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28.シャリティ
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四頭立ての、白地に黄金の紋様が刻まれた馬車が街道を行く。後ろに灰色の馬車を二台引き連れて。
「……かような経緯を経て、およそ百四十年前に王家から分岐したのがリルデバルデ家にございます。コホン、王子様、聞いておられますか王子様」
黒い詰襟の服を着たドジョウヒゲの壮年の男が不機嫌そうにそう言えば、向かいに座った色白の背の高い少年は、青地に金の紋様を縫い込んだ服で遠く窓の外を見つめている。
「ねえゼンチルダ先生」
少年の言葉にゼンチルダと呼ばれた男は持っていた本をパタンと閉じた。
「何でございましょうか、王子様」
「余は何故こんなところまで来なければならなかったのだろう」
「それをいま説明しておったところでございますが」
「余が知りたいのは理屈ではなくて本質なのだけど」
「高尚な言葉を使おうとするのは、思慮の浅さを見せびらかすのと同じでございますよ」
そしてゼンチルダは居住まいを正した。
「ちょうど良い機会でございます、到着までここで『本質』という言葉の意味を講義いたしましょう」
これにはさすがの少年も苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。
だが、そのとき。
「何か来たな」
少年がつぶやくと同時に馬車は急停止する。馬のいななきが聞こえた。
「何かあったようでございますね、少々お待ちを」
言うが早いかゼンチルダはドアを開け馬車を降りる。少年はやれやれ助かった、という風にため息を一つ。
馬車から降りたゼンチルダは、御者の怒鳴り声を聞く。
「バカヤロー! てめえら死にたいのか!」
「これこれ、口を慎みなさい。王子様の品格に傷がつくではないか」
そう言いながら馬車の前に出てみれば、子供だろうか、小柄な黒いマント姿が三つ。ゼンチルダは近付き声をかけた。
「君たち、そこに立たれると馬車が通れない。退いてくれたまえ」
すると三人組の真ん中がこう言った。
「これはシャリティ王子の馬車だね」
「左様、王家の血を継承するシャリティ閣下の馬車だ。よく知っているね」
ゼンチルダが驚いた顔を見せると、三人組の右端が言う。
「これからリルデバルデに向かうんだね」
「その通り、王子は間もなくシャリティ・リルデバルデとなり、いずれ王位継承権第十三位を受け継ぐのだ。しかしそこまで知っているならば話が早い、そこを退きなさい」
だが三人組の左端が言う。
「それはできないのだね」
「できない? それは何故かね」
三人組の真ん中の手には手斧、左右はマントの中から短剣を抜き放つ。
「目障りだからさ!」
叫びながら三人が突進した。しかし次の瞬間、三人同時に弾き飛ばされる。
右足先は頭の上。ゼンチルダは縦に百八十度の全開脚、その動きは常人の目には見えない。
「それがしはシャリティ王子の専属家庭教師、ゼンチルダと申す者。王子閣下に用があるなら、まずはそれがしに話を通してもらいたい」
三人組の手斧が言った。
「ヒノフ、ミノヨ、こいつは俺が引きつける。王子は任せた」
短剣を持つ二人が応える。
「わかった」
「ノロシも気をつけろ」
ゼンチルダが一歩前に出た。
「相談はまとまったかね」
ノロシが手斧を構え、真正面から突進する。
「行けぇっ!」
「行けぬよ!」
ゼンチルダが吠えた。
ノロシが下から斬り上げた手斧を右足で軽く止めると、そのまま真上に飛び上がる。
「何っ!」
上から飛び越えようとしていたヒノフに迫り、左足で蹴り飛ばす。だがその寸前、真下に向かって飛ぶもう一つの影。
「しまった!」
ゼンチルダの声を背にミノヨは猛スピードで地面に落下すると、直角に、水平に走る。短剣を振りかざし、馬車の窓へ。
「死ねぇえっ!」
そして、消えた。鈍い打撃音を残して。
愕然と周囲を見回すノロシに、ゼンチルダは遠くの一点を指さす。
「この方向に飛んで行ったはず。生きているかどうかは保証できないが」
「くっ」
ノロシは倒れているヒノフを抱き起こし、ゼンチルダが指さした方向に走っていった。
ゼンチルダは唖然としている御者の足をポンと叩くと、ドアを開けて馬車に乗り込む。
「お手数をおかけしましたな」
これにシャリティ王子は不満顔だ。
「いかに下賤の輩とは言え、人を殺すのは気味が悪い」
「なあに、頑丈な連中でしたからな、案外ケガもなくピンピンしておるのではありませんか」
「いや、それはそれで困るような気がするのだが」
「また細かいことを。行く行くは王位継承権第十三位を受け継ぐお方なのですぞ、もっと鷹揚に構えてくだされ。さて、では『本質』についての講義を始めましょう」
