老い花の姫

柚緒駆

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6.亡霊騎士団

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 王位継承権第十五位、ガスラウ親王は軍事に長け、その華美さにはいささか欠ける宮殿は、国内有数の難攻不落の要塞との評判が高かった。けれどその要塞を、たった一人で真正面から突破しようとする者が現われたのは、さすがに想定外だったろう。

 闇夜に響く無数の鎧の足音。そして幾重にも重なるうめき声、叫び声。

「本隊を! 本隊を回せ! 何をしている、急げ!」

 ゴウゴウと燃えさかる薪の音を背に、重厚な鎧をまとった騎士たちが剣や槍を振るい、雄叫びを上げて黒いマントの人影に斬りかかる。しかしマントの内側から放たれた赤い輝きが一閃すると、騎士たちは鎧ごと斜めに、あるいは水平に、首を、もしくは胴を切断されてしまった。

 惨敗。たった一人の侵入者に宮殿警備隊が死体の山を築いて行く。

「本隊です、隊長、本隊が到着しました!」

「おお、来てくれたか」

 宮殿守備本隊、すなわちガスラウ親王警護の最終防衛線である一騎当千の強者たちが駆けつけたのだ。これで状況は一変するに違いない、警備隊長はそう確信していた。

 だが暗闇の中、黒いマントの男の口元には笑みがこぼれる。

「余裕だねえ」

 その笑みが見えるのか、本隊のリーダーは不愉快げに眉を寄せる。よほど剣に自信があるのだろう、重い金属の甲冑ではなく、軽い革の鎧に身を包み、素顔をさらしていた。

「いま降参すれば命だけは助けてやってもいいよ、て言っても無駄か。そもそも命が惜しいヤツがこんなことをする訳がない」

 五人の守備本隊は音もなく散開する。威嚇するでも威圧しようとするでもない。静かに、風のように、一片の殺気すら放たずただ整然と配置についた。

 そしてリーダーの指が鳴ると、五人の姿が消えた。

 いや。

 すでに五本の剣の切っ先が、黒いマントの男を前後左右と真上から貫いている、かに見えたのだが。

 貫かれたのはマントだけ。と同時に、真上からのしかかっていた一番小柄なメンバーの体が縦真っ二つに裂けて落ちる。

「上か!」

 残った四人が見上げたときには、男はクルリと水平に一回転した後。赤い光輪が滝のように地面を叩き、三人の首が斬り落とされた。後ろに飛んでかろうじてかわしたリーダーは、しかし右手と剣を失っている。

 地面に降りた男の手には、赤い光を放つ剣。

 守備本隊のリーダーは痛みに膝をつきながら、それでも左手で短剣を握り戦意を示す。

「貴様、その赤い剣……まさか」

「もう終わりだ」

 男が初めて口を開いた。だがリーダーは首を振る。

「黙れ、まだ勝負は終わっていない」

「そういう意味ではない」

 男はまた笑った。いや、嗤った。

 そのときリーダーの眼前に放り投げられた丸い物が、土嚢のような湿った音を立てて落ちる。それがガスラウ親王の首だと理解するのには数秒を要した。

 続けざまにあと二つ、肉塊が落とされる。ガスラウの妃と息子の首。

 リーダーが振り返ればそこには無言の黒装束が六人。この六人がガスラウらの首を斬り落としたのだろう。守備本隊が持ち場を離れた隙に。

 赤い剣の男が言う。

「王位継承権第十五位、ガスラウ親王は死んだ。生き残った者はそれを王国政府に伝えよ。恐怖と絶望を携えて我らの使者となるのだ」

「貴様らは、いったい」

 リーダーのこの言葉を待っていたかのように、赤い剣の男は高らかに宣言した。

「我らは亡霊騎士団。王国に仇なす者なり」



 朝、日の出と共に下女たちは働き出す。まず早番の下女が着替え、食事をしてから遅番の下女の食事を支度する。次に遅番が食事をしている間に主人たちの朝食を準備するのだ。そして遅番が掃除し用意を調えた食堂に朝食が置かれ、俺たちを起こしに来るという手はずになっているはずだ。

 しかし長年――十五年だが――貧乏暮らしをしていた俺は、部屋に日の光が入るだけで目が覚めてしまう。カーテンを閉めて眠れば良かったのだけど、ずっとそんな習慣はなかったので、完璧に忘れていた。おかげで腹をグーグー鳴らせながら、窓の外を眺めて誰かが起こしに来るのを待つしかなかった。

 俺の部屋の窓は屋敷の裏手に面している。窓を開けて首を突き出せば、昨夜のザンバの小屋を見ることもできるだろう。さてザンバが草刈りを始めるのと、俺が食事にありつけるのはどちらが先になるのか。

 と思っていると、まだ夜の気配が残る眠れる世界の中、視界の中で動く物があった。遠くからこちらに駆けて来る、馬だ。人の乗った馬。それが裏門から敷地内に入って来て、俺の部屋からは見えない死角に入る。何かあったのだろうか、と思っている間にその馬は再び外へと走り去って行った。

 何だか胸騒ぎがする。俺は平穏無事が一番ありがたいんだけどなあ。
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