6 / 9
あたりまえのこと
しおりを挟む
セミがミンミン鳴いている。チリンチリン、風鈴が鳴る。大きくあいた窓から入ってくる風はなまぬるい。太陽の熱い光はさし込まない。空には雲がいっぱいだ。どうやら雨が降るらしい。
リアローたちのいる所では、ちゃんと太陽が見えるのだろうか。それが心配だった。僕は机に宿題を広げながら、まったく手をつけていなかった。机の上の時計を見れば、十時を過ぎたところ。まだ早い。僕は手に持った鉛筆をノートの上に転がした。
「馬鹿なことかどうか、いまにわかるよ」
小さな声で、そうつぶやいて。
おばあちゃんの呼ぶ声が聞こえた。時計を見る。もうすぐ十二時だ。僕はいそいで階段をかけおりた。
「パラポロピレンのパラレンのハ」
そう呪文をとなえながら。
テーブルにはおじいちゃんがいて、テレビではちょうどお昼のニュースが始まった。最初のニュースはアメリカの大統領がどうのこうのという話題だった。僕はドキドキしながらテレビを見つめていた。二つ目のニュースは動物園の人がライオンにかまれたというものだった。あれ、もしかしてまだなのか。まだ竜姫丸の模型は盗まれていないんだろうか。そう思ったとき、僕は大変なことを思い出した。
そうだ、理科の時間。理科の時間にならったとおりなら、太陽が一番高くなる時間は、場所によって違うんだ。だとすれば、リアローたちのいる場所では、まだ太陽が一番高いところにのぼっていないのかもしれない。しまった。その考えが顔に出ていたのだろうか、おばあちゃんが心配そうに声をかけてきた。
「君彦くん、そうめん好きでしょ。食べないの」
「あ、うん。食べるよ」
そう答えて僕がテレビから目を離そうとしたとき。テレビの中で、アナウンサーの横から手が出てきた。その手は紙をアナウンサーに渡している。アナウンサーは紙を受け取って、あらためてカメラの方を向いた。
「ただいま入ってきたニュースです。都内のデパートに展示されていた純金製の船の模型が、突然消えてなくなりました。警察では何者かに盗まれた可能性もあるとして、慎重に捜査中とのことです」
やった、と声に出しそうになって、僕はなんとかこらえた。そして振り返ると、おじいちゃんとおばあちゃんは、あぜんとしていた。
「ほらね、僕が言ったとおりになったでしょ」
僕はそうめんをすすった。おばあちゃんは目を丸くしている。おじいちゃんは……とても悲しい顔をしていた。
「君彦はなにか知っているのか」
「え、なにかって」
僕はとぼけようとしたけれど、おじいちゃんは僕の目をにらみつけた。
「いいか君彦、この金の船をデパートに飾るということに、どれだけたくさんの人がかかわっていると思う。この船が消えたことで、どれだけたくさんの人に迷惑がかかったと思う。どれだけの人がつらい思いをし、どれだけの人が悲しい思いをしたと思う。誰かを困らせて、それを見て笑うなんていうことは、最低の人間のすることだぞ。この船が消えた仕掛けについて、君彦は何か知っているのか。もし知っているのなら話しなさい。おじいちゃんも一緒に行こう。あのデパートに行って、全部話してしまいなさい」
おじいちゃんの言葉が終わるのを待たずに、僕は立ちあがった。そして家の外へ飛び出した。
雨。外はものすごい雨だった。その中を僕は走った。雨がどんどん口の中に入ってくる。息が苦しい。目をあけていられない。でも僕の足は止まらなかった。
誰かが困るなんて、誰かが悲しむなんて、そんなこと考えてもいなかった。僕はただ、世界中をびっくりさせるような大ドロボウの仲間になったことを、すごいって言ってほしくて。すごいことをすれば、おじいちゃんも喜んでくれると思って。僕はただ、笑ってほしくて。
雨が顔にざんざん打ちつける。口にどんどん水が入って、おぼれそうだ。そのとき僕は思った。もしかしたら。僕は走りながら左耳をつまんだ。そして右目だけをあけた。そこには、いつもよりもぼんやりとした、リアローたちの姿が見えた。
