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32.トゲトゲ
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廊下の真ん中に家庭教師のゼンチルダが立ちはだかっている。その背後には青い服を着たシャリティの下女たちが棍棒を持って構えていた。ただ構えてるだけじゃない。かなりサマになっているところを見ると、それなりに腕に覚えがあるんだろう。
「ここをお通しする訳には参りません」
手のひらを見せて俺たちを止めるゼンチルダに対し、バレアナ姫が一歩前に出た。
「この屋敷の主人は私です。私を通せないと言うのであれば、追い出すしかありませんが」
「お恐れながら申し上げます」
ゼンチルダは微笑む。
「このたびの養子縁組は政府の、すなわち国王陛下の承認を得たもの、すでに決まった話でございます。それを一方的にひっくり返すのは感心致しません。それは国王陛下に対し二心ありと示すようなものではございませんでしょうか」
「おまえのような者を世間では何と呼ぶか知っていますか」
姫は静かにこう言った。
「虎の威を借る狐というのです」
ゼンチルダは表情を変えまいとしたのだろう。だが目元が震えている。
バレアナ姫は言葉を続けた。
「たとえ私が何をどう思っていようと、おまえに口を出す権利はありません。たとえそれを国王陛下がご不快に感じようとも、私が己を曲げる理由にはなりません。そんなことも理解できないおまえはいったい、シャリティに何を教えてきたのですか」
ゼンチルダは顔を屈辱に赤くしながら、それでも落ち着いた口調で反論しようとした。
「我らは二君には仕えませぬ。たとえ何と申されようとも、できぬものはできぬのです」
姫は呆れた顔でため息を一つつくと俺を見つめた。まあ、しゃあないな。俺は苦笑して見せた。
「ゼンチルダ。おまえはいま、できないって言ったよな」
「左様。できぬものはできませぬ」
俺にも同じ言葉を繰り返す。
「つまり、そこを退くことができないってことだよな」
「いかにも」
「だったらもう嫌でも退けない状態になるけど、別にいいよな」
「そんなことができれば、でございますが」
ゼンチルダの顔が一層厳しくなり、青い服の下女たちも腕に力を込めた。
俺は唱える。
「トゲトゲの尖り尖った栗の皮、触れる手にトゲ足にトゲ」
これにキョトンとした顔を見せるゼンチルダ。だが。
「痛っ!」
下女たちが声を上げ、手にしていた棍棒を落とした。振り返ったゼンチルダが見たモノは、無数の尖ったトゲに包まれた棍棒。
「なっ」
驚いたゼンチルダの右足が一歩分ほど動いた。その途端。
「うっ!」
右足を浮かせて床を見れば、一面に広がるトゲトゲの森。
「上げた足は下ろすな。棒を拾うな、壁にも触るな。このトゲは頑丈で鋭いからな、孔が開くぞ」
そう言う俺を、ゼンチルダは目に恐怖を浮かべて見つめる。
「何を、いったい何をしたのですか」
「おまえらの飼い主に比べりゃ可愛いもんだと思うけどな」
俺たちは鼻で笑ってゼンチルダの横を通り過ぎた。俺が通る場所ではトゲが引っ込み、姫の足下でもトゲは隠れる。身動きの取れないゼンチルダと下女たちを尻目に、俺とバレアナ姫はシャリティの部屋の扉の前に立った。
「さて、ここからどうするかですねえ」
「私が話してみましょう」
姫は俺が止める前に平然と扉をノックする。もし何かが仕掛けられていたら大ケガをするところだったのに、まったくこの人は。
「疑うだけでは何も進みませんよ」
俺の顔を見てそう微笑んだ。
「シャリティ、話があります。扉を開けますよ」
バレアナ姫の言葉に、部屋の内側から返答がある。
「扉は開かないし、話すことなど何もない」
扉を引いてみた。なるほど開かない。仕方ないな、俺は姫にたずねる。
「町に大工はいるのですか」
姫は俺の顔をしばし見つめ、やれやれという風にため息をついた。
「ええ、この屋敷の補修は町の大工に頼んでおりますから」
「では後でアルハンに頼んでおきます」
できれば、あんまり派手なことはしたくないんだけどな。俺はオマジナイをつぶやく。
「岩山の岩屋に暮らす岩親父、力自慢で腕自慢」
そして拳を握りしめ、扉を一撃で叩き壊した。
漂う古木の香り。真っ暗な部屋の中でシャリティは窓際に、追い詰められたかのように立っている。窓の外は叩き付けるような大雨。窓の外が光り、シャリティの驚愕した横顔を映し出した。少し間を置いて雷鳴が轟く。
「さて、話をしようか」
部屋に一歩踏み入った俺に、シャリティは苛立ちと恐怖を向けた。
