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第伍章 美猿王と悟空、2人の王
仲間を大切に思う気持ち
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バトルロワイヤルのエントリーを済ませた悟空と沙悟浄は、三蔵達の待つ店に向かっていた。
「あんなに妖が集まってるって、普通じゃねーよ。毘沙門天の仕業なのか?」
沙悟浄はそう言って、悟空に尋ねた。
「だろーな、俺達がここに来るのは読まれてたみたいだし。経文をネタにして妖達を集めてんのか?だとしたら何の為に…。」
悟空はブツブツと独り言を話し出した。
「何か嫌な予感がすんだよな…。」
「嫌な予感?」
「何となく。」
悟空の言葉に沙悟浄は不思議そうな顔をして聞いた。
「悟空が嫌な予感がするって言うの珍しいな。」
「あ?言われてみればそうだな。」
「あぁ、もしかして牛魔王絡みの事か?」
沙悟浄がそう言うと、悟空は足を止めた。
「牛魔王がここにいるかもしれないって思ったんじゃないのか?」
「アイツがいたとしても俺はアイツを殺すだけだ。牛魔王を殺すのは俺だ。三蔵でも他の誰でもない俺がこの手で殺すって決めてんだ。」
言葉を放った悟空の目は光を宿していなかった。
ゾッとする程に悟空の目は死んでいた。
「悟空、1人で出来ない事もあるって事を忘れるな。俺はお前を1人で牛魔王の所には行かせないぞ。」
悟空の言葉を聞いて何かを察した沙悟浄は言葉を放った。
「何だよそれ。」
悟空は短い言葉を吐き再び歩き出した。
「悟空、何か考えてる事があるだろ。」
「何もねーよ。」
「何もなくないだろ。俺達に言えない事なのか?」
「馬鹿、何もねーよ。」
悟空の言葉を聞いた沙悟浄は溜め息を吐いた。
「言いたくないなら良い。だけどな、俺はお前が無茶しそーな時は止めるからな。」
沙悟浄の前を歩いていた悟空が振り返り口を開けた。
「俺は何があっても死なねーよ。」
「お前…。」
「おら、行くぞ。」
悟空はそう言って歩き出した。
「死ななくても痛い思いはするだろ。」
沙悟浄の小さな声で呟いた言葉が悟空の耳には届かなかった。
杏庵(アンアン)と書かれた看板の店の前に辿り着い
た悟空と沙悟浄は足を止めた。
「おい。」
悟空は言葉を放った後、沙悟浄に視線を送った。
「あぁ…、嫌な空気が漂ってやがる。」
「がしゃどくろの呪いの影響が店の外まで出てる。やっぱ牛魔王の血を飲んだか。」
「分かるのか?」
「アイツの血は独特の甘い匂いがすんだよ、その匂いが店の外からでも分かるくらい漂ってる。」
「そんなに凄いのか…?牛魔王の血は。」
「アイツは他の妖とは違うからな。」
悟空はそう言って、店のドアを開けた。
源蔵三蔵 二十歳
キィィィ…。
お店のドアが開かれ、現れたのは悟空と沙悟浄だった。
「悟空!!沙悟浄!!戻ったのか?」
俺が声を掛けても2人は反応しなかった。
2人の視線の先には鱗青だった。
「テメェ、鱗青か。ハッ、そう言う事。」
悟空は冷たく笑った後、鱗青の胸ぐらを掴んだ。
ガシッ!!
ガシャーンッ!!
鱗青がテーブルにぶつかった衝撃でテーブルの上にあったグラスが床に落ちた。
「悟空!?」
「おい、お前が仕組んだのか鱗青。」
悟空は俺の声を無視して鱗青に話し掛けた。
「何の…事だ。」
「とぼけてんじゃねーぞ。がしゃどくろをこの地に呼び寄せたのも、闘技場を作って経文を賞品とし妖達を集めたのもお前と牛魔王の仕業かって聞いてんだ。」
悟空の言葉を聞いて驚いた。
闘技場?
賞品が経文?
妖達を集めた?
「ど、どう言う事?」
俺がそう言うと、沙悟浄が答えた。
「俺と悟空はあのでっかい闘技場に行ったんだ。そしたら、妖達がズラーッと並んでて、経文が賞品のバトルロワイヤルが開かれようとしてたんだよ。」
「は、はぁ?バトルロワイヤル?」
沙悟浄の言葉を聞いた猪八戒は驚きながらも、言葉を放つ。
鱗青は黙ったままだった。
悟空は見えない速さで鱗青をテーブルに叩き付け、ガラスの破片を持った悟空は鱗青の右手に突き刺した。
グサッ!!
