バックホー・ヒーロー!

柚緒駆

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第37話 聖廟

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 積み上がる歩兵竜の死体、死体、死体。周囲には焼き鳥屋のような匂いが漂っているが、腹が減ったとか言っている場合ではない。この先では黒曜の騎士団が歩兵竜の群れと戦っているはず。

 しかしもの凄い数の歩兵竜だ。上の階でも相当な数の歩兵竜を倒しているが、これはハイエンベスタにとっても最終決戦であるという認識なのだろう、出し惜しみはしていられないという訳だ。

 ただこれだけ連続して歩兵竜を焼き続けていれば、魔力の消費は激しいに違いない。そしてそれこそがハイエンベスタ側の目的であるならば、ゼバーマンがいま窮地に立たされている状況は容易に想像がつく。

 前方に赤い炎が上がった。きっとゼバーマンが戦っているのだ。

「保岡さん、ちょっと降りといてください」

 保岡大阪府知事をバケットから下ろすと、一平太は赤い炎に向かって一直線にバックホーを走らせた。



 指揮官クラスの大型有翼歩兵竜が三体、ゼバーマンたちを取り囲んでいる。一体は鎧つき。抗魔法餐物を食べているのか体内から攻撃する魔法は効かないが、鎧なしの二体は他の団員だけで何とか倒せるだろう。問題は鎧つきだ。

 レオミスの聖剣ソロンシードでさえ容易には切り裂けない緑色の抗魔法鎧を、魔槍バザラスで貫けるかといえばかなり難しい。狙うなら口だ。口の内側は鎧もなければ抗魔法餐物の効果も薄い。口にバザラスを突っ込むことができれば一撃で倒せるはず。

 ただ、それは敵も理解しているのか安易に口を開けたりはしない。ならばどうするか。ゼバーマンの思考は明快。開かないのならこじ開ける!

 だがしっかり閉じられた竜の口元に槍先を突き立てようとはするものの、抗魔法鎧が弾き返した。竜は体を反らせた勢いのまま全身を回転させ、尾でゼバーマンに一撃を加える。これをバザラスが何とか受け止めた。

 何度目だ。何回同じことを繰り返せば気が済む。いや、何度でもだ。敵を打ち砕くまで何度でも繰り返すのみ。俺には器用な戦い方などできない。真正面から正々堂々、全力で中央突破を目指すだけだ。

「さあかかってこい、カスども!」

 ゼバーマンがそう叫んだ瞬間、青い鋼鉄の腕が三匹の竜を一撃でなぎ払った。

「え」

「ゼバーマン、大丈夫か!」

 バックホーのドアを開け身を乗り出す一平太に、ゼバーマンはうなずくしかない。

「ああ、うん。大丈夫は大丈夫だ」

「よし、ほんなら次行くぞ!」

「よ、ようし、次だな、次」

 張り切って進み始める一平太のバックホーを見つめながら、ゼバーマンはそこはかとない疑問を感じていた。これでよかったんだっけ? と。

 しかしそのバックホーが急停止する。前に立っていたのは保岡大阪府知事。向かって右側の壁を指さして。

「保岡さん、どないしたんですか」

 ドアから顔を出した一平太に、保岡は困ったような表情で首をかしげた。

「いや、どうやらこの壁の向こうにもう一本通路があるようで、皇帝はそっちにいるらしいんですよ」

「居場所を変えたか。了解です、そしたら壁ぶち抜きますんで、ちょっと下がっといてください」

 一平太がバックホーのアームを振り上げた、そのときである。

 突然目の前に黒い炎の壁が湧き上がり、やがてそれはフードをかぶった人の形へと収束した。サクシエル。その背後にはガドラメルとヒュードルの姿もある。

「なるほど」

 サクシエルはようやく納得がいったという風にうなずいた。その顔は保岡府知事の方を向く。

「やけにイロイロと場所がバレると思ったら、おまえが教えていたのですね。それも精霊の力ですか、厄介な」

 サクシエルの人差し指が少し動くと、後ずさっていた保岡の首を黒い炎の輪が締め付ける。

「ぐぁ!」

 その叫び声が上がった途端、一平太のバックホーはサクシエルに突進し、ボディを回転させながらアームを叩き付けた。けれど間に割り込むガドラメルの巨体がアームの先端のバケットを受け止める。と見えた直後、一平太はクローラーを左右逆回転させバケットをさらに押し込んだ。

 いかな怪力のガドラメルとてこれには敵わず、サクシエルもろとも投げ飛ばされてしまい、保岡の炎の首輪も消え去る。

 一方この短い時間の間に黒曜の騎士団員たちのさらに後方の死角に身を置いたヒュードルは天井に沿って羽毛を伸ばし、その先端はバックホーに近付いていた。また一平太を直接攻撃しようというのか。

