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夕暮れの空をコウモリが舞う。野原を越え、森を抜け、行き着く先には焚き火があった。その火を見下ろす木の枝に逆さに止まると、コウモリからは低い男の声。
「リルデバルデ家には昨日、養子が迎えられた」
火を囲んでいたジュジュが面白そうにコウモリを見上げる。
「知ってるわよお。こっちだって遊んでた訳じゃないもの」
シュンと焚き火の前で落ち込んでいるのはノロシ、その後ろにはあちこちに膏薬を貼り付けたヒノフとミノヨが意気軒昂だ。
「今度会ったら絶対に殺す」
「今夜会ったら確実に殺す」
それを離れた場所に座って面白そうに眺めているのは、フードをかぶったキリカ。
「まあキミらがとんでもなく頑丈で良かったよ」
そう言って振り返れば、そこにはアルバが立っていた。
「バレアナとシャリティを殺す。これが第一目標だ」
「皆殺しにしないのか」
巨漢のデムガンはやや不満げだ。アルバはうなずく。
「皆殺しを目的にすれば時間と手間がかかる。目的は二人に限定されなければならない。だが二人を殺す過程で他を殺すのは仕方あるまい」
枝のコウモリが注意を促す。
「忘れるな。いつまでもリルデバルデにかまけている余裕はないのだ。王位継承権保有者はまだまだいるのだからな。今夜のうちにケリをつけるのだ」
「それはいいんだけどさあ」
ジュジュがコウモリを見上げている。
「あんたの背後でこの亡霊騎士団を操ってるのって、いったい誰なのよ」
「そんなことを聞いてどうする気だ」
コウモリが心なしか焦っているように思えた。ジュジュはそれを知ってか知らずか、こう笑顔で答える。
「だってもし、アタシたちのことを便利屋か何かと勘違いしてたりしたら、お仕置きが必要になるかも知れないじゃない」
沈黙してしまったコウモリに、ジュジュはウインクをしてみせた。
「アタシたちに殺されないよう、気をつけてねえ」
コウモリは飛んだ。そして夕闇迫る空を駆け抜け、野中にポツンと一軒だけ建つ農家の窓から入って行く。農家の中にいたのは二つの人影。痩せたノッポと背の低いデブッチョ。皇太子の元にいるはずの二人の道化がここにいた。
ノッポは左腕を上げる。よく見れば、左手首から先がない。そこにコウモリが止まると、ポンと音を立てて左手に変わった。指をワキワキ動かして具合を確かめる。
「ふむ、術をかけられた形跡はないね、ハイ」
「しかし感付き始めているのデス。早めに切り捨てた方がいいのデス」
デブッチョは眉を寄せてそう言った。ノッポもうなずく。
「十三位を抹殺したらオシマイにしようかね。便利な連中だったのだけれど、ハイ」
その農家の屋根のずっと上、間もなく暗闇に飲み込まれる赤い空に、浮かぶ人影が一つ。
――言っとくが、余計なことに首を突っ込むなよ
心の中に聞こえる声に、白髪の男は包帯に包まれた顔をピクリとも動かさず答えた。
「しかし行動を起こさなければ何もできない」
――情に流されないんなら構わねえけどな
「流されてみなければわからないこともある」
――いやいやいや、少しは学習しろよ、おまえ
「手がかりは限られている。遊んでいる余裕はないはずだ」
――後悔すんのは自分だぞ
「後悔のない生き方をしたいとは思わない」
そうつぶやくと、人影は農家へと降りて行く。
そこに農家の中から出て来た、ノッポとデブッチョの二人の道化。突然目の前に降り立った白髪の人影に驚くが、さしたる動揺も見せない。
「何者だね」
と、ノッポが。
「野盗匪賊の類いか」
と、デブッチョが。
すると相手は静かにこう言う。
「腕を買ってもらいたい」
「腕を買え?」
ノッポは笑い、
「そんな貧弱な腕」
デブッチョは右手を突き出した。それに合わせてムクムクと地面が持ち上がり、やがて大きなクマの姿を取る。
「役に立たないのデス!」
土のクマは咆哮を上げながら白髪の男に襲いかかった。しかし。
カチン、と固い音が聞こえたかと思うとクマは凍り付き、同時に体を縦に真っ二つにされて男の左右に倒れ込む。
包帯で巻かれた顔にのぞく澄み切った両目には、感情など映らない。その右手には白い剣の輝き。
「貧弱だが、使い道はある」
唖然とする二人の道化に、白髪の人影はそう言った。
ノッポがたずねる。たずねずにはいられない。
「お、おまえ、何者だ」
「もはや何者でもない。ただの……」
ほんの一瞬言い淀むと、また静かにこう続けた。
「ランス。名前はただのランスだ」
ノッポとデブッチョはしばし顔を見合わせていたが、二人同時に笑顔を見せ、デブッチョがランスと名乗った男にこう話す。
「ではランス、おまえを信用できるかどうか、試験を受けてもらいたい」
ランスの右手から白い剣が姿を消した。
