バックホー・ヒーロー!

柚緒駆

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第18話 心配

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 謎のネコ耳娘の出現から一週間、敵の動きはピタリと止まった。その静けさは気持ちが悪いほどだったが、平和を嫌がるのもおかしな話。一平太はバックホーのシートの上で快晴の夏空を見上げていた。

「団長。団長! イッペイタ兵団長!」

 ああ、俺のことか。慣れへんなあと思いながら一平太が外を見下ろすと、小柄な体にぶかぶかの鎧兜をまとった兵団見習いの少女パレッタが、白いヘルメットにグレーの作業着姿の男を一人連れて立っていた。バックホーの運転席から降りた一平太に、作業着姿の四十がらみの男はヘルメットの端を指でつまんで会釈する。

「どうも、ミニバックホー二十台を納入に上がりました」

「ああ、助かります。パレッタ、数は合ってたか」

 声をかけられた見習いの少女は、嬉しそうに気をつけの姿勢を取った。

「はい! 二十台ちゃんとありました!」

「よし、ごくろうさん」

 一平太がパレッタの兜をポンと叩くと、作業着姿の男は書類を挟んだクリップボードと、胸ポケットから取り出したボールペンを差し出す。

「では納品書に受け取りのサインだけいただけますか」

「はいはい。ここで良かったです?」

「ええ、そこで結構です。ありがとうございます」

 クリップボードを受け取った男は、目の前の広場を見やった。

「それにしても」

 広場には先週納入されたミニバックホー十台に、今回納入された二十台、合計三十台が並んでいる。

「ミニバックホーもこれだけ並ぶと壮観ですな」

「来週あと二十台、その後七トンクラスが三台、十二トンと二十トンが一台ずつ。えらい数ですわ」

 呆れたような一平太の言葉に、作業着姿の男は笑った。

「まあちょっとした露天掘りができそうではありますな」

「将来的なこと考えても、バックホーがあって損はせんやろと思うんですけどね」

「イロイロと複雑な気分ですか」

「いま難しいこと考えてもしゃあないんです。しゃあないんやけど、何かなあ」

 作業着の男は一瞬同情したような表情を見せたが、すぐに笑顔で上書きした。

「まあ弊社としましては、今後ともご贔屓ひいきにしていただければ有り難いな、と」

「その辺は政府の入札担当に言うた方がええんやないですか」

「いや、それは下手すると法律に引っかかってくるので」

 真顔で答える男に、一平太は苦笑を浮かべる。

「どこも大変ですわな」

「大変でない仕事はないんでしょう、たぶん」

 男は空を見上げた。一平太もつられて空を見る。雲一つない青空。おそらくは明日の式典も好天に恵まれるのだろうな、そう思った。



 そして翌日の朝。シトシトと雨が降っていた。

 旅客定員数二百名を超える大型の水中翼船が関西空港の高速船乗り場に停泊している。関空と神戸空港を結ぶ高速船の運航は終日中止。世界各国の大使と軍関係者および軍需産業の営業担当者ら総員六十三名が、ここからサンリーハムに向かうのだ。

 当初は南港までリムジンバスを走らせる想定をしていた外務省だったが、魔竜出現の可能性があるのに陸路を使わせるとはどういう了見だ、と各国から詰められてこの形に落ち着いた。サンリーハムに小規模でも空港があればまた話は変わっていただろう。

 午前十時、予定通り水中翼船は出航し、およそ三十分後にサンリーハムの船着き場に到着した。まだ雨は降っている。しかし傘が必要なほどではないか、最初に出口に向かったアメリカ軍の衛兵が空を見上げた。だが顔に雨粒は当たらない。

 雨は確かに降っている。なのに船着き場には雨が一滴も落ちてこないのだ。屋根がある訳でもないのに。しばし警戒した衛兵だったが、現状を大使に報告し、大使はそのまま進むことを決断した。

 大使も空に顔を向けてみたが、なるほど雨粒は当たらない。さらに驚いたのは出口に接する乗降用のタラップである。タラップは石で作られていたが、ミリ単位の正確さで出口にピッタリ揃っていた。海面の高さは常に上下しているはずなのに、である。

「これが魔法というものなのか」

 大使は思わずつぶやき、そして愕然と自分の口を押さえた。何だ、どういうことだこれは。何故だ、どうして私の口から日本語が出ている。いや待て、頭の中にある言葉まで日本語に置き換わっているのではないか。そんな、まさか。

 落ち着け、落ち着くんだ。これが魔法王国の実力なのだとしたら、アメリカにとって力になり得る。世界に先駆けてこの技術を取り入れることができれば、アメリカは様々な分野で他国を圧倒し得る。そうだ、いまは動揺している場合ではない。大使は使命感とプライドで己をふるい立たせた。

