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45話 侵入
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夜空に真っ赤な三日月が昇った。嫌な感じだ。
さすが領主の屋敷は規模が違う。外周の塀の隙間から中をのぞいても、母屋がどこにあるのか見えやしない。たぶん中に森や丘があって全体が見渡せないようになってるんだろう。
アタシらみたいな下々の人間の視線に触れたくないってのも理解はできなくないんだけどね、内側で何が起こってるのかわからないのは、こういう場合困ったもんだ。
日はすっかり暮れたというのに、領主が許可したおかげでこの人通り。屋台や出店が並び、まるで祭の人出だ。普段は屋敷の周辺で店を出したりするのは厳禁なんだが、「国王陛下がリアマールにご滞在されている幸せを臣民と分かち合いたい」とかいう建前のおかげで、この大賑わいって訳だ。
ただし、一つだけ決まり事がある。花火の禁止。小さな線香花火ならお咎めなしだけど、デカい目立つ花火は使っても売ってもいけない。領主の衛士が常に見回って取り締まっている。火事になるからという、これも建前だ。
どれもタクミ・カワヤの指金だろう。できれば巻き込まれたくないアタシとしては詳しい話を敢えて耳に入れなかったんだが、どうやらここにいる国王を「組織」が狙っているらしい。殺し屋を送り込んでくると考えているんだろう。
確かに屋敷周辺に人の目を置くのは防犯対策として効果的な側面はある。ただしその人混みに敵が紛れ込む危険性と表裏一体だ。まあ、だからこそアタシの出番なんだろうけどね。
アタシが屋敷の外周を巡回し、怪しそうなヤツがいたら頭の中をのぞいてみる。それでいよいよヤバいってことになりゃ、懐に隠し持った打ち上げ花火をドカンとやるのさ。
アタシの仕事としてはそれでおしまい。王様のために戦うとかガラじゃないしね、その辺は中の男どもに頑張ってもらう。
ただ、よくわからないのはあの占い師だ。どこから殺し屋が侵入してくるかくらい目当てはついてるだろうに、何でこんな小細工を。群衆を見せつけて殺し屋に諦めさせるつもりなのか。
まさかね。組織の殺し屋がこの程度で諦めるはずがない。それがわからないはずはないんだけど。
ん? 何だいあのガキは。この暑苦しい夜にあんな黒い長袖のブカブカの格好をして、出店や屋台に興味を示さずにずっと塀の内側を気にしてる。ちょっと頭をのぞいてみるか。
! コイツは!
その瞬間、ガキの姿は消えた。いや違う、跳んだんだ。高い塀のさらに上を悠々と跳び越えて行く。音もなく、気配もなく。周りのヤツらは誰も気づいてない。ああもう畜生! アタシは慌てて打ち上げ花火を取り出して火を点け、空に向けて放った。
◇ ◇ ◇
「南西角に花火確認」
見張りの衛士からの報告。
これを受けてタクミ殿は緊張感を浮かべながらも笑顔でうなずいた。
「イエミールだね、なら間違いはない」
テーブルを挟んで向かい側に立つ衛士長は、下から照らすランタンの明かりの中で息を呑む。
「敵襲か、本当に衛士を向かわせなくてもいいのかね」
「止めようと前に立ちはだかる者より、逃走経路を潰そうとする相手の方が厄介なものです。腕に自信があるなら尚更ね。早い段階でそれに気付いて逃げてくれればイロイロ助かるんですが、まあそれは望み薄かな」
タクミ殿はそう言ってテーブル上に広げられた屋敷の配置図を指さした。
「南西の酒蔵から侵入して、母屋に入ります。事前に屋敷内の情報を得ているんでしょうね、中央までまっすぐ来ますよ」
緊張でいまにもはち切れそうな衛士長は、一つ深呼吸をする。
「……まさか国王陛下とご領主様がこの洗濯室に隠れているとは思わない、か」
「それはどうでしょう。相手に常識を期待するのは希望的観測です。多少困惑しても最終的にはここまでやって来ると考えるべきじゃないですかね」
あくまで冷静沈着なタクミ殿の言葉に、衛士長は思わずこちらを振り返った。私の背後には国王陛下とリアマール候、ハーマン議長とハースガルド公が座っておられる。誰も無言で、まるで恐ろしい嵐が過ぎ去るのを待っているようだ。
衛士長は自身の内なる恐怖を押さえつけるかのように、強い口調でタクミ殿にたずねる。
「君は占い師だろう、だったらその、この先何が起こるのかをだな」
「誰が殺されて誰が助かるか明言しろと? それはあまり意味がないと思いますよ」
不穏な言葉の登場に思わず首を振る衛士長だが、タクミ殿は気にも留めずに言い切った。
「敵はこちらを皆殺しにするつもりでしょうし、こちらは誰も殺されないつもりで立ち向かうまで。勝つか負けるかそれだけです、妥協点を探る必要はありません」
そして配置図をトンと指先で叩くと、私を見つめる。
「タルドマン」
「はい」
「敵は素手だ、間合いは短い。体も小さい。でも君より速くて腕力もある。止められるかな」
「それだけ事前にわかれば、何とか」
次いで衛士長に顔を向けた。
「腕のいい火縄銃の狙撃手を一名、廊下の隅に置いてください」
「一人でいいのかね」
「何人いても当たらなきゃ同じです。それに当たったら倒せるとは限りませんしね」
「何を馬鹿な、敵だって人間だろう」
