タイムウォッチャーが異世界転移したら大予言者になってしまうようだ

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
46 / 73

46話 獣化現象(ゾアントロピー)

しおりを挟む
 屋敷の間取りは頭に入っている。この左側の部屋が貴賓室。だけどここには誰もいない。人が隠れていれば心臓の鼓動が聞こえるはず。冷たい汗の匂いがするはず。何もないのは誰もいないということ。

 床を嗅ぐ。かすかな汗の匂い。恐怖の匂い。何人もの人間が慌ててここを出て行ったらしい。この跡を追えばいいのか。走ろう。

 第一目標、ロンダリア王。拉致、無理なら殺害。

 第二目標、占い師。拉致、無理なら殺害。

 それだけ。簡単な仕事。

 あの貴族の命令を聞くのはそこまで。終わったら元締めのところへ帰る。母さんに褒めてもらえる。いい子いい子してもらえる。すぐに終わらせる。

 何だ。

 剣を持っている。ゆっくりとこっちに歩いて来る。ちょっと大柄な、人間だ。ただの人間。殺してもいい人間。ボクがここにいることがわかっているみたいだ。よし殺そう。頭をもいで殺そう。

 さあ死ね!

 あれ?

 ボクよりは速くないけど、ボクの方が速いけど、でもちょっと速い。ボクの爪が防がれた。服の右肩がちょっと斬られている。

 へえ、こんな人間もいるんだ。

 でも息が荒いよ。冷たい汗をかいているよ。心臓の鼓動が強すぎて破裂しそうだよ。

 長くは立っていられないね。

 ずっと向こう、廊下の端で火縄の燃える匂いがしている。銃だ。ボクを狙ってる。当たるはずなんてないけど、ちょっと腹が立つ。先に殺しちゃおうか。

 あ。ちょっとだけ速い剣士が前に立ちはだかる。邪魔だよ、鬱陶しいなあ。

 殺せ! ないじゃ! ないか!

 あれ?

 何で全部防いじゃうの。おかしいよ、ボクより遅いくせに。ノロマのくせに。

 ノロマ! 死ね! 死んじゃえ! 何で! 何で当たらない!

 もうフラフラじゃないか。ボロボロじゃないか。ボクに勝てる訳ないのに。なのにどうして!

 ……あ、しまった。銃声だ。

 胸に痛みが。

 穴が。

 服に穴が開いちゃったじゃないか! 借り物なのに! 

 銃で撃たれたくらいじゃボクはケガもしないけど、痛いものは痛いんだ。もう我慢できない、やっぱりコイツから殺す!

 え、何だ。

 何もないところから、人間が出てきた。長い赤髪の、白い変な服を着た変な女。手に持ってるのは変な形の、これは銃かな。

 痛い痛い痛い! 変な音が聞こえたと同時に、ボクの全身に何かが撃ち込まれる。何だよ、何だよこれ!

 ボクが思わず膝をつくと、変な女は変な声を上げた。

「おんやぁ? これは銀の弾丸が必要な手合いかな?」

 何言ってんだコイツ! ボクは女に飛びかかったのに、そこにはもう誰もいなかった。そしてまた後ろから変な音が。痛い痛い痛い!

 毛が。体を守るように金色の毛が全身に生えてくる。これは嫌なのに。こんな姿、母さんは嫌いなのに、クソッ!

 女の気配はすぐ後ろにあった。

「ああやっぱりだ。ふうん、これは興味深いねえ。獣化現象か」

 また銃声。痛い痛い痛い! 女は銃を構えながら笑っている。

「これだけ撃ち込んでも一発も体にめり込まない。まさに不死身。やっぱり強さは月齢に関係するのかい? 宗教的なタブーはあるのかい? 科学の信徒としては捨て置けないねえ。体液サンプルを取っておこうかな」

 うるさい! いい加減にしろ! 腕を振り回しながら立ち上がったボクの目の前で、変な女は姿を消した。また後ろか? いない。どこだ、どこだ!

 ん、何だ。

 これは、この音は、雷鳴?

 外から、いや違う。すぐ目の前から聞こえる。と、目の前に丸が、黒い丸が浮かんでいる。あの女の仕業か? 混乱しているボクの前に、その黒い丸から人影が出てきた。それも二つ。マントに三角帽子をかぶった、子供だろうか。何だよこれはいったい。

 そのとき突然、二人の子供の片方――女だろうか――が腕を振った。咄嗟とっさのことに思わず腕で身をかばったものの、その腕に水がかかった。水? そう思った途端、激痛が走る。

 腕から煙が上がっていた。意味がわからない。何だ、何だ。

 二人の子供が声をそろえた。

「おぼろなる月光の聖霊よ、清廉なる水の聖霊よ、邪悪を払い魔を清めたまえ!」

 噴き上がる煙の量が増えて、その分痛みも強くなる。肉を貫き、骨の奥まで沁み通る痛み。ああああっ! ボクは悲鳴を上げて膝をついた。こいつらか、このガキどもなのか!

 今度は片割れの男の子供が両手を突き出すと、その手の中に光が。

いかづち打て!」

 全身に衝撃が打ち付け、ボクは弾き飛ばされた。

 痛い、痛い、痛い! 上半身を起こすだけで体が砕け散りそうだ。

 女の子供がボクを指さす。

ほむら立て!」

 するとボクの全身から炎が燃え上がった。熱い、熱い、熱い! 痛い、痛い、痛い! 苦しい、苦しい、苦しい! ……いい加減にしろよこの野郎!

 立ち上がったボクの姿は完全にケダモノと化していた。母さんが大嫌いな醜い姿。そんなこと構うものか。殺してやる、もう命令とか関係ない、全員殺してやる。

「まさか、何で」

「どうして立てるの」

 二人の子供は顔に恐怖を浮かべている。燃え上がりながら立つボクが怖いのだろう。そうだ、怖がれ、怖がれ! そのまま食い殺してやる!

 けど、そこに聞こえた声は、誰だ。

「怖がらなくていいよ」

 平然と廊下の奥から歩いて来る。これは、占い師か?

「そいつは次に上に跳ぶから、構えていればいい」

 この野郎、誰が跳ぶか。

「タルドマン、まだ動けるかい」

 タルドマンと呼ばれたちょっと速いだけの剣士は、肩で息をしながら答えた。

「まだ、やれます」

「じゃあこの子たちの盾役を頼む」

 占い師の言葉に、ボロボロの剣士はまた前に出てきた。この野郎、この野郎! みんなしてそうやってボクをいじめるのか。母さんに石を投げたヤツらと同じなのか。許さないぞ、許さないぞ、みんな殺してやる。いつだって、ボクは、そうしてきた!

 まずは剣士、コイツを殺してから!

 そこにまた聞こえたあの変な銃声。

 ボクは思わず跳び上がった。

 あ。

 二人の子供が両手を突き出している。

「雷打て!」

 ボクの体は吹き飛ばされた。壁に穴をあけ、館の外へと。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...