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57.裏切り者
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まいった。とにかく逃げるのに必死で、自分がどっちに走ってるのかよくわかってなかったんだが、まさかランシャとジルベッタが戦ってるとこに出くわすとは思ってなかった。しかしこれ……俺、マズいんじゃないの?
いや、とは言えだ。子供だぞ。誰か知らんが小さな女の子だ。そこに斬りかかるって、それもレキンシェルでって、止めざるを得ないだろう、普通。
「何してやがんだ、ランシャ!」
白髪の顔面包帯グルグル巻きが、静かに俺を見つめている。両腕をなくしたジルベッタが少女に駆け寄り、抱きしめて大きな泣き声を上げた。
「何があったか知らねえけど、子供相手に」
「そうか。やはりサイーなのだな」
俺をサイーと呼ぶランシャは、白い魔剣レキンシェルの切っ先を俺に向ける。
「魔獣奉賛士サイー、我が師匠なら話は早い。俺は斬るべき者を斬るのみ。そこを退いてもらおう」
「だから、何でこの子を斬らなきゃならん!」
「雑草は根を引き抜かねば枯れないからだ」
ダメだ、ランシャが何を言いたいのかサッパリわからん。
「おまえ、そんなヤツじゃなかったはずだぞ。この、この……おまえっていま何歳だ」
「三百は越えたな」
「えっ、それもう魔人の域じゃねえか。いや、とにかく、この三百年の間に何があった。おまえはてっきり王様にでもなったと」
「王であったこともある。だがその経験の意味は、盗人であったことがある、ということとたいして変わらない。結局、俺は剣を振る以外に能はなかった。昔話はこれくらいでいいだろう。そこを退け、サイー」
静かな、だが断固とした言葉。俺の頭の中でどこかの線が切れそうになっている。
「何が何でもこの子を斬る気かよ」
「斬らねばならぬ子供もいる」
「ふざけるな! 目を覚ませランシャ!」
「目が曇っているのはおまえだ、サイー」
ランシャの周囲に分厚い氷の壁を築く。意味はない。それはそうだ、レキンシェルはただの魔剣ではない。氷の大精霊にして精霊王たる魔獣の爪なのだから。俺が無詠唱で呼び出す氷の壁も、本を正せばその魔獣に行き着く。元が同じならより源流に近い力の方が強いのは当たり前。その理屈通り、レキンシェルは俺の氷の壁を瞬時に斬り刻んだ。
しかしその一瞬の隙を見計らって、俺とランシャの間にリムレモが立つ。
「ああもう、どうなっても知らないからな!」
迫るランシャの足を止める風圧の壁。俺はリムレモの背後でオマジナイを唱えた。
「風疾の騎士の風の剣、見えず防げず避けられず! これを使え!」
「指図すんなよ!」
文句を言いながらもリムレモは風の剣を受け取った。暴風の中を縫うように、見えない剣がランシャに向かって飛ぶ。だが魔剣レキンシェルは凶悪な向かい風を切り裂き風の剣を弾き飛ばした。
俺は振り返り叫ぶ。
「ジルベッタ、何してる。その子を連れて逃げろ!」
ジルベッタは当惑している。自分がこの場を離れることの意味を考えているのかも知れない。
「急げ! 俺たちはもたない!」
意を決した黄昏の魔女は女の子を抱きしめた。
上空を覆っていた結界が消え去って行く。
ジルベッタの姿は消えた。転移魔法で跳んだのだ。
俺は後ろからリムレモの肩を叩いた。
「もういいぞ」
「えっ?」
驚き振り返るリムレモと、その向こうで困惑しているランシャ。
俺は言った。
「為すべきことを為せ、ランシャ。ただし忠告だ、物事は段階を踏むんだ。おまえがどれだけ強くても、一度に全部はできない」
そしてリムレモの背中をつつく。
「よし、逃げようぜ」
「……いいの?」
「いいんだよ。俺らの仕事はとっくに終わってんだから」
皇太子を狙う亡霊騎士団を助け、この屋敷周辺に結界を張っていた魔女ジルベッタは追い払った。経緯はどうあれ為すべき目標は達している。後は吉報を待てばいいだけで、別段ランシャと命がけで戦う理由はない。
