老い花の姫

柚緒駆

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70.後悔という前提

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 とりあえず俺はブルブル震えるリムレモを、氷の中から引っ張り出した。まったく風の大精霊も形無しだな、とは言わない。相手がランシャじゃ無理もないのだから。あの翼の生えた戦乙女は二人がかりでランシャに傷を負わせたらしいが、その時点で十分に常軌を逸した強さだと思う。

「うー、気持ち悪いー、頭ガンガンするー」

 真っ青な顔でフラフラしているリムレモを、俺は笑顔で励ます。

「大丈夫大丈夫、気のせい気のせい」

「全然気のせいじゃないんですけど。てか、もうちょっと心配してよ。殺されるとこだったんだからね」

「おまえ殺したって死なねえじゃん」

「いや死ぬから。あんなの相手にしたら普通に死ぬから」

 リムレモは戦乙女と打ち合うランシャを指差しながら抗議した。

 俺は小さくうなずいた。

「よし、行くか」

「何がよしなの。何もよしじゃないよね。面倒臭いって思っただろ、いま!」

 文句を言いながらもリムレモはついて来る。真正面にはオブレビシア姫とゲンデウス三世王。戦乙女はこちらに気付いたが、ランシャとフルデンスが食い止めてくれている。いや、戦乙女はもう一人いた。相手をしていたのはどうやらアルバとジュジュか。まだ生き残ってる。凄え悪運だな。

 三人目の戦乙女もこちらに気付いたようだ。

「じゃあ頼むな、リムレモ」

「……え、嘘だろ」

「どっちみち戦わなきゃ殺されるぞ」

「マジかよぉ。最悪だぁ!」

 泣きそうな顔になりながら、リムレモは風の刃を戦乙女に放った。相手の戦斧はそれを弾くが、そのときにはもうリムレモが背後に回り込んでいる。戦乙女は振り返りながら斬撃を繰り出したが、風でできた体を切り裂けるはずもなかった。戦いはまず相性だ。いくら強くても攻撃特化型ではリムレモを倒すことはできない。

 さて、あと残るは。

 俺の視線の先にはオブレビシア姫。と言いたいところだが、その前に立ちはだかるのはアイツだ。こないだ会ったときより腕が二本ほど増えている。

「お久しぶりやね。お元気そうで何より」

 四本の曲剣を構えながらニンマリ笑う褐色の肌の男。前回は何とか退けたものの、俺との相性的には最悪だ。同じ手は使えないから、こちらが圧倒的に不利と言える。ならどうするか。方法は一つ。

「岩山の岩屋に暮らす岩親父、力自慢で腕自慢」
「そんなん効くかぁっ!」

 曲剣が四方向から飛んで来る。それを俺は岩の拳で弾き飛ばし、相手の土手っ腹に風穴を空けた。だが相手は笑っている。そりゃそうだ、コイツにしてみりゃこの程度、ノミに噛まれたほどですらないのだろう。しかし。

 そこで俺は猛然と走った。力自慢のオマジナイは腕の力だけじゃない、脚力だって上昇するのだ。

「あっ、ちょっ、待てぇっ!」

 敵は慌てているが、待てと言われて待つ馬鹿はいない。戦って勝てない相手なら、戦わなきゃいいだけである。オブレビシア姫までの距離を一気に縮める。そのとき周りの景色が虹色に輝いた。そして突然の闇。上下左右もわからない真っ暗な無重力空間に、俺は放り出されてしまった。

 どれくらい時間が経ったろう。数時間か、それとも数秒か。いきなり目の前に現われたのは、巨大なゲンデウス三世の姿。

「無礼者!」

 老いた国王は威厳と狂気を相半ばに、大声で俺を責め立てる。

「曲がりなりにも王族に名を連ねる者が、王家の威光を何と心得る!」

 威光と来たか。俺は苦笑するしかない。

「俺は文字通り曲がりなりなもんでね、威光とかどうでもいいんですよ、王様」

「先人の血涙の上に成り立つこの栄光ある」

「だからアンタ自体がどうでもいいんだよ、国王陛下。いい加減に出て来いよ、フーブ。俺に話があるからここに呼んだんだろう。それとも無理矢理ここから出て行った方がいいか」

