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最終決戦 その1
しおりを挟む「せいっ!!」
突き出した剣が敵の膝を貫く。
苦悶の声を上げながら地面に崩れる刺客。
まだ息があるけどトドメは刺さない。
その場に倒れた相手は狭い通路では格好の障害物になってくれるからだ。
「次から次へとしつこい奴さね!」
砦の中は複雑な造りになっていて、なるほど攻め入るならこれくらい厄介な方が砦として優秀だと思える。
しかし、ここから脱走したい私達にはいささか不親切が過ぎるわ。
「死ねぇ!」
新たに通路の奥から出てきた敵がナイフを投擲する。
薄暗い場所でよく見えないが複数飛んでくる音がする。
普段使っている私用に調整された刺突剣ではない急ごしらえの普通の剣だからどうしても動きが遅れてしまう。
「させません」
だけどそれは後ろからする声が手助けしてくれた。
飛んでくるうちの二つを剣で払い落とし、残りはトトリカさんが倒れた敵から回収していたナイフで撃ち落とす。
こんな暗い場所で投げたナイフ同士をぶつけるなんて凄いわね。
投擲に自信があるというのは本当みたいだ。
「がはっ!?」
次の攻撃に相手が移る前に距離を詰めて横一線。
腹部から血を流して地面に沈む敵。
これで何人目だろうか。
「鐘が鳴り出してから追ってが増えてます……」
「脱走中なのがバレたようさね」
出口を探すのに手間取っているせいで戦闘の回数が増えている。
学生相手ではないし、地の利もあちら側にあるので緊張状態がずっと続いている。
体力よりも先に精神的な疲れが出るかもしれないわね。
「風は前から吹いています。きっともうすぐ出口です」
トトリカさんの言葉を信じて倒した敵の上を通り過ぎる。
ついでにいくつか武器を拝借しながら装備を整えていくんだけど、使い方もわからないような珍しい暗器や普通の剣が多くて扱いに困る。
私と叔母様が同じ流派なせいで二人共刺突剣が欲しいのだけど中々手に入らない。
「ただの剣も使えないわけではないけどね……」
「あんなに強いのに本気じゃないんですか!?」
アラン君が驚いているけど、本気ではあるのよ。
ただ実力を100パーセント発揮出来ないからどうしても動きに違和感が出てしまう。
これがジークならどんな武器でも使いこなしてしまうのよね。
色んな流派に手を出した結果、全部修得してしまう器用さには脱帽するわよ。
「皆さん、外です」
ついに室外へと辿り着いた。
通路を走っている時から気づいていたけど、もうとっくに陽は沈んでいて月明かりが大地を照らしている。
周囲を360度山に囲まれたすり鉢状の場所は天然の要塞といったところだ。
山には木々が生い茂っていて入り口らしいのは岩のトンネル一つだけ。
隠れてこそこそ悪事を働くにはうってつけの場所ね。
「あそこから出れば逃げられますよ」
「連中が簡単には逃してくれないさね」
トンネルを指差して喜んでいるアラン君には申し訳ないけど、建物から出てしまった今は周囲が開けている。
つまり、
「深追いせずとも囲んで叩けばいいってなぁ」
先回りしていたのか、それとも建物から飛び降りて来たのかは分からないが、いつの間にかランスロットが目の前に立っていた。
「そういえば君がいたのは諜報部門だっけぇ?牢の鍵を開けて逃げるなんて流石だねぇ」
「……壱番……」
「その名前で呼ぶのはよしてくれよ。番号で呼ばれるのは嫌いなんだよなぁ」
逃げている途中でトトリカさんから敵について教えてもらった。
チャンピオンのランスロット。又の名は壱番。
公国の暗部は幼少期に各地から連れて来られ、その時に番号をそれぞれ振り分けられる。
暗殺についての技能を徹底的に叩き込まれて最後に蠱毒の要領で互いを殺し合わせる。
そうして生き残った僅かな人間が正式な暗部として迎え入れられる糞みたいな仕組みだ。
そんな中で壱番と呼ばれる非常に優秀な人材がいて、彼等の親玉であるアグラヴィンは壱番と呼ばれた少年を自分の後釜にすべく連れ回っていたそうだ。
だからトトリカさんは名前も知らない長のと会った時にその後ろにいたランスロットの顔を覚えていた。
「ボスに聞いたよ。任務を放棄して組織を裏切った奴がいるって。君がそうなんだねぇ」
値踏みをするようにトトリカさんを見るランスロット。
それに対してトトリカさんはナイフを投げようとするが、
ガキンッ!!
