タイムウォッチャーが異世界転移したら大予言者になってしまうようだ

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
45 / 73

45話 侵入

しおりを挟む
 夜空に真っ赤な三日月が昇った。嫌な感じだ。

 さすが領主の屋敷は規模が違う。外周の塀の隙間から中をのぞいても、母屋がどこにあるのか見えやしない。たぶん中に森や丘があって全体が見渡せないようになってるんだろう。

 アタシらみたいな下々の人間の視線に触れたくないってのも理解はできなくないんだけどね、内側で何が起こってるのかわからないのは、こういう場合困ったもんだ。

 日はすっかり暮れたというのに、領主が許可したおかげでこの人通り。屋台や出店が並び、まるで祭の人出だ。普段は屋敷の周辺で店を出したりするのは厳禁なんだが、「国王陛下がリアマールにご滞在されている幸せを臣民と分かち合いたい」とかいう建前のおかげで、この大賑わいって訳だ。

 ただし、一つだけ決まり事がある。花火の禁止。小さな線香花火ならおとがめなしだけど、デカい目立つ花火は使っても売ってもいけない。領主の衛士が常に見回って取り締まっている。火事になるからという、これも建前だ。

 どれもタクミ・カワヤの指金だろう。できれば巻き込まれたくないアタシとしては詳しい話を敢えて耳に入れなかったんだが、どうやらここにいる国王を「組織」が狙っているらしい。殺し屋を送り込んでくると考えているんだろう。

 確かに屋敷周辺に人の目を置くのは防犯対策として効果的な側面はある。ただしその人混みに敵が紛れ込む危険性と表裏一体だ。まあ、だからこそアタシの出番なんだろうけどね。

 アタシが屋敷の外周を巡回し、怪しそうなヤツがいたら頭の中をのぞいてみる。それでいよいよヤバいってことになりゃ、懐に隠し持った打ち上げ花火をドカンとやるのさ。

 アタシの仕事としてはそれでおしまい。王様のために戦うとかガラじゃないしね、その辺は中の男どもに頑張ってもらう。

 ただ、よくわからないのはあの占い師だ。どこから殺し屋が侵入してくるかくらい目当てはついてるだろうに、何でこんな小細工を。群衆を見せつけて殺し屋に諦めさせるつもりなのか。

 まさかね。組織の殺し屋がこの程度で諦めるはずがない。それがわからないはずはないんだけど。

 ん? 何だいあのガキは。この暑苦しい夜にあんな黒い長袖のブカブカの格好をして、出店や屋台に興味を示さずにずっと塀の内側を気にしてる。ちょっと頭をのぞいてみるか。

 ! コイツは!

 その瞬間、ガキの姿は消えた。いや違う、跳んだんだ。高い塀のさらに上を悠々と跳び越えて行く。音もなく、気配もなく。周りのヤツらは誰も気づいてない。ああもう畜生! アタシは慌てて打ち上げ花火を取り出して火を点け、空に向けて放った。


◇ ◇ ◇


「南西角に花火確認」

 見張りの衛士からの報告。

 これを受けてタクミ殿は緊張感を浮かべながらも笑顔でうなずいた。

「イエミールだね、なら間違いはない」

 テーブルを挟んで向かい側に立つ衛士長は、下から照らすランタンの明かりの中で息を呑む。

「敵襲か、本当に衛士を向かわせなくてもいいのかね」

「止めようと前に立ちはだかる者より、逃走経路を潰そうとする相手の方が厄介なものです。腕に自信があるなら尚更ね。早い段階でそれに気付いて逃げてくれればイロイロ助かるんですが、まあそれは望み薄かな」

 タクミ殿はそう言ってテーブル上に広げられた屋敷の配置図を指さした。

「南西の酒蔵から侵入して、母屋に入ります。事前に屋敷内の情報を得ているんでしょうね、中央までまっすぐ来ますよ」

 緊張でいまにもはち切れそうな衛士長は、一つ深呼吸をする。

「……まさか国王陛下とご領主様がこの洗濯室に隠れているとは思わない、か」

「それはどうでしょう。相手に常識を期待するのは希望的観測です。多少困惑しても最終的にはここまでやって来ると考えるべきじゃないですかね」

 あくまで冷静沈着なタクミ殿の言葉に、衛士長は思わずこちらを振り返った。私の背後には国王陛下とリアマール候、ハーマン議長とハースガルド公が座っておられる。誰も無言で、まるで恐ろしい嵐が過ぎ去るのを待っているようだ。

 衛士長は自身の内なる恐怖を押さえつけるかのように、強い口調でタクミ殿にたずねる。

「君は占い師だろう、だったらその、この先何が起こるのかをだな」

「誰が殺されて誰が助かるか明言しろと? それはあまり意味がないと思いますよ」

 不穏な言葉の登場に思わず首を振る衛士長だが、タクミ殿は気にも留めずに言い切った。

「敵はこちらを皆殺しにするつもりでしょうし、こちらは誰も殺されないつもりで立ち向かうまで。勝つか負けるかそれだけです、妥協点を探る必要はありません」

 そして配置図をトンと指先で叩くと、私を見つめる。

「タルドマン」

「はい」

「敵は素手だ、間合いは短い。体も小さい。でも君より速くて腕力もある。止められるかな」

「それだけ事前にわかれば、何とか」

 次いで衛士長に顔を向けた。

「腕のいい火縄銃の狙撃手を一名、廊下の隅に置いてください」

「一人でいいのかね」

「何人いても当たらなきゃ同じです。それに当たったら倒せるとは限りませんしね」

「何を馬鹿な、敵だって人間だろう」

「それは僕が決めることじゃありませんから」

 タクミ殿はそう言って微笑む。そこに万全の自信は見えなかったが、いま私にできるのは彼を信じることだけだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

転生貴族の移動領地~家族から見捨てられた三子の俺、万能な【スライド】スキルで最強領地とともに旅をする~

名無し
ファンタジー
とある男爵の三子として転生した主人公スラン。美しい海辺の辺境で暮らしていたが、海賊やモンスターを寄せ付けなかった頼りの父が倒れ、意識不明に陥ってしまう。兄姉もまた、スランの得たスキル【スライド】が外れと見るや、彼を見捨ててライバル貴族に寝返る。だが、そこから【スライド】スキルの真価を知ったスランの逆襲が始まるのであった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...