老い花の姫

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
38 / 73

38.売り込み

しおりを挟む
 夕暮れの空をコウモリが舞う。野原を越え、森を抜け、行き着く先には焚き火があった。その火を見下ろす木の枝に逆さに止まると、コウモリからは低い男の声。

「リルデバルデ家には昨日、養子が迎えられた」

 火を囲んでいたジュジュが面白そうにコウモリを見上げる。

「知ってるわよお。こっちだって遊んでた訳じゃないもの」

 シュンと焚き火の前で落ち込んでいるのはノロシ、その後ろにはあちこちに膏薬を貼り付けたヒノフとミノヨが意気軒昂だ。

「今度会ったら絶対に殺す」

「今夜会ったら確実に殺す」

 それを離れた場所に座って面白そうに眺めているのは、フードをかぶったキリカ。

「まあキミらがとんでもなく頑丈で良かったよ」

 そう言って振り返れば、そこにはアルバが立っていた。

「バレアナとシャリティを殺す。これが第一目標だ」

「皆殺しにしないのか」

 巨漢のデムガンはやや不満げだ。アルバはうなずく。

「皆殺しを目的にすれば時間と手間がかかる。目的は二人に限定されなければならない。だが二人を殺す過程で他を殺すのは仕方あるまい」

 枝のコウモリが注意を促す。

「忘れるな。いつまでもリルデバルデにかまけている余裕はないのだ。王位継承権保有者はまだまだいるのだからな。今夜のうちにケリをつけるのだ」

「それはいいんだけどさあ」

 ジュジュがコウモリを見上げている。

「あんたの背後でこの亡霊騎士団を操ってるのって、いったい誰なのよ」

「そんなことを聞いてどうする気だ」

 コウモリが心なしか焦っているように思えた。ジュジュはそれを知ってか知らずか、こう笑顔で答える。

「だってもし、アタシたちのことを便利屋か何かと勘違いしてたりしたら、お仕置きが必要になるかも知れないじゃない」

 沈黙してしまったコウモリに、ジュジュはウインクをしてみせた。

「アタシたちに殺されないよう、気をつけてねえ」

 コウモリは飛んだ。そして夕闇迫る空を駆け抜け、野中にポツンと一軒だけ建つ農家の窓から入って行く。農家の中にいたのは二つの人影。痩せたノッポと背の低いデブッチョ。皇太子の元にいるはずの二人の道化がここにいた。

 ノッポは左腕を上げる。よく見れば、左手首から先がない。そこにコウモリが止まると、ポンと音を立てて左手に変わった。指をワキワキ動かして具合を確かめる。

「ふむ、術をかけられた形跡はないね、ハイ」

「しかし感付き始めているのデス。早めに切り捨てた方がいいのデス」

 デブッチョは眉を寄せてそう言った。ノッポもうなずく。

「十三位を抹殺したらオシマイにしようかね。便利な連中だったのだけれど、ハイ」



 その農家の屋根のずっと上、間もなく暗闇に飲み込まれる赤い空に、浮かぶ人影が一つ。

――言っとくが、余計なことに首を突っ込むなよ

 心の中に聞こえる声に、白髪の男は包帯に包まれた顔をピクリとも動かさず答えた。

「しかし行動を起こさなければ何もできない」

――情に流されないんなら構わねえけどな

「流されてみなければわからないこともある」

――いやいやいや、少しは学習しろよ、おまえ

「手がかりは限られている。遊んでいる余裕はないはずだ」

――後悔すんのは自分だぞ

「後悔のない生き方をしたいとは思わない」

 そうつぶやくと、人影は農家へと降りて行く。

 そこに農家の中から出て来た、ノッポとデブッチョの二人の道化。突然目の前に降り立った白髪の人影に驚くが、さしたる動揺も見せない。

「何者だね」

 と、ノッポが。

「野盗匪賊ひぞくの類いか」

 と、デブッチョが。

 すると相手は静かにこう言う。

「腕を買ってもらいたい」

「腕を買え?」

 ノッポは笑い、

「そんな貧弱な腕」

 デブッチョは右手を突き出した。それに合わせてムクムクと地面が持ち上がり、やがて大きなクマの姿を取る。

「役に立たないのデス!」

 土のクマは咆哮を上げながら白髪の男に襲いかかった。しかし。

 カチン、と固い音が聞こえたかと思うとクマは凍り付き、同時に体を縦に真っ二つにされて男の左右に倒れ込む。

 包帯で巻かれた顔にのぞく澄み切った両目には、感情など映らない。その右手には白い剣の輝き。

「貧弱だが、使い道はある」

 唖然とする二人の道化に、白髪の人影はそう言った。

 ノッポがたずねる。たずねずにはいられない。

「お、おまえ、何者だ」

「もはや何者でもない。ただの……」

 ほんの一瞬言い淀むと、また静かにこう続けた。

「ランス。名前はただのランスだ」

 ノッポとデブッチョはしばし顔を見合わせていたが、二人同時に笑顔を見せ、デブッチョがランスと名乗った男にこう話す。

「ではランス、おまえを信用できるかどうか、試験を受けてもらいたい」

 ランスの右手から白い剣が姿を消した。

「わかった、受けよう」

 そして夜がやって来た。心騒ぐ夜が。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...