36 / 83
第6章 みんなでつむぐ物語
(1) 「わたしの取材!?」
しおりを挟む夏をまじかに控えた7月の最初の1日は週の真ん中水曜日だった。
パークのオペレーションは落ち着いていて、それに合わせてエンターテイメント棟の2階の会議室では夏期イベントについての各部署合同のミーティングが行われていた。アンバサダーたちを本格的に認知させ、キャラクターのように売り込んでゆくというのは既定路線であったが、この夏のイベントからそれが本格化することになる。
その夏期のスペシャルキッズイベント「We ARE AdventurerS!」の正式な初回をフェアリーリングにすることがエンターテイメント部側から提案された。
実際には前日に試行と訓練を兼ねた上演があるのが普通なのだが、正式な初回というのはやはりイベントにとって重要な出来事だ。
部内での提案者はSVだった。舞の一生懸命さとステージでミスした際のリカバーの思い切りの良さを評価していた。ほかのロケーションからも特段の反対意見もなく提案は承認された。
会議室前のエンターテイメント部のオフィスと共有するその廊下には、ショーやステージで主人公などの重要な役を演じるダンサーたちの社内向けポスターが張り出されていた。ダンサーの名前と所属ユニットも一緒に印刷され、さながら芸能事務所の宣材写真のようにも見える。パフォーマンスユニットのダンサーたちもエンターテイメントの重要な要素であることを理解してもらうために昨年から始まった取り組みで、同時にパークへの帰属意識を持ってもらうことを目的にしている。
ポスターの前を本社D館に向かってSVが歩いて行くと、外部の訪問者が使うエレベーターホールに差し掛かった。内線電話が置かれた無人のカウンターの前までくると、新しいロールアップスタンドがあるのに気が付いた。
そのスタンドにはエンターテイメント部のダンサーを代表して10代の女性ダンサーの躍動感ある姿が写っていた。迷いのない表情でポーズを決め、自信のあふれる視線は見るものに強い印象を与える。
『ようこそエンターテイメント部へ!!
MISONO KAWAJIRI(パフォーマンスユニット)』
白抜きされた文字でそうポスターには書かれていた。
**
いずみの通う高校のすぐそばには、県民会館を挟んで舞の通う女子高がある。
お堀の水面が反射して眩しくなってきた昼過ぎ、校舎1階にある購買の自販機で飲み物を買っていた舞に、二人のクラスメイトが声をかけてきた。かるく雑談した後、ポニーテールの子が興味深そうな視線を向けて舞に話しかけた。
「まいまい、そういえばこの前テレビに出てたでしょ? また出たりしないの?」
職場とは違うあだ名で呼ばれた舞は、ちょっと困ったような表情を浮かべた。
「あれは、たまたまだから。別にテレビに出るのが仕事ってわけでもないから」
ポニーテールの子はへー、そうなんだー、とうなずいていた。
舞はちょっと照れ気味な笑顔で、正直なところを口にした。
「私、そんなにダンスとかできないから。テレビのお仕事とか、多分……ね?」
「えー そうなの? なんかすごい頑張ってたっぽいじゃん?」
「下手だからだよー」
ショートカットの子が二人が会話している間にお菓子をいくつか買い込んで、「ん」と短い言葉とともに袋を掲げて見せて、3人はそろって教室に戻っていった。
さくらちゃんとか、いずみんとか、私より上手な人いるし。出番なんてそうそうないよね。廊下を歩きながら舞はそんなことを思った。
舞が友達と教室で昼食をとったり、さくらが精神値を大幅に減少させながら隣のクラスでよく知らない子に美咲の所在を聞いたりしている頃。
アウローラのユニットオフィスではSVと広報の担当者が今後のアウローラの売り出し方について検討していた。CDの販売やパーク外での活動などがいくつか決まっていて、SVと城野たちが提案したいくつかの企画書の中身を書くンンして、互いにいくつかの意見を出しあっていた。
