西遊記龍華伝

百はな

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第四章 三蔵一行旅事変

三蔵一行旅事変開幕

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孫悟空ー

「そんで、伊邪那美命は殺されて俺達は黄泉の国に落とされた。」

鳴神は過去に起きた事、そして、牛魔王と毘沙門天が全ての元凶だった事を知った。

「だけど、アンタが下界にいるのは?黄泉の国からどうやって…。」

「記憶がねぇ。」

「は?」

「いつの間にかこうなってた。人間じゃない事は分かる。毘沙門天が封じた事だけは覚えていたんだがな。」

記憶がない…。

つまりは、暴走して封じられたと言う事か。

「羅刹天が俺を見つけて、お前を探してたんだ。」

「まさか、観音菩薩がお前と繋がっていたとは思わなかったぞ。ま、アイツは秘密主義だからな。」

羅刹天がそう言ってから軽く笑った。

「よく顔を見せてくれないか?」

鳴神に言われて俺はゆっくりと、鳴神の方に歩み寄った。

鳴神の大きく傷だらけの手が俺の頬に触れた。

「やっぱり、伊邪那美命にソックリだな。目の色も髪の色も、俺と伊邪那美命の子供なんだな?」

鳴神が俺を見る目が凄く優しかった。

胸が締め付けられる。

爺さんの時と同じ感覚だ。

「伊邪那美命はお前の事を愛してた。お前が産まれた瞬間の事を今でも思い出せる。助けてやれなくてごめんな。」

「っ…。聞いたのか?俺の…事。何があったのか。」

「あぁ、聞いた。羅刹天からだが、何もしてやれなかった自分が腹立たしかった。辛い思いを沢山させてごめんな。側にいてやれなくてすまなかった。」

そんな泣きそうな顔で言うなよ。

俺は、俺は…。

謝って欲しいんじゃないんだよ。

泣いて欲しい訳じゃないんだよ。

苦しんで欲しい訳じゃないんだよ。

「あれは、俺の責任なんだ。アンタにそんな顔をして欲しい訳じゃない。だけど、俺は愛されて産まれて来たんだよな…。親父。」

「親父…かぁ。何百年越しだが、お前にそう呼ばれるのは嬉しいよ悟空。良い名前を付けてもらったな。」

親父はそう言って、俺の頭を撫でた。

爺さんに付けてもらった名前を褒めて貰えたのは心底、嬉しかった。

「親父の代わりに色々、教わったよ。人間の事、何が悪で何が善なのか。爺さんはもう1人の俺の親なんだ。」

瞳を閉じれば爺さんの顔が浮かんで来る。

爺さん、やっぱり俺は会いたいよ。

会って話がしたいよ。

「悟空、俺はお前に伊邪那美命の力を託す為に探していたんだ。伊邪那美命が悟空、お前に託した力を。」

「俺に託す力…って。」

「遂に渡すんだな!!」

俺と親父の会話を聞いてた羅刹天が興奮していた。

「伊邪那美命の雷龍を解放する時が来た。」

親父はそう言って、軽く笑った。



その頃、三蔵達はー

「うおおおおおおおおおお!!!」

「な、何してんだ三蔵!?」

「何って、滝行してんだぁぁあぁぁ!!」

傷が癒えていない三蔵は羅刹天の屋敷周辺にある大きな滝で滝行をしていた。

そんな三蔵を止めようと猪八戒が声を掛けていた。

「俺はまだ未熟だ!!未熟だから迷うんだ!!」

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!

