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第17話 加速する事態
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「ホンマでしたら前回バックホーの運転の基礎を実習してもらうはずが、あんなことがあったんで延期になってましたけど、ようやく今日から本格的に練習が始められそうです」
青い夏空が広がる訓練日和。サンリーハムの王宮近くの広場では、一平太配下の蒼玉の鉄騎兵団が訓練を開始していた。
「とりあえずいまここに十台あるのは小規模な工事に使うミニバックホーで、操作手順は大きい物とほぼ同じです。基本操作に慣れるまではこれを使ってもらいます。ではまず各班から一命、乗り込んでみてください」
広場の隅にはこの間トリケラトプスと戦った青い弁天松スペシャル二号機がたたずんでいたが、近所の子供に囲まれている。やはり武勇伝は人を引きつけるものらしい。
だがいま、その隣には同じように青く塗られた見慣れないバックホーが。十トン超クラスの中型バックホーである。弁天松スペシャル二号機は六トンクラスなので、二回りほど大きく見える。その足下で誰彼構わず説明しているのは、またも弁天松教授だ。
「クシシシシ、この最新型弁天松スペシャル三号機は、最高速こそ時速六十キロと抑えられておるが、その分二号機に比べてトルクが十倍となっておる。標準機に比べて反応速度は八倍にまで高められ、極めて機動性、格闘戦性能が高い機体であるのじゃ」
「六十キロって何セクトだ」
野次馬の中に数学に強い者がいるのだろう、そんな声に弁天松は嬉々として言葉を返す。
「一万八千セクトじゃな」
これに野次馬の群れはおおっ、とどよめいた。それに気分を良くした弁天松は続ける。
「しかもこの三号機、コクピット部分を一回り大きくして耐衝撃装備を各種搭載しておる。簡易エアバッグも三箇所につけた。操縦者の負担を限りなく小さくすることに留意して開発された、まさにスーパー・バトル・バックホーである!」
おそらく言葉の内容は野次馬たちには半分も伝わっていなかったろう。だが弁天松教授の熱弁は「とにかく何か凄いことらしい」という雰囲気だけは伝えた。講義を受けに来た訳でもない野次馬たちが盛り上がるにはそれで十分。
その様子を横目で見ながら「何であそこだけあんな盛り上がっとんねん」と一平太は苦笑した。
同じ頃サンリーハムの王宮では、内閣情報調査室の中ノ郷が連れてきた外務省の政務官と、サンリーハムの外務大臣ケネット、国防大臣サヘエ・サヘエ、そして摂政サーマインが面会していた。いま現在、日本国に世界から向けられている視線と圧力について説明するためである。
政務官は言う。
「いま世界の各国政府はサンリーハムの魔法資源を手に入れるため、代価として近代兵器を売りつけようとしています。武器は大量生産できれば製造コストは下がり、産業界としても非常に好ましい事態となりましょう。有り体に言えば、諸外国はサンリーハムを草刈場にしようとしているのです。この圧力に日本政府が耐え切れるのはそう長くありません。その後のサンリーハムのことは、サンリーハムの皆様に考えていただく必要があります」
外務大臣ケネットは細い顔を神経質そうに歪めながら唸った。
「当然の反応と言えば言えるのでしょうが、欲望にたぎった視線を向けられるのは、あまり気持ちの良いものではございませんな」
これに国防大臣サヘエ・サヘエは興味深げに政務官を見つめた。
「しかし、先般日本の軍隊が使用した武器に興味があるのも事実でありましょう。魔法を用いずに歩兵竜の群れを殲滅したその威力、我が国の兵士にも使えるのであれば、国防力の短期間での拡大が見込まれます」
「魔法を使わない武器を用いるなど、精霊の加護を否定するかの如き暴論でございますぞ、サヘエ・サヘエ殿。国民が軍隊や王宮に反感を示しかねないのでは」
ケネットの言葉に「それはあり得ます」とうなずきながら、しかしサヘエ・サヘエはこう言った。
「ただその魔法を用いない武器を、我らの魔法を使って国内で生産できたとしたらどうでありましょうな」
ライセンス生産に言及している。そんな言葉や概念がサンリーハムにこれまであったのだろうか。政務官と中ノ郷は顔を見合わせ、サヘエ・サヘエの知性に舌を巻いた。
ここで摂政サーマインが、その男とも女ともつかぬ美しい顔で微笑んだ。
「なるほど、日本政府の方々としては、迂闊に日本国外の政府と我々を接触させれば一方的に不平等な貿易が行われかねないことを心配なさっているのですね」
政務官はうなずいた。
「誤解のないよう申し上げておきますが、我々は貴国を過小評価している訳ではありません。ただ、この世界にはこの世界なりの商習慣や外交ノウハウがあり、そういった点で貴国が不利な状況にあるのは事実です」