 アメリカ大使がタラップを通過すれば、その後ろから「何っ」「あれ」「うわっ」様々な驚きの声が日本語で聞こえてくる。それをいちいち振り返りはしない。タラップを渡った岸壁では黄色く豪奢な衣装をまとった人物が待ち構えていた。日本で言うなら外務省の役人といったところだろうか。

 大使は思わず右手を差し出しかけて、サンリーハムには握手の習慣がないことを思い出した。黄色い服の役人はそれで気分を害したりはしなかったようで、微笑みながら会釈を返す。

 そして各々おのおの動揺し面食らいながら六十三名が降りてくると、黄色い服の役人は初めて声を出した。

「魔法王国サンリーハム王宮直属の宮廷跳躍ちょうやく術士サン・ハーンです。これより皆様をリリア・グラン・サンリーハム王の御前にお連れ致します。なお事前にお知らせ致しました通り、一切の武装は認められません。小刀一本でもお持ちの方はこの場に置き去りとなりますのであらかじめご了承ください。よろしいですね」

 サン・ハーンは六十三名を見回すと、納得したのか微笑んだ。

「では五十九名の皆様をお連れ致します」

 その言葉の余韻が消え入るより早く、訪問者たちは姿を消した。四人の男女をそこに残して。



 王宮の裏側に街はない。正確には王宮の周囲一定範囲内に民家はないと言うべきなのだろうが、それでも正面の正門側には決められたエリアのギリギリにまで民家が建っている。対して裏側には裏門に続く街道が一本あるだけで、その両側には穀倉地帯が広がっていた。

 王宮の裏側には裏門以外に出入り口はなく、窓もない。堀は深く塀は高く頑強である。つまり裏門の跳ね橋を上げてしまえば、裏側からは攻略困難な堅固な要塞となる。だからといって迂闊うかつに正面側に回り込めば集中攻撃を浴びる。

 それでも万が一王宮が陥落した場合には、裏側にいくつも設けられた隠し通路が王を逃がすことになっている。したがって隠し通路の上に家が建ったりすると非常に都合が悪い。それ故に裏側には農地を置くことが推奨され、農家に限って地税を安く設定してあるのだ。

 そんな農地の広がる様子をバックホーの運転席で眺めながら、一平太は小さくアクビをした。農地と農地の間には、まだ未開墾の土地が広がっている。バックホーで掘り起こすとしたらどれくらい時間かかるやろうか、などと思いながら。

 と、そこへ。

「おい、気を抜くな」

 厳しい声の方向に目をやれば、黒曜の騎士団長ゼバーマンが立っていた。一平太は眉を寄せる。それもそのはず、世界各国からの賓客ひんきゃくを迎えるに当たって黒曜の騎士団は正面側の、蒼玉そうぎょくの鉄騎兵団は裏側の警備を任されたのだから。

「何であんたがここにおんのよ」

「ヒマだからな」

「言うてることとやってることがバラバラやぞ」

 ゼバーマンはフンと鼻を鳴らす。

「国外からの賓客といったところで、サン・ハーンが直接王宮の中にまで連れて来るのだ、正門も裏門も警備する必要なんぞあるか。中を護る白銀の剣士団だけが働けばいい」

「うわぁ、職場批判や」

 面倒臭いこと言わんとってくれよ、一平太がゲンナリしていると。

「シャミルは迷惑をかけていないか」

「え?」

 思わずゼバーマンを見つめれば、相手は眼光で射殺さんばかりににらみつけてくる。

「あいつは無能だ。腕もなければ根性もない。どうせ役になど立つまい。貴様にもさぞ迷惑をかけているのだろうと思ってな」

 しばし呆気に取られていた一平太だったが、ポリポリと頬を掻くとこう言った。

「心配やねんやったら直接言うてみたら?」

「だ、誰が心配などするか! 馬鹿か、馬鹿なのか貴様は! あぁっ?」

「いや、そやけど」

「だーまれ! いいか、この私があんなカスを心配などするはずなかろうが! まったく話にならんな! せっかく貴様に同情してやったのにああ無駄だった無駄だった! これだから田舎者は救いようがない! 貴様はずっと田んぼの見張り番でもしてろ、お似合いだ!」

 そう言いながらゼバーマンは背を向け去って行ってしまった。

「ええ……」

 なんちゅう面倒臭いヤツや。一平太が呆れ返ったそのとき、王宮内からファンファーレが鳴り響いた。賓客が到着したのだ。
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