子供を殺すのはさすがにいただけないが、知恵のある者は他にいる。何か解決策は見つかるはずだ。一度で簡単に、というのは無理でも段階を踏めば何とかなるだろう。俺は生まれついての楽天家なのだ。
「じゃあな、ランシャ。ここはとりあえず、お互い貸し借りなしってことでいいだろ」
ランシャは戸惑いながらレキンシェルの切っ先を落とす。
「どこまで計算していたのだ、サイー」
「計算なんかする余裕ある訳ねえだろ。行き当たりばったりだ」
「それはそれで人を食った話だが」
「おまえが食えるようなヤツかよ。無茶言うな」
俺の言葉にランシャの目が、透き通ったすべてを見通す目が笑ったように思えた。俺はリムレモの肩に手を置く。さあ、戻ろう。
しかし。
リムレモが首をひねっている。
「なあ、結界はもうないんだよな」
「そりゃ、ジルベッタがもういないからな」
「じゃ、何で転移できないんだろう」
「……はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺の体が、突然重くなった。いや違う。重量が増した訳じゃない。目には見えない力の密度が増したのを体が感じ取ったんだ。
そこに背後から聞こえる含み笑い。振り返れば、背高ノッポと小柄なデブッチョ、二人の道化が立っている。まさか。気配なんてまったく感じなかったぞ。
デブッチョが言う。
「裏切り者ランス。亡霊騎士団を始末しろと命じたはずデス」
ノッポが言う。
「裏切り者ランス。探す手間が省けましたよ、ハイ」
こいつらじゃない。この全身を圧迫する強大な力は、どこか別のところから出ている。
だがランシャからは平然と静かな声が。
「ちなみに裏切り者はどうなる」
デブッチョの道化が答える。
「もちろん地獄の苦しみの果てに死あるのみデス」
「それを聞いて安心した」
眉をひそめる二人の道化にランシャは続けた。
「かつて人を裏切った『神』がいた。裏切り者は地獄の苦しみの果てに死あるのみ。そう思わないか」
ノッポの道化が身構えた。
「ランス……貴様、何者」
「俺はランスではない。俺の名はランシャ。魔獣奉賛士の弟子にして精霊王ザンビエンの爪を持つ者」
その瞬間、絶叫するかのように地面が震えた。
いや、とは言えだ。子供だぞ。誰か知らんが小さな女の子だ。そこに斬りかかるって、それもレキンシェルでって、止めざるを得ないだろう、普通。
「何してやがんだ、ランシャ!」
白髪の顔面包帯グルグル巻きが、静かに俺を見つめている。両腕をなくしたジルベッタが少女に駆け寄り、抱きしめて大きな泣き声を上げた。
「何があったか知らねえけど、子供相手に」
「そうか。やはりサイーなのだな」
俺をサイーと呼ぶランシャは、白い魔剣レキンシェルの切っ先を俺に向ける。
「魔獣奉賛士サイー、我が師匠なら話は早い。俺は斬るべき者を斬るのみ。そこを退いてもらおう」
「だから、何でこの子を斬らなきゃならん!」
「雑草は根を引き抜かねば枯れないからだ」
ダメだ、ランシャが何を言いたいのかサッパリわからん。
「おまえ、そんなヤツじゃなかったはずだぞ。この、この……おまえっていま何歳だ」
「三百は越えたな」
「えっ、それもう魔人の域じゃねえか。いや、とにかく、この三百年の間に何があった。おまえはてっきり王様にでもなったと」
「王であったこともある。だがその経験の意味は、盗人であったことがある、ということとたいして変わらない。結局、俺は剣を振る以外に能はなかった。昔話はこれくらいでいいだろう。そこを退け、サイー」
静かな、だが断固とした言葉。俺の頭の中でどこかの線が切れそうになっている。
「何が何でもこの子を斬る気かよ」
「斬らねばならぬ子供もいる」
「ふざけるな! 目を覚ませランシャ!」
「目が曇っているのはおまえだ、サイー」
ランシャの周囲に分厚い氷の壁を築く。意味はない。それはそうだ、レキンシェルはただの魔剣ではない。氷の大精霊にして精霊王たる魔獣の爪なのだから。俺が無詠唱で呼び出す氷の壁も、本を正せばその魔獣に行き着く。元が同じならより源流に近い力の方が強いのは当たり前。その理屈通り、レキンシェルは俺の氷の壁を瞬時に斬り刻んだ。