「俺は強くならなきゃいけねぇ。今の俺は軟弱者だ!!俺はもう、何も失いたくねぇ!!」

三蔵の言葉を聞いた猪八戒は口を閉じ、三蔵を見つめた。

「何なんですアレ。勝手にうちの滝で滝行しないで貰えます?」

黒髪ショートヘアの女が猪八戒に声を掛けた。

「雨桐(ユートン)?羅刹天殿の側にいなくて良いのか?」

「主人は悟空さんを連れてどこかに行ってしまいました。雨桐って呼ばれるのは500年振りですね。少し、雰囲気は変わってしまったようですが。」

「まぁ、色々あったからね。」

猪八戒はそう言って、三蔵に視線を向けた。

「人間なんて脆い生き物なんですから、無理をするのは怪我を治してからの方が宜しいかと。」

「直接、本人に言ってやれば良いのに。相変わらず素直じゃねーな。」

「効率が悪いと思っただけで、別に心配して言った訳ではありませんよ。」

雨桐と猪八戒は天界にいた頃、同じ部署で働いていた同僚であった。

彼女がどんな性格なのかよく理解していた。

雨桐が羅刹天の世話係りに任命されたきり、顔を合わせていなかった。

「悟空に悪い事したって思ってんだよ。三蔵は確かにまだ子供だけど、子供なりに強くなろうとしてるのは喜ばしい事でしょ。」

「それもまた、天命…ですか。」

「ん?何か言ったか?」

雨桐の呟きは猪八戒には届いていないようだった。

「いえ、何も。私は仕事に戻ります。これから貴方方(アナタガタ)は忙しくなりますから。広間に来てください。」

「忙しくって…?」

「それは夜になれば分かります。では、後ほど。」

そう言うと、雨桐は屋敷の方に戻っていった。

「うおおおおおおおおおお!!!」

「あんまり無理すんなよ…。」

猪八戒は少し呆れ気味に三蔵の事を見つめた。


その頃、沙悟浄達は黒風と陽春達に呼ばれて別室にいた。

沙悟浄ー

「頭、これからどうするの?」

陽春や緑来、俺を慕ってくれた妖達が俺を囲むように座っていた。

黒風は俺の正面に座っていてる状態だった。

「玉を取り戻す。経文を奪い返しに行こうと思ってる。」

「頭ならそう言うと思ったよ。記憶?が戻ったんでしょ?人間だった頃の。」

「そうだな。だけど、お前達が俺の仲間だって事には変わりはねぇよ。緑来達との絆は無くなるモノじゃない。」

「その言葉が聞けて良かった。」

緑来はそう言うと、安心したのか大きく息を吐いた。

「頭がそうしたいのなら、あたし達に止める権利はないよ。それとね、あたし達にもやりたい事が見つかったんだよ。」

陽春は言葉を吐きながら黒風に視線を送った。

黒風と関係してる事なのか?

「何なんだよ?気になるじゃねーか。」

「うふふ!!夜になったら話すよ!ね、黒風!!」

パシッ!!

陽春は黒風の背中を強く叩いた。

「い、痛いです!!」

「そんな軟弱で務まるのかなー?」

「よ、陽春さん!!」

この2人、いつの間に仲良くなったのか?

「まぁ、頭が心配するような事じゃないから大丈夫。記憶が戻ってなんか…、雰囲気が柔らかくなったね。」

「柔らかく?」

緑来は俺の事を見て言葉を放った。

雰囲気…、自分では自覚はないんだけどな…。

「頭はいつも難しい顔をして考え事をよくしてたけど、今はスッキリした顔してる!!」

「良かったね、昔からの友達に会えて。猪八戒さんね、頭が目を覚ますまでずっと側にいたんだよ?」

陽春と緑来の話を聞いて昔の事を思い出した。

俺が怪我をして目を覚ますと、最初に視界に入るのはアイツだったな。

何百年経ったってのに全然、変わねーな。

そんな事を考えていると屋敷全体が大きく揺れた。

ドゴォーンッ!!

「な、なんだ!?」

「頭!!そ、外っ!!」

陽春に言われて、外を見て見ると大きな山に雷龍の姿が見えた。

羅刹天の屋敷は山頂にある為、近くの山に雷などが落ちると地面が揺れるようだ。

「雷龍?!な、なんで?」

天気も悪くなってないのに、どうして雷が?

もしかして妖の仕業か?

「心配には及びません。」

後ろから現れたのは雨桐だった。

落ち着いて記憶を呼び戻すと色々思い出す事もあった。

この雨桐と言う女は俺達の同僚だ。

まさか、こっちに来てるとは思わなかったな。

ん?

けど、コイツも妖の雰囲気を纏っている。

もしかして…。

「何なんですか?マジマジと人の顔を見て。」

「あ、いや…。お前も妖になったのか?」

俺がそう言うと、雨桐はサラッと「そうですが?じゃなければ今、生きていませんよ。」と答えた。

「そんなアッサリ答える?」

「私はいわゆる半妖ですね。」

雨桐の髪をよく見ると、黒い蛇がいた。

半妖…、俺と似たような感じか?

「広間へご案内します。もうすぐ日が暮れます。」

「広間に?何か話か?」

「えぇ、客人がいらっしゃいますから。」

「客人…って?」

「貴方も会った事はあるんじゃないですか?」

俺も会った事がある人物?

誰だ?

