西遊記龍華伝

百はな

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第陸章 花は咲いて枯れ、貴方を

君の、血を吸う

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同時刻、花の都ー

小桃と哪吒は、激しい攻防を繰り返していた。

ガシャーンッ!!!

キンキンキンッ!!!

店中にある家具やガラス、食器の割れる音が響き渡る。

シュシュシュシュッ!!!

哪吒が太刀を振り下ろすと、小桃の周りにあった家具達が、音を立てて崩れ落ちる。

小桃は刀を構え直し、札を1枚取り出す。

「オンキリク、シュチリビリタカナダ、ナサヤサタンバヤ、ソワカ。」

そう言うと、小桃の持っていた刀が長刀に変形した。

「小賢しい真似を。」

キンッ!!

哪吒は冷たく言葉を吐き捨て、小桃に向かって刀を振るう。

ブンッ!!

ブシャッ!!

哪吒の肩から血が吹き出す。

小桃の長刀の刃が、哪吒の肩に食い込んでいた。

「小賢しくて結構。アンタを倒せるなら、何だってする。」

グッと刀を持つ手に力を入れて、小桃は哪吒の腕を
斬り落とそうとする。 

ガブッ!!!

「っ!?」

小桃の太ももに痛みが走る。

恐る恐る小桃は、自分の太ももに視線を向けると蛇が噛み付いていた。

「痛ったっ!?」

「フッ。」

哪吒はニヤリと笑う。

その瞬間、小桃の脈が強く跳ねた。

ドクンッ!!

「ゔっ!?ゴフッ!!」

ビチャッ!!

小桃の口から血の塊が吐き出された。

哪吒が出した蛇は毒蛇であり、小桃の体に毒を送り込んだのだった。

「ど、毒?」

「術を使えるとは、お前だけじゃない。ここで死んでくれ。」

シュンッ、シュンッ、シュンッ!!

言葉を吐き捨てた哪吒は、再び大量の毒蛇を召喚し
た。

小桃は唇の血を拭い、自分の手首を爪で掻き切った。

ブシャッ!!

ポタポタと小桃の手首から血が垂れ落ちる。

だが、その血は真っ赤な桜の花びらと変わり、ヒラヒラと舞い降りた。

「毒が回る前に抜いてやる。小桃の体は毒を拒絶するからね。」

花妖怪は毒を花びらのように変形させ、体から抜く事が出来る。

「なら、その倍の毒を入れてやる。」

スッと哪吒が手を挙げると、毒蛇達が一斉に小桃に向かって行った。

小桃は腰を低くし、刀を構える。

「覇道一線(ハドウイッセン)。」

スッ。

小桃は刀を横に一線を引くように刀を振るう。

シュッ。

ガタッ。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ…。

毒蛇達の頭が斬り落とされると同時に、店の中が傾く。

音を立てながら、店が崩壊した。

哪吒は咄嗟な判断で店から抜け出したが、小桃は哪吒との距離を積める。

小桃は移動しながら刀の持ち手を変え、強く突き刺
せるように構え直す。

そして、そのまま哪吒の腹に刀の先を突き刺さす。

ブシャッ!!
 
小桃の脇腹に哪吒の太刀が擦れ、哪吒の腹に小桃の刀が突き刺さる。

お互いの攻撃が当たり、呼吸の乱れる音が響く。

「「はぁ、はぁ、はぁ…。」」

グサッ!!

「ゔっ!?」

哪吒の靴の先が小桃の太ももに食い込み、白い肌から赤い血が流れ落ちる。

「靴にも仕込んでたってわけ?用意周到…っじゃ ん。」
 
グサッ!!

「っ…!!」

小桃は哪吒の太ももに、小刀を突き刺さす。

バッ!!

お互いの体に刺した刀を抜き、距離を取り息を整える。

カランカランッ。

哪吒は乱暴に小型を抜き、地面に投げ捨てる。

「覇道一線、壱の型、刃斬り。」

そう言って、小桃は長刀を振るい、大きな光の刃を哪吒に向かって放つ。

ビュンッ!!

キィィィンッ!!

哪吒が攻撃を受け止め、小桃は瞬時に哪吒の背後を
取る。

ビュンッ!!

キィィィンッ!!

哪吒は太刀を片手で持ち、片手で違う刀を取り出し、後ろを向きながら攻撃を止めた。

ギロッと小桃を睨み付けながら、血が出ている脇腹に向かって回し蹴りをする。

ゴキッ!!

ドゴォォォーン!!

小桃の脇腹の骨が折れ、体は壊れた店に向かって吹き飛ばされる。

「ゴホッ、ゴホッ!!」

ビチャッ。

小桃は血の塊を吐き出すと、哪吒が頭上から太刀を振り下ろして来た。

キィィィンッ!!

両手と片足を使い、哪吒の攻撃を受け止める。

ギリッギリッ。

「しつこいんだけどっ!!本当に。」

叫ぶ小桃を他所に、取り出した刀を小桃の肩に突き刺さす。

グサッ!!

ブシャッ!!

「ゔっ!!痛ったぁ!!」

「死ね。」

グサッ!!

刀を押さえていた足を使って、哪吒の腹を強く蹴る。

「っ!?」

ポタッ、ポタッ。

小桃の靴の先から、キラリと光る刃が見えた。

小桃は哪吒の腹をグリグリと抉る。

グググッ。

哪吒も負けじと、小桃の肩を強く刺す。

両者共、顔に苦痛の表情が浮かび上がる。

「はぁ、はぁ…。どっちが先に我慢出来なくなるか、勝負…だね。」

「鬱陶しいな、お前。本当に、黙れ。」

「怒ってんの?怒りたいのはこっちなんだけど。」

パリーンッ!!!

その瞬間、花の都全体を覆っていた結界にヒビが入り、大きな穴を開けた。

「結界が…、割れた!?な、何で?」

「お嬢!!」

タタタタタタタッ!!!

傷だらけの白虎が、小桃の背後から走って来た。

「白虎!?どうして、ここに?」

「結界を張っていた陰陽師が殺されたと、知らせがありまして…。お嬢を探しに…って、その傷は!?
お前がやったのか。」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

血だらけの小桃を見た白虎は、哪吒に向かって稲妻を放つ。

哪吒は黙って手を広げると、稲妻が跡形も無く消滅した。

「なっ!?」

「成る程、神獣も飼い慣らしていたのか。妖怪達がわらわらと入って来たようだ。」

空を見上げながら、哪吒は呟いた。

朧車に乗った妖達が次々と、花の都の地に足を下ろす様子が、小桃の目に入る。

白虎は小桃の服を噛み、自分の背中に乗せ走り出す。

タタタタタタタッ!!!

「白虎!?」

「お嬢。一度、退きましょう!!」

「だけどっ、アイツをここで殺さないとっ!!ゴホッ、ゴホッ!!」

「お嬢!?血、血!!」

小桃の口から再び、血の塊が吐き出された。 

「ヤバイ…、意識飛びそう…っ。」

「お嬢、休んで下さい。花の都を出ます。ひとまずは、宝象国に向かいます。」
 
「ありが…とう。」

意識を失った小桃を乗せ、白虎は宝象国に向かった。


グラッ。

グサッ!!

ふらつく体を支える為に、哪吒は太刀を地面に突き刺さす。

「はぁ、はぁ、はぁ…。逃したか。」

哪吒の視界がボヤけ、頭に酸素が回らなくなって行く。

「血が…、足りない。とにかく、屋敷に…。」

シュンッ!!

哪吒は少ない妖力で、宝象国の国王の屋敷に瞬間移動した。

柱の物陰に隠れるように、座り込む。
 
「あれ?哪吒…?」 

そう声を掛けたのは、風呂上がりの三蔵だった。

黒髪のセンター分けにされた襟足の長いウルヘアから、水滴が滴り落ちる。

「お前は…、三蔵か。」

「何で、ここに?凄い怪我だけど、大丈夫なのか?」

三蔵はそう言って、哪吒の体に触れた。


源蔵三蔵 二十歳

風呂から出た俺は、用意された部屋に向かう途中だった。

微かな妖気を感じ、廊下を歩いていると、柱の物陰
で傷だらけの哪吒が座っていのだった。

よく見るとかなりボロボロで、腹からの出血が酷い。

「触るな。」

パシッ!!

哪吒は俺の手を払い除けた。

「誰かにやられたのか?手当てした方が…。」

哪吒の黄色の瞳が、見る見るうちに真っ赤に染まる。

「僕から離れろ。」

「え?急に、どうしたんだよ。それに、瞳の色が…。」

「はぁ、はぁ…。」

いつもと様子が違う。

スッ。

ドサッ!!

哪吒の手が伸び、俺の服を掴んで床に押し倒した。

「痛った!!何する…って、は?」

「黙って。」

ビリッ!!

俺の体に跨り、着ていた服を乱暴に引き裂き裂かれてしまった。

「何してんの!?何故に服を破いた?!」

突然の行動に驚いた。

だって、哪吒が俺に跨り服を破いて来たのだ。

驚かずにはいられないだろう。

哪吒は俺の首元に顔を埋め、首筋を舐めた。

ペロッ。

「へ!?」

な、舐められたんですけど!?

顔が真っ赤になって行くのが分かる。

ガブッ!!!

哪吒は口を大きく開け、首筋に牙を刺し、噛み付いた。

痛みが体に走り、何が起きたのか分からなかった。

ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ。

何かを飲んでる。

まさか、俺の血を飲んでるのか!?

「お、おい、なっ、たく!!」

何で、哪吒が俺の血を?

どうなってんだよ、これ!!

身動きが取れない、頭がボーッとして来た。

ヤバイ、貧血起こしてる。

「おい、哪吒!!」

ガバッ!!