サーマインはその言葉に深くうなずき、謝礼の言葉を口にした。
「日本政府の皆様にはまことお気遣い深く、当方としてもリリア王を筆頭に心より感謝するものであります。されどサンリーハムとて国家として長く歴史を編んできたのですから、国を護る知恵も知見もございます。どうでしょう、一度その各国代表団をこのサンリーハムにお連れになっては。『結果は迷う時間より容易く出る』といったことわざは、そちらの世界にもございましょう。釘浦首相閣下にはそのようにお伝えください」
こう言われてしまっては、もう政務官に話すべき言葉はない。「首相にお伝え致しましょう」とだけ答えて、中ノ郷と共に席を立った。
太陽は南中し、兵隊たちはヘトヘトになっている。華奢な黒髪のシャミルも「そろそろ休憩なさってはいかがでしょう」と言うので、一平太は蒼玉の鉄騎兵団の兵士たちに昼食休憩を告げた。
「初日なんで二時間ほど休憩を取ります。ゆっくり休んで午後も頑張ってください。以上、解散!」
兵士たちは疲れた足取りで広場から離れて行く。どうやら街の屋台に食べに行くようだ。一平太は一人弁当を取り出した。シャミルがめざとくそれを見つける。
「一平太様、何ですかそれは」
「ん? 弁当やで」
「ベン、トウでございますか。軍用糧食のような物なのでしょうか」
「そんな大層なもんやないよ。自分の食べたい物突っ込んで持ってきてるだけやから。留美もいまごろ幼稚園で弁当食べてるんやないかな」
「ご自分で作られるのですか? それは、大変でございますね」
「慣れたらどうってことないよ。留美がよろこんでくれるしな」
平然とそう言ってのける一平太に、シャミルは改めて感心した顔を向けた。が、その顔が不意に曇る。
「……あれは、何だ」
広場の真ん中に、うっすらとした影ができている。つむじ風だろうか。それなら別にどうということもないのだが。しかしその影は次第に濃くなり、やがて人の姿をなしてきた。
弁当をかき込むことに夢中な一平太の頭の中で警告の声がする。
――敵だ
「ん? シャラレドか? 敵ってどこに」
顔を上げた一平太に細く長い空気の帯が鋭く迫り、弁当を下から跳ね上げた。プラスチックの弁当箱は宙に舞い、さらに空中で二つに割れる。広場の真ん中、つむじ風の中から現れた影は、全身を蛇革の鎧で包んだ小柄なネコ耳娘だった。
「にゃ~ん」
ネコ耳娘は右手に長いムチを持ち、牙の見える口で舌なめずりをしている。
「三槍竜を殺した英雄にお目通り願いたいにゃ~ん」
その前に剣を抜いて立ちはだかったのはシャミル。
「一平太様、お逃げください。ここは私が時間を稼ぎます」
「そ~んなできもしないことを言っちゃダメにゃ~ん」
ネコ耳娘の右手のムチが消えたかと思うと、シャミルの剣を弾き飛ばす。
その隙に一平太はバックホーに走っていた。手近にあるミニバックホーでは話にならない、この相手には弁天松スペシャル二号機が必要だと頭の中でシャラレドが言うのだ。何とかたどり着いて乗り込んだ運転室のキャノピーを、無数のムチの雨あられが襲う。しかしいまはさすがにシャラレドの加護がある、傷一つつかなかった。
このネコ耳娘が敵なのは間違いないのだろう。だがそれでも、人間の姿をしている者をバックホーで殴る気にはなれない。とにかく攻撃が通じないことをわからせて、あと少し脅して退散してくれれば有り難いのだが。
一平太は高速でネコ耳娘の周囲を駆け回り、相手の間近にバケットを叩き付けた。普通の人間ならこれで恐怖を感じるはずだ。だが敵は不敵な笑顔を崩すことなく、バケットが落ちても身をかわすことすらしない。当てるつもりがないことを見抜いているのだ。それどころかムチを振るい、バックホーのブームに巻き付けた。
次の瞬間、バチッ! 運転席に火花が走り、一平太の全身を電流が走り抜けた。
「は~い、次はもうちょっと本気で行くにゃ~ん」
停止したバックホーに、再度電撃が加えられる。一平太は叫び声も上げられない。
シャラレドの加護は道具の無限強化である。電撃を受けてもバックホーは壊れない。それだけ。つまり電撃を防ぐことはできず、運転する一平太にダメージが通りまくるのだ。
何もしなければ一平太は感電死するしかない。この期に及んで人間の姿だから攻撃できないなどとお気楽なことは言っていられなかった。
一平太はネコ耳娘の頭の真上にバケットを振り下ろす。だがそれが届く前に相手は宙に身を躍らせていた。しかしこれは一平太の想定内、即座にブームを傾けながらボディを回転させ、アームの先端を敵にぶつけようとした。が、ネコ耳娘はクルリと身を回し、これを軽くかわした。
けれどそんなネコ耳娘でも、直後に襲い来た白い光の刃を想定しておくのは無理だったようだ。蛇革の鎧がなければ彼女は袈裟懸けに真っ二つにされていただろう。
「ふぎゃあっ!」
地面に叩き付けられたネコ耳娘は、女の声を聞いた。
「いまだ一平太!」