テーブルに置いた紙コップのコーヒーを一口飲んでから、広報担当者が話題を変えた。
「ところで、AMBさんから取材の申し込みがあったんですが」
「アウローラにですか?」
「ええ、このまえの放送で興味を持ったみたいで」
この前の生中継を担当したディレクターがアウローラに興味を持ってくれたようで、夕方のニュース番組のローカルコーナーで使いたいと言ってきた、というのが広報担当者の話だった。
SVは特に拒否する理由がないので、取材は構わないと答え、「いつからですか?」と尋ねた。
「できれば今日から、と」
「今日からですか? ……どう思う?」
デスクでノートパソコンに向かって仕事していた久保田が、「えーと……」と言いながらスケジュール帳を取り出して確認していた。
そして、顔を上げて「大丈夫だと思います」と答えた。
SVは広報担当者に顔を向けてうなずきながら承諾した。
「ということみたいなので、うちは問題ありません」
「ありがとうございます。あとで局側に連絡しておきます。夕方には来ると思います」
「いつも大変ですね。いろいろ面倒おかけして申し訳ないです」
「いや、こっちこそいつも急な依頼ばかりで」
ミーティングが終わり、オフィスにキーボードを打つ乾いた音が響くようになると、昼過ぎの太陽が陽射しを強くしてパーク周辺とオフィスの気温を急上昇させていた。エアコンが冷風を吐き出す音を聞きながら、SVは「取材ねぇ……」と一人つぶやいていた。
**
さくらたちが出勤すると、エンターテイメント棟の脇にAMBのロゴがついた取材車両が止まっている。取材車両は中継でやってきた大きなトラックのような中継車ではなく、普通のランドクルーザーに照明器具などがついただけのものだった。だが、ドアにAMB秋田毎日放送とロゴが貼られていたので、さくらにも取材が入っていることはすぐにわかった。
が、まさか、自分たちが取材対象とは思わず、さくらはミーティングの様子を取材するクルーの存在に一瞬ぎょっとした顔をしていた。
さくらと舞がロッカールームでトレーニングウェアに着替えていると、美咲が2人に妙に明るい笑顔で部屋の外の様子を教えた。
「なんか、トレーニングの様子とか撮影するみたいだよー」
その言葉に舞とさくらは互いに顔を見合わせた。なんというか、プライベートを撮影されるのと同じような感じでなんだかムズムズするのだ。
とはいえ、ほかの子も同じ条件で働いているわけだし、そもそもアンバサダーはこういう時のために活動するのだから拒否するのも「なんか違う」と思うさくらと舞だった。
トレーニングルームの前まで行くと、カメラと照明をもったクルーが中に入ってゆくところだった。柱の陰に隠れて、むー……と小さくうめきながらその様子を観察していたさくらと舞の後ろに、いずみが微妙な表情で2人の背中を観察していた。
「……? 何してるの、二人とも?」
びくっと驚いて、さくらと舞が振り返ると、怪訝そうないずみの顔が見えた。
さくらは照れ隠しの微笑みを浮かべていずみに弁解した。
「な、なんか、テレビの人たちが、トレーニングルームに入っていった、から」
「そりゃ、取材なんだから当たり前でしょ……」
いずみは2人の背中を軽く手のひらでポンっと叩いた。
「ほらほら、テレビも慣れたでしょ? 遅れたらトレーナーさんが怒るよ」
それからしばらく後。広森がいないので、フェアリーリングにこまちが加わってイベントステージのトレーニングが進められた。
最初にさくらたちが序盤のパートを踊り、舞たちは個人で練習していた。
舞がさくらの様子を見てみると、なんというか、なんでそんなにうまくいくのか不思議なくらいスムーズにダンスを進めていた。美咲は上手というわけではないが、すごく楽しそうに踊るので見ていて気持ちがいい。同じころに始めたのに、動きではさくらに、表情では美咲にかなわない気がする。
よし! じゃあ、気合入れて私も!
