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若き見習い三人組 参の巻

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 アンジェリカ・レッドクリムゾンはマリウス・シルファーに敗北した。

 最初に彼を認識したのは騎士育成学校の入学式だった。
 集められた大講堂の中で、隣の席に座っていた男が頭を揺らして船を漕いでいた。
 こんな意識の低い男がいるのかと腹立たしくなった。
 入学式が終わる頃にやっと男は目を覚まして大きく伸びをする。
 その大した肝の太さに呆れながら、喋ってもいないがもう二度と関わる事は無いなと決めつけた。

 次に顔を合わせたのは模擬戦の途中。
 自分と同じ、公爵家の血を引く者であり目下のライバルであるディル・マックイーンの試合を観戦した後だった。
 やはりマックイーン流剣術とレッドクリムゾン流では相性が良くないと頭を悩ませながら、自分の勝ち星を伸ばすための試合に臨もうとした。
 すると背の高い男が道の真ん中に立っていて邪魔だったので声をかけた。

 声に気づいて振り返った男の顔を見た時は不愉快な気持ちになってしまった。
 もう関わらないって決めてたのに。
 ただ、特に試合にも影響は無くて勝てた。

 ここまではどうでもいい有象無象の一人だった。

 次にマリウスに意識を割いたのはディルとの模擬戦の時だった。
 アンジェリカはやはりディルに負けてしまった。
 彼の無敗神話を打ち破り、レッドクリムゾン流の方が優れていると証明したかったのに負けた。
 次の機会には必ず勝つと決めて、ディルの戦いを目に焼き付けようと観戦をしていた。

 対戦相手の名前がマリウスだと気付いた時は、参考にならないと思った。
 無敗のディルや殆どの試合に勝っているアンジェリカと違い、マリウスは成績は良くなく、負け越しているのだ。

 だからきっと、この試合もすぐに終わってしまうだろうと決めつけた。
 でもそれは、ひっくり返されたのだ。

 《マックイーン流剣術【豪剣豪剣】》

 勝負は決まったと思った。
 あの技を避ける事は出来ず、アンジェリカも武器をへし折られて負けてしまったのだ。
 発動すれば勝ちが決まると思っていたその技を、マリウスは破ったのだ。

 一歩前へ踏み込むというのは簡単そうに思えるが、ディルのような強者の剣気を正面から受けて進むのは困難だ。
 もしも本物の戦場だったらそのまま頭から真っ二つに斬られる。

 そんな状況でマリウスは笑っていた。
 まぁ、ヤケクソなのは側から見ていてもわかるが、大した奴だと思った。
 二人はそのまま地面に転がり泥臭い殴り合いになっていた。
 審判に呼び止められ、勝利を手にしたのはマリウス・シルファーだった。

 それからだろうか、アンジェリカがマリウスを意識するようになったのは。

 自分が一番になりたいアンジェリカは打倒ディルを掲げてマリウスに頭を下げた。
 周囲からは驚かれたが、そんなのはどうでもいい。

 ただ強くあれ。

 自分に剣を教えてくれた父の言葉だ。

 マリウスもディルに勝った事で気を引き締め直したし、またサボり癖が出たら自分が根性を叩き直してやる。
 そうやって学生生活は進んで行った。

 マリウスが上級生がよく行く穴場の酒場があると言って誘われた店は普通の大衆酒場だった。
 爵位が低かったり、日頃から王都内の知り合い達と遊んでいたマリウスには理解できなかったかもしれないが、アンジェリカにとってそこは初めての体験を受けた場所だった。
 年齢も性別も関係なく、誰もが酒の入ったグラスを持って楽しそうに歓談している。
 闘技場のどの闘剣士が強いだの、どこどこの店の店員が美人だのとくだらない内容ばかりだけど、それが楽しそうだった。

 貴族同士の腹の探り合いに比べたらアンジェリカの性に合っていた。

 それから三人は一緒に行動するようになった。
 マリウスがふざけて、アンジェリカがそれに突っ込んで、ディルが宥める。
 馬鹿みたいに笑いながら、剣を握って稽古をしながら、共に切磋琢磨した。

 ある日、兄から手紙が届いた。訃報だった。

 剣の師匠である父が死んだ。
 老いた体に鞭を打ち、勇敢に戦った上に死んだ。
 多くの敵を討ち取り、最後は敵の指揮官と相討ちになったそうだ。
 レッドクリムゾン公爵家については兄がしばらく代理人として取り纏めるらしい。
 本来、当主になるのは一子相伝の剣術を学んだ長男なのだが、兄にその才能は無く、アンジェリカには才能があった。
 古臭い慣習なのでどうにかしたいなぁ、と家族で話していたのを思い出す。

「今日は止めようぜ」
「まだアタシは疲れてないわ」
「剣に力が乗ってないんだよ。集中出来てない証拠だろうが」

 ディルが不在の中、マリウスと鍛練をしていた。
 戦争はまだ終わらない。
 アンジェリカはもっと強くならなきゃいけない。

「我慢すんな。泣きたきゃ泣け」
「アタシだけ泣いていられるものか……ディルだって同じ立場なのに普段通りなのよ」

 訃報を受けた次の日もディルは白星を飾った。
 自分も貴族の人間として同じように振る舞わなければ。

「そりゃあ、一晩中泣いたからな。アイツと俺は寮が相部屋だろ?……泣いてたんだよ。あのふわふわしてるディルがよ。肉親の死を我慢できる奴なんているわけねぇだろ」

 すぐ目の前まで近づいた来たマリウスに抱き締められる。

「これなら周りから泣き顔見えないだろ。だから我慢せずに泣け……泣かなきゃ前に進めねぇからよ」

 耐えられなかった。
 体だけは大きなマリウスは役に立って、アンジェリカは彼の胸元に顔を埋めながら泣きじゃくった。
 泣いて泣いて、やっと泣き止んだかと思っても涙は溢れた。
 その顔すらマリウスには見せたく無くて地面に蹲ってまた泣いた。
 そんな情けない姿を、マリウスはただじっと見守ってくれた。