「それは僕が決めることじゃありませんから」
タクミ殿はそう言って微笑む。そこに万全の自信は見えなかったが、いま私にできるのは彼を信じることだけだ。
さすが領主の屋敷は規模が違う。外周の塀の隙間から中をのぞいても、母屋がどこにあるのか見えやしない。たぶん中に森や丘があって全体が見渡せないようになってるんだろう。
アタシらみたいな下々の人間の視線に触れたくないってのも理解はできなくないんだけどね、内側で何が起こってるのかわからないのは、こういう場合困ったもんだ。
日はすっかり暮れたというのに、領主が許可したおかげでこの人通り。屋台や出店が並び、まるで祭の人出だ。普段は屋敷の周辺で店を出したりするのは厳禁なんだが、「国王陛下がリアマールにご滞在されている幸せを臣民と分かち合いたい」とかいう建前のおかげで、この大賑わいって訳だ。
ただし、一つだけ決まり事がある。花火の禁止。小さな線香花火ならお咎めなしだけど、デカい目立つ花火は使っても売ってもいけない。領主の衛士が常に見回って取り締まっている。火事になるからという、これも建前だ。
どれもタクミ・カワヤの指金だろう。できれば巻き込まれたくないアタシとしては詳しい話を敢えて耳に入れなかったんだが、どうやらここにいる国王を「組織」が狙っているらしい。殺し屋を送り込んでくると考えているんだろう。
確かに屋敷周辺に人の目を置くのは防犯対策として効果的な側面はある。ただしその人混みに敵が紛れ込む危険性と表裏一体だ。まあ、だからこそアタシの出番なんだろうけどね。
アタシが屋敷の外周を巡回し、怪しそうなヤツがいたら頭の中をのぞいてみる。それでいよいよヤバいってことになりゃ、懐に隠し持った打ち上げ花火をドカンとやるのさ。
アタシの仕事としてはそれでおしまい。王様のために戦うとかガラじゃないしね、その辺は中の男どもに頑張ってもらう。
ただ、よくわからないのはあの占い師だ。どこから殺し屋が侵入してくるかくらい目当てはついてるだろうに、何でこんな小細工を。群衆を見せつけて殺し屋に諦めさせるつもりなのか。
まさかね。組織の殺し屋がこの程度で諦めるはずがない。それがわからないはずはないんだけど。
ん? 何だいあのガキは。この暑苦しい夜にあんな黒い長袖のブカブカの格好をして、出店や屋台に興味を示さずにずっと塀の内側を気にしてる。ちょっと頭をのぞいてみるか。
! コイツは!
その瞬間、ガキの姿は消えた。いや違う、跳んだんだ。高い塀のさらに上を悠々と跳び越えて行く。音もなく、気配もなく。周りのヤツらは誰も気づいてない。ああもう畜生! アタシは慌てて打ち上げ花火を取り出して火を点け、空に向けて放った。
◇ ◇ ◇
「南西角に花火確認」
見張りの衛士からの報告。
これを受けてタクミ殿は緊張感を浮かべながらも笑顔でうなずいた。
「イエミールだね、なら間違いはない」
テーブルを挟んで向かい側に立つ衛士長は、下から照らすランタンの明かりの中で息を呑む。
「敵襲か、本当に衛士を向かわせなくてもいいのかね」
「止めようと前に立ちはだかる者より、逃走経路を潰そうとする相手の方が厄介なものです。腕に自信があるなら尚更ね。早い段階でそれに気付いて逃げてくれればイロイロ助かるんですが、まあそれは望み薄かな」
タクミ殿はそう言ってテーブル上に広げられた屋敷の配置図を指さした。
「南西の酒蔵から侵入して、母屋に入ります。事前に屋敷内の情報を得ているんでしょうね、中央までまっすぐ来ますよ」
緊張でいまにもはち切れそうな衛士長は、一つ深呼吸をする。
「……まさか国王陛下とご領主様がこの洗濯室に隠れているとは思わない、か」
「それはどうでしょう。相手に常識を期待するのは希望的観測です。多少困惑しても最終的にはここまでやって来ると考えるべきじゃないですかね」
あくまで冷静沈着なタクミ殿の言葉に、衛士長は思わずこちらを振り返った。私の背後には国王陛下とリアマール候、ハーマン議長とハースガルド公が座っておられる。誰も無言で、まるで恐ろしい嵐が過ぎ去るのを待っているようだ。
衛士長は自身の内なる恐怖を押さえつけるかのように、強い口調でタクミ殿にたずねる。
「君は占い師だろう、だったらその、この先何が起こるのかをだな」
「誰が殺されて誰が助かるか明言しろと? それはあまり意味がないと思いますよ」
不穏な言葉の登場に思わず首を振る衛士長だが、タクミ殿は気にも留めずに言い切った。
「敵はこちらを皆殺しにするつもりでしょうし、こちらは誰も殺されないつもりで立ち向かうまで。勝つか負けるかそれだけです、妥協点を探る必要はありません」
そして配置図をトンと指先で叩くと、私を見つめる。
「タルドマン」
「はい」
「敵は素手だ、間合いは短い。体も小さい。でも君より速くて腕力もある。止められるかな」
「それだけ事前にわかれば、何とか」
次いで衛士長に顔を向けた。
「腕のいい火縄銃の狙撃手を一名、廊下の隅に置いてください」
「一人でいいのかね」
「何人いても当たらなきゃ同じです。それに当たったら倒せるとは限りませんしね」
「何を馬鹿な、敵だって人間だろう」
「それは僕が決めることじゃありませんから」
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