舞は気持ちを入れ替えて練習しようと、片足を上げてダンスシューズを直した。それに気が付いたのか、藤森が舞に「最初のパート、いっしょにいいですか?」と声をかけ、うん、と返事をした舞はこまちにも声をかけようとした。
こまちは鏡に向かって2つ目のパートの振りを練習していた。
その表情はいつもの笑顔ではなく、凛々しく真剣なものだった。
額に汗を浮かべて鏡の中の自分に集中しながら、正確にステップを刻む。
最後まで踊りきった時、こまちは舞たちの視線に気が付いて、いつものぴゃーっとした笑顔を向けた。
「いっしょ? 練習!?」
「うん。最初のパートのところ、いいかな?」
舞のお願いに全力で「おk」と返事すると、鏡に向かって3人で並んだ。
もともと広森たち大学生コンビが出演できない時にあわせて、ポジションがかぶらないようにセッティングされていて、こまちはレフトにポジションされていた。
舞が、「いくよー、ワン・ツー・スリー・フォー……」
とエイトカウントを始め、2回目のカウントでダンスが始まる。
舞たちは集中していて気が付かなかったが、舞たちの様子は取材クルーによってずっと撮影されていた。ディレクターが舞の表情や様子を見て何か思うところがあるのか、撮影しながら「ふむ…」とあごに手をあてて考えていた。
さくらたちのダンスが終了すると、トレーナーが舞たちを呼び寄せた。
ちょっと休憩するために、壁の鏡の方へ移動しさくらたちは3人で並んで座る。ふー……と一息ついて気を抜いているさくらが、ふと入り口側に視線を向けるとテレビクルーの姿が目に入った。そして、自分の方へカメラのレンズが思いっきり向けられていることがわかって、顔を赤くしてあわてて姿勢を正した。
いずみはさくらの左隣に座り汗を拭きながら、さくらの顔とカメラのレンズを交互に見たが、さくらの固まっているのを見た後、小首を傾げた後何も言わなくなった。やがて、カメラは向きを変え、トレーナーの前で指導を受けている舞たちに撮影対象を変えた。
最初のポジションを取って、舞たちが並ぶ。
曲が流れエイトカウントが始まり、舞たちが踊り始める。
舞はカメラを少し意識して気が散った。
そのせいか、途中で足のポジションが少し遅れ気味になった。
あわてて戻そうと振り付けを追いかける。
中断するほどではないが、動きが少しおかしく見える。
トレーナーが眉をしかめた。
「あせるなー!」
なんとか動きに追いついて、舞は最後まで踊りきった。
そのあとも練習が続き、藤森やこまちもいくつか指導事項を指摘されてから、再度さくらたちと交代となった。
藤森も舞もつかれて壁に寄りかかるように座り込んだ。
ふーっと大きく息を吐いて、舞は汗を拭いた。
舞の斜め前に座ったこまちは、なぜだかすごくうれしそうにドリンクボトルのストローで吸っていた。あまりに楽しそうに吸っているので、舞は気になったらしい。
「なにが入ってるの?」
「リフドレ! 100%回復!」
なんだか知らないが、エンターテイメント部では昔からスタミナ回復のリフレッシュドリンク(通称リフドレ)、気力回復のパワーキャンディー(通称パワキャン)と相場が決まっているようで、特に気にしてなかった舞も最近はリフレッシュドリンクを飲む機会が増えている。もっとも全部は一気に飲めないので舞はいつもハーフサイズのものを愛飲している。
体感で体力が50%ぐらい回復し、舞が「じゃあ、もう一回最初からやらない?」と提案すると、2人とも同意して立ち上がった。
舞たちのその様子は、ずっとカメラに押さえれていた。ディレクターの判断で、「あの、ボブの女の子中心に」と耳打ちすると、カメラマンがうなずいた。
トレーニングが終わり、今度は1階のイシューカウンターで衣装のフィッティングが行われていた。このカウンターではステージなどに使う衣装を専門に扱い、パークワイドコスチュームなどとは扱いが少し違う。