「へぇ…」
「危なかったわね」
彼女が懐からナイフを構える前にランスロットは距離を詰めて刀で斬り伏せようとしていた。
鞘に納められていた筈なのにいつの間にか抜かれている。
恐ろしく早い抜刀術。私じゃなきゃ見逃していたわよ。
「まぁ、裏切り者には制裁が与えられるからあんまり気にしてないさぁ。今、オレが一番興味津々なのは貴女だけだよ……シャイナ・レッドクリムゾン!!」
「叔母様!逃げて!」
後ろを振り向く暇はない。
地面を蹴って走る音がしたから動いてくれたのだろうけど、周囲を敵が囲んでいるのが気がかりだ。
「集中しなぁ!」
ランスロットの刀が振り回される。
昼間は武器が無かったとはいえ、瞬殺されてしまった。
それまでに目の前の男は強い。
「シャイナさん!」
「援護不要よ。叔母様達を!」
私とランスロットの間で凄まじい剣戟が繰り広げられる。
ここにトトリカさんが参戦すれば連携不足な点を突かれて二人共殺される。
下手な助太刀は邪魔よ。
「ふむふむ。予想以上に強いなぁ」
「負けるのは貴方の方よ」
バックステップして仕切り直すために一度距離を開ける。
二本の刀を鞘に納め、全身を脱力させるランスロット。
私も腰を低くして剣を片手で持ち上げ構える。
「得意武器は刺突剣って聞いていたけどソレでも技は使えるのかなぁ?」
「私を甘く見ない事ね」
目の前の男の言う通り、レッドクリムゾン流は刺突剣を使う前提の技だ。
鋭い突き技の数々は相手の急所を一撃で仕留める。
防がれても息もつかせぬ連続技を叩き込んで戦闘不能に追い込む超攻撃的剣術。
刺突剣に比べて重さもあるただの剣では本領発揮とはいかない。
でも、今はこれしかないからこれで勝つ!
「闘技場のチャンピオン……いや、ブリテニア公国暗部壱番ランスロット」
「レッドクリムゾン流継承者、シャイナ」
互いの技量はさっきの打ち合いでおおよそ理解した。
叔母様を負かして猛者達の集まるガルベルトの闘技場で王者になるだけはある。
でも、私は負けられない。
まだ彼の口から私をどう思っているのか聞き出せていないもの。
だから彼以外には勝ち続けなくちゃいけない。
私はレッドクリムゾン公爵家の中でも歴代最強の称号を獲得した剣姫だから。
「参る!」
《ブリテニア流暗殺抜刀術【鬼斬斬舞】》
「さぁ、私と踊りましょう」
《レッドクリムゾン流剣術【Allegro】》
一瞬にして互いの距離がゼロになり、そしてーーー。
シャイナさんと壱番、今はランスロットと呼ばれる暗部筆頭の男が戦い始めました。
わたしも援護しようと構えますが、シャイナさんから援護不要と断られてしまった。
代わりにアンジェリカさん達をよろしく!と頼まれたのでそちらに回ります。
「ここは通らせてもらうさね」
「わたしも手伝います」
相手はわたしと同じ暗部の面々。
わたしと同じ境遇で生まれ育った彼等には同情しますが邪魔するなら殺す。
かつては自分が生きるために人を殺して来ましたが、今は守りたい者のために覚悟を持って殺します。
こちらは三人ですが、エルロンド伯爵は非戦闘員で子供です。
守る対象があるだけこちらが不利だけど、アンジェリカさんの強さはそれを補ってくれる。
「ぐわっ!?」
「がっ!!」
敵だって殺しの腕を磨き上げたプロで、わたしとそう実力は変わらないのに次々と倒されていきます。
死角から投擲武器でアンジェリカさんを狙う者にはわたしがナイフを投げて牽制します。
こうして戦ってみると、わたしは諜報部門にいたとはいえ、そこそこ強いみたいですね。
ガルベルトに嫁いで周囲にいつもいるのがディル様やシャイナさんのような人ばかりで感覚が麻痺していました。
やっぱり魔境ですよこの国は。
祖国……愛国心なんて欠片も残っていませんが、ブリテニア公国はよく戦争を仕掛けたものです。
ブリテニア側の主な戦績は殆ど暗部の精鋭部隊が挙げていたと聞いてます。
それもガルベルトの国王率いる決死隊に負けたのだから今更になって勝てる訳無いのに。
それとも長には何か秘策があるのでしょうか?