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
鱗青は悲痛の声を上げた。
「何やってんだよ、悟空!!」
俺は悟空に近寄り肩を掴んだ。
「お前は黙ってろ。」
「っ…。」
悟空は短い言葉を放って俺を睨み付けた。
悟空の茶色の瞳が赤く染まっていた事に気が付いた。
「何か喋ったらどうだ、あ?どうせ、牛魔王が絡ん
でんのは分かってんだよ。」
「こ、今回の事は俺は関係してねぇよ!?俺は林杏の呪いを解いて欲しくて法明和尚に頼んだんだ。」
「あ?」
「ほ、本当だよ!?牛魔王は俺が人間の女を好きになったから見放したんだよ。がしゃどくろの呪いが良い例だろ!?」
鱗青は必死に悟空に話をする。
グリグリッ。
悟空は話を聞いたにも関わらず、鱗青の右手に刺したガラスの破片でグリグリッと回しながら押した。
「ぐっ、あ、あ、あ、あ。」
「人間の女を好きになったお前は呪いだけで済んだのか。」
「悟空!!そんな言い…っ、あ…。」
俺は言葉を続ける前に口を閉じた。
そうだ…。
悟空は、須菩提祖師や弟子達を牛魔王に殺されたんだ。
牛魔王の友達であった悟空は、大切な人を殺されてる。
それなのに鱗青の場合は呪いを掛けられただけ…。
どうして、俺は…。
鱗青の言葉ばかりを鵜呑みにしていたんだ。
「鱗青も牛魔王に林杏さんを人質に取られてるみたいなんだ。」
俺はそう言って、悟空を見つめた。
「悟空、ちゃんと鱗青の話も聞こうよ。」
「三蔵の言う通りだ。少し冷静になれよ。」
俺の言葉に続いて猪八戒も悟空に言葉を放った。
「ッチ。」
「ガハッ!!」
悟空は乱暴に鱗青から手を離した。
「それで?鱗青って言ったか?」
「あ、あぁ。」
沙悟浄はそう言ってから、鱗青に顔を近付けた。
「悟空が納得いく話をしろよ?」
「は、は?」
「悟空がこうなるのは仕方ない事だ。お前の頭にそれなりの事をされてんだ。分かるよな?」
「あちゃー。沙悟浄の奴、軽くキレてんな…。」
猪八戒は苦笑いをしながら言葉を吐く。
俺から見ても分かる。
沙悟浄のあんな怖い顔を見た事がないのだから。
「ま、俺等の仲間に酷い事をしたのは事実だ。鱗青の話をしっかり聞いても良いだろ。俺と三蔵に話してない事があるだろ。」
猪八戒は鱗青を見ながら言葉を放つ。
鱗青の額から冷や汗が流れていた。
「鱗青、話さなきゃいけない状況みたいだけど…。」
俺がそう言っても、鱗青は話そうとしない。
やっぱり、言ってない事があるんだ…。
「お前、牛魔王に"頼み事"したんだろ。」
「っ!!」
悟空の言葉を聞いた鱗青は体を震わせた。
「頼み事…?」
「妖同士で頼み事をする時は対価を支払うって言う暗黙のルールがある。コイツは、牛魔王に血を貰う代わり対価を支払ってる筈だ。で、今回の事も対価を支払ったか、支払ってる途中だろ。」
悟空は俺の問いに答えてくれた。
妖同士でそんなルールがあるって知らなかった。
「……。」
「内容は?」
「い、言ったら林杏達が殺されちまう!!た、頼む、今回の事は俺は関係ねぇよ!!全部、牛魔王と毘沙門天が仕組んだ事だよ!?500年間のあの時もそうだ!!俺は関係ねぇから、俺と林杏達の事は見逃してくれ…。」
コ、コイツ…。
自分の事しか考えてない。
さっきまでの弱々しいさはあるのに、今は自分と林杏さん達の事しか考えてない。
大事な人の命を考えるのは当たり前だ。
当たり前だけど…、それは悟空だって一緒だった筈だ。
「お前の命乞いを黙って受け入れろって…?じゃあ、あの時も俺もお前みたいに命乞いしたら許されたのかよ。」
悟空はそう言って悲しそうに笑った。
胸が締め付けられたように苦しくなった。
鱗青達は悟空に一生残る心の傷を作った張本人だ。
自分は手を出していないとはいえ、それを黙って見てたんだ。
「し、知らねぇよ。そんな事、牛魔王の事なんて俺もよく分からな…。」
「知らねー訳がないだろ。あの裁判の時、お前は俺の事を笑って見てただろ。」
ブチッ。
頭の中で何かが切れた。
「お前っ!!」
猪八戒が鱗青に殴り掛かろうとした瞬間、俺の拳の方が早く鱗青に当たった。
ゴンッ!!
