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7話 リメレ村
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「面倒なことになった」
昼食の途中でグリムナント侯爵家から届いた返信に目を通すと、思わずそうつぶやいてしまった。
「おや、どうなさいました」
向かいの席でパンをかじるタクミ・カワヤは興味津々な笑顔を見せる。その面白そうな顔がこちらとしては面白くない。
「言わなくてもわかっているのではないか」
「それは買いかぶりですよ、旦那様。いかに僕だとて、実際に占ってみもせずに世の中で起こっていることをあまねく理解するなど不可能です。所詮占い師は人間、神様のようには参りませんから」
言葉としては謙遜しているのだろう。だがその謙遜が「占い師」にかかっているのか「人間」にかかっているのかで意味が変わって来る。並みの人間よりは神に近いという主張とも取れなくはないからだ。
「なるほど、事前にこの件について占ってはいないと言いたい訳か」
「もちろんそうですし、仮に占っていたところで文の内容を知ることに価値がない訳ではありません。未来は往々にして変化するものなのです。絶対の予言なんてありませんよ」
コトリと音を立ててパンを皿に置き、タクミ・カワヤは見つめている。すべてを見通しているかのような目で。何も説明しない訳にも行かないか。
「領主はこう言ってきた。グリムナント家の体面が保たれるのであればリメレ村との確執解消を進めることはやぶさかでない。ただし、交渉の場にはハースガルド家から占い師タクミ・カワヤの同席を求める、とな」
「それはそれは、僕も有名人になったものですね」
「茶化すな。笑いごとではないぞ、そもそもグリムナント家の体面を保つのは口で言うほど簡単ではない。要は頭を下げるつもりはないということだ。そのくせ、おまえを交渉の場に連れて来いという。当然、何かをさせる腹づもりなのだろう」
「あれ、旦那様は僕のことをご心配くださっているのですか」
頭が痛い。まったくこいつは、占いはできても貴族の暗部を知らないのだ。人間など利用されて使いつぶされるだけだということを。
「おまえ一人が困るだけなら心配などしない。このハースガルド家に関わるすべての者に迷惑がかかる事態になるかも知れないと考えているのだ」
「それはちょっと気が早いですね」
その少し持って回った言い方が気に入らなかった。
「どういう意味だ」
「これは別に占った訳ではないので適当に聞き流していただきたいんですが」
そう言いながらも確信に満ちた視線で占い師は告げた。
「この国はいま激動期に差し掛かっているように見えます。おそらくこの先、旦那様はもう安穏とはしていられませんよ。大勢の人々の期待と希望が旦那様の双肩にかかってくるでしょう。本当に怖い、本当に悩ましい事態はまだまだこれからやって来ます。いまはほんの入口なんです」
リメレ村の村長の家は我がハースガルド家の屋敷から徒歩で行き来できる距離にある。馬を使えばほんの近所だ。使いを出してもよかったのだが、私は自分で出向くことにした。見ようによっては領主に対するよりも丁重に思えるかも知れない。だがそれは違う。
領主のグリムナント家と我がハースガルド家は貴族同士、相応の外交手段とそれにまつわる作法が確立されている。そこから外れた手法を取れば、場合によっては相手方に侮辱と受け取られる可能性さえあるのだ。
だが平民であるリメレの村長にそんな気遣いは無用。もっとも言葉が伝わりやすい方法で話すことが重要なはずだ。これについてはあの占い師も否定はしなかった。あれの言葉を判断基準とするのは癪に障るが、まあ無駄な心配をするよりはマシか。
――本当に怖い、本当に悩ましい事態はまだまだこれからやって来ます
あの言葉の真意は何だったのか。私がたずねれば答えたのだろうが、どうにも聞きそびれてしまった。
馬がリメレ村に入ると、足音が変わった。街道も決して整備されていない訳ではないのだが、やはり日常的に踏み固められている道は違う。それだけリメレが豊かな村であり、交易も盛んな証拠である。
「馬だー!」
「でっけー馬!」
小さな畑の脇から子供が三人、馬の前に飛び出してきた。慌てて手綱を引かなければ馬の脚が子供の頭を蹴飛ばしていただろう。
「こらーっ!」
畑の向こうにある農家から飛び出してきた女が血相を変えて走って来る。キョトンとしている子供らの襟首をつかんで地面に押し倒すと、自身も膝をついた。
「申し訳ございません公爵様! 何も知らぬ子供らのしたことです、どうか、どうか今回ばかりはご容赦を!」
この反応には苦々しい笑みを浮かべるしかない。農民にとっての貴族など、どう転んでもこんなものなのだ。横暴で残忍な人でなしにしか見えないのだろう。
「気にしないでくれ、子供らを罰するつもりなどない」
私は馬を降り、女に声をかけた。
「それよりも村長殿は今日おられるだろうか。少し話したいことがあるのだが」
女は膝をついたまま、用心深く言葉を探している。と、子供の一人が立ち上がった。
「村長さん、さっきいたよ」
「これ、おまえ!」
焦る女に笑顔を返し、私は子供らにたずねた。
「家にいたかい」
「うん!」
「それじゃあ済まないが、先に行ってもうすぐ客が来ると伝えてもらえないだろうか」
「いいよ!」
