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お山の大将

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 洋鵡の顔色が変わった。「シンプルな方法」が何なのかに気づいたのだろう。そりゃそうだ、俺ですらわかったのだから。吐き気を感じているようだ。一方、師匠はつかみかからんばかりの眼で『彼』を見つめている。コロがこの場に居たら、また具合が悪くなってたろうな、と俺は思った。『彼』は続けた。

「その方法とは至って簡単、コロポックルの肉を喰らう事。それが最も確実で効果的な方法だった。実験はまず貧民層に対して極秘で行われた。結果は大成功、コロポックルの肉をある程度食べた人間は、見事にコロポックル化した。コロポックルに生まれ変わった人間は、身長が極端に小さい事を除けば、皆若々しく美しかった。しかも、ありとあらゆる病苦から解放されていた。権力者は計画を推し進め、そしてとうとう、地上に存在した全てのコロポックルを狩り尽くした」

「馬鹿だねえ」

 俺はつぶやいた。

「うむ、馬鹿だ」

『彼』もつぶやいた。

「だがまだ人類の馬鹿は終わらない。貧民層のコロポックル化が成功し、それが明るみに出たことにより、豊かな生活をしている層の中にもコロポックル化を希望する者が次々に現れた。最初はおもに若さと健康を求める老人から、やがては刺激を求めた若者まで。しかしその頃には既にコロポックルは狩り尽くされた後だった。もう新しい肉は望めない。人工的に培養されたコロポックル肉もあるにはあったが、それでは何故かコロポックル化に成功しなかった。人々はコロポックルに飢えた。やがて、彼らの眼はコロポックル化したかつての隣人に向かった。彼らの肉を食わせろと」

 洋鵡が窓に走った。カラスに背中をさすられている。普段から肉を食わない奴には刺激が強すぎる話だった。

「人が人を狩って食う世界が続く訳はない。人類の世界は崩壊した。ワシが知っているのはここまでだ」

『彼』の言葉が終わると、師匠がふうーっと大きな息を吐いた。『彼』もぐったりした様子だったが、俺には一つ腑に落ちない所があった。

「あのよ、コロの事はどう思う。コロポックルは狩り尽くされたんだろ」

「わからんね。もしかすると研究者に一片の良心が働いて、一人だけ助けたのかも知れんし、あるいは彼女も生まれ変わった方かも知れん。こればかりは記憶が戻らんとな」

「私も聞きたいんだが、ニンゲンの世界が崩壊したのはともかく、ニンゲンは絶滅したと思うかい」

 師匠の問いに、『彼』は頭を振った。

「それもわからん。ワシのスイッチが切られるときには、まだ人類は生き残っておったからな。次に目覚めた時にはもう鳥の世の中になっておった。ただ、それでも何処かに人類が生き残っているのではないかと思ってはいる。その可能性を探っているうちに、こんなところにまで来てしまったわけだが」

「いや、ニンゲンはいるんだろ、いまでも」

 師匠は俺を見つめた。その目が、嘘や冗談だったら承知しねえぞ、と言っていた。

「何でそう思うよ」
「いや、タンチョウの婆さんが神様はニンゲンだ、って言ってて、んでもってその神様を取り戻すとか言ってたんで、まだ居るんじゃないかと」

「その婆さんってのが『天の眼』の教祖なのか」

「教祖じゃないよー」
「ちょっと違うよー」

 洋鵡の背中をさすりながら、カラスコンビが口を挟んだ。俺はイラッとした。

「どう違うんだよ」

 本当にどう違うのかわからない。

「僕らが信心してるのはタンチョウ様の言う事じゃなくて、神様の言う事だから」
「タンチョウ様が個人的に何言っても僕らには関係ないから」

「んな事言っても、どうせ婆さんが言ってる事が神様の言ってる事になっちまうんだろ。本当に神様が言ってる事か、婆さんが適当に言ってる事か、わかんねえだろうよ」

「わかるよー、だってもーきん昨夜見たじゃない」
「そうそう、神様がタンチョウ様に降りたところ、見たじゃない」

 言われてみれば確かに見た。見はしたが、あれは一体なんだったのだろうか。

「よしわかった、じゃ宗教の話はここまでだ、最後はおまえ、あの本の著者の話はどうなった」

 と、師匠は俺に振って来たが、何だっけ。本?

