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第四章 三蔵一行旅事変
経文合戦 参
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河童の姿になった沙悟浄は、石に飛び掛かった。
「グァァァァァァァアァァア!!」
「何なんですかこの汚物は。」
石は真顔のまま刀を構え、沙悟浄を向かえ打った。
ガッ!!!
沙悟浄は大きく口を開け、石の刀に噛み付いた。
「か、頭なの…?あれ。」
陽春は沙悟浄の姿を見て、言葉を吐いた。
「どうしちゃったんだよ頭…っ。」
地面から動けない緑来はただ、変わり果てた沙悟浄を見つめる事しか出来なかった。
沙悟浄の表情は怒りに満ちていて、理性を失っている状態だ。
「だめ…。だめよっ!!」
玉はそう言って、沙悟浄の元に駆け寄ろうと走り出した。
ポタッ。
ポタポタポタポタッ。
玉の腹から血がポタポタと垂れ落ち、地面を赤く染め上げた。
「哪吒。コイツは僕がやりますから、経文をお願いします。」
「分かっている。」
カチャッ。
哪吒はそう言ってから息を大きく吸い、太刀を構え直した。
源蔵三蔵 十九歳
ゾクゾクッ!!
背中に悪寒が走った。
何んだ…、これ。
息が、しづらい…。
胸がギュッと締め付けられるような…。
自分の足に重みを感じる。
この嫌な空気を作ったのは哪吒だ。
ビュンッ!!!
哪吒の姿が一瞬にして消えた。
「なっ?!ど、どこにっ…。」
俺がそう言うと、悟空が猪八戒に向かって俺を投げ飛ばした。
ドサッ!!
「うわっわ!?」
「お、おい!?悟空?!」
ビュンッ!!
悟空は俺と猪八戒の言葉を聞かずに、哪吒の元に向かって如意棒を伸ばし哪吒の元に向かって行った。
近付いて来た悟空に気が付いた哪吒は、札を取り出し悟空に向かって飛ばした。
バリバリバリッ!!!
飛ばされた札が悟空の体に張り付いた。
哪吒が飛ばした札に見覚えがあった。
あれは、爆破する札だ!!!
まずい!!
俺はすぐに札を取り出したが、遅かった。
哪吒が指をパチンッと弾き「爆。」と言葉を吐くと悟空の体が炎に包まれた。
ブォォォォォォォ!!!
「ご、悟空ー!!!」
「おいおいっ!?嘘っだろ!?」
哪吒は悟空の横を通り過ぎ、玉の背後を取った。
そしてそのまま太刀を振り下ろそうとした瞬間だった。
「ガァァァァァァァァ!!!」
ブシュッ!!!
石の攻撃を受けながらも沙悟浄が哪吒の肩に噛み付いた。
ガブッ!!!
ブシャッ!!!
「石。お前、ちゃんと見てなかったのか。」
哪吒は真顔のまま石に向かって言葉を放った。
「悟空!!!」
「あ!!三蔵!!」
ガバッ!!
俺の体を掴んでいる猪八戒の手を払い退け地面に着地した。
タタタタタタタ!!!
俺と同時に走り出したのは石だった。
石は俺の事が眼中にないらしく、哪吒の元に向かって走っていた。
「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。」
同じ言葉を呟きながら石は哪吒の肩に噛み付いている沙悟浄を斬り付けた。
ブジャァァァァ!!!
「グァァァァァァァアァア!!」
斬り付けられた沙悟浄の背中から赤い血が噴き出した。
「捲簾!!!!貴様ぁあぁぁぁぁ!!!」
玉はそう言って、石に向かって稲妻を放った。
ドゴォォォーン!!!
「五月蝿いな。」
そう呟いたのは哪吒だった。
石と哪吒の前に札が数枚貼られていた。
哪吒の使った札は攻撃を跳ね返す物だった。
俺は玉の前に戻るように方向を変え、走り出した。
タタタタタタタ!!!
間に合えよっ!!
「グァァァァァァァア!!!」
沙悟浄は血を流しながらも哪吒に飛び付いた。
「汚い手で哪吒に触れようとすんな。この糞野郎がぁぁぁあ!!!」
タッ!!!
石は叫びながら刀を構え沙悟浄の頭上に飛び、刀を振り落ろそうとした。
ビュンッ!!
俺の頭上を何かが通り抜けた。
不思議に思った俺は、足を動かしながら後ろを振り返った。
グサッ!!
ブシュッ!!
石の肩に黒い刀が突き刺さっていた。
その黒い刀は見覚えがあった。
「させるかよ。」
黒い刀を石に向かって投げたのは猪八戒だった。
「猪八戒!!」
俺がそう言うと、一瞬だけ俺に向かって笑うとすぐに沙悟浄の方に視線を送った。
「しっかりしやがれ沙悟浄!!何、飲み込まれてんだ!!」
猪八戒はそう言って、沙悟浄を怒鳴り付けた。
「グルルル…ッ。」
沙悟浄は唸りながらジリジリと猪八戒との距離を縮めていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
哪吒が貼った札が白く光り出した。
いつ玉の放った稲妻が放たれてもおかしくない状態だった。
「玉!!!」
「坊や?!」
驚いている玉を他所に俺はひたすらに指を動かした。
玉の前に辿り着いた俺は素早く指を動かしながら口を動かした。
「臨兵闘者皆陣裂在前(リン、ピョウ、トウ、シャ、カイ、ジン、ザイ、ゼン)。」
そう言って九字に切った。
ポワンッ!!