「おう、やっと来たな。なんだ、今日はえらいぼんやりしてるな。まあいい。船はみごとに盗んでやったぞ」
リアローのひれの上に、金色のカタマリが見える。はっきりとは見えないけど、たぶんあの純金の竜姫丸だ。
「実際に盗んだのは、おいらなんだぜ」
ニキニキが、たぶん口をとんがらせている。パパンヤの野太い声が笑った。
「まあまあ、いいではないですか。仕事の成功はわれらチームの手柄ですよ」
僕は迷った。どうやって言い出そう。
「あの、さ」
僕はおでこから声を出した。ぼんやりと見えているリアローが、パパンヤが、ニキニキが、こちらに向いたのがわかった。
「それ、元のところへ返さない?」
ふるえている僕の声。その場はしーんと静かになった。音のない時間が何秒か過ぎたあと、リアローが大きな声をあげた。
「なに言ってんだ、おまえ。盗めって言ったのはおまえだろう」
「うん、そりゃ、そうなんだけど、その、もう盗んだからいいじゃない。盗もうと思えばいつでも盗めるんだ、っていうのはわかったし、えっと、みんながすごいんだ、ってこともわかったし」
「すごいのはあたりまえだ。俺さまを誰だと思ってる。星食いリアローだぞ」
「いや、それは」
僕が困っていると、パパンヤが不思議そうにたずねた。
「いったいどうして返せなんて言うのです?」
「どうして、どうしてって、それは、だって、いろんな人に迷惑かけちゃうから」
「あたりまえだ!」リアローは怒鳴った。「盗むってのはそういうもんだろうが!」
そうだ。あたりまえのことだ。最初からわかっていたはずだ。誰かの物を盗むなんて、必ず誰かが困って、傷ついて、悲しんで、迷惑する、そういうことなんだ。そんなあたりまえのことを、僕は忘れていた。いや違う。いい気になって、調子に乗って、あたりまえのことを見ないようにしていた。わざと知らない顔をしていたんだ。
「ごめんなさい」
僕は頭を下げた。ほかにできることはなかった。全部僕が悪いんだから。
「本当にごめんなさい。でも、その船は返してあげて」
「……いいだろう」
そう言ったリアローの声は腹立たしげだった。
「こいつは返してやる。そのかわり、おまえとはこれっきりだ」
そのとき、ザザッと音がしたかと思うと、リアローたちの姿が消えた。僕は両目をあけた。雨が小降りになっていた。
目の前にはたくさんの四角い影が立っている。お墓だ。僕は墓場のまんなかの、参道に立っていた。参道をまっすぐ抜けて階段をのぼると、お寺がある。おじいちゃんの家からはずいぶん離れた場所だ。いつの間にこんなところまで来てしまったんだろう。
「佐倉くん?」
突然背中の後ろから聞こえたその声に、僕はびっくりして振り返った。そこにいたのは。
「忍者」
忍者は右手に紫色の傘をさし、左手には黄色い花を持っていた。
「佐倉くん、こんなところでなにをしてるの」
「いや、べつに」
説明なんてできるはずがない。僕は忍者に背中を向けた。その背中に向かって、忍者はこうたずねた。
「じゃあ、誰と話していたの」
「誰でもいいだろ」
答えてしまってから、あ、と思った。僕はリアローたちとは、おでこで話していた。声には出していない。なぜ忍者は僕が話していたことに気がついたんだろうか。
「さっき東京でね」忍者は言った。「純金の船の模型が消えたの」
「そ、それがどうしたんだよ。関係ないだろ」
「プールで吉村先生のメガネが消えたことも、関係ないの」
ドキドキドキドキ。心臓の音が耳にまでひびいている。僕は返事ができなかった。口をあけたらこのドキドキいう音が、忍者に聞こえるんじゃないかと思ったんだ。
「佐倉くん……あなた、なにか変なモノにとりつかれてるんじゃないの」
「そんなことあるか!」
僕が思わず振り返ったとき。そこには誰もいなかった。お墓が立ち並ぶ灰色の景色の中に、僕はひとりで立っていた。なんだか気味が悪くなった。気のせいか寒気もする。とにかく墓場から出よう、と僕が歩き始めたとき、遠くの方から声が聞こえた。