ガシッ!!
俺は鱗青を殴り付け、倒れた鱗青の胸ぐらを掴んだ。
「何すんだよ?テメェ…。」
「お前に、あの裁判で悟空を笑ったお前に命乞いをする資格はねぇよ!!どうして、あの500年前の事を忘れられるんだ!!お前達は、悟空の全てを奪ったんだ!!お師匠に頼らないでお前がどうにかしろよ?!助けが本当に欲しかったのは悟空だ!!」
「俺達にとって、あの裁判は大した事じゃなかった。元々、最初から美猿王を落とす為に牛魔王は近寄ったんださらな。」
コイツ、居直った態度を取り出した。
「最初から…って、何だよ。お前等、コイツに怨みでもあったのかよ。」
沙悟浄は冷たい声で言葉を放った。
「俺もあの時は驚いたよ。牛魔王がお前を裏切るなんて思っても見なかった。俺はお前と牛魔王はずっと一緒にいると思ってた。牛魔王は美猿王といる時は本当に楽しそうにしてたからな。」
「そんな言葉を俺は求めてねぇよ。」
悟空はそう言って、立ち上がった。
「お前だけ助けを求めるなんて、狡いだろ。」
悟空は言葉を放ったまま店を出て行った。
「悟空!!」
今、悟空を1人にしたら駄目な気がした。
俺はすぐに悟空の後を追い掛けた。
カラン、カラン。
扉に付いている鈴が店内に鳴り響いた。
「あの時の裁判は酷いモノだったよ。人の心が壊れる瞬間を見たんだからな。」
沙悟浄はそう言って、嵌めていた丸サングラスを外した。
「お前の依頼を受けたのは三蔵のお師匠だ。そこを咎めるつもりはない。だけどな、悟空には謝罪の1つでも言って良かっただろ。悟空に命乞いをするのは筋違いだ。」
「俺は、林杏達の方が大事だ。アイツの心を壊してでも俺は2人を守る。」
そう言って、鱗青は沙悟浄を見つめた。
「俺達も牛魔王と毘沙門天に大切な人を殺された。なのにお前等は見逃して貰えるのはおかしいだろ。俺達はお前等の大切な物を奪った事もないだろ。」
「…。」
「はぁ、俺達も悟空の所に行こ。」
「あぁ。」
沙悟浄と猪八戒は言葉を放った後、走って店の外に飛び出した。
「対価の内容を話したら林杏達は殺されちまう。お前と仲良くするつもりも、謝る気もねぇよ。」
鱗青は閉ざされた扉を見て言葉を放った。
源蔵三蔵 二十歳
タタタタタタタ!!
「悟空っ!!」
パシッ!!
歩いていた悟空の手を掴んだ。
「どうした、追い掛けて来たのか。」
悟空はいつも通りな感じで話して来た。
あんなに辛い思いをしたのに、悟空は俺達に弱音を吐かない。
そんな姿も今は少し弱々しく感じる。
「悟空、俺達は悟空の味方だから。」
「は?何、急に。」
「俺はあの時にはいなかったけど、今は悟空が辛い時に1人にはさせないよ。」
俺がそう言うと悟空は軽く俺の頭を叩いた。
「ガキが生意気な事を言ってんじゃねーよ。」
「三蔵の言う通りだぜ。」
猪八戒は言葉を放ったまま悟空に抱き付いた。
「わっ?!離れろ!!」
「やだ!今は離れないからな!」
「アハハハ!!今回は諦めろ。俺達、悟空の事を大事に思ってんだからな。」
沙悟浄は悟空の頭を撫でながら言葉を放つ。
俺達は牛魔王とは違うから。
悟空の事を裏切らないし辛い思いもさせない。
だからさ、悟空。
俺達に頼って良いんだからな?
心を許しても良いんだからな?