「く、来るな! 余は話などない! いいか、これだけは言っておくぞ。余をないがしろにすれば、この家に厄災が降りかかるのだ! 本当だぞ!」
「気にするな。おまえに話がある訳じゃない」
「……え?」
暗い部屋から拍子抜けしたような声が聞こえる。俺の隣の姫もこちらの顔をうかがっているが、いまは事細かに説明している場合でもない。
「聞こえてるんだろう」
俺は闇に向かって言った。
「とりあえず、姿を見せてくれないか。これじゃ話しにくいからな」
「ここをお通しする訳には参りません」
手のひらを見せて俺たちを止めるゼンチルダに対し、バレアナ姫が一歩前に出た。
「この屋敷の主人は私です。私を通せないと言うのであれば、追い出すしかありませんが」
「お恐れながら申し上げます」
ゼンチルダは微笑む。
「このたびの養子縁組は政府の、すなわち国王陛下の承認を得たもの、すでに決まった話でございます。それを一方的にひっくり返すのは感心致しません。それは国王陛下に対し二心ありと示すようなものではございませんでしょうか」
「おまえのような者を世間では何と呼ぶか知っていますか」
姫は静かにこう言った。
「虎の威を借る狐というのです」
ゼンチルダは表情を変えまいとしたのだろう。だが目元が震えている。
バレアナ姫は言葉を続けた。
「たとえ私が何をどう思っていようと、おまえに口を出す権利はありません。たとえそれを国王陛下がご不快に感じようとも、私が己を曲げる理由にはなりません。そんなことも理解できないおまえはいったい、シャリティに何を教えてきたのですか」
ゼンチルダは顔を屈辱に赤くしながら、それでも落ち着いた口調で反論しようとした。
「我らは二君には仕えませぬ。たとえ何と申されようとも、できぬものはできぬのです」
姫は呆れた顔でため息を一つつくと俺を見つめた。まあ、しゃあないな。俺は苦笑して見せた。
「ゼンチルダ。おまえはいま、できないって言ったよな」
「左様。できぬものはできませぬ」
俺にも同じ言葉を繰り返す。
「つまり、そこを退くことができないってことだよな」
「いかにも」
「だったらもう嫌でも退けない状態になるけど、別にいいよな」
「そんなことができれば、でございますが」
ゼンチルダの顔が一層厳しくなり、青い服の下女たちも腕に力を込めた。
俺は唱える。
「トゲトゲの尖り尖った栗の皮、触れる手にトゲ足にトゲ」
これにキョトンとした顔を見せるゼンチルダ。だが。
「痛っ!」
下女たちが声を上げ、手にしていた棍棒を落とした。振り返ったゼンチルダが見たモノは、無数の尖ったトゲに包まれた棍棒。
「なっ」
驚いたゼンチルダの右足が一歩分ほど動いた。その途端。
「うっ!」
右足を浮かせて床を見れば、一面に広がるトゲトゲの森。
「上げた足は下ろすな。棒を拾うな、壁にも触るな。このトゲは頑丈で鋭いからな、孔が開くぞ」
そう言う俺を、ゼンチルダは目に恐怖を浮かべて見つめる。
「何を、いったい何をしたのですか」
「おまえらの飼い主に比べりゃ可愛いもんだと思うけどな」
俺たちは鼻で笑ってゼンチルダの横を通り過ぎた。俺が通る場所ではトゲが引っ込み、姫の足下でもトゲは隠れる。身動きの取れないゼンチルダと下女たちを尻目に、俺とバレアナ姫はシャリティの部屋の扉の前に立った。
「さて、ここからどうするかですねえ」
「私が話してみましょう」
姫は俺が止める前に平然と扉をノックする。もし何かが仕掛けられていたら大ケガをするところだったのに、まったくこの人は。
「疑うだけでは何も進みませんよ」
俺の顔を見てそう微笑んだ。
「シャリティ、話があります。扉を開けますよ」
バレアナ姫の言葉に、部屋の内側から返答がある。
「扉は開かないし、話すことなど何もない」
扉を引いてみた。なるほど開かない。仕方ないな、俺は姫にたずねる。
「町に大工はいるのですか」
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「では後でアルハンに頼んでおきます」
できれば、あんまり派手なことはしたくないんだけどな。俺はオマジナイをつぶやく。
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そして拳を握りしめ、扉を一撃で叩き壊した。
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「……え?」
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