「おーい、佐倉」
声のする方を見ると、階段の上、お寺の門のところに黒い傘をさした大人が二人立っている。いや、よく見れば違う。こちらに向かって手を振っているのは、フジミだ。僕がどうしようか迷っていると、フジミが走ってきた。
「やっぱり佐倉じゃねえか。返事しないから間違ったかと思っただろ」
「あ、ああ、ちょっとびっくりして」
「どうしたんだ、君。びしょ濡れじゃないか」
僕が顔をあげると、こっちは本当に大人のひとが――フジミより二回りほど大きい――フジミの後ろに立っていた。
「君、佐倉さんちのお孫さんだね」
身をかがめて話しかけるその顔は、フジミにそっくりだった。
「あ、はい」
「今日は父ちゃんの仕事につきあってさ、そこのお寺まで行ってきたんだ。ケーキ食わしてもらってさ。佐倉は何してんだ。墓参りか?」
うれしそうに話すフジミに、僕はなんだか重い頭で、ひきつった笑顔を浮かべた。
「いや、僕は」
そのとき初めて気づいた。たしか忍者は花を持っていた。あいつ、墓参りだったのか。
「こら、困ってるじゃないか」
フジミのお父さんはフジミの頭をツンとつつくと、僕に笑いかけた。
「すまないね、悪気はないんだけど」
「いえ、わかってますから」
するとフジミのお父さんは、僕の顔をのぞき込むように見つめて、こうたずねた。
「おじいちゃん、怖いだろ」
「えっ」
突然の問いかけに、僕はどう答えていいかわからない。フジミのお父さんはいたずらっぽく笑った。
「若いころはよく怒られたんだよ。『てめえは宮大工のくせに、木の削り方も知らねえのか!』ってね。あのときの佐倉さんは、そりゃあ怖かった」
僕はおどろいた。おじいちゃんが怖いだなんて、思ったことは一度もなかったからだ。僕の中のおじいちゃんは、おじいちゃんは、あれ、どうしてだろう。仏壇に向かうおじいちゃん。坂の上で待つおじいちゃん。悲しい顔のおじいちゃんしか僕は知らない。
そんなはずはない。お母さんとお父さんが生きていたころ、おじいちゃんは笑っていたはずだ。でもなぜだろう、僕にはおじいちゃんの笑顔が思い出せなかった。頭がグルグル回る。耳が熱い。体が冷たい。足に力が入らない。僕は横になりたかった。
その後のことはよくわからない。目の前がまっくらになって、誰かが僕を抱きあげたような気がしたけど、それ以外はなにもわからないまま、しばらくして目をあけたら、僕の部屋だった。
リアローたちのいる所では、ちゃんと太陽が見えるのだろうか。それが心配だった。僕は机に宿題を広げながら、まったく手をつけていなかった。机の上の時計を見れば、十時を過ぎたところ。まだ早い。僕は手に持った鉛筆をノートの上に転がした。
「馬鹿なことかどうか、いまにわかるよ」
小さな声で、そうつぶやいて。
おばあちゃんの呼ぶ声が聞こえた。時計を見る。もうすぐ十二時だ。僕はいそいで階段をかけおりた。
「パラポロピレンのパラレンのハ」
そう呪文をとなえながら。
テーブルにはおじいちゃんがいて、テレビではちょうどお昼のニュースが始まった。最初のニュースはアメリカの大統領がどうのこうのという話題だった。僕はドキドキしながらテレビを見つめていた。二つ目のニュースは動物園の人がライオンにかまれたというものだった。あれ、もしかしてまだなのか。まだ竜姫丸の模型は盗まれていないんだろうか。そう思ったとき、僕は大変なことを思い出した。
そうだ、理科の時間。理科の時間にならったとおりなら、太陽が一番高くなる時間は、場所によって違うんだ。だとすれば、リアローたちのいる場所では、まだ太陽が一番高いところにのぼっていないのかもしれない。しまった。その考えが顔に出ていたのだろうか、おばあちゃんが心配そうに声をかけてきた。
「君彦くん、そうめん好きでしょ。食べないの」
「あ、うん。食べるよ」