玉と俺を囲むように大きな結界が現れた。
ドゴォォォーン!!!
哪吒が放った稲妻は力を増していて、結界の至る所に亀裂が走った。
タタタタタタタ!!!
稲妻に当たらないように哪吒が俺と玉のいる結界の前まで走って来た。
「経文は我々が貰う。」
スゥッと息を吸い込んだ後、哪吒が口を開けた。
「一刀両断(イットウリョウダン)。」
そう言って哪吒が太刀を横に向けて振り上げた。
パリーンッ!!!
結界が斜めに切れた。
「邪魔だ小僧。」
哪吒が俺の目の前まで来ていた事に気が付かなかった。
「坊や!!!」
玉が俺に近寄ろうとしたのが分かった。
「来るな!!!」
「っ!?」
「コイツの狙いは玉の中にある経文だ!!来たら斬られる!!」
クッソ!!
霊魂銃を取り出す時間がない!!
太刀の刃がもう、既に俺の額に触れようとしてた。
悟空!!!
俺は悟空の名前を心の中で叫びながら目をギュッと瞑った。
「やめて!!!」
玉の叫び声が耳に届いた。
「グァァァァァァァア!!!」
沙悟浄が猪八戒に向かって飛び付いた。
ガバッ!!
ガブッ!!
「ゔ!!!」
猪八戒の腕に沙悟浄の鋭い牙が食い込んだ。
「いっ…てぇじゃねーかよ!!」
ゴンッ!!!
猪八戒はそう言って、思いっ切り沙悟浄の頭を殴り付けた。
ゴンッ!!!
殴られた沙悟浄は地面に強く頭を打った。
「あ。わ、悪い…。」
シュュュュュ…。
沙悟浄の体から白い湯気のような煙が立ち始めた。
「お、おい…?大丈夫…じゃなさそう…だな。」
猪八戒は目の前に起きている光景を理解出来ないでいた。
すると、河童だった姿の沙悟浄が人の形に戻り始めていた。
シュン!!
気配を感じた猪八戒は素早く銃を構え弾き金を引いた。
パンパンパンッ!!!
「あの野郎!!体力あり過ぎるだろ?!」
猪八戒の視線の先にいたのは石だった。
石は刀が刺さったまま猪八戒達の元に走って来ていた。
「殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
「お前、さっきから同じ言葉しか言ってねーじゃん!!目が逝っちゃってる!!!」
怒りに満ちた石は正常な判断が出来ていなかった。
ただ、哪吒の邪魔をするモノを排除する。
それしか頭になかったのだ。
「殺す殺す殺す。」
ビュンッ!!!
キィィィン!!!
石の攻撃を受け止めたのは沙悟浄だった。
「沙悟浄!!」
「悪い、助かったわ。」
理性を取り戻した沙悟浄は猪八戒に向かって言葉を投げた。
「頭を叩けば治るのか…。またお前がそうなったら叩いてやるよ。」
「それはねぇ…だろっ!!っと!!」
キィィィン!!!
沙悟浄はそう言って、石の刀を弾いた。
「コイツ等の狙いは何なんだ?」
「悟空と三蔵が探してるのと一緒なんだよ。」
「一緒?どう言う事だ?」
「あの2人、経文って言うのを集めろって言われてんだよ。ま、俺等も探さねーといけないらしいけど。」
猪八戒の話を聞いた沙悟浄は、額から流れた血を手で拭った。
「玉の中に経文…?」
そう呟いた後に、沙悟浄はハッとした。
「まさか…、経文って有天経文の事か?」
「有天経文…って、観音菩薩と天帝が持っていたヤツか?」
沙悟浄と猪八戒には見覚えがあった。
かつて、天界にいた頃だった。
観音菩薩と天帝が経文と言う異能力を持つ巻き物を
手に入れたと言う話を耳にした事があった。
まさか、その経文が玉の中にあるとは沙悟浄は思いもしなかった。
ズポッ。
カランッカランッ。
石は肩に刺さった刀を抜き地面に落とした。
「あー、苛々すんな。お前等、チョロチョロと邪魔ばかりしやがって。」
怒っている石を見て猪八戒はニヤニヤしていた。
「あーあー。あの野郎、めちゃくちゃキレてんぞ。」
「知るかよ。」
「その馬鹿デカイ猫を殺されろや。」
そう言って石は沙悟浄と猪八戒を睨み付けた。
「テメェ等の目的は何だ。経文を集めて何しようとしてんだ。」
沙悟浄はそう言って石に尋ねた。
「ハッ、目的だと?そんなの1つに決まってんだろ。世界を逆転させんだよ。」
石の言葉を聞いても沙悟浄と猪八戒は理解出来ていなかった。
何故なら石の放った言葉は意味が分からない事の方が多かった。
「世界を逆転…?」
「お前等には理解出来ないだろうな。この世界に嫌悪感を抱いていないのだからな。」
猪八戒の言葉を聞いた石は鼻で笑いながら答えた。
「この世界は腐ってやがる。」
石の言葉は猪八戒と沙悟浄に響いた。
源蔵三蔵 十九歳
ズンッ!!