「とにかく、実際に自分の目で見た方が話は早いですよ?さ、こちらです。」

俺達は雨桐に広間へと案内された。

広間に入ると俺はある人物を見て目を疑った。

「アンタは!?もしかして, 」


孫悟空ー

親父はズボンのポケットから1枚の札を取り出した。

札には赤い炭で書かれた龍の絵と、雷龍の文字が書かれていた。

「伊邪那美命が最後にこの札に力を封じたんだ。お前に託す為に。」

「か、母さんが俺に?」

「毘沙門天がお前が生きている事を知ったらきっと、殺しに来る。そう思った伊邪那美命は…、この中に力だけ残し死んだ。」

親父は目の前で母さんが死ぬのを見たんだ。

黄泉の国に落とされた親父は、人間を捨て黄泉の国の神として理性を失って生きていたらしいと話した。

それも観音菩薩から羅刹天に伝えての経緯のようだ。

「毘沙門天はお前の事をただの妖だと思ってるんだな?」

「そうだな。俺が伊邪那美命…、母さんの子供だって事は気付いてない。」

「なら、今のうちに準備をしといて損はない。ほら、これに自分の血を滴らせ。」

俺は親父に言われた通りに指を噛み血を出した。

札を受け取り血を垂らすと、札が震え始めた瞬間だった。

ドゴォーンッ!!

俺の体に雷が落ちた。

体には痛みが走らず、俺の周りを雷龍が回っていた。

「ら、雷龍…なのか?」

「久しいな。」

雷龍はそう言うと俺の頬に頬擦りして来た。

雷龍の低い声はどこか、落ち着く。

この声を聞いた事がある。

「お前を花果山に置いて行ってしまって済まなかったな。だが、伊邪那美命の子を守るにはこうするしかなかったのだ。」

そうだ。

俺が赤ん坊の時に聞いた声だ。

俺は自分がこの世に何故、産まれて来たのか分からなかった。

俺は誰かに愛されて産まれて来たのかと、心のどこかで思っていたんだ。

こんな俺にも親は存在して、愛されて産まれて来た事を知った。

それだけで、許す理由になるだろ。

まだまだ俺も子供だったんだな。

「親父から聞いたよ。母さんの事、毘沙門天の事。そして牛魔王が関係してた事も。親父、どうしたら親父の封印が解けるんだ?」

「毘沙門天の封印はそう、簡単に解けない。毘沙門
天と同様の力を持つ神でなければ…。」

観音菩薩なら毘沙門天の封印を解けるんじゃ…。

俺がそう思っていると、羅刹天が肩を叩いて来た。

「その事で話がある。一度、屋敷に戻るぞ鳴神。」

「分かった。何か考えがあるんだな羅刹女。」

「お前をここから出す為に観音菩薩が動いてない訳がないだろ。」

鳴神の問いに羅刹天はそう答えた。

「悟空、広間に行こう。話し合いの場を設けた。」

「話し合い…って?」

「観音菩薩と連れが来てるんだ。今後の話し合いに決まってる。」

「観音菩薩が来てるのか?」

「あぁ、雨桐から連絡が来てな。」

羅刹天はそう言うと、羅刹天の腕に黒い蛇が巻き付いた。

蛇を通して連絡して来たって事か?

