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27話 妖精の国

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 旦那様には先生から話していただけるということでしたので、私は先生の寝室でリコットを着替えさせました。ランタンの明かりの中でびしょ濡れになった服を脱がせて髪の毛を拭いて、そして背中を拭き始めたとき、私は息ができなくなりました。

 背中にはいくつもの黒いアザと無数の傷があったのです。

 誰がこんなことをしたの、と口に出しかけて私は必死に堪えました。それをリコットにたずねるのは、とても残酷なことのように思えたので。リコットは不思議そうに見上げています。私は何とか笑顔を作り、寝間着を着せました。

 そのとき扉がノックされ、先生の声が聞こえます。

「ステラ、もう大丈夫かな?」

「あ、はい。大丈夫です」

 扉が開くと先生と旦那様が立っておられました。先生はともかく旦那様が来られたのは意外でしたが、リコットに驚いている様子はありません。

「リコット」

 先生はしゃがみ込んでリコットと視線の高さを合わせました。

「たぶん知ってるだろうけど、こちらのハースガルド公は怖い人じゃない。顔はちょっと怖いんだけどね」

 旦那様はちょっとムッとした顔でしたが、先生は構わず話を続けます。

「教えてくれるかな。何があったんだい」

 リコットはしばらくモジモジとしていましたが、やがて意を決したように顔を上げました。

「キーシャが言ってる。もうすぐ怖い人がたくさん来るの」

「それはこのお屋敷にかな」

 先生の問いかけに、リコットはうなずきます。

「ここにも来る。ご領主様のお屋敷にも来る」

「ここと領主のところに?」

 そうつぶやいたのは旦那様。

「怖い人とは、いったい何が来るのだ」

 先生は振り返って笑顔を見せました。

「武装勢力、そんな言い方でいいんじゃないでしょうか。ギルミアス帝国が後ろに着いた武装勢力が、ご領主様と旦那様を狙って襲ってくるんです」

「な、おまえ知っていたのか」

 これに先生は苦笑を浮かべます。

「まさか。いまリコットの話を聞いて初めて気が付いたんです。いくら僕でもあらゆる未来を見通すなんてできっこないんですから」

 けれど旦那様は、信用ならないという表情でこうおっしゃいました。

「その武装勢力の襲撃にどう対処する気だ」

 すると先生は目を丸くします。

「そりゃ逃げるしかないでしょう」

「逃げるだと。この家の者だけならともかく、領主に家臣や使用人すべてを逃がせというのは無理だぞ」

 怒ったように話す旦那様に、先生は困り顔です。

「いや、ご領主様は兵力を抱えてるじゃないですか。いつ何人くらいの武装勢力がやって来るか教えれば、対応できるはずでしょう。問題はここですよ、門番すらいないのに」

 そんな会話を聞いていたリコットが突然こんなことを言いだしました。

「何とかできるってキーシャが言ってる」

 キーシャとは誰でしょう。私は訳がわかりませんでしたが、これには旦那様はもちろん、先生もキョトンとしています。

「何とかできるって、武装勢力をかい?」

 リコットは先生にうなずきました。

「何とかできるけど、助けるには条件が二つあるって」

「二つか。どんな条件かな」

「一つ目は……え、え?」

 リコットは何かがいる訳でもない自分の右肩を見ながら、驚いた顔をしています。

「どうした。キーシャは何て言ってる」

 優しく問いかける先生に、リコットはとても言いにくそうな口調で話しました。

「一つ目は、リコットを守ること」

 先生は少しの間難しい顔をしていましたが、じきに笑顔を浮かべます。

「わかった。僕にできる限りのことはしよう。もう一つは」

「フェルンワルドを救って欲しいって」

「フェルンワルド? それは人の名前かな」

 するとリコットは首を振ってこう答えました。

「フェルンワルドは国の名前。キーシャが生まれたところ。妖精の国」


◇ ◇ ◇


 もう、面倒くさいったらありゃしない。だからアタイ人間ってキライ。リコットが「妖精の国」って言っただけでホラ、可哀想なヤツをみる目つきするんだもの。自分たちの目に見えるモノだけが世界のすべてだと思ってるんでしょうね。バッカみたい。バーカバーカ。

 でも不幸中の幸い、タクミ・カワヤって言ったっけ、この時間を見られる人間だけは何とか話が通じるみたい。てか、コイツ以外の人間には用なんてないんですけど。とっとと失せろ、消えちまえーっ!

 アタイの願いが届いたのか、タクミ・カワヤがこう言った。

「とりあえずリコットに関しては、僕に任せていただけませんか」

 そうそう、コイツに任せて他のはどっか行っちゃえばいいんだ。行け行け、早くいなくなれ。いーなくなれ、いーなくなれったらいーなくなあれ。

 よーし、デッカイのとチッチャイのが部屋から出て行った。あースッキリしたあ。よしよし、後はタクミ・カワヤをフェルンワルドに連れて行くだけ。

「それじゃリコット、さっさとコイツを連れて行くよ」

 アタイがそう言ったのに、リコットは困った顔をしてる。

「ダメだよ、キーシャ」

「何がダメなのさ。アンタここに何しに来たかわかってる?」

「だけど、ちゃんと説明しないとわかってもらえない」

 説明? 説明説明説明! 何で人間はそんなに説明が好きなの。毎日毎日説明してばっかじゃない。直観で理解できないなんてホント不便よね。あー可哀想可哀想。

 アタイが呆れてるとタクミ・カワヤがこっちを見つめた。何よ、見えてないくせに気持ち悪い。あっかんべーっだ。

「僕がキーシャと話すことってできるのかな」

 何よ何よ。何言い出すのこの男。そんなこと言ったらリコットが素直に返事しちゃうじゃない。

 あーっ! ホラうなずいちゃったでしょ。タクミ・カワヤの手を取って、右肩に乗せちゃったじゃないのもう!

「アタイの右肩なんだからね、触るな!」

 怒鳴ったアタイに、タクミ・カワヤは目を丸くした。あ、聞こえてる。構うもんか。

「何さ! そんな顔でビックリしなくてもいいでしょ!」

「キミが、キーシャなのか」

「そうよ、悪い?」

「いや、別に悪くはないけど」

 苦笑なんかしちゃってさ、アンタなんかにとやかく言われる筋合いないんですけどね!

 なのにリコットは怖々たずねる。

「ビックリした?」

「そりゃ驚くよ、妖精を見たのは初めてだからね」

 何さ何さ、微笑んだりして! ムキーッ! 腹立つヤツ! リコットもリコットよ、そんな安心した顔見せたりしてさ。アタイの前でそんな顔したことないじゃない。

「妖精は信じる人にしか見えないから。あなたも妖精を信じてたの」

 リコットがそう言えば、タクミ・カワヤは首を振った。え、首振るの? え、信じてないの?

「妖精の存在は信じてなかったけど、そもそも疑ってもいなかった。世界には信じられないような化け物がいるのを知ってるからね、妖精がいても不思議はないくらいの気持ちならあったかも知れない」

「え、化け物? どんな? ねえどんな?」

 ああアタイのバカバカ、何嬉しそうに話しかけたりしてんのさ。でも好奇心は抑えられない。だって妖精だもの。

 するとタクミ・カワヤはちょっと困った顔でこう言った。

「人間に手を加えることで大昔の神話に出てくる神の御業みわざを現実のモノにしようとする連中とか、その神を模した力で世界を支配しようとするヤツとかさ」

「何よそれ、ただの人間じゃないの」

「いやあ、そりゃ手厳しいな」

 タクミ・カワヤは楽しそうに笑っている。何よコイツ、変なヤツ。
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