体に重い何かがのし掛かった。
それと同時に何が焼けて焦げた匂いが鼻に届いた。
俺は恐る恐る目を開けると、そこにいたのは…。
「あー、痛てぇな…。」
全身が焼けて、火傷だらけになった悟空が片手で太刀の攻撃を止めていた。
「ご、悟空!?」
「嘘でしょ…。生きてるの?あの状態からどうやって…!?」
俺と玉は悟空の姿を見て驚きを隠せなかった。
あの炎の中からどうやって…。
悟空は片手で太刀を持ち上げ、哪吒ごと右側にある大きな岩に向かって投げ飛ばした。
ドゴォォォーン!!!
「哪吒太子!?お前がやったのか!!!」
ビュンッ!!!
石はそう言って、悟空に向かって飛んで来た。
「悟空!!危なー。」
俺は悟空を見て言葉が詰まった。
「跪け。」
悟空がそう言うと、石の体が地面に押し付けられた。
ガシャーンッ!!!
「なっ、なっ?!何が…。」
悟空は黙ったまま石の方に歩き出した。
「悟空…?」
あれは悟空なのか…?
今までの悟空とは違う。
悟空なのに悟空じゃないみたいだ。
ガシッ!!
「ゔ!!」
悟空が石の頭を強く踏みつけた。
「俺の許可無く口を開くな。喋るな、動くな。」
「きっ…さ、まぁ…!!ゔっ!!」
喋ろうとした石を更に強く踏み付けた。
「お前には脳がないのか?言われた事が理解出来ないのか?阿呆なのか?」
口調が違う…?
「美…、猿王。」
眠っていた黒風の言葉が耳に届いた。
黒風の方に視線を向けると、黒風の頬が赤くなっていた。
憧れている人を見ている表情になっていた。
美猿王は、悟空の前の名前…。
「美猿王が目の前にいる。」
「黒風?何を言ってるんだ…?」
「絶対的な王が目の前にいるんですよ…、三蔵さん。」
「絶対的な王…?」
悟空の周りにパチパチと音を鳴らしながら稲妻が走っていた。
タタタタタタタ!!!
「三蔵!!!」
俺の元に走って来たのは猪八戒と沙悟浄だった。
「玉!!!」
「捲簾!!!」
玉に近寄った沙悟浄は、玉の体に触れた。
「悪いな、お前の事を忘れていて。」
「っ!!お、思い出したの…?捲簾。」
「あぁ、俺がどうしてこうなったのか。何で下界に落ちたのかを。」
沙悟浄と玉の間に穏やかな空気が流れた。
玉も沙悟浄の姿を見て安心したのか、顔を擦り寄せていた。
「三蔵、怪我はしてないか?」
「怪我はないけど…、悟空の様子が…。」
俺がそう言うと、猪八戒も悟空に視線を送った。
ビュンッ!!
哪吒が悟空に向かって飛んでいた。
「悟空!!」
哪吒の気配に気が付いた悟空は、向かって来た哪吒に勢いを付け踵落としをした。
ドゴォォォーン!!
地面に強く撃ちつけらた哪吒を見て俺は驚いた。
さっきまでの強さじゃない。
桁違いな強さだ。
「嘘だろ?あの2人がやられてるぞ。」
猪八戒は口をポカーンッとさせていた。
それもそうだ。
この光景を見たら誰だってそうなる。
「どうしちゃったんだよ…?」
シュュュュュ…。
悟空の体の傷がどんどん治っていっていた。
不老不死の力は本当だったんだ…。
普通なら死んでいる傷でも治るんだ。
俺は、悟空の事を知っているつもりでいたけど…。
本当は何も分かっていないんじゃないのか?
「あ?どうなってんだ?この状況。」
悟空はケロッとした様子で俺達の方を見つめて来た。
「ご、悟空なのか!?」
いつもの悟空に戻っていて俺は驚きのあまり声を掛けていた。
「何、言ってんだ?」
さっきまでの記憶がないのか?
「お前がやったんだろ悟空。」
猪八戒は冷静に悟空に話し掛けた。
「俺が?無意識のうちにやっちまってたのか。」
「無意識なのが怖いんだけど…。」
悟空の言葉を聞いた俺はそう言葉を吐いた。
ビュンッ!!
哪吒が素早く距離を取り、口に付いた血を拭い地面に梵字を書き出した。
グイッ!!
「おっとっと?!」
石が悟空の足を掴み自分の頭から退けさた後、すぐに哪吒の元に向かった。
「あー。あの野郎、逃げちゃったよ。」
「あ?俺の所為だって言いたいのか。おい、お前。」
猪八戒の言葉を聞き流した後、沙悟浄に声を掛けた。
「お、俺か?」
「記憶は戻ったのか。」
「え?あ、あぁ…。」
「だったら、さっさとそこの猫を連れて行け。アイツ等に経文を渡してたまるか。」
悟空はそう言って、顎を使って階段の方向を指した。
沙悟浄はフッと笑った後、玉の方を向いた。
「玉、陽春と緑来を連れて上に行くぞ。」
「捲簾…。」
「動けるか?傷がかなり深い。」
「捲簾…。」
玉は何か言いたげな様子だった。
哪吒の書いている梵字…。
見た事あるような…、ないような…?
何だあれ?
悟空は哪吒の書いた梵字を見て驚きながら口を開けた。
「まずい!!おい!!さっさと猫を連れて上に行け!!猪八戒、アイツを止めるぞ!!三蔵も来い!!」
悟空はそう言って、如意棒を伸ばし哪吒の元に走り出した。
猪八戒も悟空に続いて走り出した。
「え!?な、何!?どうした!?」
俺も戸惑いながら悟空の後を追い掛けるように走り出した。
タタタタタタタ!!!
「どうしたんだよ悟空?」
「あの梵字は呪詛なんだよ!!あの猫に向かって呪詛を掛ける気だ!!」
「っ!?」
呪詛!?
「やっぱり、呪詛か。毘沙門天が使っていた技と同じ梵字だったからもしかしてとは思ったが…。」
「本格的に殺すつもりだ。経文を手に入れる為にな。」
「嘘でしょ…?本当に殺す気なのか?」
「お前、経文を手に入れる気はあんのか?」
「…え?」
悟空にそんな事を聞かれるなんて思ってもいなかった。
「だって、経文は玉の中にあるんだぞ!?玉を殺してまで手に入れる必要はないだろ?!」
俺がそう言うと、悟空が振り返り俺の体を強く押した。
ドンッ!!
押された勢いに負け地面に尻餅を着いた。
ドサッ!!
「お前は来るな。覚悟のない奴は足手まといになるだけだ。」
悟空は俺に冷たい視線を送った後、再び走り出した。
猪八戒も俺の横を通り抜けて行った。
悟空が俺にあんな視線を送るのは初めて会った時だけだ。
何だよ。
何なんだよ。
お前だって…、分かるだろ。
沙悟浄にとって玉は大切な家族なんだ。
家族を失う気持ちは悟空が1番分かる筈だろ?
なのに、何で…。
「何で、そんな事をうだよ…。」
俺は小さな声で心の声を吐き出した。
「あんな言い方しなくても良いんじゃねーの?」
走りながら猪八戒が悟空に話し掛けた。
「だったら何で来たんだよ。」
「沙悟浄の家族を守る為とお前の為。」
「は?俺の?」
「牛魔王と毘沙門天に渡したくないんだろ?経文を。」
「もう、アイツ等の好きにさせてたまるかよ。」
悟空はそう言って如意棒を伸ばした。
キィィィン!!!
如意棒を受け止めたのは石だった。
「猪八戒!!アイツを止めろ!!」
「了解っ!!」
パンパンパンッ!!
猪八戒はそう言って弾き金を引いたが、哪吒がニヤリと笑った。
「あのね、私…は。」
「どうした?」
「経文は貴方が絶対に手にして。」
「何を…言って…。」
玉が口を開けようとした瞬間、哪吒が「呪詛"血蜂(チバチ)"。」と呟いた。
玉の周りに血で出来た毒蜂が大量に現れた。
「玉!!!」
沙悟浄が手を伸ばそうとした時、血蜂が一斉に玉の体を刺した。
ブシャッ。
ブシャ、ブシャ、ブシャ、ブシャ、ブジャァァァァ!!!
刺された所から沢山の血が噴き出した。
「やめろ、やめろ!!!」
沙悟浄が玉の体に纏わり着いた鉢を剥がそうとしたが、沙悟浄の手を擦り抜けた。
特定の相手以外に聞かないのが呪詛。
沙悟浄がどんなに玉を助けようとするも、触る事さえ出来ないのだ。
「頼むからやめてくれ!!!おい、三蔵!!玉を助けてくれよ!!」
沙悟浄はそう言って、三蔵に縋(スガ)り付いた。
「ごめん…。」
「ごめんじゃねーだろ…。どうにかしてくれよ!?お前、坊さんだろ!!?」
「呪詛に掛かった者は…もう、どうしようも出来ないんだ。」
「ただ黙って見てろって言うのか!?」
「俺だってどうにかしたいよ!!!」
「っ!?」
大声を出した三蔵に沙悟浄は驚いた。
「呪詛を剥がす方法なんて…、聞いた事がないんだ。」
「嘘だろ…?じゃあ…、玉は…死ぬのか?」
沙悟浄がそう言うと、玉の体が光り出した。
「玉の体から何か…、出て来る…?」
三蔵がそう言うと、玉の姿が1つと巻き物に変わった。
「もしかして…?あれって…。」
巻き物を見た猪八戒がそう呟くと、悟空が経文に向かって走り出した。
その後を追うように石も走り出した。
「経文は絶対に渡さねー!!」
「それはこちらもだ!!」
悟空の言葉を聞いた石は、悟空に向かって刀を振り下ろした。
「経文。」
ビュンッ!!!
そう言って走り出したのは哪吒だった。
「まずい!!沙悟浄!!三郎!!そっちに向かって行ったぞ!!」
事態を察知した猪八戒は言葉を吐いた後、哪吒を追い掛けるように走り出した。
悟空は三蔵と沙悟浄に向かって声を上げた。
「経文だ!!ソイツに渡すな!!!」
その言葉を聞いた沙悟浄は、浮いている経文に向かって手を伸ばそうと手を上げた。
それと同時に哪吒も経文に向かって手を伸ばしていた。
「お前等なんかに、渡せねー!!!」
沙悟浄の叫び声と共に光が溢れ出した。
「グァァァァァァァアァァア!!」
「何なんですかこの汚物は。」
石は真顔のまま刀を構え、沙悟浄を向かえ打った。
ガッ!!!
