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52話 大逆転

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 いまの段階でわかっているのは三つだ。王国のロンダリア王がガライに襲撃され、リアマール候は王の負傷を発表した。王国のアイメン・ザイメンが新国王サノン二世の即位を明らかにした。帝国のハンデラ・ルベンヘッテが開戦の詔書に署名するよう皇帝に迫り、皇帝は逃亡した。

 皇帝の逃亡には状況的にルン・ジラルドの関与が疑われる。もしその裏で糸を引いている者がいるとすれば、タクミ・カワヤだろう。

 私がこの世界に到着した際にタクミ・カワヤの能力を使って見通した未来では、ロンダリア王は殺されたし、皇帝は詔書に署名していた。そこから戦争に至る流れはストレスのない極めてスムーズなものだった。だがその「予言」はいま、ことごとく外れている。

 単身で時空を超越するルン・ジラルドの存在が大きな不確定要素になっているのは間違いない。しかし、それだけだろうか。私は言うなれば保険としてタクミ・カワヤを残していたのだが、もしかするとあの少年を過小評価していたのかも知れない。

 何にせよ、もはや古い予言は当てにならない。私には新しい予言が必要だ。さて、どうしたものか。

 そう頭を捻っていると、書斎の扉が急に開いた。

「おーいボイディアの大将、もう朝だぜ」

 顔を出したレンズの言葉に窓を見れば、とっくに陽光が外を照らしている。やれやれ、考え込み過ぎるのも困りものだな。

「レンズ」

「何だい大将」

「とりあえずノックは覚えたまえ」

 すると少女は扉を三回叩いてこう言った。

「朝飯運ばせるぞ」

「……わかった」

 とにかく先のことは食事を摂った後で考えるとしよう。頭が回らなければ何も始まらないのだから。


◇ ◇ ◇


 大将のところへ朝食を運ばせて自分の部屋に戻って来ると、うちのベッドの真ん中で犬が寝ていた。

「こーらワンコロ、犬は床だって言ったろうよ」

 引きずり降ろしてやろうと手を伸ばすと、金色の毛を逆立てて牙をむいて唸る。

「あ、恩知らずめ。うちにケンカ売る気か? いいぞ、買ってやるぞこのヤロ」

 うちが左右の拳を構えれば、犬は呆れたようにため息をつき、渋々ベッドから降りた。

「わかりゃいいんだよ、わかりゃ」

 床に置かれた皿にはもう餌は残っていない。全部食べたのだろう。前足に残る火傷のような跡は痛々しいものの、何とか元気ではあるようだ。

「昼になったらまた食い物もらってきてやるから、それまでおとなしくしてろよ」

 そう言って、うちはベッドに横になった。夜中の間ずっと大将の書斎の前で立っていたのだ、さすがに眠くて仕方ない。

 と、顔の横に何かがいる気配。目を開けると犬がまたベッドに乗って、うちの顔をじっと見つめていた。何かを言いたげな様子で。

「……そうだ、おまえに名前つけなきゃな。カア、キイ、クウ、ケエ、コオ、どれがいい」

 犬は興味なさげに背中を向けると丸くなった。まったく贅沢なワンコロだ。こんなに眠くなきゃぶっ飛ばしてやるのに。ああ、タン、チン、ツン、テン、トンって名前もいいな。よくないかな。聞いてみなきゃわからないけど、また後だな。


◇ ◇ ◇


 時刻は昼前、シャナンの王宮前には花火の音が響き、紙吹雪が舞っている。大通りの沿道には集められた民衆が新たなる王の登場を待っていた。しかしその顔に笑みはない。新しい王が立てば戦争が始まることを誰もが理解しているのに、反抗する力を持たない彼らには不安と困惑を顔に浮かべるしかできないからだ。

 やがて赤地に金刺繡のきらびやかな衣装で王宮正門前に現れたのは、ドルード公爵アイメン・ザイメン。新国王が貴族議会の承認を得て正式に即位すれば、摂政に任ぜられることがすでに決まっている。

 そこに大通りをやって来る、金銀で王家の紋章を浮かび上がらせた真っ白い馬車。ここからサノン二世新国王が降りてくれば、その瞬間に歴史が変わる。議会は新国王を承認し、民衆は戦争に巻き込まれることが決定付けられるのだ。

 満面の笑みを浮かべるザイメンの前に、暗澹たる表情の民衆の眼前を通って馬車は到着し、停止した。正装した馬車役人が扉を開くと、中から降りてくる人影が二つ。サノン二世王と乳母……ではなかった。

 驚愕の表情を浮かべ息を吞むアイメン・ザイメンの前に降り立ったのは、ロンダリア王。そしてもうお一方はギルミアス帝国の元首、サリーナリー帝。

「出迎えご苦労、ドルード公」

 ロンダリア王の言葉に、アイメン・ザイメンは一歩後ずさった。

「ろ、ロンダリア王。何故」

「何故? 王が王宮に戻って何の不思議があるのか」

「いや、しかし」

 混乱するアイメン・ザイメンを余所に、ロンダリア王はこちらを向かれ、私を見つめられる。もはや逃げられぬ、前に出るしかあるまい。ガヤガヤと動揺の広がる民衆の後ろから進み出た私に、衛兵たちは立ち塞がろうとするが。

「その者に触れてはならぬ!」

 ロンダリア王の一喝で衛兵は動きを止めた。私はマントを翻し、ロンダリア王の斜め後ろに立つ。王は言われた。

「本日より朕の摂政となる、公爵エブンド・ハースガルドである」

「なっ、摂政、ですと」

 目をむいて立ち尽くすアイメン・ザイメンに一度微笑みかけると、ロンダリア王はまた私を見つめてうなずく。声を張り上げるのは苦手なのだが、もう泣き言も言っていられない。

「シャナンの民にロンダリア王のお言葉を伝える! 王は本日王宮にて、ギルミアス帝国サリーナリー皇帝陛下と恒久平和条約について会談される! 王と皇帝陛下は戦争を望んでおられぬ!」

 一瞬の静寂。そして湧き上がる地鳴りのような歓声、絶叫、拍手と足を踏み鳴らす音。その歓喜の渦の中にあってただ一人、目に怒りの炎を燃やしているのがアイメン・ザイメン。

「いかに、いかに王とてそのようなことを、独断で」

「独断ではないぞ、ドルード公」

 そう告げた私を斬りつけるような目でにらむアイメン・ザイメンだったが、すぐに異変を察知したのはさすがと言うべきか。

 いまさっき馬車がやって来た方向から無数の蹄の音が聞こえてくる。見れば大通りの幅いっぱいに数十騎の武装した騎馬兵が。唖然としているアイメン・ザイメンの目の前で停止した騎馬兵たちの先頭には、見知った顔があった。

 馬から降りてロンダリア王に敬礼したのはリアマール候。

「リアマール侯爵ホポイ・グリムナント、騎馬二十騎と共にこれより王宮警備に当たります」

「グリムナント! 貴様地方領主の分際で何を」

 激高したアイメン・ザイメンだったが、リアマール候の後ろから進み出てきた三人を見て言葉を失う。

「シドー侯爵カマニ・ダニア、騎馬十騎と共に王宮警備に当たります」

「ランボホル伯爵スギーム・ザントワ、騎馬七騎と共に王宮警備に当たります」

「サランム伯爵ザム・フコーテック、騎馬五騎と共に王宮警備に当たります」

 アイメン・ザイメンはあり得ないと思ったろう。ダニア、ザントワ、フコーテックと言えば、貴族議会における反王室派の最右翼である。何故それがロンダリア王の元に馳せ参じているのかと。

「ドルード公」

 ロンダリア王は言われた。

「ことほど左様に諸侯からも賛同を得ているのだ。朕はこれよりサリーナリー帝と話し合わねばならぬ。そこをどいてもらえるかな」
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