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水の中

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 トロッコは蓄電池式の機関車に引かれ、『彼』の眼と機関車正面のライト以外全く光のない坑道の中を、羽根がちぎれそうなほどの猛スピードで十五分ほど進んだ。確かに足で走るより速い。圧倒的に速い。だが走るより疲れたような気がする。しかしまあ、それはともかく。

「ここがそうなのか」

 到着した場所は、俺にはただ横に広いだけの地下空間にしか見えなかった。天井の高さは二メートルくらいか。

「違うよ、ここの上だよ」
「そう、この天井の上だよ」

 カラスどもは当たり前のように言う。

「で、その肝心の天井の上に行くにはどうすんだよ。階段とかあるのか」

「ちょっと下がって。全員バック」
「そう、あと五歩くらい下がって。そうそう」

 俺たちが下がると、カラスコンビは不敵に笑った。

「で、こうするの」

 二人のカラスは、何かに祈るかのように、翼と翼をパチンと合わせた。その瞬間、ドーン、ギギギギギ、ズガーン! 何か巨大なものが割れ軋む音がして、直径にして五メートル、厚さ一メートルはあろうかという岩盤が、真ん丸く切り取られてそのまま下に落ちてきた。落ちてきた岩盤の上には、誰かが一人乗っている。俺は見たことのない年寄りだったが、『彼』が激しく反応した。

「雉野真雉か!」
「よくぞ来た!」

 年老いたキジは驚く素振り一つも見せなかった。

「我が聖域によくぞ足を踏み入れた。うぬらの血、最後の一滴までこの地の糧としてくれよう」

 シャモが足首の拳銃を抜き、引金を引くまでコンマ数秒だったろう。しかしその弾は雉野真雉には届かなかった。バリンッと空を裂く音がしたかと思うと、発射された弾は雉野真雉の周囲に跳弾した。雉野真雉が首を縦に、空を切るように振る。再びバリンッと音が響き、シャモが何かに弾かれたように壁まで吹き飛ばされた。

「真雉様、いま参ります!」

 上から誰かが声をかける。

「来るな! 作業を続けよ!」

 雉野真雉が返事をしたその一瞬の隙を突いて師匠が上に飛ぶ。

「行かせるか!」

 そう叫んだ雉野真雉の胸を赤い光が照らす。『彼』の放ったレーザーは肉を焼き、一瞬で体を貫き、背後の岩盤まで赤く溶かした。ケーンッ! 雉野真雉の雄叫びは断末魔の叫びにも聞こえた。しかし。レーザーは途切れた。宙を舞う『彼』の首。

 雉野真雉は胸を押さえてよろめいた。飛び起きたシャモが地を駆ける。正面蹴りで胸を狙う。だがひらり、真雉はかわした。シャモが続けて蹴る、蹴る、その太い脚が低い音を立てて雉野真雉に襲い掛かる。けれど真雉は風に踊る木の葉の如く、全ての攻撃をかわし続けた。

「何故ニワトリが我らに逆らう! キジ科の王道楽土が見たくはないのか!」
「興味はないね!」

「愚か者めが!」

 そして首を横に一閃、バリンッと音が響き、シャモの体を衝撃波が襲った。だが倒れない。血を吐きながらも、その両足は地面に食らいついていた。雉野真雉がまた胸を押さえる。

 俺は飛んだ。シャモの背の後ろから飛び上がり、脚を上げた。高く高く天を衝くように。踵の蹴爪に、俺の全力と全体重と、すべての怒りを込めて。それを驚きの表情で見上げた雉野真雉の眉間にマッハの速度で垂直に叩き込む。骨の砕ける音。倒れる真雉。それを確認して、安心したようにシャモも倒れた。



 俺が穴の上に跳び上がると、それと入れ違いに、上から二、三人ほどキジが落ちた。師匠が叩き落したのだ。さすがに切れると怖い。師匠はいま、さっき上から声を掛けて来た、やけにガタイの良いキジと取っ組み合いの真っ最中だった。助太刀に行った方が良いかな、と思っちゃいるのだが、まずい、体が動かない。目が離せない。目の前にある物に、俺は魅入られていた。

 それは直径二メートル程の、球形の水槽。透明の液体に満ちた中にそれは居た。コロに似ていると言えば似ている、だがもっとぶよぶよとした大きな生き物。その目が俺を見つめていた。これがニンゲンなのか。


 そうだ


 頭の中に声が聞こえた。水槽の中のニンゲンが、ゆっくりと指をさす。その方向に目をやると、フォークリフトがあった。パレットの上に石の箱のようなものが乗っている。


 あれだ


 また声が聞こえた。何があれなのか説明はない。だが何故かわかった。あそこにコロがいる。俺は体に力が入っているのかいないのか良くわからないフワフワした状態で、フォークリフトに向かった。パレットの上に飛び上がり、石の箱に足をかける。

「出せ、ここから出せ」

 内側から声が漏れ出ている。コロの声だ。ガンガンと壁を蹴っている音もしている。よかった、無事なようだ。だが箱の蓋は重い。俺の脚一本では持ち上げる事は出来そうにない。どうやって助け出す。