沙悟浄は大きく口を開け、石の刀に噛み付いた。
「か、頭なの…?あれ。」
陽春は沙悟浄の姿を見て、言葉を吐いた。
「どうしちゃったんだよ頭…っ。」
地面から動けない緑来はただ、変わり果てた沙悟浄を見つめる事しか出来なかった。
沙悟浄の表情は怒りに満ちていて、理性を失っている状態だ。
「だめ…。だめよっ!!」
玉はそう言って、沙悟浄の元に駆け寄ろうと走り出した。
ポタッ。
ポタポタポタポタッ。
玉の腹から血がポタポタと垂れ落ち、地面を赤く染め上げた。
「哪吒。コイツは僕がやりますから、経文をお願いします。」
「分かっている。」
カチャッ。
哪吒はそう言ってから息を大きく吸い、太刀を構え直した。
源蔵三蔵 十九歳
ゾクゾクッ!!
背中に悪寒が走った。
何んだ…、これ。
息が、しづらい…。
胸がギュッと締め付けられるような…。
自分の足に重みを感じる。
この嫌な空気を作ったのは哪吒だ。
ビュンッ!!!
哪吒の姿が一瞬にして消えた。
「なっ?!ど、どこにっ…。」
俺がそう言うと、悟空が猪八戒に向かって俺を投げ飛ばした。
ドサッ!!
「うわっわ!?」
「お、おい!?悟空?!」
ビュンッ!!
悟空は俺と猪八戒の言葉を聞かずに、哪吒の元に向かって如意棒を伸ばし哪吒の元に向かって行った。
近付いて来た悟空に気が付いた哪吒は、札を取り出し悟空に向かって飛ばした。
バリバリバリッ!!!
飛ばされた札が悟空の体に張り付いた。
哪吒が飛ばした札に見覚えがあった。
あれは、爆破する札だ!!!
まずい!!
俺はすぐに札を取り出したが、遅かった。
哪吒が指をパチンッと弾き「爆。」と言葉を吐くと悟空の体が炎に包まれた。
ブォォォォォォォ!!!
「ご、悟空ー!!!」
「おいおいっ!?嘘っだろ!?」
哪吒は悟空の横を通り過ぎ、玉の背後を取った。
そしてそのまま太刀を振り下ろそうとした瞬間だった。
「ガァァァァァァァァ!!!」
ブシュッ!!!
石の攻撃を受けながらも沙悟浄が哪吒の肩に噛み付いた。
ガブッ!!!
ブシャッ!!!
「石。お前、ちゃんと見てなかったのか。」
哪吒は真顔のまま石に向かって言葉を放った。
「悟空!!!」
「あ!!三蔵!!」
ガバッ!!
俺の体を掴んでいる猪八戒の手を払い退け地面に着地した。
タタタタタタタ!!!
俺と同時に走り出したのは石だった。
石は俺の事が眼中にないらしく、哪吒の元に向かって走っていた。
「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。」
同じ言葉を呟きながら石は哪吒の肩に噛み付いている沙悟浄を斬り付けた。
ブジャァァァァ!!!
「グァァァァァァァアァア!!」
斬り付けられた沙悟浄の背中から赤い血が噴き出した。
「捲簾!!!!貴様ぁあぁぁぁぁ!!!」
玉はそう言って、石に向かって稲妻を放った。
ドゴォォォーン!!!
「五月蝿いな。」
そう呟いたのは哪吒だった。
石と哪吒の前に札が数枚貼られていた。
哪吒の使った札は攻撃を跳ね返す物だった。
俺は玉の前に戻るように方向を変え、走り出した。
タタタタタタタ!!!
間に合えよっ!!
「グァァァァァァァア!!!」
沙悟浄は血を流しながらも哪吒に飛び付いた。
「汚い手で哪吒に触れようとすんな。この糞野郎がぁぁぁあ!!!」
タッ!!!
石は叫びながら刀を構え沙悟浄の頭上に飛び、刀を振り落ろそうとした。
ビュンッ!!
俺の頭上を何かが通り抜けた。
不思議に思った俺は、足を動かしながら後ろを振り返った。
グサッ!!
ブシュッ!!
石の肩に黒い刀が突き刺さっていた。
その黒い刀は見覚えがあった。
「させるかよ。」
黒い刀を石に向かって投げたのは猪八戒だった。
「猪八戒!!」
俺がそう言うと、一瞬だけ俺に向かって笑うとすぐに沙悟浄の方に視線を送った。
「しっかりしやがれ沙悟浄!!何、飲み込まれてんだ!!」
猪八戒はそう言って、沙悟浄を怒鳴り付けた。
「グルルル…ッ。」
沙悟浄は唸りながらジリジリと猪八戒との距離を縮めていた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
哪吒が貼った札が白く光り出した。
いつ玉の放った稲妻が放たれてもおかしくない状態だった。
「玉!!!」
「坊や?!」
驚いている玉を他所に俺はひたすらに指を動かした。
玉の前に辿り着いた俺は素早く指を動かしながら口を動かした。
「臨兵闘者皆陣裂在前(リン、ピョウ、トウ、シャ、カイ、ジン、ザイ、ゼン)。」
そう言って九字に切った。
ポワンッ!!