そう言うとゼンチルダは天井を叩いた。それを合図に馬車はまた走り出す。ため息をつく王子を乗せて、舗装もされていない街道をリルデバルデの屋敷に向かって。
「……かような経緯を経て、およそ百四十年前に王家から分岐したのがリルデバルデ家にございます。コホン、王子様、聞いておられますか王子様」
黒い詰襟の服を着たドジョウヒゲの壮年の男が不機嫌そうにそう言えば、向かいに座った色白の背の高い少年は、青地に金の紋様を縫い込んだ服で遠く窓の外を見つめている。
「ねえゼンチルダ先生」
少年の言葉にゼンチルダと呼ばれた男は持っていた本をパタンと閉じた。
「何でございましょうか、王子様」
「余は何故こんなところまで来なければならなかったのだろう」
「それをいま説明しておったところでございますが」
「余が知りたいのは理屈ではなくて本質なのだけど」
「高尚な言葉を使おうとするのは、思慮の浅さを見せびらかすのと同じでございますよ」
そしてゼンチルダは居住まいを正した。
「ちょうど良い機会でございます、到着までここで『本質』という言葉の意味を講義いたしましょう」
これにはさすがの少年も苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。
だが、そのとき。
「何か来たな」
少年がつぶやくと同時に馬車は急停止する。馬のいななきが聞こえた。
「何かあったようでございますね、少々お待ちを」
言うが早いかゼンチルダはドアを開け馬車を降りる。少年はやれやれ助かった、という風にため息を一つ。
馬車から降りたゼンチルダは、御者の怒鳴り声を聞く。
「バカヤロー! てめえら死にたいのか!」
「これこれ、口を慎みなさい。王子様の品格に傷がつくではないか」
そう言いながら馬車の前に出てみれば、子供だろうか、小柄な黒いマント姿が三つ。ゼンチルダは近付き声をかけた。
「君たち、そこに立たれると馬車が通れない。退いてくれたまえ」
すると三人組の真ん中がこう言った。
「これはシャリティ王子の馬車だね」
「左様、王家の血を継承するシャリティ閣下の馬車だ。よく知っているね」
ゼンチルダが驚いた顔を見せると、三人組の右端が言う。
「これからリルデバルデに向かうんだね」
「その通り、王子は間もなくシャリティ・リルデバルデとなり、いずれ王位継承権第十三位を受け継ぐのだ。しかしそこまで知っているならば話が早い、そこを退きなさい」
だが三人組の左端が言う。
「それはできないのだね」
「できない? それは何故かね」
三人組の真ん中の手には手斧、左右はマントの中から短剣を抜き放つ。
「目障りだからさ!」
叫びながら三人が突進した。しかし次の瞬間、三人同時に弾き飛ばされる。
右足先は頭の上。ゼンチルダは縦に百八十度の全開脚、その動きは常人の目には見えない。
「それがしはシャリティ王子の専属家庭教師、ゼンチルダと申す者。王子閣下に用があるなら、まずはそれがしに話を通してもらいたい」
三人組の手斧が言った。
「ヒノフ、ミノヨ、こいつは俺が引きつける。王子は任せた」
短剣を持つ二人が応える。
「わかった」
「ノロシも気をつけろ」
ゼンチルダが一歩前に出た。
「相談はまとまったかね」
ノロシが手斧を構え、真正面から突進する。
「行けぇっ!」
「行けぬよ!」
ゼンチルダが吠えた。
ノロシが下から斬り上げた手斧を右足で軽く止めると、そのまま真上に飛び上がる。
「何っ!」
上から飛び越えようとしていたヒノフに迫り、左足で蹴り飛ばす。だがその寸前、真下に向かって飛ぶもう一つの影。
「しまった!」
ゼンチルダの声を背にミノヨは猛スピードで地面に落下すると、直角に、水平に走る。短剣を振りかざし、馬車の窓へ。
「死ねぇえっ!」
そして、消えた。鈍い打撃音を残して。
愕然と周囲を見回すノロシに、ゼンチルダは遠くの一点を指さす。
「この方向に飛んで行ったはず。生きているかどうかは保証できないが」
「くっ」
ノロシは倒れているヒノフを抱き起こし、ゼンチルダが指さした方向に走っていった。
ゼンチルダは唖然としている御者の足をポンと叩くと、ドアを開けて馬車に乗り込む。
「お手数をおかけしましたな」
これにシャリティ王子は不満顔だ。
「いかに下賤の輩とは言え、人を殺すのは気味が悪い」
「なあに、頑丈な連中でしたからな、案外ケガもなくピンピンしておるのではありませんか」
「いや、それはそれで困るような気がするのだが」
「また細かいことを。行く行くは王位継承権第十三位を受け継ぐお方なのですぞ、もっと鷹揚に構えてくだされ。さて、では『本質』についての講義を始めましょう」
そう言うとゼンチルダは天井を叩いた。それを合図に馬車はまた走り出す。ため息をつく王子を乗せて、舗装もされていない街道をリルデバルデの屋敷に向かって。
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