タイムウォッチャーが異世界転移したら大予言者になってしまうようだ

柚緒駆

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41話 地下牢の取引

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 窓がない。まあ窓などあったところで陽の光が入って来るはずもないのだが。地下牢だからな。暗くてジメジメこそしているが、いままでに入った牢の中では比較的清潔な方だろう。

 それにしても退屈だ。地下牢には俺以外に囚われている者は一人もいない。一日に二回、下女が食事を運んでくるだけで、見張りすらいないのだ。俺が脱走するとすら思われていないのかも知れない。

 もっとも実際に脱走を図ろうとすれば、あの占い師の小僧に感づかれるだろうし、そもそもいまさら脱走したところで身を寄せる場所すらない。要は詰んでいるのだ。

 俺が牢獄の片隅でそう黄昏たそがれていると、階段を下りてくる足音が聞こえた。食事の時間にはまだ随分と早いのだが。いや、足音が二つ。下女ではないか。

 薄暗いランタンの明かりの中、格子の外側にやって来たのはあの占い師とタルドマンとかいう護衛だ。タルドマンの右手には俺の長剣が握られている。

「やあルベロス、元気そうで何より」

 このクソガキ、いとも簡単に他人の神経を逆撫でしやがる。無言でにらみつければ、占い師タクミ・カワヤは笑顔でしゃがみ込んで俺の顔をのぞき込む。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど。ああ、しゃべりたくないのはわかってるんだ。でもアンタにも関係あることだからね、一応確認はしておかないと」

 占い師が目で合図すると、タルドマンは牢の鍵を開けて中に入って来た。俺の長剣を手に。そして両手で水平に持つと、こちらに向かって差し出す。

「……何のつもりだ」

 タルドマンは無言。タクミ・カワヤも何も言わない。こいつら舐めてやがるのか、俺に長剣を与えても斬られるはずはないと。ふざけやがって。

 俺が剣から目を背けると、占い師はため息をついてこう言う。

「組織の殺し屋に、随分綺麗な顔した若い男がいるよね。銀髪の」

 俺は己の顔が引きつるのを感じた。背中に変な汗が湧き出す。

「どうしてそれを」

「どうやらそいつがリアマールにやって来るらしい。どんなヤツかと思ってさ」

「聞いてどうする。おまえが占えば」

 そこまで言いかけて、ようやく俺は気付いた。

「そうか。俺を殺しに来る可能性もある訳だな」

 だから長剣を返し、牢獄の鍵を開け放ったのだ。

「俺に恩を売る気か、占い師」

「そんな趣味はないよ、純然たる取り引きだ。その殺し屋の情報が知りたい」

「無駄だ」

 俺は鼻先で笑った。

「ガライがやって来るのなら、何をしても無駄だ。確かにあいつも俺も殺し屋だが、本質的に別物なんだよ。たとえおまえに未来が見えようと、あいつからは逃げられない。あれに狙われた時点でおまえの負けは確定している。終わりだ」

「ガライって言うのか。そうなんだよなあ、こいつと戦って勝てる未来がまったく見えないんだ、困ったことに」

「わかってるんなら、さっさと諦め」

「ところが、だ」

 タクミ・カワヤはニッと笑った。

「こいつが僕を殺さない未来なら見えるんだよ、これが」

 俺は目をみはった。いや、もちろん嘘をついている可能性はある。あるのだが、そんなことをして何の意味があるのか。俺を騙してもガライの脅威はなくならない。ならば本当なのではないか。本当にガライはこの占い師を殺さないのかも知れない。だが何故だ。

「何故僕を殺さないのか。それはたぶん、ボイディア・カンドラスの指示だ。ヤツにとって僕はまだ利用価値がある。だから殺されない」

「しかし」

 俺にはおまえを殺すよう命じたんだぞ。それは事実だ。そう言いかけた俺を遮るように占い師は言葉を続ける。

「アンタに僕を殺すよう命じたのは、その時点における意思決定、状況が変化すれば求められるモノも変わって来る。ルン・ジラルドが現れたからね、迂闊に僕を殺せなくなったんじゃないかな」