 すると国王の姿は消え、しばらくすると、おぼろな輝きが人の形、髪の長い少女の形を取った。そこから聞こえる声。

「……まさか本当に転生していたとはな。魔獣奉賛士サイー。精霊王の下僕よ」

「俺は事実を言われて腹を立てる方じゃないんでね。それで何の用だ、フーブ。いまさらなかった話にしようとか言うなよ。おまえを放っておく訳には行かない」

「何故だ」

「何故? おまえ自分のやったこと忘れたのかよ」

 しかし輝く人の姿が発する声は、平然としていた。

「我は世界樹。人類世界の中心として人類の繁栄を模索したまで」

「その模索の中に自分の破滅は入ってないってか。随分都合のいい話だな、おい」

「我は前世において神として人々を導いた。そして今世では世界樹として世界を育む。何も変わってはいない。何も変わる必要がない。我は超越者であるが故に」

「確かにおまえは変わっていないみたいだ、フーブ。でもそれは神であった頃から変わっていない訳じゃない。人間だった頃から変わってないんだよ。て言うか、おまえは超越者なんかじゃない。中身はただの人間、ただ自分の悲惨な境遇に悲鳴を上げてた女の子のままだ」

「貴様如き人間に、神である我の何がわかる」

「わかんねえよ、おまえのことなんか何も。だけど一つだけ知ってることがある。俺が人間だから、人生二回目だからよくわかる。何だと思う」

 フーブから返事はない。俺は言った。

「人間は必ず間違うんだ。絶対に失敗するんだ。完全なんて、人間には不可能だ。おまえにも無理なんだよ、フーブ」

「神は誤らぬ。神に不可能はない」

「おまえは神にはほど遠いんだ、フーブ」

「黙れ下郎が!」

 輝く姿がオブレビシア姫となって、虹色の嵐が吹き付けてくる。周囲の闇が吹き飛び、大聖堂の中の景色が戻って来た。俺はまだ走っている。オブレビシア姫までもう少し、あと少しで手が届くのに。

「させるかぁっ!」

 背中から四本の曲剣が迫る。あと一歩、この一歩が間に合わないのか。

 しかし曲剣が俺にまで届くことはなかった。男は背後から縦半分に断ち割られ、二つの氷柱となって左右に倒れて行く。

 戦乙女は撃退したのだろう、難しい顔のランシャに俺は立ち止まり頼んだ。

「力が借りたい」

「後悔するぞ」

「だろうね。でもそれは生きる上での前提だ」

 すると頭の上から声が降って来る。

「後悔するのか。ならばわらわも力を貸してやろう」

 いささかボロボロになったフルデンスが見下ろしていた。

 俺の後ろでふて腐れて座り込んだのはリムレモ。

「ボクはいやだぞ。もう疲れ果てた。何にもしたくない」

 まあ、見るからにヘトヘトだしな、それも仕方ないか。俺はうなずいた。

「よし、おまえはいいや」

「そんな言い方すんなよ、ボクが役立たずみたいだろ! いいよ手伝ってやるよ!」

「……おまえって案外面倒臭いヤツなんだな」

 そんな俺たちに祭壇からかかる声。

「話はまとまったか」

 逃げも隠れもしないオブレビシア姫は余裕があるのか、それとも策か。どちらでもいい、いまやるべきことはただ一つ。

「イチジク人参お猿の尻尾!」

 俺は両手のひらをオブレビシア姫に向けた。

「五臓六腑で七転八倒!」

 力を込める。俺の全身の、そして仲間たちの貸してくれた力を。

「鳴いて血を吐けホトトギス!」
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