「えーっと、本?」
「大芭旦悟の事だよ、それ聞くために知り合いの知り合いの知り合いに会いに行ったんだろ、馬鹿野郎」

「あ、いけね忘れてた!」

 俺は立ち上がると、背後にあった水屋箪笥を引き開けた。中に入っていたのは本。俺が小国の家から持ってきて、コロがここに置いて行った分厚い雑誌だった。

「これこれ、この本に大芭旦悟が小説書いてるらしいんですよ、コロによると」
「いいから貸せ」

 師匠は奪い取るように『季刊 児童小説』を開いた。大芭旦悟の作品ページを見つけると、これが速読法ってやつなのか、物凄いスピードで本を読み始めた。その姿は、何とも声を掛けるのがはばかられるほどの鬼気迫るものだったが、黙って待つのもアレなので、俺は独り言のように大芭旦三と雉野真雉、そして大芭旦悟のことを簡単に語った。


◇ お山の大将 ~あらすじ~

 昔々、どこか遠い海で嵐が起きました。沈む異国の船から飛び出した真っ赤な鳥、それはコンゴウインコ。空を飛び辿り着いたのは、山が一つにお城と神社とそして麓に村があるだけの小さな島。平和なその島に、国盗りを狙う海賊が迫っていました。

 コンゴウインコは山の中で小さな山神様と出会います。そして、大将と呼ばれるようになります。村人から忘れられ、力を失ってしまった山神様に、大将は気に入られてしまいました。

 一方、偶然コンゴウインコを見た、お城の幼いお殿様は、それを火の鳥だと思ってしまいました。そしてお殿様は、お城を抜け出して火の鳥を探しに出かけてしまいます。そんな時に出くわしたのが、神社を襲おうとする海賊達。追いかけるお殿様。お殿様と神社の娘は、山神様と大将の活躍で、海賊の攻撃を辛うじて退けました。

 しかし海賊は次に手を変え、旅芸人の一座を装って島に入って来ました。そして広場で軽業を見せ村人を集め、なんとお殿様と村人たちをまとめて捕まえてしまったのです。彼らみんなを人質に、お城に降伏を迫るつもりだと海賊は言います。

 大将と山神様が船に潜入し、お殿様を助け出しますが、その間にお城の正門が海賊達に焼かれてしまいます。お殿様たちは神社に逃げ延びるも、海賊の追手が今度は神社にも火を着けてしまいました。

 秘密の洞窟に隠れ、海賊の追手から逃れた大将達一行は、山神様によって、神社ができる前の御神体である巨岩の玉のある場所まで導かれます。そこで山神様の立てた策を聞いた一同は、翌朝行動を起こします。村に行く者、お城に行く者、囮になる者、そして憑代になる者。

 その頃海賊は、降伏しろとお城に迫っていました。城の侍たちは慌てるばかり、あげく海賊の恐ろしさを目の当たりにして、あわや降伏寸前。しかし、最後の力を振り絞った山神様が巨岩の玉を動かし、大将や人々の決死の行動もあって、海賊は転がる玉の下敷きになってぺちゃんこに。その野望も潰えるのでありました。




 確か『お山の大将』は七十ページそこそこの中編だったはずだが、師匠は五分かからず読み終えてしまった。そして著者の紹介ページを開くと、しばらくうーむと考え込んだ。

「何かわかりましたか」

 俺がおそるおそるたずねると、師匠は顔を上げずに答えた。

「徐福だ」
「ジョフク、て何です」

「大芭旦悟の紹介に『徐福の研究をライフワークとし』と書いてある」
「はあ」

「徐福というのは、昔々の大昔に海の向こうからこの国に、不老不死の薬を探しにやって来たと言われている人物だ。真実だという説から全くのデタラメだという説まで色々あるが、ともかく伝説は残っている。その徐福についての伝説を研究する上で、避けて通れない話題がある。徐福がどんな鳥だったか、ってことだ」

