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若き見習い三人組 壱の巻
しおりを挟む「あー、だりぃ」
新入生への説明会が終わってすぐ、マリウス・シルファーはボヤいた。
こんなところにいたくは無いのになぁ~と思いながら。
シルファー家はそこそこの地位にいる貴族であり、マリウスはその次男。家督こそ兄が継ぐ事になってはいるが万が一の可能性だってある。
そして今は戦時中なので確率は上がっている。
噂ではそろそろ学生も戦争に動員しなくてはならないとすら言われている。
基本的に面倒な事をしたくないマリウスにとって、騎士育成学校への入学は自分の望みとは真逆の道だった。
「早く終わらねぇかな戦争」
「私もそう思うよ」
「うわっ!」
独り言を呟くと返事があった。
「あんたは確かマックイーン家の」
「ディル・マックイーンだ。これからよろしく頼むよ」
「どうも……」
爽やかな笑顔で隣に立っていたのは、説明会の時に新入生の代表として挨拶をしていた少年だった。
貴族達の中ではもの凄く優秀な子共が公爵家にいるという話だったが、この子がそうなのだろう。
試験を合格ラインギリギリで通過したマリウスは自分と住む世界が違うディルを見て、苦笑いで挨拶を返すのが精一杯だった。
「あーあ、やっていけんのかね俺」
ディル・マックイーンの凄さをマリウスはすぐ目の当たりにする事になる。
戦争に駆り出されるかもしれないという事もあり、学校のカリキュラムは実戦的だった。
真剣を使った模擬戦が連中行われ、ディルはその全てに勝利していたのだ。
「マックイーン流剣術ねぇ」
真っ直ぐで愚直な剣だが、圧倒的なパワーによって振り下ろされる威力は凄まじく、受け止めようとした相手の武器を破壊する。
シンプルに強い剣術だった。
今も模擬戦で敵を鎧ごと斬り伏せている。
勝利者宣言があり、周囲が称賛の拍手をする様子を見ていると、甘い香りがマリウスの鼻に入ってきた。
「ちょっとアナタ、そこをどきなさい」
「悪りぃ」
凛とした声の主が鋭い目でマリウスを睨みつけていたので、慌ててその場から離れる。
試合に夢中になるあまり、次の選手が通る道を塞いでいたようだ。
「ふんっ」
鼻を鳴らしてディルと入れ替わるように訓練場の中心に立つ赤い少女。
彼女もディルと同じような有名人だった。
名前はアンジェリカ・レッドクリムゾン。公爵家の令嬢でありながら凄まじい実力を持つ少女。
全勝であるディルの次に戦績が良い。
「次はアンジェリカ嬢の試合か」
「連勝記録更新おめでとさん」
「私はただ真剣に戦っただけさ」
疲れた様子もなく横に立つディルに称賛の声をかける。
さっきの対戦相手は汗だくだったというのに、この少年は体力も化け物級だった。
間違いなく同年代で最強だとマリウスは思った。
「それにまだ彼女や君と当たっていないしね」
視線の先には刺突剣を武器にして素早い動きで相手を翻弄する少女がいる。
ガルベルト王国で最も美しいとされる剣術、レッドクリムゾン流。
一子相伝という使い手の少ないその剣は可憐な少女の容姿と合わさって、舞踊のように見える。
「あの無愛想女は兎も角、どうして俺なんだ?」
戦闘中は笑顔だが、普段はさっきマリウスに声をかけたように無愛想な少女ならばディルも苦戦するし負けるかもしれない。
だが、マリウスはそこそこな家柄の次男坊で、授業態度も真面目とは言えない。
「なんでって、君は自覚が無いのかい?」
「自覚?俺の勝率は五割切ってるぞ」
「勝利だけが戦いの全てじゃないよ」
ディルが何を言っているかイマイチ理解が出来ない中、アンジェリカの試合は彼女の華々しい白星を一つ増やすのだった。
そしてその後の試合、マリウスは惜しくも敗れて黒星を一つ増やしてしまうのだった。
戦争は続く。
マリウス達の親や兄も前線で戦っている。
騎士育成学校の生徒達の間にも緊張感が高まっていた。
「マリウス。君とこうして戦える時を私は待っていたよ」
「相変わらず熱苦しいよなお前」
ついに模擬戦でディルと当たる日が来た。
未だに負け無しの彼に対してマリウスはどちらかといえば負け越している。
この試合でディルが勝てば、彼は同学年の生徒相手に全勝した事になるのだ。
あのアンジェリカ・レッドクリムゾンですらディルに敗れた。
「じーっ……」
「やりづれぇな」
他のギャラリー達に紛れたつもりのアンジェリカなのだろうが、容姿が派手で目立つ。
そんな風に真剣に見られても結果は変わらないのになぁ、と考えながらマリウスは両手で剣を持つ。
「試合開始!」
審判の合図と共に動いたのはディル。
距離を詰めると素早い攻撃を仕掛けてくる。
「ちっ」
辛うじてマリウスも攻撃を捌くが、一撃が重い。
数度打ち合っただけで腕が痺れそうになる。
「まだまだ!」
熱苦しい。
そんなに真剣に、熱心に、正面からぶつかるなんて。
あぁ、これだからこいつは苦手なんだ。
「あー、面倒くせぇ」
徐々に追い込まれるマリウス。
周囲はディルの完勝ムードだ。応援の声も彼に集中している。
