タイムウォッチャーが異世界転移したら大予言者になってしまうようだ

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
25 / 73

25話 動きだす者

しおりを挟む
 どこだ。ハンデラ・ルベンヘッテとアイメン・ザイメンが連れ立って大広間から退出したのは間違いない。そしてボイディアもまた姿を消した。おそらくはこの竜牙堂のどこかの部屋で顔を突き合わせているはずなのだが、それがどこかわからない。

 まさか一部屋ずつ開けて回る訳にも行かず、広い屋敷で道に迷った風を装いながら手近な扉の前で内側をうかがうこと数度、しかし手がかりが見つからない。

 もしやこちらの動きが気取られているのだろうかとも思ったものの、ここまで来て何もせず退散などすれば、カリアナ閣下が突拍子もない行動に出る可能性がある。それを防ぐためにも何か獲物を持ち帰りたいところだ。

 一階の部屋には人のいる気配がなかった。仕方ない、二階に上がるか。だが奥まった螺旋らせん階段に近付いたとき。

「道に迷ったのかい」

 突如聞こえた声に振り返れば、そこにはボイディアと一緒にいた男装の少女が立っている。

「そっちには何もないよ」

 笑顔でそう言う少女にうなずき、階段から離れた。見られてしまったのだ、ここで無理をしても始まらない。

「そうか、手洗い場を探していたのだが」

「手洗いならこっちだよ。案内してやる」

「助かる」

 背を向けて歩き出す少女の後に続く。ここで逃げようとすれば不審がられるだけだ、とにかく手洗い場を利用して大広間に戻る機会をうかがわねば。

 だが、少女はどんどん建物の奥へと進んでいく。大広間からは離れるばかりで手洗い場に到着する気配がない。

「おい、手洗い場は」

 声をかけた瞬間、少女は身をひるがえした。その手に輝く銀色の光。とっさに身をかわしたが、胸のあたりに細い熱を感じる。少女の手にした小刀に斬られたのだとすぐに理解した。

「何をする!」

「それはこっちのセリフだよ。コソコソと泥棒みたいな真似してさ、殺されたって文句は言えないんじゃない」

 少女は笑う。しまった、舞踏会に剣を持ち込むなど無粋の極みと思い丸腰で来たのだが、懐に小刀くらいは持ってくるべきだったか。

「さあ答えてもらうよ、いったい何を探ってたんだい」

 少女は警戒するそぶりさえ見せず近付いてくる。よほど腕に自信があるのか。私は後ずさりながらたずねた。

「それはつまり、探られて困ることが行われているということだな」

「困りはしないさ。少なくともうちは困らない。あんたも別に困らないよ。どうせ死ぬんだし」

 小刀が宙を走る。速い。手首をつかみ止めようとしたが、まるで風のように指の間をすり抜けて行く。左腕と右脇に傷ができた。小刀故に傷は浅いものの、もしこれが剣ならすでに致命傷を受けていたところだ。

 武器の有無だけの差ではない。実力が違い過ぎる。これほどの少女がこれまで名も知られぬままであったとは、何と恐るべきかな。

「しゃべる気にならないのなら仕方ない。沈黙したまま死にな」

 少女は短剣を腰だめに構え、全身でこちらに突っ込んで来る、と思ったのだが。その足が止まった。

「誰だ」

 少女の口からそれを聞くまで気付かなかった。私のすぐ背後に人影が立っている。

 思わず振り返れば、目に映るのは腰まである長い赤毛。若い女か。白く薄っぺらい布でできた単純な服を羽織っているが、その下に着込んでいるのは軍服に見える。だが帝国や王国の制服ではない。

 女は言った。

「ST型7号、と言ってもわかるまい。ボイジャーにはこう伝えろ。ルン・ジラルドがやって来たとな」

 これに対し小刀の少女は何か答えようとしたように見えた。だがその姿は消える。いや、違う。少女どころか、ルベンヘッテの竜牙堂ごとすべてが消えた。いや、それも違う。

 私がいま居るのは見覚えのある場所、おそらくは我がレンバルト伯爵家の馬車の中。ならば消え去ったのは私の方なのか。

 向かいの席には赤髪の女が座っている。

「コルストック伯爵レンバルト家の騎士団長ザインク殿、でよろしかったですかね」

「助けてもらってこういう言い方はどうかとも思うが、君は何者だ」

 傷が痛む。暗くてよくわからないが、脇の傷からは出血もかなりあるのだろう。と、女は不意に私の右脇腹に手を伸ばした。

「な、何を」

「静かに」

 甘い髪の匂い。そうしていたのは数秒か。女はまた不意に手を離したが、それを私の膝に置いた。

「とりあえず血は止まりました。ご安心を」

「いったい……」

「私の名はルン・ジラルド。どこから来た何者であるかを説明するのは非常に難しいですが、まあ少なくとも貴族ではないのでお気遣いなく。いまの段階では、ボイディア・カンドラス男爵と敵対する者とだけ申し上げておきましょう」

「ではボイディア卿が何を企んでいるかを」

「いいえ、そこまで明解な回答は持ち合わせておりません。ただ」

「ただ?」

 そのときルン・ジラルドの口元に浮かんだ笑みは、何を意味するのか。

「あの男が企むことです。おそらくはとんでもなく、ろくでもない話ではないかと」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。

アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。 両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。 両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。 テッドには、妹が3人いる。 両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。 このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。 そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。 その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。 両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。 両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…   両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが… 母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。 今日も依頼をこなして、家に帰るんだ! この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。 お楽しみくださいね! HOTランキング20位になりました。 皆さん、有り難う御座います。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?

山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。 2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。 異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。 唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。

処理中です...