しかしその一瞬の隙を見計らって、俺とランシャの間にリムレモが立つ。
「ああもう、どうなっても知らないからな!」
迫るランシャの足を止める風圧の壁。俺はリムレモの背後でオマジナイを唱えた。
「風疾の騎士の風の剣、見えず防げず避けられず! これを使え!」
「指図すんなよ!」
文句を言いながらもリムレモは風の剣を受け取った。暴風の中を縫うように、見えない剣がランシャに向かって飛ぶ。だが魔剣レキンシェルは凶悪な向かい風を切り裂き風の剣を弾き飛ばした。
俺は振り返り叫ぶ。
「ジルベッタ、何してる。その子を連れて逃げろ!」
ジルベッタは当惑している。自分がこの場を離れることの意味を考えているのかも知れない。
「急げ! 俺たちはもたない!」
意を決した黄昏の魔女は女の子を抱きしめた。
上空を覆っていた結界が消え去って行く。
ジルベッタの姿は消えた。転移魔法で跳んだのだ。
俺は後ろからリムレモの肩を叩いた。
「もういいぞ」
「えっ?」
驚き振り返るリムレモと、その向こうで困惑しているランシャ。
俺は言った。
「為すべきことを為せ、ランシャ。ただし忠告だ、物事は段階を踏むんだ。おまえがどれだけ強くても、一度に全部はできない」
そしてリムレモの背中をつつく。
「よし、逃げようぜ」
「……いいの?」
「いいんだよ。俺らの仕事はとっくに終わってんだから」
皇太子を狙う亡霊騎士団を助け、この屋敷周辺に結界を張っていた魔女ジルベッタは追い払った。経緯はどうあれ為すべき目標は達している。後は吉報を待てばいいだけで、別段ランシャと命がけで戦う理由はない。
子供を殺すのはさすがにいただけないが、知恵のある者は他にいる。何か解決策は見つかるはずだ。一度で簡単に、というのは無理でも段階を踏めば何とかなるだろう。俺は生まれついての楽天家なのだ。
「じゃあな、ランシャ。ここはとりあえず、お互い貸し借りなしってことでいいだろ」
ランシャは戸惑いながらレキンシェルの切っ先を落とす。
「どこまで計算していたのだ、サイー」
「計算なんかする余裕ある訳ねえだろ。行き当たりばったりだ」
「それはそれで人を食った話だが」
「おまえが食えるようなヤツかよ。無茶言うな」
俺の言葉にランシャの目が、透き通ったすべてを見通す目が笑ったように思えた。俺はリムレモの肩に手を置く。さあ、戻ろう。
しかし。
リムレモが首をひねっている。
「なあ、結界はもうないんだよな」
「そりゃ、ジルベッタがもういないからな」
「じゃ、何で転移できないんだろう」
「……はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺の体が、突然重くなった。いや違う。重量が増した訳じゃない。目には見えない力の密度が増したのを体が感じ取ったんだ。
そこに背後から聞こえる含み笑い。振り返れば、背高ノッポと小柄なデブッチョ、二人の道化が立っている。まさか。気配なんてまったく感じなかったぞ。
デブッチョが言う。
「裏切り者ランス。亡霊騎士団を始末しろと命じたはずデス」
ノッポが言う。
「裏切り者ランス。探す手間が省けましたよ、ハイ」
こいつらじゃない。この全身を圧迫する強大な力は、どこか別のところから出ている。
だがランシャからは平然と静かな声が。
「ちなみに裏切り者はどうなる」
デブッチョの道化が答える。
「もちろん地獄の苦しみの果てに死あるのみデス」
「それを聞いて安心した」
眉をひそめる二人の道化にランシャは続けた。
「かつて人を裏切った『神』がいた。裏切り者は地獄の苦しみの果てに死あるのみ。そう思わないか」
ノッポの道化が身構えた。
「ランス……貴様、何者」
「俺はランスではない。俺の名はランシャ。魔獣奉賛士の弟子にして精霊王ザンビエンの爪を持つ者」
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