そう答えて僕がテレビから目を離そうとしたとき。テレビの中で、アナウンサーの横から手が出てきた。その手は紙をアナウンサーに渡している。アナウンサーは紙を受け取って、あらためてカメラの方を向いた。
「ただいま入ってきたニュースです。都内のデパートに展示されていた純金製の船の模型が、突然消えてなくなりました。警察では何者かに盗まれた可能性もあるとして、慎重に捜査中とのことです」
やった、と声に出しそうになって、僕はなんとかこらえた。そして振り返ると、おじいちゃんとおばあちゃんは、あぜんとしていた。
「ほらね、僕が言ったとおりになったでしょ」
僕はそうめんをすすった。おばあちゃんは目を丸くしている。おじいちゃんは……とても悲しい顔をしていた。
「君彦はなにか知っているのか」
「え、なにかって」
僕はとぼけようとしたけれど、おじいちゃんは僕の目をにらみつけた。
「いいか君彦、この金の船をデパートに飾るということに、どれだけたくさんの人がかかわっていると思う。この船が消えたことで、どれだけたくさんの人に迷惑がかかったと思う。どれだけの人がつらい思いをし、どれだけの人が悲しい思いをしたと思う。誰かを困らせて、それを見て笑うなんていうことは、最低の人間のすることだぞ。この船が消えた仕掛けについて、君彦は何か知っているのか。もし知っているのなら話しなさい。おじいちゃんも一緒に行こう。あのデパートに行って、全部話してしまいなさい」
おじいちゃんの言葉が終わるのを待たずに、僕は立ちあがった。そして家の外へ飛び出した。
雨。外はものすごい雨だった。その中を僕は走った。雨がどんどん口の中に入ってくる。息が苦しい。目をあけていられない。でも僕の足は止まらなかった。
誰かが困るなんて、誰かが悲しむなんて、そんなこと考えてもいなかった。僕はただ、世界中をびっくりさせるような大ドロボウの仲間になったことを、すごいって言ってほしくて。すごいことをすれば、おじいちゃんも喜んでくれると思って。僕はただ、笑ってほしくて。
雨が顔にざんざん打ちつける。口にどんどん水が入って、おぼれそうだ。そのとき僕は思った。もしかしたら。僕は走りながら左耳をつまんだ。そして右目だけをあけた。そこには、いつもよりもぼんやりとした、リアローたちの姿が見えた。
「おう、やっと来たな。なんだ、今日はえらいぼんやりしてるな。まあいい。船はみごとに盗んでやったぞ」
リアローのひれの上に、金色のカタマリが見える。はっきりとは見えないけど、たぶんあの純金の竜姫丸だ。
「実際に盗んだのは、おいらなんだぜ」
ニキニキが、たぶん口をとんがらせている。パパンヤの野太い声が笑った。
「まあまあ、いいではないですか。仕事の成功はわれらチームの手柄ですよ」
僕は迷った。どうやって言い出そう。
「あの、さ」
僕はおでこから声を出した。ぼんやりと見えているリアローが、パパンヤが、ニキニキが、こちらに向いたのがわかった。
「それ、元のところへ返さない?」
ふるえている僕の声。その場はしーんと静かになった。音のない時間が何秒か過ぎたあと、リアローが大きな声をあげた。
「なに言ってんだ、おまえ。盗めって言ったのはおまえだろう」
「うん、そりゃ、そうなんだけど、その、もう盗んだからいいじゃない。盗もうと思えばいつでも盗めるんだ、っていうのはわかったし、えっと、みんながすごいんだ、ってこともわかったし」
「すごいのはあたりまえだ。俺さまを誰だと思ってる。星食いリアローだぞ」
「いや、それは」
僕が困っていると、パパンヤが不思議そうにたずねた。
「いったいどうして返せなんて言うのです?」
「どうして、どうしてって、それは、だって、いろんな人に迷惑かけちゃうから」
「あたりまえだ!」リアローは怒鳴った。「盗むってのはそういうもんだろうが!」