そう思いながら俺は、羅刹天と共に広間へと向かった。


広間ー

悟空と羅刹天が広間に着くと、沢山の料理と酒がズラッとテーブルを埋め尽くしていた。

三蔵と猪八戒、そして沙悟浄を含めた妖達が揃って座っていた。

観音菩薩の隣には天部の姿があった。

猪八戒と沙悟浄は天部とは認識があったが、悟空と三蔵は初対面だ。

「遅いぞ羅刹天。ここの主人は客人を待たせるのですか。」

天部はそう言って、掛けている眼鏡に触れた。

「そんなに待ってないだろ。大袈裟な奴だな。」

「はぁ…。こちらもあまり時間を掛けていられないんですよ。仕事を他の者に任せて来たんですから。」

「心配性だな天部は。大丈夫でしょ、大事な仕事はやっておいたから。」

天部に声を掛けたのは観音菩薩だった。

「久しぶりだな悟空。親父さんには会えたか?」

「「「親父…?」」」

観音菩薩の言葉を聞いた三蔵達は不思議そうに声を発した。

悟空は三蔵達に鳴神と伊邪那美命の話をして、三蔵の隣に腰を下ろした。

「「え、ぇぇぇぇぇ!?悟空が伊邪那美命の子供!?」」

三蔵と猪八戒は声を合わせて言葉を放った。

「親父さんがあの、飛龍大将だとは…。凄い親だな悟空。」

沙悟浄はポカンッとした顔で悟空に尋ねた。

「俺もさっき知ったんだよ。観音菩薩、親父の封印を解く事は出来ねぇのか。」

悟空はそう言って、観音菩薩に尋ねた。

「出来ない事はないが、聖天経文(セイテンキョウモン)がいる。」

「聖天経文…?」

「あぁ。聖天経文は癒しと浄化、回復の能力を持っている。鳴神様は体にもダメージをかなり受けている。浄化の力なら毘沙門天の封印を解ける。」

三蔵の問いに観音菩薩は答えた。

「悟空の親父さん、つまり鳴神様の封印を解く為には経文が必要って事…か。」

「まだ、聖天経文のありかは分かりませんからね。
時間はかなり掛かると思った方が良いでしょう。」

猪八戒の呟きに対して天部が答えた。

「幸いなのが毘沙門天がお前の事を妖怪だと思い込んでいる事だな。伊邪那美命様の子だと知っていたら真っ先に悟空が狙われていただろう。牛魔王もその事には気が付いていない様子だ。この事だけは知られてはならない。」

「経文を毘沙門天の野郎より先に手に入れたい。今回の経文だけは絶対に俺が取る。」

観音菩薩の言葉を聞いた悟空はそう答えた。

その言葉を聞いた沙悟浄は、悟空の肩に手を回した。

ガバッ!!

「だったら取ろうぜ経文。毘沙門天達より先にな。」

「どっちみち、奪われた経文も取り返さないといけないしな。親父さんの封印を解いてやろうぜ悟空。」

沙悟浄と猪八戒の言葉を聞いた悟空はフッと軽く笑った。

「黒風達には本格的に経文の居場所を探して欲しい。いずれ毘沙門天達に勘付かれる前に手を打とうと思い、我々がここに来たんだよ。」

「手を打つって?具体的にどうすんの。黒風達って?」

観音菩薩に悟空は疑問を投げ返した。

「黒風達を天部の部下として働いて貰う。黒風を大将とし君達はその補佐をすると言う事にらなった。」

「黒風が大将?!本気なのか?」

「あぁ、黒風から申し出たんだぞ?」

悟空が驚いていると、観音菩薩の言葉を聞いた黒風が口を開けた。

「ぼ、僕は今回の戦いで何にも役に立てなかった。僕は戦えないって実感したんだ。だ、だけど、1つだけ悟空さんの役に立てる事があったんだ。それは、経文の居場所を探しだす事。それなら僕でも、
出来る事だって思ったから!!」

