老い花の姫

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
28 / 73

28.シャリティ

しおりを挟む
 四頭立ての、白地に黄金の紋様が刻まれた馬車が街道を行く。後ろに灰色の馬車を二台引き連れて。

「……かような経緯を経て、およそ百四十年前に王家から分岐したのがリルデバルデ家にございます。コホン、王子様、聞いておられますか王子様」

 黒い詰襟の服を着たドジョウヒゲの壮年の男が不機嫌そうにそう言えば、向かいに座った色白の背の高い少年は、青地に金の紋様を縫い込んだ服で遠く窓の外を見つめている。

「ねえゼンチルダ先生」

 少年の言葉にゼンチルダと呼ばれた男は持っていた本をパタンと閉じた。

「何でございましょうか、王子様」

「余は何故こんなところまで来なければならなかったのだろう」

「それをいま説明しておったところでございますが」

「余が知りたいのは理屈ではなくて本質なのだけど」

「高尚な言葉を使おうとするのは、思慮の浅さを見せびらかすのと同じでございますよ」

 そしてゼンチルダは居住まいを正した。

「ちょうど良い機会でございます、到着までここで『本質』という言葉の意味を講義いたしましょう」

 これにはさすがの少年も苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 だが、そのとき。

「何か来たな」

 少年がつぶやくと同時に馬車は急停止する。馬のいななきが聞こえた。

「何かあったようでございますね、少々お待ちを」

 言うが早いかゼンチルダはドアを開け馬車を降りる。少年はやれやれ助かった、という風にため息を一つ。



 馬車から降りたゼンチルダは、御者の怒鳴り声を聞く。

「バカヤロー! てめえら死にたいのか!」

「これこれ、口を慎みなさい。王子様の品格に傷がつくではないか」

 そう言いながら馬車の前に出てみれば、子供だろうか、小柄な黒いマント姿が三つ。ゼンチルダは近付き声をかけた。

「君たち、そこに立たれると馬車が通れない。退いてくれたまえ」

 すると三人組の真ん中がこう言った。

「これはシャリティ王子の馬車だね」

「左様、王家の血を継承するシャリティ閣下の馬車だ。よく知っているね」

 ゼンチルダが驚いた顔を見せると、三人組の右端が言う。

「これからリルデバルデに向かうんだね」

「その通り、王子は間もなくシャリティ・リルデバルデとなり、いずれ王位継承権第十三位を受け継ぐのだ。しかしそこまで知っているならば話が早い、そこを退きなさい」

 だが三人組の左端が言う。

「それはできないのだね」

「できない? それは何故かね」

 三人組の真ん中の手には手斧、左右はマントの中から短剣を抜き放つ。

「目障りだからさ!」

 叫びながら三人が突進した。しかし次の瞬間、三人同時に弾き飛ばされる。

 右足先は頭の上。ゼンチルダは縦に百八十度の全開脚、その動きは常人の目には見えない。

「それがしはシャリティ王子の専属家庭教師、ゼンチルダと申す者。王子閣下に用があるなら、まずはそれがしに話を通してもらいたい」

 三人組の手斧が言った。

「ヒノフ、ミノヨ、こいつは俺が引きつける。王子は任せた」

 短剣を持つ二人が応える。

「わかった」

「ノロシも気をつけろ」

 ゼンチルダが一歩前に出た。

「相談はまとまったかね」

 ノロシが手斧を構え、真正面から突進する。

「行けぇっ!」

「行けぬよ!」

 ゼンチルダが吠えた。

 ノロシが下から斬り上げた手斧を右足で軽く止めると、そのまま真上に飛び上がる。

「何っ!」

 上から飛び越えようとしていたヒノフに迫り、左足で蹴り飛ばす。だがその寸前、真下に向かって飛ぶもう一つの影。

「しまった!」

 ゼンチルダの声を背にミノヨは猛スピードで地面に落下すると、直角に、水平に走る。短剣を振りかざし、馬車の窓へ。

「死ねぇえっ!」

 そして、消えた。鈍い打撃音を残して。

 愕然と周囲を見回すノロシに、ゼンチルダは遠くの一点を指さす。

「この方向に飛んで行ったはず。生きているかどうかは保証できないが」

「くっ」

 ノロシは倒れているヒノフを抱き起こし、ゼンチルダが指さした方向に走っていった。

 ゼンチルダは唖然としている御者の足をポンと叩くと、ドアを開けて馬車に乗り込む。

「お手数をおかけしましたな」

 これにシャリティ王子は不満顔だ。

「いかに下賤の輩とは言え、人を殺すのは気味が悪い」

「なあに、頑丈な連中でしたからな、案外ケガもなくピンピンしておるのではありませんか」

「いや、それはそれで困るような気がするのだが」

「また細かいことを。行く行くは王位継承権第十三位を受け継ぐお方なのですぞ、もっと鷹揚に構えてくだされ。さて、では『本質』についての講義を始めましょう」

 そう言うとゼンチルダは天井を叩いた。それを合図に馬車はまた走り出す。ため息をつく王子を乗せて、舗装もされていない街道をリルデバルデの屋敷に向かって。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...