老い花の姫

柚緒駆

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43.事態急変す

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 パチリと音を立て、ウストラクト皇太子のハサミは満開寸前の真っ赤な花の茎を断ち切った。

「まったく困ったものだね」

 球根に栄養を蓄えさせるために花は落としてしまわなければならないのだが、捨ててしまうのは少し惜しいようにも感じる。

 皇太子の背後にはノッポとデブッチョの二人の道化が。結局、皇太子は手にした花を捨て、隣の花にも手を伸ばした。

「いつまでも十三位にかまけている訳には行かない。他の王族が守りを固める前に、可能な限り抹殺しなければ」
「それにつきまして、お話がございますので、ハイ」

 とノッポが。

 しかし皇太子は振り返らない。

「それで」

 するとデブッチョが話し出す。

「ロン・ブラアク親王が、ゴルッセムの使者と接触したとの情報がございますデス」

「三位か。静かにしていれば見逃したのだけれどね」

「抹殺致しましてもよろしいデスか」

「背に腹は代えられないだろう。だが、例の亡霊騎士団はもう使えないのではなかったかな」

 これにノッポがこう言う。

「その点はお任せを。代わりは用意してございます、ハイ」

「おまえたちは信頼を失っている」

 ようやく皇太子は振り返った。静かな、冷たい目で。

「それを理解して行動したまえ」



 下女たちの昼食は、早番と遅番の交代制だ。いま遅番は給仕を務めており、その間に早番は急いで食事を腹に詰め込まなくてはならない。ただ今日はグランダインの分の朝食を多めに作りかけたおかげで、下女たちの食事が一品多かった。まあ、たまにはこんなこともあるのだ。

 そんな下女たちの中に混じって、占い師パルテアが食事を摂っている。ノンビリと食べてはいたのだが、隣に座るレイニアはモタモタしている余裕はない。それでもパルテアの話を興味深く聞いていた。

「他人と違うモノが見えるというのは大変に素晴らしいことです。私には羨ましいわ。その目には何らかの意味と理由があるのかも知れません。それを忘れないで」

 慌ただしく食器を片付けながら、レイニアはパルテアにたずねた。

「私、占い師になれないでしょうか」

 するとパルテアは目を見開いて喜んだ。

「まあ素敵。あなたなら優秀な占い師になれると思いますよ。コツは良い師匠を選ぶことです。心当たりがあります。紹介状を書きましょうか?」

 レイニアはいま、目の前で世界が広がった気がした。

「は、はい! お願いします」

「私から見れば弟弟子に当たるのですが、非常に優秀な占い師です。ちょっと変人なのが玉に瑕ですけど。では少し待ってくださいね。二、三日中には紹介状を書いてしまいますので」

 そう言いながら、笑顔で食事を続けるパルテア。レイニアは嬉しそうに深々と頭を下げ、仕事へと戻って行った。



 昼食はカブと甘藷の煮物。もうそろそろ肉が恋しい頃なのだが、俺だけなのだろうか。みんな黙々と食べてるし。不味い訳じゃないんだけどなあ。もうちょっと、何と言うかその、コクというか旨味というか。

「そろそろ動きがあってもいいのでは、と思うのですが」

 バレアナ姫がそう言う。俺は思わずこう答えた。

「それはやっぱり肉的な」

「ネーン家が動くのでは、と言いたいのです」

 何だそんなことか、と思ってしまった俺を姫が横目でにらむ。いかん、顔に出てたみたいだ。

「でも実際、姫はどうされるつもりなんです。ミトラはともかく、パルテアについては躍起になって奪還しようとするでしょうし」

「第一にパルテアの意思、第二にネーン家の態度です」

 バレアナ姫は言い切った。俺はつい笑いそうになってしまう。

「なるほど、そりゃわかりやすい」

 姫は意外そうな顔を見せた。

「他に何か注意点がありましたか」

「いえ、領主として王族として当然の対応でしょう。頭領の決断が早いのはありがたいんです。周りがみんなやりやすくなりますから」

 しかしこれに姫は怪訝な顔で首をかしげる。

「私が頭領、ですか」

「いやいやいや、あなたが頭領じゃなきゃ誰がリルデバルデの頭領なんですか」

「それは、確かに血統的に私が現領主となっていますが」

「血統の問題だけじゃないですよ。この屋敷で働くみんなも、町のひとたちも、あなたが領主だから安心できるんです。もし僕が領主面なんかしようものなら、あっという間に全部終わりですから」

 だが姫は納得行かないようだ。

「私は、何の力も持たないただの女です」

「あなたの持つ『力』は、その体に宿る力だけを指す訳じゃないんです。あなたのために動く人間の持つ力は、すべてあなたの力です。自分を卑下するなとは言いませんが、もう少し周りの連中を信頼してもいいと思いますよ。なあ、ミトラ」

 俺は話をミトラに振った。うつむいていた少女は突然のことに動揺した顔を上げる。

「え」

「キミは用兵や計画立案はできるけど、判断し決断する人間がいないと困るんじゃないか」

「そ、それは、困る。すごく困る」

「シャリティはどうだろう。おまえはいずれ嫡男として判断し決断しなきゃならない立場になるんだが、いまの時点でネーン家に対峙しろと言われたらどうする」

 美しい王子はムッとした顔を見せたが、現状が理解できないほど愚かでもないのだろう、ため息をつくとこう返事した。

「まあ、現時点で頼られるのはさすがに厳しいですな」

「という訳ですよ」

 俺は再びバレアナ姫に顔を向ける。

「あなたは誰もが認めるここの領主なんです、もっと堂々と『領主でござい』って顔をしていてください」

 困った顔で微笑む姫が言う。

「どうにもあなたの手のひらで転がされている気がするのですけど、まあいいでしょう。当面の期待に沿えるよう何とか頑張ってみます」

 俺がそれにうなずこうとしたとき、執事のアルハンが引見室に飛び込んできた。

「姫殿下、王子殿下、大変でございます!」

 来たか、ネーン家の使者が。

 だが、アルハンの告げた言葉は俺の想定の外にあった。

「西方オルダック公爵領において大規模な戦闘が起こった模様。どうやら相手方はネーン家の軍勢らしいのですが」
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