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3話 ハースガルド公
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我がハースガルド家は公爵家とはいうものの、それは先祖の武勲を受け継いだだけ。私自身が何か手柄を立てた訳でもなく、実際は田舎にいくばくかの土地を持つだけの暇人でしかない。爵位はあるが公職にも就かず遊び惚ける怠け者である。無論、王都にも屋敷はあり、暇が嫌なら社交界で活躍する手もなくはないのだが、生憎と人付き合いは面倒くさくて嫌いなのだ。まして腹芸などやりたくもない。
アレも嫌コレも嫌で逃げ回っていたら、田舎に引っ込むしかなくなった。ここで日々変わり映えもしない使用人たちと、変わり映えもしない日常を繰り返す以外に私のできることはない。まあこれはこれで嫌いではないし、死ぬまでこのままの人生を過ごすのも悪くないのかも知れない、と、ほんの三か月前までは思っていたのだが。
三か月前、狩りに出かけた――これとて自分から進んで出かけた訳ではないのだ。まったく、どこに行っても人付き合いを皆無にすることは難しい――ところ、森の中で奇妙な少年を拾ったことから私の日常は変わり始めた。この占いができると自称する少年タクミ・カワヤに屋敷の離れを与え、占い師として活動することを認めたのだが、これが大評判になってしまったからだ。
私個人としては占いなど信じていない。迷信は人の目を曇らせる悪しき知恵だ。運命などというものはなく、未来は決定されてなどいない。その考えに私は自信と誇りを持っている。しかしタクミ・カワヤの言葉は過去も未来も正確に的中させ、一方これを否定する根拠を私は持たない。
だが何かあるはずだ。タクミ・カワヤが過去や未来を、まるで記述された事実を読み取るように口にするためには、それを可能にし得る何らかの理屈があるはずなのだ。私としてはそれが知りたくて手元に置いたのに、まさかこうも占い師として評判になろうとは。世間は私までもが宗旨替えして占いを信じ始めたと思い込んでいる。これを否定するのは極めて面倒くさい。
やれやれまったくどうしたものか、とロウソクの明かりが灯る暗いテーブルで夕食のスープを口にしていたとき、ドアが開いてタクミ・カワヤが入ってきた。
「遅れてすみません、ようやく本日分の仕事が終わりまして」
そして私の向かいの席に着いて笑顔を見せる。
「さて食事中に早速なんですが、旦那様にお願いがあります」
言い出すことはだいたい想像がついた。下女のステラから逐一報告は受けているのだ。
「リメレ村の村長と領主の間を取り持てとか言う気かね」
「やあ、お耳が早い。実はその通りです」
悪びれもせずうなずくタクミ・カワヤに、私は機嫌が斜めであることを示すため聞こえよがしのため息をついた。
「何故私がそんな面倒くさいことをせねばならない」
「人の命がかかっていますから」
内容とは裏腹に、まるで人の命などかかっていないかのごとき軽い口調。私は苛立ちを覚えていた。
「人の命がかかるような重大事を私に丸投げする気か」
「僕は所詮、占い師です」
黒髪の華奢な少年は言う。
「占い師なんてものは社会にとって重要な物事に口をはさむべき存在じゃありません。世の中の、そうですね、『余裕』あるいは『余白』とでも言いましょうか、そういった部分で存在を許されるべきものなんですよ。人の命を預かっていいのは、預かれるだけの力を持っている者だけです」
「お世辞のつもりかね。私にそんな力があるとでも」
するとタクミ・カワヤはキョトンとした顔を見せた。
「旦那様にそれがないのなら、国王陛下にだってありませんけど」
「口を慎め!」
私は思わず声を荒げた。
「こんなことで国王陛下の御名を口に出すなど恐れ多いことを。少しは政治を理解せんか」
「それは旦那様にお任せします。僕にとっては若い女性の命の方が大事なので」
「なら私に頼るのはおかしいだろう。そもそもその娘が自害するとは限るまい」
「もちろん限りませんよ。未来はいかようにも変化するものですから。でも、もし彼女が自ら命を絶った時、旦那様は後悔なさいませんか、という話です」
タクミ・カワヤは笑顔を崩さない。私は拳をテーブルに叩きつけたい衝動にかられたが、かろうじて抑え込んだ。
「村娘が一人死んだだけで、私が後悔するとでも思っているのか」
「はい、旦那様はそういう方だと思っていますが。何か間違っていますか」
私は全身の力を視線に集めてにらみつけたのだが、相手の笑顔はまるで揺らぐ様子もない。仕方ない、この勝負は私の負けだ。
「仲を取り持つと言ってもだ、いったい何をすればいい」
目を伏せた私にタクミ・カワヤはこう言った。
「この件に関しては簡単です。単刀直入に要件のみを告げればいいんですよ。言葉は何を言うかも大事ですが、誰が言うかも重要です。ハースガルド公がこの件を重く見ているという事実さえ相手に伝われば、それだけで意味を生みますから」