俺も悟空を守れるようになるからさ。
だから、辛い時は俺達の側にいてよ。
「ったく、馬鹿な奴等。」
悟空は軽く笑って言葉を放った。
これからの起ころうとする事を俺達は想像もしていなかった。
「あんなに妖が集まってるって、普通じゃねーよ。毘沙門天の仕業なのか?」
沙悟浄はそう言って、悟空に尋ねた。
「だろーな、俺達がここに来るのは読まれてたみたいだし。経文をネタにして妖達を集めてんのか?だとしたら何の為に…。」
悟空はブツブツと独り言を話し出した。
「何か嫌な予感がすんだよな…。」
「嫌な予感?」
「何となく。」
悟空の言葉に沙悟浄は不思議そうな顔をして聞いた。
「悟空が嫌な予感がするって言うの珍しいな。」
「あ?言われてみればそうだな。」
「あぁ、もしかして牛魔王絡みの事か?」
沙悟浄がそう言うと、悟空は足を止めた。
「牛魔王がここにいるかもしれないって思ったんじゃないのか?」
「アイツがいたとしても俺はアイツを殺すだけだ。牛魔王を殺すのは俺だ。三蔵でも他の誰でもない俺がこの手で殺すって決めてんだ。」
言葉を放った悟空の目は光を宿していなかった。
ゾッとする程に悟空の目は死んでいた。
「悟空、1人で出来ない事もあるって事を忘れるな。俺はお前を1人で牛魔王の所には行かせないぞ。」
悟空の言葉を聞いて何かを察した沙悟浄は言葉を放った。
「何だよそれ。」
悟空は短い言葉を吐き再び歩き出した。
「悟空、何か考えてる事があるだろ。」
「何もねーよ。」
「何もなくないだろ。俺達に言えない事なのか?」
「馬鹿、何もねーよ。」
悟空の言葉を聞いた沙悟浄は溜め息を吐いた。
「言いたくないなら良い。だけどな、俺はお前が無茶しそーな時は止めるからな。」
沙悟浄の前を歩いていた悟空が振り返り口を開けた。
「俺は何があっても死なねーよ。」
「お前…。」
「おら、行くぞ。」
悟空はそう言って歩き出した。
「死ななくても痛い思いはするだろ。」
沙悟浄の小さな声で呟いた言葉が悟空の耳には届かなかった。
杏庵(アンアン)と書かれた看板の店の前に辿り着い
た悟空と沙悟浄は足を止めた。
「おい。」
悟空は言葉を放った後、沙悟浄に視線を送った。
「あぁ…、嫌な空気が漂ってやがる。」
「がしゃどくろの呪いの影響が店の外まで出てる。やっぱ牛魔王の血を飲んだか。」
「分かるのか?」
「アイツの血は独特の甘い匂いがすんだよ、その匂いが店の外からでも分かるくらい漂ってる。」
「そんなに凄いのか…?牛魔王の血は。」
「アイツは他の妖とは違うからな。」
悟空はそう言って、店のドアを開けた。
源蔵三蔵 二十歳
キィィィ…。
お店のドアが開かれ、現れたのは悟空と沙悟浄だった。
「悟空!!沙悟浄!!戻ったのか?」
俺が声を掛けても2人は反応しなかった。
2人の視線の先には鱗青だった。
「テメェ、鱗青か。ハッ、そう言う事。」
悟空は冷たく笑った後、鱗青の胸ぐらを掴んだ。
ガシッ!!
ガシャーンッ!!
鱗青がテーブルにぶつかった衝撃でテーブルの上にあったグラスが床に落ちた。
「悟空!?」
「おい、お前が仕組んだのか鱗青。」
悟空は俺の声を無視して鱗青に話し掛けた。
「何の…事だ。」
「とぼけてんじゃねーぞ。がしゃどくろをこの地に呼び寄せたのも、闘技場を作って経文を賞品とし妖達を集めたのもお前と牛魔王の仕業かって聞いてんだ。」
悟空の言葉を聞いて驚いた。
闘技場?
賞品が経文?
妖達を集めた?
「ど、どう言う事?」
俺がそう言うと、沙悟浄が答えた。
「俺と悟空はあのでっかい闘技場に行ったんだ。そしたら、妖達がズラーッと並んでて、経文が賞品のバトルロワイヤルが開かれようとしてたんだよ。」
「は、はぁ?バトルロワイヤル?」
沙悟浄の言葉を聞いた猪八戒は驚きながらも、言葉を放つ。
鱗青は黙ったままだった。
悟空は見えない速さで鱗青をテーブルに叩き付け、ガラスの破片を持った悟空は鱗青の右手に突き刺した。
グサッ!!
「ぐぁぁぁぁぁ!!」
鱗青は悲痛の声を上げた。
「何やってんだよ、悟空!!」
俺は悟空に近寄り肩を掴んだ。
「お前は黙ってろ。」
「っ…。」
悟空は短い言葉を放って俺を睨み付けた。
悟空の茶色の瞳が赤く染まっていた事に気が付いた。
「何か喋ったらどうだ、あ?どうせ、牛魔王が絡ん
でんのは分かってんだよ。」
「こ、今回の事は俺は関係してねぇよ!?俺は林杏の呪いを解いて欲しくて法明和尚に頼んだんだ。」
「あ?」
「ほ、本当だよ!?牛魔王は俺が人間の女を好きになったから見放したんだよ。がしゃどくろの呪いが良い例だろ!?」
鱗青は必死に悟空に話をする。
グリグリッ。
悟空は話を聞いたにも関わらず、鱗青の右手に刺したガラスの破片でグリグリッと回しながら押した。
「ぐっ、あ、あ、あ、あ。」
「人間の女を好きになったお前は呪いだけで済んだのか。」
「悟空!!そんな言い…っ、あ…。」
俺は言葉を続ける前に口を閉じた。
そうだ…。
悟空は、須菩提祖師や弟子達を牛魔王に殺されたんだ。
牛魔王の友達であった悟空は、大切な人を殺されてる。
それなのに鱗青の場合は呪いを掛けられただけ…。
どうして、俺は…。
鱗青の言葉ばかりを鵜呑みにしていたんだ。
「鱗青も牛魔王に林杏さんを人質に取られてるみたいなんだ。」
俺はそう言って、悟空を見つめた。
「悟空、ちゃんと鱗青の話も聞こうよ。」
「三蔵の言う通りだ。少し冷静になれよ。」
俺の言葉に続いて猪八戒も悟空に言葉を放った。
「ッチ。」
「ガハッ!!」
悟空は乱暴に鱗青から手を離した。
「それで?鱗青って言ったか?」
「あ、あぁ。」
沙悟浄はそう言ってから、鱗青に顔を近付けた。
「悟空が納得いく話をしろよ?」
「は、は?」
「悟空がこうなるのは仕方ない事だ。お前の頭にそれなりの事をされてんだ。分かるよな?」
「あちゃー。沙悟浄の奴、軽くキレてんな…。」
猪八戒は苦笑いをしながら言葉を吐く。
俺から見ても分かる。
沙悟浄のあんな怖い顔を見た事がないのだから。
「ま、俺等の仲間に酷い事をしたのは事実だ。鱗青の話をしっかり聞いても良いだろ。俺と三蔵に話してない事があるだろ。」
猪八戒は鱗青を見ながら言葉を放つ。
鱗青の額から冷や汗が流れていた。
「鱗青、話さなきゃいけない状況みたいだけど…。」
俺がそう言っても、鱗青は話そうとしない。
やっぱり、言ってない事があるんだ…。
「お前、牛魔王に"頼み事"したんだろ。」
「っ!!」
悟空の言葉を聞いた鱗青は体を震わせた。
「頼み事…?」
「妖同士で頼み事をする時は対価を支払うって言う暗黙のルールがある。コイツは、牛魔王に血を貰う代わり対価を支払ってる筈だ。で、今回の事も対価を支払ったか、支払ってる途中だろ。」
悟空は俺の問いに答えてくれた。
妖同士でそんなルールがあるって知らなかった。
「……。」
「内容は?」
「い、言ったら林杏達が殺されちまう!!た、頼む、今回の事は俺は関係ねぇよ!!全部、牛魔王と毘沙門天が仕組んだ事だよ!?500年間のあの時もそうだ!!俺は関係ねぇから、俺と林杏達の事は見逃してくれ…。」
コ、コイツ…。
自分の事しか考えてない。
さっきまでの弱々しいさはあるのに、今は自分と林杏さん達の事しか考えてない。
大事な人の命を考えるのは当たり前だ。
当たり前だけど…、それは悟空だって一緒だった筈だ。
「お前の命乞いを黙って受け入れろって…?じゃあ、あの時も俺もお前みたいに命乞いしたら許されたのかよ。」
悟空はそう言って悲しそうに笑った。
胸が締め付けられたように苦しくなった。
鱗青達は悟空に一生残る心の傷を作った張本人だ。
自分は手を出していないとはいえ、それを黙って見てたんだ。
「し、知らねぇよ。そんな事、牛魔王の事なんて俺もよく分からな…。」
「知らねー訳がないだろ。あの裁判の時、お前は俺の事を笑って見てただろ。」
ブチッ。
頭の中で何かが切れた。
「お前っ!!」
猪八戒が鱗青に殴り掛かろうとした瞬間、俺の拳の方が早く鱗青に当たった。
ゴンッ!!
