老い花の姫

柚緒駆

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24.提案

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 悩む俺にすり寄ってくるマレットを押しのける。相手は不満げな声を上げた。

「冷たくすんなよぉ、イチャイチャしようよぉ」

「懐くな。それより」

「それより何さ」

「レイニアはどうしてる」

 その名を聞いて、マレットはムッとする。

「何よ、あんなツッパってる感じが好みな訳?」

「おまえ、人に言えねえだろ」

 呆れてため息をつく俺に、マレットはツンと横を向いた。

「姫様付きのお針子してるよ。縫い物は確かに上手いからさ」

 レイニアはあれ以来、孤児院に戻っていない。ライナリィたちを信頼していない訳ではないけど、あの騒ぎがあってすぐだ、この屋敷から町に戻すのは多少危険を感じてしまう。いまの事態がそれなりに落ち着くまで、ここにいてもらった方が安全だろう。

 不服そうなマレットを、俺はとりあえずおだてた。この先レイニアと険悪になられても困るしな。

「おまえも縫い物上手いんじゃないの。あちこちポケット作ってるじゃんか」

「アタシは自分の物しか縫いませんから」

「何で拗ねてんだよ」

「拗ねてませんしぃ」

 と、そこに扉をノックする音が。

「ほらほら誰か来た。アタシは仕事に戻りますからねぇ」

 そしてマレットは扉に向かい、押し開けた。そこに立っていたのは。

「あ」

 真顔になったマレットの前には、レイニアが。

「あの……バレアナ姫様に言われて、王子殿下に用があるんですけど」

 するとマレットは満面の笑みを浮かべ、俺の方を振り返った。

「若旦那様、よかったですね、レイニアが来てくれましたよ」

「え、何で」

「さーさー入って。若旦那様がお待ちですよぉ」

 とレイニアを部屋の真ん中まで連れて来ると、楽しそうにこう言った。

「気をつけてね。若旦那様は女の子のお尻触るの大好きだから」

「えっ」

 思わず尻を隠すレイニアに、俺はどんな顔をしたらいいのだろう。

「おい、マレット」

「ではご夕食の用意ができましたらまたお呼びしますねぇ」

 そう言い残して風のように去って行った。残されたのは俺とレイニアの二人きり。

「……あいつは悪い冗談が好きなんだ、ホント困ったもんで」

「あ、はい……わかってます」

 わかってるのに何で顔が真っ赤なんだよ、と言いたい気持ちを抑えてたずねる。

「それで、ここには何の用で?」

「は、はい。寸法取りです」

「寸法取り? 何の」

「姫様から言われました。いずれいまの問題が解決したら、国王様に拝謁しなくてはならないから、そのときの服を用意しておかないといけないと」

「ああ、そういうことね。いいよ、いますぐ取ってくれて構わないから」

 俺は立ち上がり、軽く腕を開いた。レイニアは隣にしゃがみ込むと、足先から寸法を取って手にした紙に記入して行く。

「僕が言うのも何だけど、何か不足はないかい」

「いいえ、姫様も他の皆様も、本当に良くしてくれています」

「この先何も起こらないのなら、すぐにでも孤児院に返してあげられるんだけど、しばらく我慢しておくれ」

 俺がそう言うと、レイニアの手が止まった。

「……あの、若旦那様」

「何だい」

「私、やっぱり孤児院に戻らなきゃダメですか?」

 レイニアはしゃがみ込んだまま、思い詰めた表情で見上げている。

 俺たちが孤児院を訪れたとき、レイニアは左手をケガしていた。詳しいことをたずねはしなかったものの、まあ何の理由もないはずはない。孤児院に戻りたくないと思ったとしても無理はないか。

「わかった。姫には僕から話してみよう。ライナリィの承諾も要るだろうからすぐにって訳には行かないけど、いいかな」

「は、はい!」

 レイニアは笑顔を輝かせた。



「レイニアをここで働かせよと?」

 今夜の夕食は山の芋の煮物。喪が明けるまでは肉類を避けるのだそうだ。バレアナ姫は少し疑い深げに俺を見つめている。いったい何の疑いだろう。

 ヌルヌルした芋はなかなか捕まらなかったが、別に探られて困る腹はない。俺は素直に姫にこう言った。

「予算もあるでしょうし、使用人を増やすのも簡単じゃないとは思いますけど、どうにかなりませんかね」

 姫は少し考え込む。使用人一人増やすだけで、そんなに悩まなきゃならんのだろうか。金はあるはずだろうに。そう思っていると、姫の視線がこちらを向いた。

「そう言えば、シャリティについてまだ話していませんでしたね」

「シャリティ。何です、それは」

「リルデバルデ家の跡取り、私が養子に迎えることになっている王族の子息です」

 ああ、そう言えば最初に姫と会ったとき、そんな話をしていたような記憶が。俺の表情を読んだのか、姫は続けた。

「本来は年が明けてから正式に養子縁組をすることになっていました。縁組みといっても形式だけの話ですし、これまで通りならシャリティがここで暮らす必要もなかったのです。でも、今回の騒動でそれが許されなくなりました」

「それは、政府からですか」

「ええ、つい先程、書面が届きました。公式には政府の方針となっていますが、おそらくは国王陛下の御意志でしょう。名義だけの領主を許しておけば、いったい誰がどこでどう結びついているのかが見えにくくなりますから、所領地に居を構えさせることで立場を明確にさせたいのだと思います」

「なるほど」

 それは万能の解決策ではないけど、確かに良からぬことを企んでいる連中には牽制になる。普段の平時にはあまり意識されない存在の現国王だが、なかなかどうして、やるもんじゃないか。そんな不敬な俺の頭の中に気付いたのか、姫はジロリとにらむと話を続けた。

「それで政府としてはシャリティの養子縁組は早い方がいい、少しでも早くこの屋敷に移った方がいい、そう明言はしませんが、遠回しにせっついている訳です。できるなら二、三日うちにでも、と」

「そりゃまた何ともせわしない。でもそれとレイニアの話がどうつながるんです?」

「シャリティがここに来れば、身の周りの世話をするための使用人もやって来ます」

「あ」

「レイニアをどう受け入れるにせよ、しばらく屋敷の中はごった返すでしょう。ちゃんとした教育を与えられるかどうか」

 そんな展開は考えてなかったな。ここんところ、めまぐるしかったから仕方ない部分もあるが、そういう理由なら迂闊にレイニアを雇い入れる訳にも行かない。ライナリィの孤児院から迎えるともなれば、なおのことかも知れない。

 腕を組んで考え込んだ俺に、しかしバレアナ姫は言う。

「とは言え、です。いまのまま預かるにしても、ライナリィに一度相談はすべきでしょう。近日中に町に行ってみようと思います」

「僕もついていっていいんでしょうか」

「さすがにこの状況で、一人で町に行けるほど豪胆ではありません」

 バレアナ姫はクスリと笑った。
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