タイムウォッチャーが異世界転移したら大予言者になってしまうようだ

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
68 / 73

68話 新たな接点

しおりを挟む
 皇宮で皇帝陛下がボイディア・カンドラスに襲撃されたと知ったときには、心臓が止まるかと思った。しかし結果論になるが、災いは転じて福となったようだ。

 いま帝国の諸都市では民衆が外に繰り出し、皇帝陛下への支持を鮮明にしている。破壊された皇宮の窓から一日に何度も手を振る陛下への信頼は、これまでにないほど高まっていると実感する。

 ハンデラ・ルベンヘッテは議会工作を続けているようだが、彼に近しい諸侯の領地では不穏な動きが見られ、各貴族とも皇帝陛下の意に反する姿勢を見せづらくなっているようだ。

 言うまでもなく、これは不健全な状態だ。本来ならば議会は皇帝の意に反することでも国家のために決定しなくてはならない。それができない議会に存在価値はない。しかし皇帝陛下の意向が無視され、ないがしろにされ続けてきたこれまでが異常だったのだ、その反動は甘んじて受け止める必要があろう。

「コルストック伯!」

 皇宮を訪れた私の元に皇帝陛下は駆け寄ってくださる。やはりいかに気丈な方とはいえ不安なのだろう。

「本日はお茶菓子を持って参りました。お腹が空くといけませんので」

 大き目のバスケットを開いて見せると、皇帝陛下は目をキラキラと輝かせた。

 先般の皇宮における襲撃騒ぎに恐れをなした料理人や侍女の大半が逃げ去ってしまい、以後陛下の食事周りは当レンバルト家が支えている。おかげで毒を盛られる心配がなくなったのは不幸中の幸いかも知れない。

 とは言え、だ。

 ボイディア・カンドラスによる破壊の跡を目にすると心が痛む。これを目の当たりにされた陛下の恐怖を思うと、居合わせなかった自分が不忠義に感じられるほどだ。貴族たちは人を出し合って皇宮の掃除と補修に務めているのだが、現場で監督しているのは侍女のイエミールだった。

「イエミールはよく働いてくれます。彼女がいなければ、私はいまだに眠る場所もなかったでしょう」

 とは皇帝陛下のお言葉。

「そちらは順調ですか、カリアナ卿」

「はい、自動小銃の銃弾を自家生産できる工場につきましては、何箇所か目途が立ちました。精度を出すのにまだまだ時間がかかりますが、いずれ銃弾に限っては国内生産が成り立つでしょう」

「やはり銃本体は難しいのですね」

「本体には未知の生産技術が数多く用いられておりますので、現段階では緊急避難的にごく限られた部分の代替部品を製造するのがやっとです。しかもそれを使えば確実に銃の性能は劣化します。大規模な工業生産を可能にする施策がこの先求められるでしょう」

 サリーナリー帝はしばしお考えになると、こう問われた。

「その件に関して、ルン・ジラルドは何か申しておりませんか」

 さすが利発な方である、その点に気づかれたか。

「ルン・ジラルドからは蒸気機関を用いた産業構造の大改革を打診されております。しかし話が突飛過ぎて、果たしてどこまで信用してよいのやら。社会構造の大きな変化は各所に歪を生みます。目先の数字に飛びついてよいモノでもないと思うのですが」

「できればその蒸気機関というものに関する詳細な情報を、私のところに上げてください。私が独断で決めた方が話が早い場合もあるはずですから」

「御意にございます」

 そんな会話が終わる頃、皇帝陛下の執務室に侍女数名がお茶を持って現れた。誰も彼も初めて見る顔ぶればかりだ。

「いまの侍女はみな近隣の街や村からイエミールが選んでくれました。身の回りの世話を安心して任せられます。これだけで、どれほど有り難いか」

 皇帝陛下の安らかな笑顔にこちらのほおも緩む。いままでどれだけ心削られる環境に身を置かれておられたのだろう。

 サリーナリー帝は茶のカップを口元に置きながら、小さくため息をつかれた。

「問題は山積しています。とりあえず明日の議会採決で、恒久平和条約案が通過してくれることを祈るばかりです」

「大丈夫です陛下。貴族院の議員たちもきっとわかってくれます」

 私は笑顔でうなずいて見せた。もっとも、手ごたえは十分にあるものの、こればかりはふたを開けてみなければわからない。どうか良い結果が出ますようにとザハエ神に祈る以外、なすべきことはもうなかった。