そうだ。あたりまえのことだ。最初からわかっていたはずだ。誰かの物を盗むなんて、必ず誰かが困って、傷ついて、悲しんで、迷惑する、そういうことなんだ。そんなあたりまえのことを、僕は忘れていた。いや違う。いい気になって、調子に乗って、あたりまえのことを見ないようにしていた。わざと知らない顔をしていたんだ。
「ごめんなさい」
僕は頭を下げた。ほかにできることはなかった。全部僕が悪いんだから。
「本当にごめんなさい。でも、その船は返してあげて」
「……いいだろう」
そう言ったリアローの声は腹立たしげだった。
「こいつは返してやる。そのかわり、おまえとはこれっきりだ」
そのとき、ザザッと音がしたかと思うと、リアローたちの姿が消えた。僕は両目をあけた。雨が小降りになっていた。
目の前にはたくさんの四角い影が立っている。お墓だ。僕は墓場のまんなかの、参道に立っていた。参道をまっすぐ抜けて階段をのぼると、お寺がある。おじいちゃんの家からはずいぶん離れた場所だ。いつの間にこんなところまで来てしまったんだろう。
「佐倉くん?」
突然背中の後ろから聞こえたその声に、僕はびっくりして振り返った。そこにいたのは。
「忍者」
忍者は右手に紫色の傘をさし、左手には黄色い花を持っていた。
「佐倉くん、こんなところでなにをしてるの」
「いや、べつに」
説明なんてできるはずがない。僕は忍者に背中を向けた。その背中に向かって、忍者はこうたずねた。
「じゃあ、誰と話していたの」
「誰でもいいだろ」
答えてしまってから、あ、と思った。僕はリアローたちとは、おでこで話していた。声には出していない。なぜ忍者は僕が話していたことに気がついたんだろうか。
「さっき東京でね」忍者は言った。「純金の船の模型が消えたの」
「そ、それがどうしたんだよ。関係ないだろ」
「プールで吉村先生のメガネが消えたことも、関係ないの」
ドキドキドキドキ。心臓の音が耳にまでひびいている。僕は返事ができなかった。口をあけたらこのドキドキいう音が、忍者に聞こえるんじゃないかと思ったんだ。
「佐倉くん……あなた、なにか変なモノにとりつかれてるんじゃないの」
「そんなことあるか!」
僕が思わず振り返ったとき。そこには誰もいなかった。お墓が立ち並ぶ灰色の景色の中に、僕はひとりで立っていた。なんだか気味が悪くなった。気のせいか寒気もする。とにかく墓場から出よう、と僕が歩き始めたとき、遠くの方から声が聞こえた。
「おーい、佐倉」
声のする方を見ると、階段の上、お寺の門のところに黒い傘をさした大人が二人立っている。いや、よく見れば違う。こちらに向かって手を振っているのは、フジミだ。僕がどうしようか迷っていると、フジミが走ってきた。
「やっぱり佐倉じゃねえか。返事しないから間違ったかと思っただろ」
「あ、ああ、ちょっとびっくりして」
「どうしたんだ、君。びしょ濡れじゃないか」
僕が顔をあげると、こっちは本当に大人のひとが――フジミより二回りほど大きい――フジミの後ろに立っていた。
「君、佐倉さんちのお孫さんだね」
身をかがめて話しかけるその顔は、フジミにそっくりだった。
「あ、はい」
「今日は父ちゃんの仕事につきあってさ、そこのお寺まで行ってきたんだ。ケーキ食わしてもらってさ。佐倉は何してんだ。墓参りか?」
うれしそうに話すフジミに、僕はなんだか重い頭で、ひきつった笑顔を浮かべた。
「いや、僕は」
そのとき初めて気づいた。たしか忍者は花を持っていた。あいつ、墓参りだったのか。
「こら、困ってるじゃないか」
フジミのお父さんはフジミの頭をツンとつつくと、僕に笑いかけた。
「すまないね、悪気はないんだけど」
「いえ、わかってますから」
するとフジミのお父さんは、僕の顔をのぞき込むように見つめて、こうたずねた。
「おじいちゃん、怖いだろ」
「えっ」
突然の問いかけに、僕はどう答えていいかわからない。フジミのお父さんはいたずらっぽく笑った。
「若いころはよく怒られたんだよ。『てめえは宮大工のくせに、木の削り方も知らねえのか!』ってね。あのときの佐倉さんは、そりゃあ怖かった」