そう言ってら黒風は悟空を見つめた。

悟空は黒風の意思を強く感じていた。

黒風が自分から決断をして、意見を言ったのを悟空は初めて見たからだ。

「分かった。頼んだぞ黒風。」

「は、はい!!」

「そう言う事だったのか…。緑来、陽春。」

黒風の話を聞いた沙悟浄は2人を見て言葉を放った。

「アイツ1人じゃ、任せらんないからね!あたし達が守ってやんないと頭に迷惑掛けるでしょ。」

「頭の旅には一緒に行けないけど、頭の役には確実になれると思ったんだ。ここにいる仲間達の全員の
意思でもある。」

陽春と緑来がそう言うと、妖達は頷いた。

「沙悟浄の仲間達の決意に乾杯!!!」

羅刹天がそう言うと、妖達も「「乾杯!!」」と言って飲み会と言う名の宴が始まった。

「ちょ、ちょっと羅刹天!?」

「良いじゃねーか天部!!ほら、お前も飲め!!」

羅刹天は酒瓶を持って天部の隣に座った。

「仕方ないですね、息抜きと言う事にします。」

「あははは!!本当は酒好きの癖に、意地張ってんなよなー。」

「う、五月蝿いですね?!」

羅刹天は笑いながら天部のグラスに酒を注いだ。


沙悟浄と猪八戒は、陽春達に囲まれながら酒を飲んでいた。

悟空は外に出て煙管でも吸おうと思い立ち上がると、三蔵が悟空の手を掴んだ。

「あ?何だよ。」

「お、俺も一緒に行っていい?」

悟空は三蔵の様子が少し変だと感じ、三蔵の提案に賛同し外に出た。

縁側に腰を下ろした悟空は、手慣れた手付きで煙管を咥えた。

「あ、あのさ。」

「何だよ。」

「さ、さっきはその…。ご、ごめん。」

「何が。」

悟空がそう言うと、三蔵は口を籠(ゴモ)らせた。

「悟空に嫌な態度取った事と…、あと…、平気そうって言った事。」

三蔵の言葉を聞いた悟空は煙を吐いた。

「俺は長く生きてるし、人が死ぬ姿を何百回も見て来た。爺さんが目の前で死んだ事は、今でも夢に出て来る。俺の中で相当、傷になってるらしい。500年経った今でも。」

「うん…、ごめん。」

「子供が大人になろうとした所で、子供なんだよお前は。」

「う…。」

「人の死に慣れるな。慣れてしまったら人間じゃなくなる。」

悟空はそう言って、再び煙管を咥えた。

「慣れる変わりに、守れるように強くなれ。大事なもの守れるくらいに強く。」

「悟空…、なんか変わったな。」

「あ?どこが。」

「前の悟空ならそんな事、言わなかったろ?」

「そうだな…。親父に会って俺もまだまだって事が分かったからかな。」

「よしっ!!俺、強くなる!!悟空の事も守ってやれるくらいに強くなってやる!!!」

三蔵はそう言って、空に向かって大きく叫んだ。

その様子を沙悟浄と猪八戒は黙って見つめていた。


二ヶ月後ー

季節は、秋に移り変わった。

観音菩薩と天部は、宴の次の日には天界に帰って行った。

黒風達はひとまず、羅刹天の屋敷で観音菩薩に経文の居場所や牛魔王達の動きを知らせるそうだ。

陽春達は雨桐の元で、仕事や雑務をたたき込まれていた。

そして昨日の夜、黒風から経文の居場所を聞いた三
蔵達は旅の支度をしていた。

悟空は鳴神の元に行き、明日にはここを立つ事を知
らせた。

「明日、ここを立つよ親父。」

「そうか。」

「親父の仲間達の事を観音菩薩から聞いたよ。生きてるみたいだけど、居場所は分からねーって。」

「アイツ等がどんな形であれ、生きているなら良かった。」

「経文を探しながら探して見ようと思う。親父に会いたいだろうからな。」

悟空の言葉を聞いた鳴神は、悟空の頭を撫でた。

翌朝、悟空達は羅刹天の屋敷の門の前にいた。

「頭、行っちゃうんだね。」

「あぁ、悟空の親父さんを解放してやらないとな。」

陽春の問いに沙悟浄は答えた。

「一端、お別れになっちゃうけどまた会えるのを楽しみにしてるよ頭。猪八戒さん、頭の事を頼みます。」

緑来は猪八戒に向かって頭を深く下げた。

「了解。沙悟浄のお守りは任せといて。」

「おい、誰が赤ちゃんだって?」

「お前の面倒を見るのは慣れてる。」

猪八戒がそう言うと、沙悟浄は軽く笑った。

「悟空さん!!気をつけて下さいね!!あ、あと。」

「おいおい、まだあるのかよ。」

「あははは!!黒風はお前の心配をしてるんだよ悟空。」

羅刹天は大きな声で笑った。

「悟空、何かあったらこの水晶の数珠を千切れ。」

そう言ってら悟空の手首に数珠を通した。

「これは?」

「魔除けの一種だ。ま、いざとなったら千切れ。」

「分かった。それよりアイツはまだか?」

チャランッ。

悟空がそう言うと、錫杖が地面に付く音がした。

錫杖の音を聞いた悟空達は視線を一斉に向けると、網代笠を被った三蔵の姿があった。

三蔵の体付きが男の子から男性に変わりつつあった。

少し伸びた背に、程良く付いた筋肉が黒い増衣の上からでも分かった。

怪我が完治した三蔵は、経文の居場所が分かるまで修行に明け暮れていたのだった。

「待たせて悪いな。」

「何してたの?遅かったけど。」

「色々、準備してたんたんだよ。」

猪八戒の問いに三蔵は答えた。

「あっそ。なら、行くぞ。」

「冷たくない?!」

「冷たくねーだろ。」

「はいはい、この話はもう終わりな?」

悟空と三蔵の間に沙悟浄が入り、話を終わらせた。

「それじゃあ、行こうか。」

三蔵の言葉を聞いた悟空達は、マントに付いている
フードを顔が隠れるまで深く被った。

三蔵は網代笠を指で少しだけ持ち上げて口を開いた。

「さぁ、行こうか。経文を取りに返しに。」


今、源蔵三蔵一行の旅事変が幕を開けたー
経文と、失った全ての物を奪い返す為の旅事変。



   第五幕  完
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