◇ ◇ ◇


「帝国では明日、恒久平和条約案の採決が執り行われる模様ですが、王国でも週末でございましたね」

 目の前に座る禿頭の太った老人は細い目をさらに細めてこちらを見つめる。我が領内で活動するボイディア・カンドラスの保有する商会、その経営者を引っ立てたところ身元引受人として現れたのがこの男だ。

 本名は名乗れぬなどとぬけぬけと主張し、ジェバーマン、もしくは元締めと呼べとぬかす此奴こやつが、ボイディアと繋がっているのは間違いあるまい。だがそれだけではなかろう。単にカンドラス家の名前を利用しているだけの商人が、ここまで肝が据わっているはずがない。

「恒久平和条約が酒屋の商売に関係あるのか」

「もちろんございますとも、公爵閣下。宴席が増えれば酒の消費も増えますので」

「平和のうたげか。はっ、くだらぬ。残念だったな、帝国はともかくこの王国では恒久平和条約など成立せぬ。このアイメン・ザイメンが成立させぬからな!」

「それはまた有り難い」

「な、何」

 ジェバーマンは楽しげな笑みを口元に浮かべた。

「戦場では経験の浅い兵の恐怖を紛らわせるために酒を飲ませるとか。すなわち戦争になれば酒の売り上げは伸びるのです。有り難や有り難や」

 つまり戦争が起こっても起きなくても、自分は儲かると言っているのだ。金さえ儲かれば平和も人の命も要らぬと。いまさら善人ぶるつもりなど毛頭ないが、さすがにこれには言葉が出ない。

 するとジェバーマンはこう続ける。

「私どもはカンドラス様の商会を通じて、酒以外にも武器なども取り扱っております。何かございましたら、またご贔屓ひいきに」

「貴様、このアイメン・ザイメンを金儲けのダシに使うつもりか」

「ダシだなどと、とんでもない。ただ私どもの仕事は酒や武器、誘拐や脅迫から議会の票のとりまとめまで、何でもうけたまわっております。公爵閣下の御力になれればと思いましたまで」

 細い目の奥が怪しく光る。なるほど、ボイディアの汚れ仕事を請け負っていたのは、このジェバーマンの手の者だったか。

 ボイディア・カンドラスがサリーナリー帝を襲撃したとの情報はこちらにも入っている。その後、行方不明となっていることも。ジェバーマンの立場としては新しい寄生先が必要という訳だ。面白い。

「いいだろう、金は払ってやる。帝国と王国の両議会で票を動かしてみよ」

「お望みとあらば」

 ジェバーマンは静かに頭を下げた。ロンダリア王よ、エブンド・ハースガルドよ、そしてタクミ・カワヤよ、この私を殺さなかったことを後悔させてやろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私のお父様とパパ様

ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。 婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。 大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。 ※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。 追記(2021/10/7) お茶会の後を追加します。 更に追記(2022/3/9) 連載として再開します。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

おっさん、異世界でスローライフはじめます 〜猫耳少女とふしぎな毎日〜

桃源 華
ファンタジー
50代のサラリーマンおっさんが異世界に転生し、少年の姿で新たな人生を歩む。転生先で、猫耳の獣人・ミュリと共にスパイス商人として活躍。マーケティングスキルと過去の経験を駆使して、王宮での料理対決や街の発展に挑み、仲間たちとの絆を深めながら成長していくファンタジー冒険譚。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...