 電源を切れ


 石の箱の隣でダカダカダカダカと音を立てているのは発電機のようだった。これを止めるのか。どうやって。どこかにスイッチがあるはずだが。発電機からは石の箱に黒い電線が延び、突き立てた金属の棒にでっかいワニ口クリップで繋がっている。俺は一瞬迷ったが、電線を思い切り引っ張ってクリップを外した。


 それでもいい


 謎の声は苦笑したようにも思えた。石の箱の中からはガンガンと蹴る音が大きくなり、フォークリフトの進行方向側、中に居るコロのおそらくは足側側面の石板が外れた。なるほど、電気を切れば脆くなるのか、と俺は何となく理解した。

 石板が外れた所からコロの脚が飛び出した。そしてそこから脚ををバタバタさせながら、もがくように外に出てくる。

「よう、大丈夫か」
「うわあああああ」

 コロはじたばたと狂ったように暴れた。

「おいおい落ちる落ちる」
「放せ、やめろ、やめろ」

「落ち着けって、俺だ俺、ほれ、こっち見ろ、こっち」
「……」

「わかるか? 俺の顔わかるか?」
「……うああああん」

 コロは俺の首にしがみついて泣いた。余程怖い思いをしたのだろう、泣きながらガクガクと震えだした。

「おーよしよし、大丈夫だ、大丈夫だからな」

 いったい何が大丈夫なのかと聞き返されたら困るだろうが、いまはとりあえず大丈夫だと言っておく。他に言ってやれる言葉も見つからないのだし。

「とうりゃあっ」

 背後で必殺技めいた掛け声が聞こえた。うっかり忘れていたが、どうやら師匠がまた一人キジを叩き落したらしい。

 どおおん。何処からか爆発音が響いてくる。物騒な連中が近づいて来ているようだ。こりゃさっさとトンズラこかなきゃならない。


 まだだ


「ひっ」

 コロが小さな悲鳴を上げた。コロにも聞こえたのだろう。そしてようやく目に入ったのだろう、あのニンゲンの姿が。震えが止まらないコロを抱きしめたままニンゲンの方に振り返る。とりあえず、コロの視界からは翼で隠した。

「悪いんだけどさ、もう帰らせてもらってもいいかな」


 まだだ


「いや、でもこっちの用は済んだしさ、もう俺らにできる事とかないでしょ」


 まだだ


 まいったぞ、こりゃ随分とタチが悪そうだ。何とかぶっちぎれないもんかな。


 ぶっちぎれない


「心読んでるのかよ! そりゃなしだぜ」

 勘弁してくれよ、と俺が思ったとき、下からパタパタと飛びあがって来た黒い影が二つ。カラスコンビはニンゲンの入った水槽の上に止まると、こう言った。

「もーきん、話を聞いてあげて」
「お願い聞いてあげて」

 そうだ、そう言やこいつらのこと忘れてたぞ。

「何言ってやがる、こいつは元々おまえらの神様だろ、おまえらが何とかしろよ」

 我ながら至極真っ当な事を言っているつもりだったが、カラスコンビは首を横に振る。

「この人は僕らの神様じゃない」
「正確には、もう神様じゃない」

「何だよそりゃ、神様になったりならなかったりするのかよ。俺らにはわかんねえぞそんなもん」

 すると頭の中に、ニンゲンの声が響いた。


 古よりこの国には 八百万の神がいたという
 我の役目を 八百万の内の一つだとするなら
 我はかつて 神であった

 我はこの世界の 監視者として生まれ
 そしてその役目を 全うした

 我の後を継ぐ 次代の神は
 既にこの世に 存在し
 我の存在価値は 既にない

 後はただ 死んで朽ちるのみであった我を
 雉野真雉が 生かし続けている

 これは不敬であり 摂理に反する
 悪しき循環の根を 絶たねばならぬ


「ちょ、ちょっと、頭ガンガンするから長話やめて。て言うか何、要するに何、俺に何しろって言うんだよ」


 我を殺せ


 いやいやいや、俺は首を振った。

「勘弁してくれよー、そう言うの勘弁してくれよー、鳥じゃないっつったってよ、ニンゲンだって人だろ?殺したら人殺しだろ?一介の高校生にそういうキツイ仕事やらせようとすんの、やめてくんねえかな、無理だし」

「アオサギ殺しかけといて」
「雉野真雉も」

 カラスコンビが俺の足下からのぞき込む。

「それとこれとを一緒にすんな馬鹿」
「ねえもーきん、やってあげてよ」

「無理に決まってんだろ馬鹿野郎」
「そう言わずに、お願いだよ」

「無・理・だ、つってんだろ、テメーらいい加減にしろよ」
「それじゃ、私がやろうか」

 突然の師匠の申し出に、カラスコンビは口を閉ざした。

「え、師匠大丈夫なんですか」
「大丈夫もヘッタクレもない。おまえが無理なら俺がやるしかないだろ」

「いや、でも」
「ただし、幾つか質問に答えてもらいたい。それくらいはいいだろう」


 聞きたい事は 何だ


「話が早いねえ。まず訊きたいのは今のこの世界、何故鳥の社会になっているのかって事だ。何で鳥類を選んだ」


 鳥類は総じて 知能が高い
 縦型ではないが 群れ社会を作り

 個体の成長サイクルが 速いため
 文明の成長速度も 速くなるはず

 そして何より 二足歩行であるが故
 人間の代わりに 都市文化を構築し

 シミュレートさせるには 最適だった
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