僕はおどろいた。おじいちゃんが怖いだなんて、思ったことは一度もなかったからだ。僕の中のおじいちゃんは、おじいちゃんは、あれ、どうしてだろう。仏壇に向かうおじいちゃん。坂の上で待つおじいちゃん。悲しい顔のおじいちゃんしか僕は知らない。
そんなはずはない。お母さんとお父さんが生きていたころ、おじいちゃんは笑っていたはずだ。でもなぜだろう、僕にはおじいちゃんの笑顔が思い出せなかった。頭がグルグル回る。耳が熱い。体が冷たい。足に力が入らない。僕は横になりたかった。
その後のことはよくわからない。目の前がまっくらになって、誰かが僕を抱きあげたような気がしたけど、それ以外はなにもわからないまま、しばらくして目をあけたら、僕の部屋だった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
普通じゃない世界
鳥柄ささみ
児童書・童話
リュウ、ヒナ、ヨシは同じクラスの仲良し3人組。
ヤンチャで運動神経がいいリュウに、優等生ぶってるけどおてんばなところもあるヒナ、そして成績優秀だけど運動苦手なヨシ。
もうすぐ1学期も終わるかというある日、とある噂を聞いたとヒナが教えてくれる。
その噂とは、神社の裏手にある水たまりには年中氷が張っていて、そこから異世界に行けるというもの。
それぞれ好奇心のままその氷の上に乗ると、突然氷が割れて3人は異世界へ真っ逆さまに落ちてしまったのだった。
※カクヨムにも掲載中
カエルのねがいごと
hanahui2021.6.1
児童書・童話
ボクらカエルは、雨が大好き。
空から落ちてくるしずくは、キラキラしていて とてもキレイ。
その上 体まで、サッパリさせてくれるスグレモノ。
そう思っていたら ある時 教わったんだ。
雨よりキレイな 雪ってヤツを…
屋根裏のコロンコ ~小さな居候の物語~
文月みつか
児童書・童話
二足歩行、長いしっぽ、ビロードの毛。手先は器用、好奇心旺盛で、きれい好き。あなたの家にもいるかもしれない奇妙な生き物、ヤカクレ(家隠れ)。
ヤカクレとは、古くから民家などに住み着いて暮らしている人ならぬものである。小人か妖精か、ネズミなのかモグラなのかは判然としない。彼らは人間を模倣し、依存し、慎ましくのびやかに生きる。
新しい住み家を探していたヤカクレのコロンコは、理想的な家を見つけて大いに喜んだ。しかし、油断したために部屋の主の女の子に見つかってしまい……
見た目はもふもふ、中身はカタブツのちいさな冒険!
児童小説をどうぞ
小木田十(おぎたみつる)
児童書・童話
児童小説のコーナーです。大人も楽しめるよ。 / 小木田十(おぎたみつる)フリーライター。映画ノベライズ『ALWAIS 続・三丁目の夕日 完全ノベライズ版』『小説 土竜の唄』『小説 土竜の唄 チャイニーズマフィア編』『闇金ウシジマくん』などを担当。2023年、掌編『限界集落の引きこもり』で第4回引きこもり文学大賞 三席入選。2024年、掌編『鳥もつ煮』で山梨日日新聞新春文芸 一席入選(元旦紙面に掲載)。
白紙の本の物語
日野 祐希
児童書・童話
春のある日、小学六年生の総司と葵は図書室で見つけた白紙の本に吸いこまれてしまう。
二人が目を開けると、広がっていたのは一面の銀世界。そこは、魔女の魔法で雪に閉ざされてしまった国だった。
「この国を救って、元の世界に帰る」
心を決めた総司と葵は、英雄を目指す少年・カイと共に、魔女を倒す旅に出る。
雪に隠された真実と、白紙の本につむがれる物語の結末とは。
そして、総司と葵は無事に元の世界へ帰ることができるのか。
今、冒険が幕を開く――。
※第7回朝日学生新聞社児童文学賞最終候補作を改稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる