上 下
53 / 73

53話 結果良ければ

しおりを挟む
「いやあ、お見事でした国王陛下」

 王宮の貴賓室に聞こえるタクミ・カワヤの声。しかしロンダリア王はテーブルに突っ伏されている。

「心臓が……心臓が壊れるかと思った」

「何をおっしゃいますやら。まさに押しも押されもせぬ立派な国家元首の姿でしたよ」

「そなたが大丈夫だと言うから、教えられた通り振舞っただけなのだが」

「それもこれも、国王陛下の勇気とご決断があってのことです」

 この点についてはまさしくタクミ・カワヤの言う通りだと私も思う。思うが、王が途中から後悔されたであろうことも想像に難くない。実際、私はいまも後悔している真っ最中だ。

 タクミ・カワヤはサリーナリー帝にも笑顔を向ける。

「皇帝陛下もありがとうございました。陛下には僕たちと一緒に王宮に入っていただくという選択肢もあったのですが、ドルード公を圧倒するには陛下の御威光が必要だと思いまして」

 凛とした姿勢で椅子に座るサリーナリー帝は、楽しげに微笑んでおられる。

「いいえ、おかげでいいものが拝見できましたから」

 これを聞いてダニア、ザントワ、フコーテックの三貴族が笑う。

「まさにまさに。アイメン・ザイメンのあんな顔が見られるとは思いませなんだ」

「左様、あれは眼福でござった」

「いかにも」

 ロンダリア王は居住まいを正し、三貴族に顔を向ける。

「三名には心より感謝したい。まさか卿らが朕の味方についてくれるとは思わなかった」

 侯爵カマニ・ダニアが照れくさそうに頭をかく。

「我らは反王室派と呼ばれてはおりますが、別段王室に恨みがある訳ではござらん。正しくは王室の威光をかさに着て横暴を働くアイメン・ザイメン一派が気に食わないだけなのです」

 伯爵スギーム・ザントワもうなずく。

「左様。そのアイメン・ザイメンを抑えるために協力してくれと、他ならぬ国王陛下から直々にお言葉をいただいて応じぬ訳には参りますまい」

 伯爵ザム・フコーテックは感慨深げに笑みを浮かべた。

「いかにも。しかし言い換えれば、ロンダリア王が御自ら我らの元を訪れていただくなどということがなければ、我らとてアイメン・ザイメンと直接対決する決断がついたかどうか。王よ、あなたの言葉が我らを動かしたのです」

 言うまでもなく、王に彼らの元を訪れるよう促したのはタクミ・カワヤであり、不思議な力で運んだのはルン・ジラルドである。だがその作戦を受け入れたロンダリア王の決意がなければ、この現状はなかったろう。それを思うと胸に去来するものがある。

 そう感じ入っている私に目を向けると、カマニ・ダニアは不思議そうに口を開いた。

「とは言えロンダリア王は思い切った人事をされましたな。いや、エブンド卿に思うところがある訳ではない。決してないのだが、摂政を置くならサンザルド・ダナ大臣を選ばれると考えておりましたので」

 スギーム・ザントワもまたうなずく。

「左様。リアマール候を後ろ盾とされたことも意外でございました。ただ、貴族議会対策をお考えなのだとすれば、極めて絶妙とも言えます」

 ザム・フコーテックはニヤリと笑う。

「いかにも。摂政と議員の両立は批判を浴びましょう。ダナ大臣が摂政を務めれば、おのずと議員を辞めねばなりますまい。しかし議員ではなく、それでいて家格としても相応しいエブンド卿が摂政となり、リアマール候が後ろ盾ともなれば、議席を確保したままアイメン・ザイメン一派に対抗できるというもの。これは大きい」

 言われてみれば確かにそうかも知れない。だが私は複雑な気持ちだった。すべてはロンダリア王の意図ではなく、私が考えたことでもない。いま笑みを浮かべて沈黙しているタクミ・カワヤの手の内にあったことなのだ。

 この少年の目に本当に未来が見えているのかどうか、まだ確信を持てない部分がある。それでも結果良ければ、だ。タクミ・カワヤの言葉を信じ動かなければロンダリア王とサリーナリー帝がどうなっていたことか、想像するだに恐ろしい。

 そのとき、貴賓室の大扉が開いた。入って来たのはキンゴル侯爵サンザルド・ダナ内務大臣を先頭に、貴族議会議長ハーマン・ヘットルト、そしてリアマール侯爵ホポイ・グリムナントと配下の騎士が二名。ダナ大臣は巻いた羊皮紙の書類を手に、疲れ果てた様子で私のところに向かってきた。

「いやあまったく、シャナンにおける摂政の設置は数十年ぶりのこと、書類を作るだけであっちをひっくり返しこっちをひっくり返し、大変でありました。しかしこれで正式な任命となります、エブンド卿」

 そう言って羊皮紙の書類を差し出す。思わず両手で受け取ったのだが。

「議会の承認は必要ではないのですか」

 私の疑問に応じたのはハーマン・ヘットルト。

「それについて過去の記録を調べてみたのですが、摂政の設置は王の専権事項につき、議会の承認は必要ない模様です。ただし議会には摂政の罷免要求を出す権利がございます。議会対策は後々必要となるでしょうな」

 なるほど、やはり一筋縄には行かないようだ。

 ダナ大臣はダニア、ザントワ、フコーテックの三貴族へと歩み寄る。

「お三方にも相談があるのだ、できれば政府の役職に……」

 ダナ大臣とハーマン議長が離れたのを見計らったかのように、リアマール候が私の隣に立った。

「エブンド卿」

 また随分と難しい顔である。

「リアマール候、何かありましたか」

 小さな声で問いかけてみれば、侯爵は小さくため息をついた。

「久しぶりの都でしてな……人に酔い申した」

「それは、ええわかりますとも」

 私もできればいますぐリアマールに戻りたい。しかしこうなってしまっては、なかなかそうも行かないのだろう。ああ。


◇ ◇ ◇


 ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな!

 エブンド・ハースガルドが摂政だと! グリムナントがロンダリアの後ろ盾になり、サリーナリー帝がいま王宮にいる。恒久平和条約だと? 愚かな!

 何故こんなことになっているのだ。ハンデラ・ルベンヘッテは何をしている。皇帝を身動きできなくするのはルベンヘッテの仕事だったはずだ。グリムナントとハースガルドを襲撃するのもルベンヘッテが手を回していたはず。なのにどちらも成功していない。どういう訳だ。

 ……もしや、ルベンヘッテは私と通じていると見せかけて、本当はロンダリア王と繋がっているのではないのか。私を追い落とすために策を巡らしているのではないのか。私と語ったことはみな嘘で偽りであったのではないか。シャナンとギルミアスの戦争など絵に描いた餅ですらなかったのではないか。もしかしたら、もしかしたら、もしかしたら全部、最初から何から何まで。

 いや、違う。それは違う。

 ハンデラ・ルベンヘッテは帝国を手に収めんとしていた。そのためにあらゆる画策をしていた。それは間違いない。皇帝を追い詰め、逃げ場のないところへと追い込んでいたのも間違いないのだ。だが、それなのにこの現状。何か別の意図が状況をひっくり返したと考えるべきなのではないか。

 それは、誰だ。

 部屋の扉をノックする音。こちらが返事もしていないのに平然と入ってきた執事は、慇懃いんぎんな態度で一礼するとこう言った。

「サノン皇太子殿下より使いの者が参りまして、すぐ参上するようにとのことなのですが」

「追い返せ」

「は? しかし、皇太子の使者をあまり無下むげな扱いは」

「構わん。こちらから連絡をするまでおとなしく待っていろと……待て」

 そのとき私の脳裏にあの男の名前がよぎった。怪訝けげんな顔の執事にたずねる。

「先般ボイディア・カンドラスの頼みで、うちのお仕着せを貸し与えたな」

「はい、左様ですが」

「それを取りに来た者は、帝国からやって来たのか」

「いえ、男爵閣下の保有される商会がこの領内で酒屋を営んでおります。お仕着せを取りに来た者はその酒屋の従業員のようでございました」

 ボイディア・カンドラス、あのせぎすでギラギラした目をした男。ヤツが何か知っているのではあるまいか。いや、何一つ知らぬなどというはずがあるまい。

「衛兵隊長に命じ、その酒屋の主を捕らえて引っ立てよ。いますぐここに連れてくるのだ」

「は、はい。あの、皇太子殿下の使者は」

「とっとと追い返せ!」

 あんな欲ボケどもの相手をしている場合ではない。もはやハンデラ・ルベンヘッテも当てにはできぬ。この私が自らの力で、何としてもロンダリア王を倒すのだ。いまに見ておれ、あの小僧!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

夜の声

神崎
恋愛
r15にしてありますが、濡れ場のシーンはわずかにあります。 読まなくても物語はわかるので、あるところはタイトルの数字を#で囲んでます。 小さな喫茶店でアルバイトをしている高校生の「桜」は、ある日、喫茶店の店主「葵」より、彼の友人である「柊」を紹介される。 柊の声は彼女が聴いている夜の声によく似ていた。 そこから彼女は柊に急速に惹かれていく。しかし彼は彼女に決して語らない事があった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...