「いくよマリウス」
《マックイーン流剣術【豪剣】》
何人もの生徒を叩き潰してきた奥義が放たれる。
受けれ止めれば武器は破壊されてしまう。しかしながら、回避するにはもう遅い。
誰もがディルの勝利を確信した。
「ーーーそれが面白くねぇんだよな」
マリウスがとった行動は単純だった。
奥義を受け止めるように剣を構え、それでいて更に一歩前の死地に足を踏み入れる。
その結果、ディルの一撃は最大の威力を発揮する前に受け止められて威力が減衰した。
「これでもヒビ入るのかよ!」
「マリウス。今のはちょっとでも失敗したら頭がかち割れていたよ」
「かもな」
不敵に笑うディルが一度距離を取ろうとするが、それをマリウスは許さない。
今のは運良く成功したが、同じ手は通用しないだろう。
「逃してたまるか!!」
剣を手放してディルへと突撃する。
マリウスが自慢できるのは人より少し大きめな体。
それを利用しての激しいタックルだ。
バランスを崩したディルと共に地面に転がる。彼の手からは剣がこぼれ落ちた。
両者共に剣を持たない状態になる。
「兄貴との喧嘩が役に立つなんてなぁ!」
素手での殴り合いはマリウスが優勢だった。
とはいえ、殴り殴られて顔はボロボロなのだが、そんなのは実家で兄弟喧嘩した時と同じだ。
一人っ子で普段から強くて、剣を失った状況下での戦闘経験が少ないディルは競り負けた。
「そこまで!試合終了」
審判が止めに入った時には、二人の顔は腫れ上がってふぐのように膨らんでいた。
無敗のディル・マックイーン最強伝説の終止符は泥仕合から辛勝だった。
「いててて……」
「今日も無茶をしたねマリウス」
マリウスがディルに勝利してからしばらく後。
二人は学校の休暇を利用して王都にある大衆酒場を利用していた。
酒場とはいっても、まだ酒を飲める年ではないので食事がメインだが、店の雰囲気をマリウスは気に入っていた。
「新入生期待の星が常連になってくれるなんてお兄さん嬉しいぜ」
「店長ってもうおっさんじゃね?」
「まだ俺は二十歳だ!」
老け顔で実年齢より上に見られてしまう店主は憤怒した。
それはさておき、酒場の中はいつもに比べて客の数が少なかった。
「いよいよって感じだよな」
「戦況は我が軍の優勢だが、補給物資がね」
「学生のお前さんらには悪いが、うちの店も値上げするしかねぇよ。同業者の中には店を閉める奴もいる」
兵士の練度や装備の交換などは心配いらないガルベルト王国だが、農地に適した土地が少なめだったりここ数年の不作が追い打ちをかけている。
そろそろ決着をつけたいというのが上の方針だった。
「俺らも戦場デビューか……」
入学時から覚悟してきていたが、いざ間近になると緊張する。
戦場は一対一の決闘ではない。ガルベルトの闘技場で見るような華々しい戦いではないのだ。
いつ誰が死んでもおかしくない。
事実、ディルの師でもある実の父親は戦場で亡くなった。
部下を逃すために殿を引き受けて死んだ。一人の犠牲で部隊は大助かりしたそうだ。
母を幼い頃に亡くし、父親も失ったディルはひっそりとマリウスの前で泣いていた。
いつも余裕な笑みを浮かべていた優等生の友人の姿を見て自分の認識の甘さを実感したのだ。
だりぃなんて言っていられないと。
「お前さんらとよく一緒にいるあの子も戦場に行くんだろ?」
「アンジェリカの事か……アイツは戦好きだからな」
ディルとの仲が良くなると同時にアンジェリカとの距離感は縮まった。
元からマリウスに対して彼女がしていた高圧的な態度はマリウス自身のやる気の無さや日頃の生活態度に対しての苛立ちだった。
しかしながらディルに勝った事で注目を集めたり、自己を見つめ直して鍛練に励むようになった姿はアンジェリカの態度を軟化させるには効果があった。
対ディル戦のためにマリウスから色々と情報収集をしようと稽古に誘われたりもした。
結果、いつの間にかディルも交えた三人でつるむ事が増えていた。
成績一位と二位、そしてそこそこ強いマリウス。三人一セットで扱われるようにもなっていた。
この店に顔を出す回数も少なくない。
「レッドクリムゾン家の当主も死んだよな」
「一騎当千の猛者はあちら側にもいるらしい」
アンジェリカと同じ流派を使う武人が負けたのは衝撃的だったが、話によれば当主は年老いて全盛期の実力を発揮できないでいたそうだ。
今は一時的に彼女の兄が当主代行をしている。
「これ以上私やアンジェリカのような被害者を出さないためにも頑張ろうマリウス」
「早まるなよディル。俺らは見習いだからサポートがメインなんだ。誰一人欠けずに帰ってくるんだよ」
「マリウスがまともな事を言うなんてな。今日のお代は店の奢りにしてやるよ」
「マスター、ちょっと喧嘩しようや」
冗談を言い合いながら湧き上がる恐怖心に蓋をして、いつも通りに振る舞う。
いよいよガルベルトとブリテニアの最終決戦が近づいていた。
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