ガシッ!!
俺は鱗青を殴り付け、倒れた鱗青の胸ぐらを掴んだ。
「何すんだよ?テメェ…。」
「お前に、あの裁判で悟空を笑ったお前に命乞いをする資格はねぇよ!!どうして、あの500年前の事を忘れられるんだ!!お前達は、悟空の全てを奪ったんだ!!お師匠に頼らないでお前がどうにかしろよ?!助けが本当に欲しかったのは悟空だ!!」
「俺達にとって、あの裁判は大した事じゃなかった。元々、最初から美猿王を落とす為に牛魔王は近寄ったんださらな。」
コイツ、居直った態度を取り出した。
「最初から…って、何だよ。お前等、コイツに怨みでもあったのかよ。」
沙悟浄は冷たい声で言葉を放った。
「俺もあの時は驚いたよ。牛魔王がお前を裏切るなんて思っても見なかった。俺はお前と牛魔王はずっと一緒にいると思ってた。牛魔王は美猿王といる時は本当に楽しそうにしてたからな。」
「そんな言葉を俺は求めてねぇよ。」
悟空はそう言って、立ち上がった。
「お前だけ助けを求めるなんて、狡いだろ。」
悟空は言葉を放ったまま店を出て行った。
「悟空!!」
今、悟空を1人にしたら駄目な気がした。
俺はすぐに悟空の後を追い掛けた。
カラン、カラン。
扉に付いている鈴が店内に鳴り響いた。
「あの時の裁判は酷いモノだったよ。人の心が壊れる瞬間を見たんだからな。」
沙悟浄はそう言って、嵌めていた丸サングラスを外した。
「お前の依頼を受けたのは三蔵のお師匠だ。そこを咎めるつもりはない。だけどな、悟空には謝罪の1つでも言って良かっただろ。悟空に命乞いをするのは筋違いだ。」
「俺は、林杏達の方が大事だ。アイツの心を壊してでも俺は2人を守る。」
そう言って、鱗青は沙悟浄を見つめた。
「俺達も牛魔王と毘沙門天に大切な人を殺された。なのにお前等は見逃して貰えるのはおかしいだろ。俺達はお前等の大切な物を奪った事もないだろ。」
「…。」
「はぁ、俺達も悟空の所に行こ。」
「あぁ。」
沙悟浄と猪八戒は言葉を放った後、走って店の外に飛び出した。
「対価の内容を話したら林杏達は殺されちまう。お前と仲良くするつもりも、謝る気もねぇよ。」
鱗青は閉ざされた扉を見て言葉を放った。
源蔵三蔵 二十歳
タタタタタタタ!!
「悟空っ!!」
パシッ!!
歩いていた悟空の手を掴んだ。
「どうした、追い掛けて来たのか。」
悟空はいつも通りな感じで話して来た。
あんなに辛い思いをしたのに、悟空は俺達に弱音を吐かない。
そんな姿も今は少し弱々しく感じる。
「悟空、俺達は悟空の味方だから。」
「は?何、急に。」
「俺はあの時にはいなかったけど、今は悟空が辛い時に1人にはさせないよ。」
俺がそう言うと悟空は軽く俺の頭を叩いた。
「ガキが生意気な事を言ってんじゃねーよ。」
「三蔵の言う通りだぜ。」
猪八戒は言葉を放ったまま悟空に抱き付いた。
「わっ?!離れろ!!」
「やだ!今は離れないからな!」
「アハハハ!!今回は諦めろ。俺達、悟空の事を大事に思ってんだからな。」
沙悟浄は悟空の頭を撫でながら言葉を放つ。
俺達は牛魔王とは違うから。
悟空の事を裏切らないし辛い思いもさせない。
だからさ、悟空。
俺達に頼って良いんだからな?
心を許しても良いんだからな?
俺も悟空を守れるようになるからさ。
だから、辛い時は俺達の側にいてよ。
「ったく、馬鹿な奴等。」
悟空は軽く笑って言葉を放った。
これからの起ころうとする事を俺達は想像もしていなかった。
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前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
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