 ついにアンジェリカ達は戦場に立った。
 無謀な突撃をして上官に叱られたが、あれを間違いだとは認めたくなかった。
 苛立つアンジェリカに対してマリウスは水浴びでもしてこいと言った。
 物理的に頭を冷やし、返り血を洗い落としながらも彼女の胸の内では真っ赤な炎が燃え続けていた。

 あぁ、これはきっと怒りの炎だ。
 父を奪い、祖国の平和を脅かす連中に罰を与えなきゃいけない。
 私はその為に剣の才能を与えられたのだ。

 一切の躊躇いも無くアンジェリカは戦場を駆け回った。
 レッドクリムゾン家の正装である白い服から赤色が落ちなくなるくらいには人を殺した。
 一人、また一人と同期が減っていく中でもアンジェリカは女性でありながら生き残った。
 マリウスとディルがいたからというのもある。しかし、それを差し引いても天から剣の才能を彼女は与えられていた。



 そしていよいよ、虎の子である第二王子まで戦場に呼び出して戦いに決着をつける時が来た。
 王子の実力は知っている。
 確かに彼を中心とした部隊が編成されれば、間違い無くガルベルト最強のチームが完成する。
 ならばその仲間に自分も加えてもらおう。
 片道だけの決死隊と呼ばれようとも、自分ならば多くの敵を道連れに、ガルベルトの未来を切り開ける。
 父がそうしたように自分も貴族として誇り高い最期を迎えたい。
 欲を言うならば、死ぬならディルやマリウスと一緒がいい。
 二人はかけがえのない戦友だから。

 だがしかし、現実はアンジェリカの願いを否定した。

 マリウスから告げられたのは王都への帰還命令。
 それは聞けない。だってそれじゃあ、自分だけ生き残ってしまう。
 王都に住む民を守るのも確かに役目ではあるけど、それをアタシは望んでいない。

 どうして?

 アンジェリカは理解出来なかった。
 ずっと一緒だったのに拒絶された。
 何かそれ相応の理由があるのか?
 大切な人達と離れなくてはならない理由が。

「理由はお前が女で……俺より弱いからだ」

 浴びせられた言葉は残酷だった。
 瞬間、アンジェリカから理性は消し飛んだ。

「マリウスゥゥウウウウウウウウウウウ!!!!」

 友軍に対して躊躇なく剣を抜き、その首を斬り落としにかかる。
 マリウスの言葉はアンジェリカの願いを、信念を侮辱する以外の何ものでもなかった。
 思い出させてやるよ。アンタがアタシより弱いことを!!

 暗転。

 目が覚めたアンジェリカは馬車の中に寝かされていた。
 目的地の王都まであと僅か。
 その時にはもう、決死隊はガルベルト王国に勝利をもたらしていた。

 周囲が戦争の終わりを喜ぶ中、彼女は兄の猛反対を押し切る形で家を飛び出した。
 やる事は決まっている。
 女であろうと強い事を証明し、自分の方が愚かだったとあの男に突きつけてやるため。

「アタシが一番強いんだ」








 そして十七年の月日が経つ。

「いたたたた。深酒して二日酔いしたみたいだね」

 目を覚ますと、自室のベッドの脇には空の酒瓶が転がっている。
 外だけでは飽き足らず、帰宅してからも飲んだ形跡があった。

「気持ち悪いったらありゃしないよ」

 洗面所で顔を洗い流す。
 頭はまだズキズキと痛むが、少しは意識がはっきりとしてきた。
 久しぶりに嫌な夢を見てしまった。
 きっと、あのクソカスゴミくそ騎士団長様と会ったせいだろう。

 店主が頼んでいないのに無駄に古い話を持ち出して、ヤケ酒に走った。
 試合に勝った勝利の美酒だったはずなのにと後悔する。

 家名を捨てて十七年。
 アンジェリカはガルベルト王国の全ての闘剣士達の頂点であるトップリーグに居続けている。
 年齢的にはピークを過ぎている女性でありながら。
 しぶとく勝ち残っていられるだけの才能はあったのだ。
 今やアンジェリカの名を知らない闘剣ファンはいない。
 腕に覚えのある女性はアンジェリカを目標にして闘技場の門扉を叩くくらいだ。

「あー、今日は休みにするってシャイナに伝えないとね」

 弟子も出来た。
 兄の娘で、アンジェリカによく似た子だった。
 身内贔屓だとしても可愛いし、剣の天才だった。
 父から託されたレッドクリムゾン流の剣術は確かに次世代に託されたのだ。

 そしてシャイナはアンジェリカに続いてその名を国内に知らしめる。
 女だって関係ない。ただ強くあれ。
 ブリテニアから魔王とすら呼ばれている国王の息子に勝ち続け、将軍であるディルにも勝ったという。

 ただ、一つだけ不安があった。

「どうしてこうも、レッドクリムゾン家の女は自分の気持ちに素直になれないもんかねぇ」

 酔いを覚ますためにコップに水を注ぐ。
 かわいい猫の絵が描かれたそのコップは、十七年以上も使い続けている年季が入った品だった。

 送り主はマリウス・シルファー。
 アンジェリカに珍しく気を利かせて渡してくれた誕生日プレゼントだった。

「馬鹿マリウス」






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