玉と俺を囲むように大きな結界が現れた。
ドゴォォォーン!!!
哪吒が放った稲妻は力を増していて、結界の至る所に亀裂が走った。
タタタタタタタ!!!
稲妻に当たらないように哪吒が俺と玉のいる結界の前まで走って来た。
「経文は我々が貰う。」
スゥッと息を吸い込んだ後、哪吒が口を開けた。
「一刀両断(イットウリョウダン)。」
そう言って哪吒が太刀を横に向けて振り上げた。
パリーンッ!!!
結界が斜めに切れた。
「邪魔だ小僧。」
哪吒が俺の目の前まで来ていた事に気が付かなかった。
「坊や!!!」
玉が俺に近寄ろうとしたのが分かった。
「来るな!!!」
「っ!?」
「コイツの狙いは玉の中にある経文だ!!来たら斬られる!!」
クッソ!!
霊魂銃を取り出す時間がない!!
太刀の刃がもう、既に俺の額に触れようとしてた。
悟空!!!
俺は悟空の名前を心の中で叫びながら目をギュッと瞑った。
「やめて!!!」
玉の叫び声が耳に届いた。
「グァァァァァァァア!!!」
沙悟浄が猪八戒に向かって飛び付いた。
ガバッ!!
ガブッ!!
「ゔ!!!」
猪八戒の腕に沙悟浄の鋭い牙が食い込んだ。
「いっ…てぇじゃねーかよ!!」
ゴンッ!!!
猪八戒はそう言って、思いっ切り沙悟浄の頭を殴り付けた。
ゴンッ!!!
殴られた沙悟浄は地面に強く頭を打った。
「あ。わ、悪い…。」
シュュュュュ…。
沙悟浄の体から白い湯気のような煙が立ち始めた。
「お、おい…?大丈夫…じゃなさそう…だな。」
猪八戒は目の前に起きている光景を理解出来ないでいた。
すると、河童だった姿の沙悟浄が人の形に戻り始めていた。
シュン!!
気配を感じた猪八戒は素早く銃を構え弾き金を引いた。
パンパンパンッ!!!
「あの野郎!!体力あり過ぎるだろ?!」
猪八戒の視線の先にいたのは石だった。
石は刀が刺さったまま猪八戒達の元に走って来ていた。
「殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
「お前、さっきから同じ言葉しか言ってねーじゃん!!目が逝っちゃってる!!!」
怒りに満ちた石は正常な判断が出来ていなかった。
ただ、哪吒の邪魔をするモノを排除する。
それしか頭になかったのだ。
「殺す殺す殺す。」
ビュンッ!!!
キィィィン!!!
石の攻撃を受け止めたのは沙悟浄だった。
「沙悟浄!!」
「悪い、助かったわ。」
理性を取り戻した沙悟浄は猪八戒に向かって言葉を投げた。
「頭を叩けば治るのか…。またお前がそうなったら叩いてやるよ。」
「それはねぇ…だろっ!!っと!!」
キィィィン!!!
沙悟浄はそう言って、石の刀を弾いた。
「コイツ等の狙いは何なんだ?」
「悟空と三蔵が探してるのと一緒なんだよ。」
「一緒?どう言う事だ?」
「あの2人、経文って言うのを集めろって言われてんだよ。ま、俺等も探さねーといけないらしいけど。」
猪八戒の話を聞いた沙悟浄は、額から流れた血を手で拭った。
「玉の中に経文…?」
そう呟いた後に、沙悟浄はハッとした。
「まさか…、経文って有天経文の事か?」
「有天経文…って、観音菩薩と天帝が持っていたヤツか?」
沙悟浄と猪八戒には見覚えがあった。
かつて、天界にいた頃だった。
観音菩薩と天帝が経文と言う異能力を持つ巻き物を
手に入れたと言う話を耳にした事があった。
まさか、その経文が玉の中にあるとは沙悟浄は思いもしなかった。
ズポッ。
カランッカランッ。
石は肩に刺さった刀を抜き地面に落とした。
「あー、苛々すんな。お前等、チョロチョロと邪魔ばかりしやがって。」
怒っている石を見て猪八戒はニヤニヤしていた。
「あーあー。あの野郎、めちゃくちゃキレてんぞ。」
「知るかよ。」
「その馬鹿デカイ猫を殺されろや。」
そう言って石は沙悟浄と猪八戒を睨み付けた。
「テメェ等の目的は何だ。経文を集めて何しようとしてんだ。」
沙悟浄はそう言って石に尋ねた。
「ハッ、目的だと?そんなの1つに決まってんだろ。世界を逆転させんだよ。」
石の言葉を聞いても沙悟浄と猪八戒は理解出来ていなかった。
何故なら石の放った言葉は意味が分からない事の方が多かった。
「世界を逆転…?」
「お前等には理解出来ないだろうな。この世界に嫌悪感を抱いていないのだからな。」
猪八戒の言葉を聞いた石は鼻で笑いながら答えた。
「この世界は腐ってやがる。」
石の言葉は猪八戒と沙悟浄に響いた。
源蔵三蔵 十九歳
ズンッ!!
