タイムウォッチャーが異世界転移したら大予言者になってしまうようだ

柚緒駆

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66話 蜃気楼

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 揺れた。皇宮が地鳴りを上げて。地震にしては長い。重く固い物が幾重にも砕ける音。ボイディア・カンドラスの足下を中心に、放射状に床が割れている。まさか、この皇宮の振動の元凶がこの男なのか。

「大丈夫ですか、イエミール」

「私は大丈夫です。皇帝陛下はお下がりください」

 ただでさえ頭がクラクラしているのに、この揺れは堪える。でも皇帝陛下を護らなきゃ。アタシが弱音を吐いてる場合じゃない。

 もっとも不幸中の幸いなのかどうか、ボイディアはいまルン・ジラルドをにらみつけている。こっちに注意は向いていないようだ。とは言え、ここから逃げる手立てがある訳でもない。さあ、どうする。

「私を追い詰められると思っているのか、ルン」

 ボイディアは静かに語る。だがその口調の端々から怒りが透けて見えるようだ。

「おまえは確かに厄介な相手だ。腹立たしいが、強敵であることは認めよう。ただし、この目の前に現れなければ、だ」

 ルン・ジラルドの顔色がサッと変わった。何かに気づいたらしい。

 ボイディアはうなずいた。

「ああ、そうだ。私に近接する空間の自由度を制限した。したがってこの周囲ではテレポートはできない。たとえおまえであろうとも」

 ルンは自動小銃をボイディアに向けたが、その銃身がグニャリと曲がったのに驚き、慌てて放り出す。

「私の力は強大で圧倒的だ。おまえの想定などはるかに超える次元でな。もはやすべて無意味、諦めろ」

 絶望的なまでのボイディアの言葉に、しかしルン・ジラルドはポケットの中から卵大の小さな機械のような物を取り出し、手を突き出した。

「これが何かわかるかい」

 ボイディアは平然と、まるで興味もなさげに答える。

「私の心臓に埋め込まれた爆破装置の起動スイッチだな」

 いたって説明的で事務的な言い回しに、ルン・ジラルドは困惑を隠せない。

「まさか……いや、そんな」

「爆破装置を取り外したか、と言いたいのかな。その問いにはもちろんと答えておこう」

「馬鹿な、どうやって。いくら何でも」

「信じられないのなら構わんさ。そのボタンを押せばいい。さあ。さあ」

 ボイディアは煽る。アタシにはそれが何なのかは理解できないけど、もしルン・ジラルドのやろうとしていることに効果がなかったらどうなるかくらいは余裕で理解できる。おそらく打つ手はなくなるんだ。ボイディアの前に降参する以外。

 アタシたちに流れるのは、冷酷で絶望的で狂気じみた時間。ほんの数秒が重い。苦しい。逃げ出したい。なのに。

 それなのに、平然と能天気な声を上げるヤツの気が知れない。

「わからんなあ。何こだわってるんだ?」

 ボイディアが振り返る。

「何だと」

 アタシの体を凍り付かせそうなその視線を受けても、タクミ・カワヤは笑っていた。

「ここでルンを殺して皇帝陛下を支配下に置いて、それでどうなるんだよ。アンタの望みが叶うなら、ギルミアスとシャナンの統一帝国が生まれて、初代皇帝になれる訳だ。で。それがアンタに何の意味を持つ。何で国家なんてシステムにこだわる必要があるんだ」

「何故私が国家にこだわるか、本当にわからないか」

「さっぱりわからんね。アンタほどの力があればシステムなんぞいらんだろうに」

「そうか。わからないか」

 ボイディアは微笑んだ。でも笑ってない。いやそれどころか本気で怒ってるのが空気越しに伝わって来る。ヤバい、ヤバいヤバいって!

 緩い風が吹いた。と同時に部屋の窓がすべて砕け散る。天井のシャンデリアが吹き飛び、蛇のような亀裂が部屋中の壁面に走った。

「わからんだろうな。ああそうだとも、未来が見える貴様に理解などできるはずがない」

 その目は怒りに吊り上がり、真っ赤に燃えている。

「私の力は圧倒的だ! 絶対的にして強大だ! まさに神の奇跡と言える! だが、これほどの力を誇りながら、生きるために、未来を可能な限り確定的なモノとするために、国家などという腐ったシステムに頼らねばならない! それは未来が見えない、たったそれだけの、たった一つの能力を持たないが故だ! この私の口惜しさ、悔しさ、腹立たしさ、貴様にだけは理解できまい!」

「ああ、まったく理解できないね」

 タクミ・カワヤは呆れたように笑った。それは嘲笑だ。この馬鹿、状況を考えろよ! けれどこっちの気持ちも知らずに占い師はこんなことを言い出した。

「大昔、もの凄い予言者がいたんだ。その予言者は数百年後の世紀末に世界的な大破壊が起こると予言した。でもその年になっても大破壊は起こらなかった。世界中の人たちはみんな馬鹿にして笑ったよ、予言者はインチキ野郎だったってな。ボイジャー、アンタはこの話どう思う」

 どう思うって言われても困るだろう。実際ボイディアは困惑し眉をひそめている。

「どう思う、とはどういう意味だ」

「予言者がインチキだったから予言が外れたと思うんだろってことさ」

「他の答があるとでもいうのか」

「あるんだな、それが」

 占い師は鼻先で笑った。

「たとえば一キロ先を望遠鏡でながめたとする。そこに素晴らしい景色があった。じゃあ一キロ先に歩いて行けばその景色に出会えると思うかい。出会えないんだよ。物の位置や見える確度が変わってしまうからね、まったく同じ景色は見えないんだ」