 だが今度はゼバーマンがいる。黒曜の騎士団長は魔槍バザラスを両手で構えると一つため息をつき、槍の先端に魔力を集中させて素早く振り返った。

「極炎飛槍術」

 赤く輝く魔槍の先端から、刃と同じ形をした炎がヒュードルへと飛ぶ。相手はこれを寸前でかわすが、炎は誘導でもされているかの如く動きについて行った。

「風震!」

 ヒュードルの周囲を護るように吹き荒れる烈風。しかし刃の形の炎はそれをものともせず、風を切り裂き目標へと飛んだ。

「くっ!」

 咄嗟に手足をかがめ身を守ったヒュードルに炎は着弾する。衝撃と高熱が全身を襲い、壁へと叩き付けられたものの、何とか耐え切れた。そう思った瞬間。

 ぶつっ。そんな音だった。

「ヒュードル!」

 サクシエルの声が聞こえる。だがそちらを振り向く余裕はない。胸に魔槍バザラスが突き刺さっていたからだ。体を宙に浮かせ槍の柄を押し込むゼバーマンが静かにヒュードルを見据えている。

 ヒュードルの目が笑った。

「私は敗れたようだね、情けない」

 ゼバーマンは笑わない。

「おまえが弱い訳じゃない。相性の問題だ」

「それは、何より、だ」

 どこからか冷たい風が吹いた。ヒュードルの体はその中に消えて行く。ゼバーマンが壁からバザラスを引き抜いたとき、そこにはもう羽根一枚残ってはいなかった。



 建物群と建物群との間の開けた広場のような空間に待機していた宮廷跳躍術士サン・ハーンは、レオミスからの念話を受け取ると、監獄から全員を転移させた。傷ついた者、そして命を落とした者を含めた白銀の剣士団三十二名とリリア王である。

 正面で出迎えたのは摂政サーマイン。その姿を見た途端、リリア王は何も言わずサーマインの胸に飛び込んだ。突然のことに動けずにいるサーマインの胸の中で、リリア王はしばし肩を震わせたかと思うと、意を決したように顔を上げ、強い瞳で見つめた。

「サーマイン、大義でありました」

 これを聞いたサーマインは、まるで崩れ落ちるように片膝をつき、深々と頭を垂れた。

「リリア王陛下、よくぞ、よくぞご無事で」

「私を助け出すために戦い、命を落とした者がいます。傷ついた者もたくさんいます。私は無能な君主です。でもサーマイン、その無能な私の言葉を聞いてください」

 顔を上げたサーマインに、リリア王は静かに告げる。

「サンリーハムに勝利を。これは厳命です」



 先ほどミャーセルの反応が消え、今度はヒュードルの反応が消えた。無数の黒い炎がほの暗く照らし出す聖廟の冷たい壁を見つめて、濃紺の玉座で皇帝ランドリオは物憂げに笑みを浮かべる。

 彼にその気があればミャーセルもヒュードルも命を助けられたろう。それは決して難しい話ではなかった。だが助けて何の意味がある? 仮に復活させたところで、再び侵入者と戦わせればまた負けるに決まっている。ならばいずれ時間のあるときに、新たな四方神を作り直した方がいい。それが合理的というものだ。

 そう考えていた皇帝ランドリオの前に、黒い炎の固まりが現れた。それがフードをかぶった人の形を取る。

「皇帝陛下」

 ボロボロのヨレヨレになったサクシエルがふらつきながら立っている。

「お逃げください、敵はすぐここへもやって来ます。我々にはもう止められません」

 しかしランドリオに動揺する気配はない。

「止められないか。まあそうなるだろうね」

「お叱りはいずれ。いまは急ぎ脱出をお考えください」

「脱出? そんなことをして何の意味があるのかな」

「皇帝陛下!」

「ああ、そうか」

 ランドリオはようやく思い出したと言わんばかりに目を見開いた。

「おまえたちにはこの聖廟の持つ意味を教えたことがなかったね」

 サクシエルは困惑を見せる。

「聖廟の、意味でございますか」

「まあ教える必要もなかったから仕方ないか」

 ランドリオの口元に笑みが浮かぶと、聖廟を埋め尽くす無数の黒い炎が揺れた。そしてゆっくりと色を変え始める。黒から灰色へ、緑へ、赤へ、そして濃紺へと。

「これ、は。この炎はいったい」

「これらはかつて私に仕えた者たちの中から選りすぐった命の炎」

「命の……まさか」

 愕然とするサクシエルにランドリオ皇帝はうなずいた。

「そう、精霊だよ」
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