマと昔みたいに、一緒に飯を食って、生活が出来て嬉しかった。

ユマが段々と心を開いてくれた事も嬉しかった。

だけと、俺は…。

俺はユマに人殺しにしたくなかった。


「はぁ、はぁ…。ここか。」

庭に出た俺は、小屋のドアを開けた。

小屋の中に入ると、床に地下へ続く入り口があった。

俺は鍵を刺し解錠した。

ガチャッ。

開いた。

階段をゆっくり降りた。

タンタンタンタンッ…。

血と消毒液の匂いがして来た。

ユマはここにいる。

扉が見えた、早くユマをここから出してやらねぇと。

扉を思いっきり開けた。

バンッ!!!

「ユマ!!!」

下を向いていたユマが、俺の声を聞いた後に顔を上
げた。

「お兄…ちゃん。」

「迎えに来たよ、ユマ。」

俺はソッとユマの体を抱き締めた。
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