「どんな鳥って、良い鳥とか悪い鳥とか」
「そうじゃない、種類だ。これまた小はスズメから大はツルまで様々な説があるが、いま現在有力な説は二つ、キジか、もしくは大型インコかだ」

「へえ」
「この小説『お山の大将』の主人公はコンゴウインコだ。大芭旦悟は徐福がコンゴウインコだと考えていたんじゃないかと思う」

「えーっと、それって大事な話ですか」

「まあ聞け、徐福はこの国にやって来て、富士山に辿り着いたという。そしてそこで六千年前から暮らす謎の長寿の民と出会ったとされる。一方『お山の大将』では海の向こうからやって来たコンゴウインコが、小さな島の『お山』で『山神様』と出会う。もしコンゴウインコが徐福なら、『お山』は富士山の投影だ。じゃ、『山神様』は誰だと思う」

「そりゃ六千年前から暮らす何とか」
「そいつぁニンゲンじゃあねえのかい」

 師匠はべらんめえ口調になっていた。調子に乗って来ると、いつもこうなるのだ。

「俺あこう思ったね、徐福がもしコンゴウインコだってんなら、そりゃあすなわち、鳥類で初めて『人』になったのがコンゴウインコって事じゃねえかってな。少なくとも大芭旦悟はそう考えていたはずだ。大芭旦悟はニンゲンの存在を知っていた。『哺乳人類の真実』を見る限り間違いねえ。ならばニンゲンが鳥を改造して『人』にした事も知ってたろう。その上で徐福伝説を研究し、この世界の始まりに行きついた。で、この『お山の大将』を書いたんだ。それが雉野真雉の逆鱗に触れた。優性論を唱える雉野真雉にとっちゃ、この世界で最初の『人』は、すなわち徐福はキジじゃなきゃいけねえはずだからな」

「それじゃ大芭旦悟はいま」
「そりゃわかんねえ」

 ここで師匠は一息ついた。

「そりゃ……わからないが、最悪の場合もありうるな」

 言いたい事を言ってスッキリしたのか、師匠の言葉が戻った。しかし。

「ちょっと待てよ」
「今度は何です」

「コロはもしかして、いま『天の眼』の親玉と一緒にいるのか」

 俺はまた思わずシャモに目をやってしまった。いいのか、それ言っちゃって大丈夫なのか。とはいえ師匠に嘘はつけない。

「ええ、まあそうですけど」
「そいつは危ないぞ」

 師匠の眼は、俺を射貫かんばかりに鋭く光っていた。



 ヒューンヒューン、翼が音を立てて高々度の風を切る。警察航空隊のオオタカ部隊十名は、山脈上空を高速で縦断していた。目的地は山脈最高峰の中腹、雉野真雉のダウジングが示した場所だ。

 猛禽の視力は想像を絶する。数キロ先の雪の中の白ウサギを視認できるレベルである。その驚異的視力が森の中の鳥居を捕えた。鳥居に向かって一気に加速し、一直線に進む。広げていた翼をすぼめ、減速せずに鳥居の下を、そして木々の枝の下を潜って飛び抜ける。昼なお暗い森の奥、ひっそりと立つ庵を見つけた。先頭の合図でオオタカたちは庵の周囲に散らばって降り、そして一斉に踏み込んだ。途端に声が上がる。

「確保!」

 奥の間で、布団に寝かされていたコロが押さえつけられていた。他には誰も居ない。居た形跡はあるが見つけられなかった。しかし目的は達せられた。オオタカ部隊は布団ごと丸めてコロを連れ去ると、森の外へと飛び出して行った。
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