「わかった、受けよう」
そして夜がやって来た。心騒ぐ夜が。
「リルデバルデ家には昨日、養子が迎えられた」
火を囲んでいたジュジュが面白そうにコウモリを見上げる。
「知ってるわよお。こっちだって遊んでた訳じゃないもの」
シュンと焚き火の前で落ち込んでいるのはノロシ、その後ろにはあちこちに膏薬を貼り付けたヒノフとミノヨが意気軒昂だ。
「今度会ったら絶対に殺す」
「今夜会ったら確実に殺す」
それを離れた場所に座って面白そうに眺めているのは、フードをかぶったキリカ。
「まあキミらがとんでもなく頑丈で良かったよ」
そう言って振り返れば、そこにはアルバが立っていた。
「バレアナとシャリティを殺す。これが第一目標だ」
「皆殺しにしないのか」
巨漢のデムガンはやや不満げだ。アルバはうなずく。
「皆殺しを目的にすれば時間と手間がかかる。目的は二人に限定されなければならない。だが二人を殺す過程で他を殺すのは仕方あるまい」
枝のコウモリが注意を促す。
「忘れるな。いつまでもリルデバルデにかまけている余裕はないのだ。王位継承権保有者はまだまだいるのだからな。今夜のうちにケリをつけるのだ」
「それはいいんだけどさあ」
ジュジュがコウモリを見上げている。
「あんたの背後でこの亡霊騎士団を操ってるのって、いったい誰なのよ」
「そんなことを聞いてどうする気だ」
コウモリが心なしか焦っているように思えた。ジュジュはそれを知ってか知らずか、こう笑顔で答える。
「だってもし、アタシたちのことを便利屋か何かと勘違いしてたりしたら、お仕置きが必要になるかも知れないじゃない」
沈黙してしまったコウモリに、ジュジュはウインクをしてみせた。
「アタシたちに殺されないよう、気をつけてねえ」
コウモリは飛んだ。そして夕闇迫る空を駆け抜け、野中にポツンと一軒だけ建つ農家の窓から入って行く。農家の中にいたのは二つの人影。痩せたノッポと背の低いデブッチョ。皇太子の元にいるはずの二人の道化がここにいた。
ノッポは左腕を上げる。よく見れば、左手首から先がない。そこにコウモリが止まると、ポンと音を立てて左手に変わった。指をワキワキ動かして具合を確かめる。
「ふむ、術をかけられた形跡はないね、ハイ」
「しかし感付き始めているのデス。早めに切り捨てた方がいいのデス」
デブッチョは眉を寄せてそう言った。ノッポもうなずく。
「十三位を抹殺したらオシマイにしようかね。便利な連中だったのだけれど、ハイ」
その農家の屋根のずっと上、間もなく暗闇に飲み込まれる赤い空に、浮かぶ人影が一つ。
――言っとくが、余計なことに首を突っ込むなよ
心の中に聞こえる声に、白髪の男は包帯に包まれた顔をピクリとも動かさず答えた。
「しかし行動を起こさなければ何もできない」
――情に流されないんなら構わねえけどな
「流されてみなければわからないこともある」
――いやいやいや、少しは学習しろよ、おまえ
「手がかりは限られている。遊んでいる余裕はないはずだ」
――後悔すんのは自分だぞ
「後悔のない生き方をしたいとは思わない」
そうつぶやくと、人影は農家へと降りて行く。
そこに農家の中から出て来た、ノッポとデブッチョの二人の道化。突然目の前に降り立った白髪の人影に驚くが、さしたる動揺も見せない。
「何者だね」
と、ノッポが。
「野盗匪賊の類いか」
と、デブッチョが。
すると相手は静かにこう言う。
「腕を買ってもらいたい」
「腕を買え?」
ノッポは笑い、
「そんな貧弱な腕」
デブッチョは右手を突き出した。それに合わせてムクムクと地面が持ち上がり、やがて大きなクマの姿を取る。
「役に立たないのデス!」
土のクマは咆哮を上げながら白髪の男に襲いかかった。しかし。
カチン、と固い音が聞こえたかと思うとクマは凍り付き、同時に体を縦に真っ二つにされて男の左右に倒れ込む。
包帯で巻かれた顔にのぞく澄み切った両目には、感情など映らない。その右手には白い剣の輝き。
「貧弱だが、使い道はある」
唖然とする二人の道化に、白髪の人影はそう言った。
ノッポがたずねる。たずねずにはいられない。
「お、おまえ、何者だ」
「もはや何者でもない。ただの……」
ほんの一瞬言い淀むと、また静かにこう続けた。
「ランス。名前はただのランスだ」
ノッポとデブッチョはしばし顔を見合わせていたが、二人同時に笑顔を見せ、デブッチョがランスと名乗った男にこう話す。
「ではランス、おまえを信用できるかどうか、試験を受けてもらいたい」
ランスの右手から白い剣が姿を消した。
「わかった、受けよう」
そして夜がやって来た。心騒ぐ夜が。
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