 まるで教師がデキの悪い生徒にこんこんと説教するかの如く、タクミ・カワヤは丁寧に言葉を並べた。

「いいか、未来は変わるんだ。傾向や可能性の問題じゃない、必ず変わる。絶対にだ。確かに僕や同様の能力を持った人間には未来が見える。でもそれは望遠鏡で見た遠くの景色と同じ。いま見える未来は、あくまで『いまの時点で見える未来』でしかない。それ以上の意味も価値もない」

 言葉にはだんだんと熱がこもってきた。

「三日や四日先の予言なら、かなりの確度で当てられるよ。だが三か月先だともう覚束おぼつかなくなる。一年先になればボヤケた輪郭が何とか形を保っているだけで、これが十年先、百年先だと当たる方がおかしい。当たるはずがないと言い切っていいレベルだ。未来予知なんてのはそういう能力なんだよ。だから数百年後の大厄災を外した予言者はインチキなんかじゃない。どんなに凄い能力を持っていても、外れる以外の結果なんて最初からあり得なかったんだ」

 そしてこう力を込める。

「予知能力を欲しがるのもわかる。確かにアンタに予知ができれば完璧だろうさ。でもな、いまアンタが考えてる予知能力なんてものは最初からこの世に存在しない幻だ。アンタは蜃気楼を追いかけてるんだよ、ボイジャー」

 ボイディア・カンドラスは冷たい目でタクミ・カワヤをにらみつけている。だがその奥に困惑と動揺が見て取れた。

 タクミ・カワヤはさらに続ける。

「もしアンタが国家になんて興味を示さずに、ただ自由に生きたいというのなら、僕だって協力するさ。研究所に一矢報いるのなら喜んで力を貸そう。けど、ありもしない未来を追い求めて破壊の限りを尽くすのなら、抵抗はせざるを得ない。わかれよボイジャー。わかってくれ、未来に正解なんてない。正しい未来なんてどこにもないんだ。望む未来を手に入れようなんて、幼稚で子供じみた無意味な妄想なん……」

 鈍い打撃音と共にタクミ・カワヤの体が顔面から宙を舞った。まるで見えない棍棒か何かでぶん殴られたかのように。

「タクミ閣下!」

 しかしタルドマンの呼びかけにも反応を返さない。そのぐったりとした体は床に落ちず、空中で目には見えない巨大な手によって、つかみ止められたかに見える。

「妄想だと、幻だと、蜃気楼だと。おまえはこのボイジャーに優越でも感じているつもりか」

 ボイディアは燃えるような目で占い師をにらみつけた。黒髪の少年は宙に浮いたまま逆さに吊り下げられ、ボイディア・カンドラスの手元に近づいて行く。

「自らが生かしてもらっていることを幸運と考えず、当たり前と思う傲慢ごうまんさ、想像力の欠如と理解力の不足、見下げ果てたヤツよ。己の立場が把握できないのなら教えてやる。タクミ・カワヤ、貴様のなすべきことはただ家畜のように私のために未来を見続けることだ。それ以外に貴様の存在価値などない!」

 逆様に浮いたまま手元にまでやって来たタクミ・カワヤの黒髪をわしづかみにすると、ボイディアは鼻先に顔を近づけ怒鳴った。

「さあ見るがいい! 貴様に見える未来をこの私に伝えろ! それを口にする以外、貴様には何もできはしないし、する価値もないのだ!」

 ボイディアの目が、さらに赤く輝いたとき。

 黒髪をつかむ手を、突然タクミ・カワヤの両手が強く握った。

「だったら見ろ!」

 占い師が叫んだ刹那、ボイディアの両目は驚愕に見開かれた。

 思わず体を離そうとしたものの、今度はタクミ・カワヤが手を離さない。狼狽ろうばいし、何とか相手の頭から自分の手を引きはがそうとするボイディアは、しかし全身に力が入らないのか、その動きはまるで老人のよう。

 タクミ・カワヤが吼える。

「見えるだろう、これが未来だ! アンタの見たがっていた、僕の見ている未来のごく一部だ! どうした、その頭にはまだ千年分も流し込んでないぞボイジャー!」

「や、やめろ! 頭が、割れる!」

 あのボイディアの口から、悲鳴のような声が上がった。

 私の腕をつかむ皇帝陛下の手が震えている。

「イエミール」

「大丈夫です、陛下。大丈夫」

 そのとき、ボイディアに付き従う美しい少女が剣を振るった。だがタルドマンの剣がそれを食い止める。もし止められていなければ、タクミ・カワヤの腕が斬り離されていただろう。

 と、その少女の向こう側から、何と形容すればいいのだろう、全身を金色の野獣の毛に覆われた人間のような怪物が出現し、タルドマンを蹴り倒し、ボイディアの手からタクミ・カワヤを強引に引きはがした。

 だがボイディアはもはや少女剣士が支えなければマトモに立っていられない状態。

 タクミ・カワヤは床に這いつくばりながら叫んだ。

「ルン、いまだ! 撃て!」

 その声に我に返ったルン・ジラルドは背後の銃兵たちに構えさせたが、時すでに遅し。ボイディアと少女剣士と金色のケダモノの姿はもうどこにもなかった。
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