俺は哪吒の肩を掴み、首筋から離した。

「っ!!」

「正気に戻ったか。」

「あ、あ…。」

「傷が塞がってる?俺の血を飲んだからか?」

哪吒の体を見て見ると、さっきまで開いていた傷口が塞がっていた。

「ごめんなさい…っ、本当にごめんなさい。」

「おいおい、泣きそうな顔するなよ…。」

「どうかしてた。こんな事、するつもりなかったのに….」

「分かったから…。とりあえず、退いてくれるか?」

「分かった。」

ひとまず哪吒に退いて貰い、隣に座るように指示をした。

「傷、塞がって良かったな。」

「あぁ…。」

「今までも、血を飲んで治してたのか?」

首元をタオルで抑えながら、哪吒に尋ねる。

「毘沙門天様から、貰っていた。」

「ここに来たのも毘沙門天の命令か?」

「あぁ…。小桃が持っている経文を奪いに来た。」

「小桃が経文を!?」

まさか、小桃が経文を持っているとは思ってもみなかった。

「小桃は経文を悟空に渡すつもりだ。どのみち、お前達の手に渡るだろう。」

「悟空と小桃は、昔からの知り合いみたいだったしな…。哪吒はまた、奪いに来るんだろ?」

「どうかな、悟空に経文が渡れば良いから。」

「哪吒は、それで良いのか?毘沙門天側の人間だろ?一応…。どうして、悟空の為に動けるんだ?」

俺の中にあった疑問を哪吒に打つける。

「そう…したいから、初めて会った日から。」

確か、本に哪吒との出会いが書かれていたな…。

哪吒は大きな水槽に入っていて、部屋に入って来た悟空と出会う。

そして、逃げ道を教えて、悟空を逃した。

哪吒の中で、悟空は特別なんだろう。

「それは恋愛感情として?」

「悟空の失った物を、取り戻す為だ。僕は、あの人の光を取り戻したい。」

そう言って、哪吒は立ち上がった。

「毘沙門天が知ったら、殺されるぞ。だって、毘沙門天の意思と真逆だろ?」

「だろうな、僕の体も限界が近付いて来ている。殺される前に、何とかしないとな。」

哪吒は、500年前の事を悔やんでいたんだ。

毘沙門天と牛魔王が起こした悲劇を、哪吒は1人で
何とかしようとしてたのか?

殺される事を厭わずに…。

「哪吒…、あのっ…。」

「血、ありがとう。」

シュンッ!!

哪吒はそう言って、姿を消した。

俺の首筋には、哪吒の噛み跡だけが残っている。


同時刻ー

朧車に乗って、宝象国に向かっている妖達がいた。 

黒風(コクフウ)、陽春(ヨウシュン)、緑来(リョクライ)の3人であった。

3人は黒を基調とした動き易い服を着ていた。

「何で、急に頭達と合流しようって、言い出したの?」

「嫌な予感がするんだ。」

陽春の問いに答えた黒風は、顔を青くする。

「何それ、ハッキリしないわねー。」

「ゔっ、ごめんなさい…。」

「おい、陽春。黒風を虐めるなよ?頭に関する事だったら、どうするんだ。」

「それもそうね。」

緑来の言葉を聞いた陽春は、納得した様子を見せた。

「黒風、何か言いたい事があるんだろ?」

「え?」

「言い難い事なら、無理に聞かねーけど。」

「実は…。僕も、牛魔王様から血を貰って飲んだ事
があったんだ。」

黒風は重い口を開けながら、言葉を続ける。

「もしかしたら、牛魔王様が血を操って、僕を殺すかもしれない。だ、だったら、この天地羅針盤を悟空さんに渡したいんだ。ふ、2人には、僕が化け物になった時に殺して欲しいんだ。」

「「そうさせない。」」

陽春と緑来の声が重なる。

「え、え?」

「そうなる前に、何とかすれば良いのよ。」

「仲間を助けるのは、当たり前だろ?殺させないし、殺さない。」

「2人共…、そう言ってくれるだけで、嬉しいよ。」

泣きそうになるのを堪え、黒風は天地羅針盤を握り
締める。

「何か、凄い妖気が濃くない?」

「宝象国に近付いてからだね。この辺に妖達が集まってるよ。見て、この光、全部が妖だよ。」

陽春に天地羅針盤に照らし出された光を見せる。

その数はおよそ、数百だった。

「めちゃくちゃいるじゃない!!どう言う事!?」

「誰かが集めたんだろ。何の目的か知らないけど、警戒は怠らないようにしよう。」

「用心しよう。あ、宝象国が見えて来たよ。」 

黒風達を乗せた朧車は、ゆっくりと宝象国の中に入って行った。


まさに、宝象国と花の都を巻き込む、大きな戦が始まろうとしていた。
多くの犠牲を産む事を、誰も知らないのだった。
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