今度のイベントのコスチュームは冒険隊の格好でハーフパンツに帽子といういかにもな姿だった。そのイシューの様子も城野とコスチューミングのSVが同行しながら撮影が行われていた。廊下のベンチで少し疲れてうとうとにしていた舞に、テレビクルーのADが話しかけた。
「あ、お疲れですか? すみません」
「えぇ!? いえ、大丈夫ですよ!」
「衣装を借りた後、よければインタビューさせていただけませんか?」
「私が、ですか? え、と、あの、私は構いませんけど…」
あわてて後ろにいる城野に視線を向けると、城野は2回ほどうなずいた。
問題ない、ということらしい。
やがて、舞の番になった。コスチューミング・キャストが舞が着替えた冒険隊コスチュームをチェックし、体の動きなどに問題がないか確認した。
この作業の間もカメラが回っていた。
別に下着がみえるとか、そういうことはない。だが、何となく恥ずかし気が舞はした。そして、最後に問題ないと判断して差し出されたイシューノートに確認のサインをすると、廊下でインタビューが行われた。
そんなに難しいことは聞かれなかったが、高校生であることや、ダンスが実は苦手なこと、応募の経緯などを答え、ライトに照らされちょっと緊張しながら対応していた。
「一生懸命練習しますから、ぜひ、見に来てください」
とにっこり笑ってインタビューを終えた。
ディレクターが「はい、ありがとうございます」といって撮影を止めた。
舞がほっとしていると、ディレクターが仕事ではない穏やかな顔で舞に話しかけた。
「この前の中継の時より、ずっと表情が穏やかになったね」
「ふぇ!? そ、そうですか?」
「君の笑顔は見ていて気持ちがいい。そういう良いところを大事にできるといいね」
「……はい」
舞は笑顔で返事したが、それは別に愛想笑いではなかった。
おべっかか本心なのかは何となく察することができるものだ。
**
取材の対応を終えしばらくすると夕食の時間の迎えた。
本社D館奥のブレイクエリアはアウローラメンバーたちのよいたまり場になっていて、最近は従業員食堂に行かないメンバーは、社内のコンビニで買った軽食などをここで食べたりして過ごす機会が多い。
その室内には自動販売機の動作音が低く響いていた。
先に来ていたいずみが自動販売機の前に立って、「舞、今日はこっち?」と声をかけてきた。舞はうん、と答えるといずみの近くの椅子に座りこんだ。
インタビューだけが原因ではないが、なんだか気が疲れた舞だった。
いずみが買った紙コップのドリンクを手にしながら舞に話しかけてきた。紙コップはなぜか2つあって両手で持っていた。
「さっきエンタ棟のブレイクエリアで取材の人が映像チェックしてたよ。舞、すごい撮られてたね」
「ええ! そ、そうなの……?」
いずみが、ふと頬を弛め優しい表情を浮かべた。
「笑顔は上手になったね、すいぶんと」
「失敗対策で、練習したから」
たはは、と舞は笑った。
なんだか褒められたとはいえ、あんまり自慢できることではない気もするのだ。いずみは自販機で買ったばかりのスポーツドリンクのカップを1つ舞に渡した。
「じゃあ、ご褒美」
「あ、ありがとう」
いずみは「じゃね」と左手を軽く振って出てった。
ディレクターさんにも、いずみんにも褒められた。
美咲ちゃんほどじゃないかもだけど、少しは自信持っていいのかな?
舞がそう考えていると、なんだか視線を感じたよう気がした。
左側に視線を送ると、観葉植物を囲む円形ソファに座っていた美咲とさくらが舞を見ていた。さくらはひらひらと小さく手を振っている。
美咲は紙コップを片手に、うーん、と考えていた。
「いずみんはまいちんに優しいなぁ」
「仲良し、だね」
事情が読み込めた舞は、顔を多少赤くしながら背筋を伸ばす。
「い、いつのまに!?」
「最初からいたよー」
美咲が返事する横で、さくらはまだにっこり笑っていた。
「気が、付かなかった?」
「インタビューから、ずっとドキドキしてて……」
そう答えた舞の顔はまだ少し赤かった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる