上 下
8 / 35

ちびっ子伯爵様とぶっ飛びメイド 3

しおりを挟む
 
「それで、いかがなんですか伯爵様。もう期日は過ぎてんですよ?」
「今、必死で掻き集めている。少し、もう少しだけ待って欲しい」
「こっちは商売してんだ。しっかり期日を守らねぇならどうなるか理解してんですかね?」

 伯爵邸。
 その応接室でアランは頭を下げていた。
 目の前に座る態度の大きい人物は国を跨いでゴルドマネー銀行を経営しているガメッツ・ゴルドマネー。
 金にものを言わせた金色のスーツに、葉巻を咥えている中年の男だ。

「借りたのは先代とはいえ、新しい当主になったのなら借金は引き継がれます。何年も何年も返しきれずに利子で借金増えたのはそちらの責任だ」
「でも、いくらなんでもこの額は」
「あぁん?借用書にも記載されているし、元本はそちらにもお渡ししてますが?」

 貴族相手だというのにガメッツは遠慮が無い。
 この場では彼の方が貸したお金が返ってこない被害者で、アランは契約に違反しているのだ。

「こっちは写しを何枚も所持してますし?証拠が欲しいならいくらでも提出しますよ。契約は…まぁ、普通より利率が高いですが、そこは先代がどうしてもとお金が必要だからと納得してお借りいただいたんだ。文句あるなら法廷に行こうじゃねーか」

 強気な態度でアランを威圧するガメッツ。
 そんな態度に物申したいが、残念ながらアランに出来る事は謝って期日の延長を頼むだけだった。
 膨大な額の請求書が来た時は驚いたし、契約内容を確認しようとしたら保管してある筈の原本が見当たらなかった。それらしい書類のファイルはあったが、該当する場所は空白だった。
 一方でガメッツが持ってきた写しは、先代のイヤソンの血判とサインがきちんとある。紛れもない本物だった。

「支払いが無理なら早めに破産申告されて下さい。そうなればお家取り潰しになるでしょうがね。ガハハハ」

 貴族は国から領地を任されて運営している。
 その運営すら行き詰まれば地位は失われるし、国への甚大なダメージに繋がれば……最悪は処刑される。

「とりあえずは借金の担保になってる屋敷と周囲の土地の差し押さえはさせて貰いましょうか。伯爵様にはしばらく別の場所で執務をしてください」
「そ、そんな事は認められない!この屋敷の畑は新しい作物の実験場なんだ。何年もかけて改良を重ねて来た。収穫だってもうすぐ、」
「あぁん?それはテメェの都合だろ。差押えが嫌なら金を持って来い!!そうだなぁ……領地の税金を倍にしてウチに渡してくれればいいぜ」

 そんな事出来るわけない。
 それを分かっていながらガメッツはアランに提案をする。
 それ以外選択肢は無いと。
 ただでさえ経営の厳しい土地。このまま経済的な負担が増えれば飢え死にする領民すら出かねない。

「………屋敷を…」

 一度明け渡し、掻き集めたお金でまた取り返そうとアランが思った時だった。

「へいへい!メイドがお茶を持ってきたんだぞ」

 話し合いの場にいても邪魔だから庭で畑の手入れをするように言いつけてあったメイドが突入してきた。

「丁度いい。喉が渇いていたんだ」
「はい。煮えたぎった熱々のお茶だぞ!」
「ふざけんな!泡がブクブクしてんじゃねーか!!」

 ポコォっと音を立てている湯飲み。
 メイドは素手で触らずにオーブン用のミトンを使っていた。

「飲めば身体がポカポカするんだぞ?知らなかった?」
「飲んだら火傷するわ!加減ってもんがあるだろ!?」
「まぁまぁ。飲めば分かるんだぞ」
「だから飲めねぇってんだろ!おい、どうなってんだこのメイド!」

 湯飲みをグイグイと近づけて来るメイド。
 それを指差してガメッツは怒鳴り散らす。しかし、メイドの手は止まらない。

「ぐぐぐ……強い強い!馬鹿力かコイツ!?」
「失礼な!メイドは小麦袋を片手で二つしかもてないくらい貧弱だぞ!」
「五十キロじゃん!十分に怪力だろが!!」
「隙あり!」

 ガメッツがツッコミをした瞬間、メイドは勢いよく湯飲みを振った。

「ぎゃあああああああああああああ!?」

 全身に熱湯を被りのたうち回るガメッツ。

「あーあ、抵抗するから手が滑ったんだぞ」

 やれやれとメイドは一緒に持ってきたバケツの中身をガメッツにぶち撒ける。
 ……バケツも用意しているとか確信犯じゃないか…とアランは思った。

「こっちも熱湯じゃねぇか!あつい!あつい!あちぃ!!」

 じたばたと転がるガメッツ。
 怒っているのか火傷したのか、肌が真っ赤になっていた。

「お客様。今すぐ神父を呼んでくるんだぞ」
「勝手に殺すんじゃねぇ!なんなんだコイツ!?なんなの?馬鹿なの?」

 ガメッツの意見に対して、内心では深く同意するアランであった。
 一方のメイドは、どこから取り出したのかやかんを手に持っていた。当然のように煙が出ている。

「くそ!こんな場所にいられるか!」

 それを見たガメッツはずぶ濡れのまま持ってきたカバンを手にして走り去って行った。

「ーー大丈夫ですか坊ちゃん?」
「あの、靴下が濡れたんだけど」

 厄介な客人を追い返すために客室を水浸しにしてサムズアップするメイドに、アランは真顔で言った。













「はぁ。メイドのおかげで有耶無耶のうちに帰ってくれたけど、また来るよね」

 濡れた服のままだと風邪を引くので、アランはお風呂に入る事になった。
 城や公爵家とは違って、伯爵邸の浴室は大人一人がくつろぐスペースしかない。
 とはいえ、一般市民なら水浴びやシャワーしかないのでお湯に浸かれるのはちょっとした贅沢だったりする。
 最近はシャワーだけで、湯船には浸からなかったが、今日は既にメイドが準備をしていたので仕方ない。

「……応接室を濡らしたお湯ってまさかお風呂のか?」

 湯飲みにバケツにやかん。台所にある大きな鍋でも大量のお湯は沸かせないので、その説が有力だった。
 程よいお湯に包まれながらアランは今後について考える。

 借金はイヤソンが始めたある事業がきっかけだった。
 ガルベルト王国は戦争に強く、闘技場による盛り上がりや、豊富な鉱山による生産業は他国に負けない強みだ。
 しかし、そんな王国にも弱みがあった。それが食糧生産量だ。
 岩場が多く、農業に適した土地がそう多くはない。闘技場目当ての客は多いが移住して来るのは僅か。
 二十年近く前まで戦禍にいたのだ。仕方ないといえば仕方ない。
 国が主体となって未開の土地を開拓はしているが、作物を育てられる畑にするまでは時間がかかる。

 イヤソンはそんな問題を解決する為に芋の改良に着手した。
 少ない養分で多く生産でき、成長も早い。
 最初はとても食べれた物じゃないし、芽の部分に毒もあったらしいが、品種改良を進めるうちに甘味を持った現在の芋が誕生した。
 そこから更に、安定した生産の為の育て方。必要なノウハウを領民に教え、他所の土地と違って芋の栽培を進めてきた。

 アランはエルロンド領の甘い芋ならば砂糖の代わりに菓子の材料として使えるのではないかと考えた。
 そうなれば芋の価値は上がり、領地の特産品にもなるし、知名度が上がれば他所にも作り手が広がる。
 もう、他国から高値で食糧を輸入する必要だって無くなる。

「坊ちゃん?かなり長いですけど大丈夫かだぞ?」
「心配ない。ちょっと考えーー」

 領地の今後を心配していたアランの前にメイドが立っていた。

「お、お前っ!?」
「お背中お流しするんだぞ」

 勿論、裸では無く薄い服を着ていたが視線のやり場に困る。
 ってか、アランは全裸だ。

「出てけ!一人で洗える!」
「あー、坊ちゃんの坊ちゃんには興味ないから」
「下ネタ言うな!」

 タオルで下半身を隠して出ようとするが、メイドに肩を掴まれてしまう。
 太っていたが、体の大きかったガメッツと力比べして余裕のメイド。
 貧弱なアランはなす術もなく椅子に座らされた。