三人の子供たちは笑顔を見せると道を駆けだす。私は再び馬に乗り、その後をついて行った。
昼食の途中でグリムナント侯爵家から届いた返信に目を通すと、思わずそうつぶやいてしまった。
「おや、どうなさいました」
向かいの席でパンをかじるタクミ・カワヤは興味津々な笑顔を見せる。その面白そうな顔がこちらとしては面白くない。
「言わなくてもわかっているのではないか」
「それは買いかぶりですよ、旦那様。いかに僕だとて、実際に占ってみもせずに世の中で起こっていることをあまねく理解するなど不可能です。所詮占い師は人間、神様のようには参りませんから」
言葉としては謙遜しているのだろう。だがその謙遜が「占い師」にかかっているのか「人間」にかかっているのかで意味が変わって来る。並みの人間よりは神に近いという主張とも取れなくはないからだ。
「なるほど、事前にこの件について占ってはいないと言いたい訳か」
「もちろんそうですし、仮に占っていたところで文の内容を知ることに価値がない訳ではありません。未来は往々にして変化するものなのです。絶対の予言なんてありませんよ」
コトリと音を立ててパンを皿に置き、タクミ・カワヤは見つめている。すべてを見通しているかのような目で。何も説明しない訳にも行かないか。
「領主はこう言ってきた。グリムナント家の体面が保たれるのであればリメレ村との確執解消を進めることはやぶさかでない。ただし、交渉の場にはハースガルド家から占い師タクミ・カワヤの同席を求める、とな」
「それはそれは、僕も有名人になったものですね」
「茶化すな。笑いごとではないぞ、そもそもグリムナント家の体面を保つのは口で言うほど簡単ではない。要は頭を下げるつもりはないということだ。そのくせ、おまえを交渉の場に連れて来いという。当然、何かをさせる腹づもりなのだろう」
「あれ、旦那様は僕のことをご心配くださっているのですか」
頭が痛い。まったくこいつは、占いはできても貴族の暗部を知らないのだ。人間など利用されて使いつぶされるだけだということを。
「おまえ一人が困るだけなら心配などしない。このハースガルド家に関わるすべての者に迷惑がかかる事態になるかも知れないと考えているのだ」
「それはちょっと気が早いですね」
その少し持って回った言い方が気に入らなかった。
「どういう意味だ」
「これは別に占った訳ではないので適当に聞き流していただきたいんですが」
そう言いながらも確信に満ちた視線で占い師は告げた。
「この国はいま激動期に差し掛かっているように見えます。おそらくこの先、旦那様はもう安穏とはしていられませんよ。大勢の人々の期待と希望が旦那様の双肩にかかってくるでしょう。本当に怖い、本当に悩ましい事態はまだまだこれからやって来ます。いまはほんの入口なんです」
リメレ村の村長の家は我がハースガルド家の屋敷から徒歩で行き来できる距離にある。馬を使えばほんの近所だ。使いを出してもよかったのだが、私は自分で出向くことにした。見ようによっては領主に対するよりも丁重に思えるかも知れない。だがそれは違う。
領主のグリムナント家と我がハースガルド家は貴族同士、相応の外交手段とそれにまつわる作法が確立されている。そこから外れた手法を取れば、場合によっては相手方に侮辱と受け取られる可能性さえあるのだ。
だが平民であるリメレの村長にそんな気遣いは無用。もっとも言葉が伝わりやすい方法で話すことが重要なはずだ。これについてはあの占い師も否定はしなかった。あれの言葉を判断基準とするのは癪に障るが、まあ無駄な心配をするよりはマシか。
――本当に怖い、本当に悩ましい事態はまだまだこれからやって来ます
あの言葉の真意は何だったのか。私がたずねれば答えたのだろうが、どうにも聞きそびれてしまった。
馬がリメレ村に入ると、足音が変わった。街道も決して整備されていない訳ではないのだが、やはり日常的に踏み固められている道は違う。それだけリメレが豊かな村であり、交易も盛んな証拠である。
「馬だー!」
「でっけー馬!」
小さな畑の脇から子供が三人、馬の前に飛び出してきた。慌てて手綱を引かなければ馬の脚が子供の頭を蹴飛ばしていただろう。
「こらーっ!」
畑の向こうにある農家から飛び出してきた女が血相を変えて走って来る。キョトンとしている子供らの襟首をつかんで地面に押し倒すと、自身も膝をついた。
「申し訳ございません公爵様! 何も知らぬ子供らのしたことです、どうか、どうか今回ばかりはご容赦を!」
この反応には苦々しい笑みを浮かべるしかない。農民にとっての貴族など、どう転んでもこんなものなのだ。横暴で残忍な人でなしにしか見えないのだろう。
「気にしないでくれ、子供らを罰するつもりなどない」
私は馬を降り、女に声をかけた。
「それよりも村長殿は今日おられるだろうか。少し話したいことがあるのだが」
女は膝をついたまま、用心深く言葉を探している。と、子供の一人が立ち上がった。
「村長さん、さっきいたよ」
「これ、おまえ!」
焦る女に笑顔を返し、私は子供らにたずねた。
「家にいたかい」
「うん!」
「それじゃあ済まないが、先に行ってもうすぐ客が来ると伝えてもらえないだろうか」
「いいよ!」
三人の子供たちは笑顔を見せると道を駆けだす。私は再び馬に乗り、その後をついて行った。
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