体に重い何かがのし掛かった。
それと同時に何が焼けて焦げた匂いが鼻に届いた。
俺は恐る恐る目を開けると、そこにいたのは…。
「あー、痛てぇな…。」
全身が焼けて、火傷だらけになった悟空が片手で太刀の攻撃を止めていた。
「ご、悟空!?」
「嘘でしょ…。生きてるの?あの状態からどうやって…!?」
俺と玉は悟空の姿を見て驚きを隠せなかった。
あの炎の中からどうやって…。
悟空は片手で太刀を持ち上げ、哪吒ごと右側にある大きな岩に向かって投げ飛ばした。
ドゴォォォーン!!!
「哪吒太子!?お前がやったのか!!!」
ビュンッ!!!
石はそう言って、悟空に向かって飛んで来た。
「悟空!!危なー。」
俺は悟空を見て言葉が詰まった。
「跪け。」
悟空がそう言うと、石の体が地面に押し付けられた。
ガシャーンッ!!!
「なっ、なっ?!何が…。」
悟空は黙ったまま石の方に歩き出した。
「悟空…?」
あれは悟空なのか…?
今までの悟空とは違う。
悟空なのに悟空じゃないみたいだ。
ガシッ!!
「ゔ!!」
悟空が石の頭を強く踏みつけた。
「俺の許可無く口を開くな。喋るな、動くな。」
「きっ…さ、まぁ…!!ゔっ!!」
喋ろうとした石を更に強く踏み付けた。
「お前には脳がないのか?言われた事が理解出来ないのか?阿呆なのか?」
口調が違う…?
「美…、猿王。」
眠っていた黒風の言葉が耳に届いた。
黒風の方に視線を向けると、黒風の頬が赤くなっていた。
憧れている人を見ている表情になっていた。
美猿王は、悟空の前の名前…。
「美猿王が目の前にいる。」
「黒風?何を言ってるんだ…?」
「絶対的な王が目の前にいるんですよ…、三蔵さん。」
「絶対的な王…?」
悟空の周りにパチパチと音を鳴らしながら稲妻が走っていた。
タタタタタタタ!!!
「三蔵!!!」
俺の元に走って来たのは猪八戒と沙悟浄だった。
「玉!!!」
「捲簾!!!」
玉に近寄った沙悟浄は、玉の体に触れた。
「悪いな、お前の事を忘れていて。」
「っ!!お、思い出したの…?捲簾。」
「あぁ、俺がどうしてこうなったのか。何で下界に落ちたのかを。」
沙悟浄と玉の間に穏やかな空気が流れた。
玉も沙悟浄の姿を見て安心したのか、顔を擦り寄せていた。
「三蔵、怪我はしてないか?」
「怪我はないけど…、悟空の様子が…。」
俺がそう言うと、猪八戒も悟空に視線を送った。
ビュンッ!!
哪吒が悟空に向かって飛んでいた。
「悟空!!」
哪吒の気配に気が付いた悟空は、向かって来た哪吒に勢いを付け踵落としをした。
ドゴォォォーン!!
地面に強く撃ちつけらた哪吒を見て俺は驚いた。
さっきまでの強さじゃない。
桁違いな強さだ。
「嘘だろ?あの2人がやられてるぞ。」
猪八戒は口をポカーンッとさせていた。
それもそうだ。
この光景を見たら誰だってそうなる。
「どうしちゃったんだよ…?」
シュュュュュ…。
悟空の体の傷がどんどん治っていっていた。
不老不死の力は本当だったんだ…。
普通なら死んでいる傷でも治るんだ。
俺は、悟空の事を知っているつもりでいたけど…。
本当は何も分かっていないんじゃないのか?
「あ?どうなってんだ?この状況。」
悟空はケロッとした様子で俺達の方を見つめて来た。
「ご、悟空なのか!?」
いつもの悟空に戻っていて俺は驚きのあまり声を掛けていた。
「何、言ってんだ?」
さっきまでの記憶がないのか?
「お前がやったんだろ悟空。」
猪八戒は冷静に悟空に話し掛けた。
「俺が?無意識のうちにやっちまってたのか。」
「無意識なのが怖いんだけど…。」
悟空の言葉を聞いた俺はそう言葉を吐いた。
ビュンッ!!
哪吒が素早く距離を取り、口に付いた血を拭い地面に梵字を書き出した。
グイッ!!
「おっとっと?!」
石が悟空の足を掴み自分の頭から退けさた後、すぐに哪吒の元に向かった。
「あー。あの野郎、逃げちゃったよ。」
「あ?俺の所為だって言いたいのか。おい、お前。」
猪八戒の言葉を聞き流した後、沙悟浄に声を掛けた。
「お、俺か?」
「記憶は戻ったのか。」
「え?あ、あぁ…。」
「だったら、さっさとそこの猫を連れて行け。アイツ等に経文を渡してたまるか。」
悟空はそう言って、顎を使って階段の方向を指した。
沙悟浄はフッと笑った後、玉の方を向いた。
「玉、陽春と緑来を連れて上に行くぞ。」
「捲簾…。」
「動けるか?傷がかなり深い。」
「捲簾…。」
玉は何か言いたげな様子だった。
哪吒の書いている梵字…。
見た事あるような…、ないような…?
何だあれ?
