上 下
18 / 73

18話 唯一の答

しおりを挟む
 領主グリムナント侯爵の馬車が門を出て行く。それを窓から見送り振り返れば、リメレ村のガナン村長がこちらに頭を下げていた

「公爵閣下、このたびのこと何から何までお世話になり申した」

 気のせいだろうか、その両肩が少し老いを感じさせたのは。

「私は場所を貸しただけだ。礼ならそこの占い師に言ってやってくれ」

 村長は顔を上げるとタクミ・カワヤに向き合った。

「おまえさんにも本当に世話になった。しかし驚いたな、これまで占い師を名乗る者は何人も見てきたが、ここまですべてを言い当てる者など見たことがない」

「たまたま調子が良かっただけですよ」

 タクミ・カワヤはそう言いながらも笑顔で胸を張っている。謙遜する気があるなら態度に出さんか、まったく。だが村長は心底感心しているようだ。

「いやいや謙遜するな。領主が来る前におまえさんの説明を聞いておらんかったら、あやつの言葉に怒り狂っておったはずだ。そうなれば交渉などではなかったろう、感謝しておる」

 そして再び私に向かって深々と頭を下げる。

「閣下のお気遣い、決して無駄には致しませぬ。御恩はリメレ村末代まで語り継がれましょう。この先何が起ころうともこのガナン、公爵閣下のためなら命投げうつ所存。いつでもお声をおかけください」

「縁起でもないことを言ってくれるな。村長にはリメレのためにまだ頑張ってもらわねばならんからな」

 私の言葉に笑顔を返し、村長は「では失礼致します」と背を向けた。

 村長の姿が扉の向こうに消えたのを確認して、一つ大きなため息をつく。占い師をにらみつければ相手は満面の笑顔。

「旦那様もお疲れ様でした」

「疲れたどころの騒ぎではない。寿命が縮んだぞ。陰謀の話など打ち合わせになかったではないか、あれはどこまで本当なのだ」

「僕の提案した作戦を全部無視した旦那様にそれを言われましても。陰謀の話は本当ですよ、残念ながらハッタリはなしです」

 グリムナント侯爵家をめぐる陰謀。その正体はつかめないが、中央の大貴族の顔がいくつか思い浮かんでくる。さもありあんといったところか。

 こういった面倒ごとに嫌気がさした祖父が王都を離れ、父は大半の領地を返上、私自身も公職を返上した経緯がある。権謀術数の渦巻く中に身を置かぬのはハースガルド家代々の家訓のようなもの、この件からもできるだけ距離を置きたい。

「そろそろいいかい」

 そう言って部屋の奥から立ち上がったのは、タクミ・カワヤが連れてきたイエミールという女。書記が必要だとのことだったが、今回確かに覚書を交わしたものの、事前に用意された書面に名前を書いただけだ。交渉の記録を残す必要があるとはいえ、わざわざ外部から書記を連れてきた理由がよくわからない。

 イエミールは何やら書き連ねられた紙の束を占い師に渡すと、疲れた様子で挨拶もせずに部屋を出て行った。

「ご苦労さん」

 声をかけたタクミ・カワヤはその紙をしばらくパラパラとめくりながら読むと、「ハイ、旦那様」と私に渡す。

「これは旦那様が読むべきものです」

「私が読むべきもの?」

 意味がわからず紙に目を落としてみれば。

――少々広めではあるが豪奢さや荘厳さのカケラもない物置のような部屋

――こんな小物どもを相手に時間を浪費しても無意味

――何を生意気な、そんな屁理屈が通るとでも思っているのか

――平民などに日和りおって、貴族の風上にも置けぬクズめ

「何だこれは」

 いったい何の悪ふざけだと詰問しそうになる私に、占い師は平然とこう言った。

「さっきご領主様が心の中で考えていたことです。それを知って頭に入れた上で、今後のことを考えていただかないと」

 領主の心の中? 何故そんなことがわかるのだ。と言うより何より。

「今後とはどういうことだ。領主との話はもう終わったではないか」

「何をおっしゃってるんですか、終わってませんよ。それどころか今日が始まりです。まあ旦那様にとっては大変残念なお知らせなんでしょうけど」

 そう言って占い師は笑う。しかし私にとっては笑い事ではない。

「おまえ、何を隠している」

「いやだなあ、隠し事なんてありませんよ」

 タクミ・カワヤは苦笑している。

「ただ僕だって世界の未来のすべてが見える訳じゃないんです。神様じゃないですからね。ある程度は見えても、それ以外は推測するしかない。その推測の部分をいちいち端から端まで旦那様に報告してたら、眠る時間がなくなってしまいます」

「……それで」

「はい?」

「とぼけるな、おまえはいまの時点でどこまでを見て、どこまでを推測しているのだ。全部を話せとは言わん。私はグリムナントをめぐる陰謀に巻き込まれるのか」

 すると気のせいだろうか、タクミ・カワヤの顔が少し神妙になったように見えたのは。

「陰謀もそうなんですが、旦那様はもうちょっと深刻なところ、具体的には国王陛下に関わる問題に直面するはずです」

 私は思わず両手で顔を押さえた。もし本当にそうなら、いったい何のためにすべてを国に返上し、ここに引きこもったのかわからなくなるではないか。

「それは決定された未来なのか」

 ため息交じりの私の言葉に、占い師は首を振る。

「決定された未来なんてものはありません。未来は常に変化の可能性を秘めています。絶対の予言なんてないんです。ただし運命をすべて受け入れて、抗うことなく流されるままになれば、ほぼ間違いなくこの未来がやって来るでしょう」

「どうやって抗えばいいというのだ」

「それがわかれば、僕は神様になれますよ」

 まったくこいつだけは無責任極まりない。そうは思ったものの、この場合の責任とは何だ。未来を正しく予知することか。巫呪占筮ふしゅうせんぜいの類は一切否定していたはずのこの私が、占いに頼ろうというのか。何とも浅ましくみっともないことよ。

 未来など何も決まっていない。仮に何かが起こるにせよ、人生とはその何かに立ち向かうことの繰り返しだ。それが領主に関わろうが、王家に関わろうが同じこと。到来する困難を全力で乗り越える以外に道はない。これこそが唯一の答なのだろう。

 と、胸を張って言い切れれば簡単なのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傭兵アルバの放浪記

有馬円
ファンタジー
変わり者の傭兵アルバ、誰も詳しくはこの人間のことを知りません。 アルバはずーっと傭兵で生きてきました。 あんまり考えたこともありません。 でも何をしても何をされても生き残ることが人生の目標です。 ただそれだけですがアルバはそれなりに必死に生きています。 そんな人生の一幕

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...