「ちっ!」
「大丈夫ですかアンジェリカさん!!」
「傷がね……イテテ…」
脇腹の辺りを押さえながら呼吸が荒くなるアンジェリカさん。
そういえばこの人は最近やっと病院から退院出来たと話をしていました。
シャイナさんが彼女を逃げる役目にしたのはその怪我もあったから。
でも、囲まれたこの状況ではアンジェリカさんにかかる負担が多い。少しでもわたしが戦わないと。
「ぼ、僕も戦います」
そうやって敵から足止めをされているとエルロンド伯爵が地面に弾き落とされたナイフを震える両手で持ちます。
「僕だってガルベルト王国の男です。皆さんを守るんだ……」
瞳には涙が浮かんでいますし、足も内股で崩れ落ちそうです。
裏返りそうな震えた声でもしっかりと敵を見てアンジェリカさんの前に立とうとしてます。
昼間の話を聞いていると彼は身体が弱く、運動能力も高くありません。ここに来るために砦の内部を走ったり敵の死体や倒れている姿に精神的に疲弊していました。
でも、彼は勇気を振り絞っている。
「はっ。その言葉だけで十分さね」
「……ですね。エルロンド伯爵、隙を見つけたら逃げてください。貴方が助けを呼ぶんです」
わたしとアンジェリカさんで彼を挟むように構えます。
もしここで死ぬような事があっても彼だけは助けてあげたい。
そんな気持ちが湧いてきました。
昼間にシャイナさんと話をしたからなのか、それとも子供を守ってあげなきゃいけないというわたしの持っていた母性なのか。
どちらにせよこれまでのわたしには無かった感情です。
「どこへ行くのだ」
ゾワリと鳥肌が立った。
本能の叫び声が聞こえます。
アレに逆らってはいけない。アレには敵わない。
アレと戦ってはならない。アレに従え。
「アラン・エルロンド!走りな!!」
「はいっ!」
アンジェリカさんが大きな声で叫びます。
状況を悟ったのか、アレと向き合う事に怯えたのかエルロンド伯爵は手にナイフを持ったまま砦の出口へ向かって走ります。
それを邪魔しようとする暗殺者に対してナイフを投げ注意をこちらに向けます。
アンジェリカさんも足元で倒れていた者から剣を拾い上げて投げます。
丁度、エルロンド伯爵に攻撃しようとしていた刺客の腹を貫通し、動かなくなりました。
おかげで彼は集団の囲いを突破して出口へと辿り着きました。
後は彼だけでも助かってくれる事を望みます。
「なんたる失態。あの小僧を追え」
「させると思うのかい?」
「させませんよそんな事」
彼の走り去った跡に背中を向けてわたしとアンジェリカさんが立ちます。
敵は長によって鍛えられた精鋭揃いの暗部。
その数は未だに四十名以上。
こちらは三人のみ。
うち一人は壱番と戦闘中。動きが早すぎて何が起きているか見えません。
そして、長を含む残りをわたしと手負いのアンジェリカさんで。
勝算なんてありません。
でも、時間稼ぎだけはなんとしてでも。
「汝に殺しを教えたのは誰だ?生きる価値の無い子供に道を与えたのは誰だ?」
わたしが初めて会った時よりも声が枯れている。
そもそもガルベルトの戦争時点で今のディル様と変わらない歳だった。
なのに声に乗せられた殺気は研ぎ澄まされている。
だからなんだ!
「ーーーわたしはわたしの決めた人生を歩きます!」
「だそうだよ。アンタはここで死にな、アグラヴィン・ドラゴン!!」
今のわたしはガルベルト王国のトトリカ・マックイーンです!
「愚かな選択だ。聖戦は汝らの流す血によって始まる」
わたし達は敵に向かって突撃する。
そしてーーー。
当たり前のようにーーー。
たった三人ではーーー。
「こんなもんとは残念だねぇ。お嬢さま」
「汝らでは我々に敵わない。我々は神に選ばれし者。ブリテニアの再建は我々の手によって行われる」
地面に崩れ落ちているのは三人の女性。
いずれも息はあるが、それも間も無く消える。
倒された仲間の数は少なく無いが、そんなものはいくらでも後から補充すればいい。
まずはこの女達にトドメを刺し、逃げた子供を始末する。
「「死ね」」
ランスロットの二本の刀が、
アグラヴィンの暗器が、
彼女達の胸を貫く、その直前。
「はっはー!メイド、参上!!」
珍味な生き物がやって来た。
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