 ルン・ジラルドとは誰だ。地下牢の外ではそんなに大きく世界が動いているのか。
 タクミ・カワヤはいつもの通り、自信に満ちた顔でこう言った。

「つまり僕は殺されないことを前提に、他のみんなを守る方法が必要になる。そこでアンタの出番だ。ガライについて、できるだけ詳しく知りたい。協力してくれないか」

「なら、おまえ一人で逃げれば済む」

「そんな話に興味はないんだ。もう一回言おうか?」

「だったら俺ももう一回言ってやる。ガライに狙われたら終わりだ。終わりなんだよ。あいつは倒せないし逃げきれない。本物の怪物だからな」

「でも組織の元締めの言うことは聞くんだろ」

 その言葉は俺の虚をついた。確かに、言われてみればその通り。何であのガライは元締めの命令だけには逆らわなかったんだ。

「ガライが本物の怪物でも、何か操る方法はあるはずじゃないか。でなきゃ組織にだって居場所はなかった。だからガライについて教えてくれ。何でもいい」

 熱を帯びたタクミ・カワヤの言葉は俺を困惑させる。何でもいいと言われると、何を言えばいいのかわからなくなるだろう。俺は聞こえよがしにため息をついて立ち上がると、タルドマンが差し出していた長剣を奪うように受け取った。

「本当に何でもいいんだな。後で文句を言うなよ」


◇ ◇ ◇


 今日は珍しく日が暮れる前にお客様が終わりました。先生はタルドマンさんと地下牢に行かれているので、私はしばらく手持無沙汰です。仕方がないので離れの表をホウキで掃いていると、突然長い赤髪の女の人が現れました。

 突然です。本当に突然だったんです。人の歩いて来る気配なんてまったくなかったのに、振り返ったらそこに立っていました。黒い軍服のような服装の上から、白くて薄い布の服を羽織って、長い髪を風に揺らして。

「やあ素敵なお嬢さん、初めまして」

「あ、あの、占いのお客様ですか」

「いえいえ、客などという大層な身分ではありません。帝国のコルストック伯爵からの親書を公爵ハースガルド様に届けに上がった、ただの使者でございますよ」

「あ! ご使者の方ですね、申し訳ありません。すぐハースガルド公に取り次ぎますので、しばらくご猶予をいただけますか」

 背を向けようとする私を、ご使者の女の方は呼び止められます。

「ああ、ちょっと待って。それより先に教えていただけますか」

「はい? 何でしょうか」

「タクミ・カワヤはいまどこにいます」

「先生ですか。でしたら用事で席を外されて」

「可愛い可愛い私のタ・ク・ミに会いたいのですが」

「え……あなたの」

 と、そこに怒鳴り声が聞こえました。

「ルン!」 

 振り返れば母屋の方から先生とタルドマンさんが走ってきます。先生はいままで見たこともないほど苛立った顔でした。

「ああ、お久しぶりねタクミ」

「おまえ、また悪趣味なこと企んでるだろ」

「あら嫌だ。冷たいなあ、遠く故郷を離れたこの地で巡り合えた幸運を喜んでくれないの」

「しらじらしいんだよ。僕の前に出てきたのは連中の判断だろうが」

 すると先生にルンと呼ばれた女の方は、クスっと妖しい笑みを浮かべました。

「連中なんて言うものではないですよ。ちゃあんとガレウォン博士と呼びましょう」

 これに先生は歯をむき出して獰猛に笑います。

「偉大なる総統閣下の右腕とは言わなくていいのか」

「おや、君が総統閣下に忠誠を誓っているとは知りませんでした」

「こんなに誰かをぶん殴りたくなったのは久しぶりだよ」

「そうですか。ちなみに前回は誰を?」

「おまえに決まってるだろうが!」

 いつも冷静な、何事にも平然としている普段の先生からは考えられないほど荒々しい言葉遣いに、私は驚いてしまいました。呆気に取られている私に気づいて、先生は気まずい笑みを浮かべます。

「ああ、ステラ。これはアレだ、イロイロあってね」

「そう、イロイロあったんです。二人でイロイロな経験をしましたものね、タ・ク・ミ」

「お、ま、え、なあっ! ……何しに来たんだよ、いったい」

 するとルンさんはクスッと笑って封筒を取り出しました。

「じゃあそろそろハースガルド公にお会いしましょうかね、遊んでばかりもいられないので」
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