「な、なんのつもりだ!」

 メイドが石鹸を泡だてて、その手でアランの体を撫でる。
 普段はただのアーパーなメイドだが、人前に出しても恥ずかしくないだけの容姿なので妙にドギマギしてしまう。
 洋服をパージしただけでこの破壊力。年上のお姉さんと入浴という邪念が浮かび上がりそうになったので、頭を振って煩悩を鎮める。

「ーーメイド、知ってるんだぞ。坊ちゃんが伯爵様といつも一緒にお風呂入ってたの」

 ニコニコとアランを洗うメイドは上機嫌だった。

「男同士の裸の付き合いとか言って歌を歌ったり、二人揃ってのぼせるくらいまで政治や農業について語り合ったりしてたの。他にも坊ちゃんが悲しい時は伯爵様が相談に乗ったり」

 脳裏に蘇る思い出。
 体の弱いアランの為にとイヤソンは毎日入浴を欠かさず行わせた。
 仕事が忙しくても、必ず入浴の時間を設けてその日にあった事を話してくれた。
 病気になって弱って、寝たきりになる直前までアランは父と湯船に浸かっていた。

「坊ちゃん、伯爵様が死んでから湯船に浸からなくなったんだぞ。水浴びだけの日もあるし、メイドがいないとため息ばっか」

 アランはよく笑う子だった。
 新しく出来る事が増えるとイヤソンの元に駆け寄って自慢する子だった。

 いつからだろうか。他人に話しかけないようになったのは。

「メイドは伯爵様に拾われてから坊ちゃんと一緒にいた短い日々が一番楽しかったんだぞ。だから、今日からはメイドが伯爵様の代わりに毎日お風呂入るんだぞ」

 シャンプーで髪を洗うメイド。
 しかし、不器用で他人の髪を洗った経験なんて無いので下手くそだった。
 そのせいでシャンプーがアランの目に染みて涙を流した。
 ポタポタと涙を流す。泡をお湯で流しても次から次へと零れ落ちる。

「……お前なんかパパに比べたら下手っぴだ」
「うぐっ。そこはこれからに期待だぞ?」
「ーー約束だからな」
「約束約束。メイドと坊ちゃんの約束だぞ」

 差し出された小指と小指を結んで指切りする。
 嘘をついたら戦神様に斬られるという迷信がある。ガルベルトの風習だ。

「とりあえず洗い方を教えてやるから代われ」
「お?いや、メイドは背中を流すだけで……」
「前から思っていたけどメイドは臭い」
「ふぇ!?メイドちゃんと水浴びしてるぞ!」
「ーー冗談だよ」
「ほほぅ。メイド相手に嘘をつくなんて……こうしてやる!」
「アハハハハ!やめて、くすぐったい!」
「ここか?ここがええんか?だぞ」








 この後、湯冷めして風邪引きました。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

悪役令嬢のススメ

みおな
恋愛
 乙女ゲームのラノベ版には、必要不可欠な存在、悪役令嬢。  もし、貴女が悪役令嬢の役割を与えられた時、悪役令嬢を全うしますか?  それとも、それに抗いますか?

悪役令嬢は冷徹な師団長に何故か溺愛される

未知香
恋愛
「運命の出会いがあるのは今後じゃなくて、今じゃないか? お前が俺の顔を気に入っていることはわかったし、この顔を最大限に使ってお前を落とそうと思う」 目の前に居る、黒髪黒目の驚くほど整った顔の男。 冷徹な師団長と噂される彼は、乙女ゲームの攻略対象者だ。 だけど、何故か私には甘いし冷徹じゃないし言葉遣いだって崩れてるし! 大好きだった乙女ゲームの悪役令嬢に転生していた事に気がついたテレサ。 断罪されるような悪事はする予定はないが、万が一が怖すぎて、攻略対象者には近づかない決意をした。 しかし、決意もむなしく攻略対象者の何故か師団長に溺愛されている。 乙女ゲームの舞台がはじまるのはもうすぐ。無事に学園生活を乗り切れるのか……!

悪役令嬢は推し活中〜殿下。貴方には興味がございませんのでご自由に〜

みおな
恋愛
 公爵家令嬢のルーナ・フィオレンサは、輝く銀色の髪に、夜空に浮かぶ月のような金色を帯びた銀の瞳をした美しい少女だ。  当然のことながら王族との婚約が打診されるが、ルーナは首を縦に振らない。  どうやら彼女には、別に想い人がいるようで・・・

処理中です...