悟空は哪吒の書いた梵字を見て驚きながら口を開けた。
「まずい!!おい!!さっさと猫を連れて上に行け!!猪八戒、アイツを止めるぞ!!三蔵も来い!!」
悟空はそう言って、如意棒を伸ばし哪吒の元に走り出した。
猪八戒も悟空に続いて走り出した。
「え!?な、何!?どうした!?」
俺も戸惑いながら悟空の後を追い掛けるように走り出した。
タタタタタタタ!!!
「どうしたんだよ悟空?」
「あの梵字は呪詛なんだよ!!あの猫に向かって呪詛を掛ける気だ!!」
「っ!?」
呪詛!?
「やっぱり、呪詛か。毘沙門天が使っていた技と同じ梵字だったからもしかしてとは思ったが…。」
「本格的に殺すつもりだ。経文を手に入れる為にな。」
「嘘でしょ…?本当に殺す気なのか?」
「お前、経文を手に入れる気はあんのか?」
「…え?」
悟空にそんな事を聞かれるなんて思ってもいなかった。
「だって、経文は玉の中にあるんだぞ!?玉を殺してまで手に入れる必要はないだろ?!」
俺がそう言うと、悟空が振り返り俺の体を強く押した。
ドンッ!!
押された勢いに負け地面に尻餅を着いた。
ドサッ!!
「お前は来るな。覚悟のない奴は足手まといになるだけだ。」
悟空は俺に冷たい視線を送った後、再び走り出した。
猪八戒も俺の横を通り抜けて行った。
悟空が俺にあんな視線を送るのは初めて会った時だけだ。
何だよ。
何なんだよ。
お前だって…、分かるだろ。
沙悟浄にとって玉は大切な家族なんだ。
家族を失う気持ちは悟空が1番分かる筈だろ?
なのに、何で…。
「何で、そんな事をうだよ…。」
俺は小さな声で心の声を吐き出した。
「あんな言い方しなくても良いんじゃねーの?」
走りながら猪八戒が悟空に話し掛けた。
「だったら何で来たんだよ。」
「沙悟浄の家族を守る為とお前の為。」
「は?俺の?」
「牛魔王と毘沙門天に渡したくないんだろ?経文を。」
「もう、アイツ等の好きにさせてたまるかよ。」
悟空はそう言って如意棒を伸ばした。
キィィィン!!!
如意棒を受け止めたのは石だった。
「猪八戒!!アイツを止めろ!!」
「了解っ!!」
パンパンパンッ!!
猪八戒はそう言って弾き金を引いたが、哪吒がニヤリと笑った。
「あのね、私…は。」
「どうした?」
「経文は貴方が絶対に手にして。」
「何を…言って…。」
玉が口を開けようとした瞬間、哪吒が「呪詛"血蜂(チバチ)"。」と呟いた。
玉の周りに血で出来た毒蜂が大量に現れた。
「玉!!!」
沙悟浄が手を伸ばそうとした時、血蜂が一斉に玉の体を刺した。
ブシャッ。
ブシャ、ブシャ、ブシャ、ブシャ、ブジャァァァァ!!!
刺された所から沢山の血が噴き出した。
「やめろ、やめろ!!!」
沙悟浄が玉の体に纏わり着いた鉢を剥がそうとしたが、沙悟浄の手を擦り抜けた。
特定の相手以外に聞かないのが呪詛。
沙悟浄がどんなに玉を助けようとするも、触る事さえ出来ないのだ。
「頼むからやめてくれ!!!おい、三蔵!!玉を助けてくれよ!!」
沙悟浄はそう言って、三蔵に縋(スガ)り付いた。
「ごめん…。」
「ごめんじゃねーだろ…。どうにかしてくれよ!?お前、坊さんだろ!!?」
「呪詛に掛かった者は…もう、どうしようも出来ないんだ。」
「ただ黙って見てろって言うのか!?」
「俺だってどうにかしたいよ!!!」
「っ!?」
大声を出した三蔵に沙悟浄は驚いた。
「呪詛を剥がす方法なんて…、聞いた事がないんだ。」
「嘘だろ…?じゃあ…、玉は…死ぬのか?」
沙悟浄がそう言うと、玉の体が光り出した。
「玉の体から何か…、出て来る…?」
三蔵がそう言うと、玉の姿が1つと巻き物に変わった。
「もしかして…?あれって…。」
巻き物を見た猪八戒がそう呟くと、悟空が経文に向かって走り出した。
その後を追うように石も走り出した。
「経文は絶対に渡さねー!!」
「それはこちらもだ!!」
悟空の言葉を聞いた石は、悟空に向かって刀を振り下ろした。
「経文。」
ビュンッ!!!
そう言って走り出したのは哪吒だった。
「まずい!!沙悟浄!!三郎!!そっちに向かって行ったぞ!!」
事態を察知した猪八戒は言葉を吐いた後、哪吒を追い掛けるように走り出した。
悟空は三蔵と沙悟浄に向かって声を上げた。
「経文だ!!ソイツに渡すな!!!」
その言葉を聞いた沙悟浄は、浮いている経文に向かって手を伸ばそうと手を上げた。
それと同時に哪吒も経文に向かって手を伸ばしていた。
「お前等なんかに、渡せねー!!!」
沙悟浄の叫び声と共に光が溢れ出した。
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