人間の心がそんなに簡単なものか。そう言ってやりたかったが、それでもこの占い師は意見を変えないだろう。そしてこの男が言い張る以上、そこに正解がある蓋然性は低くないのだ。まったく困ったことに。
アレも嫌コレも嫌で逃げ回っていたら、田舎に引っ込むしかなくなった。ここで日々変わり映えもしない使用人たちと、変わり映えもしない日常を繰り返す以外に私のできることはない。まあこれはこれで嫌いではないし、死ぬまでこのままの人生を過ごすのも悪くないのかも知れない、と、ほんの三か月前までは思っていたのだが。
三か月前、狩りに出かけた――これとて自分から進んで出かけた訳ではないのだ。まったく、どこに行っても人付き合いを皆無にすることは難しい――ところ、森の中で奇妙な少年を拾ったことから私の日常は変わり始めた。この占いができると自称する少年タクミ・カワヤに屋敷の離れを与え、占い師として活動することを認めたのだが、これが大評判になってしまったからだ。
私個人としては占いなど信じていない。迷信は人の目を曇らせる悪しき知恵だ。運命などというものはなく、未来は決定されてなどいない。その考えに私は自信と誇りを持っている。しかしタクミ・カワヤの言葉は過去も未来も正確に的中させ、一方これを否定する根拠を私は持たない。
だが何かあるはずだ。タクミ・カワヤが過去や未来を、まるで記述された事実を読み取るように口にするためには、それを可能にし得る何らかの理屈があるはずなのだ。私としてはそれが知りたくて手元に置いたのに、まさかこうも占い師として評判になろうとは。世間は私までもが宗旨替えして占いを信じ始めたと思い込んでいる。これを否定するのは極めて面倒くさい。
やれやれまったくどうしたものか、とロウソクの明かりが灯る暗いテーブルで夕食のスープを口にしていたとき、ドアが開いてタクミ・カワヤが入ってきた。
「遅れてすみません、ようやく本日分の仕事が終わりまして」
そして私の向かいの席に着いて笑顔を見せる。
「さて食事中に早速なんですが、旦那様にお願いがあります」
言い出すことはだいたい想像がついた。下女のステラから逐一報告は受けているのだ。
「リメレ村の村長と領主の間を取り持てとか言う気かね」
「やあ、お耳が早い。実はその通りです」
悪びれもせずうなずくタクミ・カワヤに、私は機嫌が斜めであることを示すため聞こえよがしのため息をついた。
「何故私がそんな面倒くさいことをせねばならない」
「人の命がかかっていますから」
内容とは裏腹に、まるで人の命などかかっていないかのごとき軽い口調。私は苛立ちを覚えていた。
「人の命がかかるような重大事を私に丸投げする気か」
「僕は所詮、占い師です」
黒髪の華奢な少年は言う。
「占い師なんてものは社会にとって重要な物事に口をはさむべき存在じゃありません。世の中の、そうですね、『余裕』あるいは『余白』とでも言いましょうか、そういった部分で存在を許されるべきものなんですよ。人の命を預かっていいのは、預かれるだけの力を持っている者だけです」
「お世辞のつもりかね。私にそんな力があるとでも」
するとタクミ・カワヤはキョトンとした顔を見せた。
「旦那様にそれがないのなら、国王陛下にだってありませんけど」
「口を慎め!」
私は思わず声を荒げた。
「こんなことで国王陛下の御名を口に出すなど恐れ多いことを。少しは政治を理解せんか」
「それは旦那様にお任せします。僕にとっては若い女性の命の方が大事なので」
「なら私に頼るのはおかしいだろう。そもそもその娘が自害するとは限るまい」
「もちろん限りませんよ。未来はいかようにも変化するものですから。でも、もし彼女が自ら命を絶った時、旦那様は後悔なさいませんか、という話です」
タクミ・カワヤは笑顔を崩さない。私は拳をテーブルに叩きつけたい衝動にかられたが、かろうじて抑え込んだ。
「村娘が一人死んだだけで、私が後悔するとでも思っているのか」
「はい、旦那様はそういう方だと思っていますが。何か間違っていますか」
私は全身の力を視線に集めてにらみつけたのだが、相手の笑顔はまるで揺らぐ様子もない。仕方ない、この勝負は私の負けだ。
「仲を取り持つと言ってもだ、いったい何をすればいい」
目を伏せた私にタクミ・カワヤはこう言った。
「この件に関しては簡単です。単刀直入に要件のみを告げればいいんですよ。言葉は何を言うかも大事ですが、誰が言うかも重要です。ハースガルド公がこの件を重く見ているという事実さえ相手に伝われば、それだけで意味を生みますから」
人間の心がそんなに簡単なものか。そう言ってやりたかったが、それでもこの占い師は意見を変えないだろう。そしてこの男が言い張る以上、そこに正解がある蓋然性は低くないのだ。まったく困ったことに。
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