バックホー弁天松スペシャル二号機は高くバケットを持ち上げ、ネコ耳娘に向かって振り下ろした。立ち上がった土煙の消えたとき、そこにはもう誰の姿もなかった。ただえぐれた地面があるだけ。
バックホーに近づいてきた白い影は、聖剣ソロンシードを手にしたレオミス。
「一平太、無事か」
「病み上がりにはキッツいけど、レオミスのおかげで何とか助かったわ」
無理して作った笑みが引きつっているのは自分でもわかる。それでも弱気なところは見せたくない一平太だった。
レオミスは問う。
「いまの敵、何者だったかわかるか」
一平太は答える。
「いや、全然。まあ状況から考えて魔竜の関係者なんやろうとは思うけど」
「サンリーハムが元の世界にいたとき、魔竜を送り込んでくる敵はこちらに一切姿を見せなかった。どうしていま姿を見せたのか」
腕を組むレオミスに、一平太はバックホーから降りながら言った。
「何かあったんやろなあ。こっちにとったら嫌な何かが」
「嫌な何か、か」
レオミスと一平太は揃ってため息をつく。まったく、この先いったいどうなって行くのだろうと。
青い夏空が広がる訓練日和。サンリーハムの王宮近くの広場では、一平太配下の蒼玉の鉄騎兵団が訓練を開始していた。
「とりあえずいまここに十台あるのは小規模な工事に使うミニバックホーで、操作手順は大きい物とほぼ同じです。基本操作に慣れるまではこれを使ってもらいます。ではまず各班から一命、乗り込んでみてください」
広場の隅にはこの間トリケラトプスと戦った青い弁天松スペシャル二号機がたたずんでいたが、近所の子供に囲まれている。やはり武勇伝は人を引きつけるものらしい。
だがいま、その隣には同じように青く塗られた見慣れないバックホーが。十トン超クラスの中型バックホーである。弁天松スペシャル二号機は六トンクラスなので、二回りほど大きく見える。その足下で誰彼構わず説明しているのは、またも弁天松教授だ。
「クシシシシ、この最新型弁天松スペシャル三号機は、最高速こそ時速六十キロと抑えられておるが、その分二号機に比べてトルクが十倍となっておる。標準機に比べて反応速度は八倍にまで高められ、極めて機動性、格闘戦性能が高い機体であるのじゃ」
「六十キロって何セクトだ」
野次馬の中に数学に強い者がいるのだろう、そんな声に弁天松は嬉々として言葉を返す。
「一万八千セクトじゃな」
これに野次馬の群れはおおっ、とどよめいた。それに気分を良くした弁天松は続ける。
「しかもこの三号機、コクピット部分を一回り大きくして耐衝撃装備を各種搭載しておる。簡易エアバッグも三箇所につけた。操縦者の負担を限りなく小さくすることに留意して開発された、まさにスーパー・バトル・バックホーである!」
おそらく言葉の内容は野次馬たちには半分も伝わっていなかったろう。だが弁天松教授の熱弁は「とにかく何か凄いことらしい」という雰囲気だけは伝えた。講義を受けに来た訳でもない野次馬たちが盛り上がるにはそれで十分。
その様子を横目で見ながら「何であそこだけあんな盛り上がっとんねん」と一平太は苦笑した。
同じ頃サンリーハムの王宮では、内閣情報調査室の中ノ郷が連れてきた外務省の政務官と、サンリーハムの外務大臣ケネット、国防大臣サヘエ・サヘエ、そして摂政サーマインが面会していた。いま現在、日本国に世界から向けられている視線と圧力について説明するためである。
政務官は言う。
「いま世界の各国政府はサンリーハムの魔法資源を手に入れるため、代価として近代兵器を売りつけようとしています。武器は大量生産できれば製造コストは下がり、産業界としても非常に好ましい事態となりましょう。有り体に言えば、諸外国はサンリーハムを草刈場にしようとしているのです。この圧力に日本政府が耐え切れるのはそう長くありません。その後のサンリーハムのことは、サンリーハムの皆様に考えていただく必要があります」
外務大臣ケネットは細い顔を神経質そうに歪めながら唸った。
「当然の反応と言えば言えるのでしょうが、欲望にたぎった視線を向けられるのは、あまり気持ちの良いものではございませんな」
これに国防大臣サヘエ・サヘエは興味深げに政務官を見つめた。
「しかし、先般日本の軍隊が使用した武器に興味があるのも事実でありましょう。魔法を用いずに歩兵竜の群れを殲滅したその威力、我が国の兵士にも使えるのであれば、国防力の短期間での拡大が見込まれます」
「魔法を使わない武器を用いるなど、精霊の加護を否定するかの如き暴論でございますぞ、サヘエ・サヘエ殿。国民が軍隊や王宮に反感を示しかねないのでは」
ケネットの言葉に「それはあり得ます」とうなずきながら、しかしサヘエ・サヘエはこう言った。
「ただその魔法を用いない武器を、我らの魔法を使って国内で生産できたとしたらどうでありましょうな」
ライセンス生産に言及している。そんな言葉や概念がサンリーハムにこれまであったのだろうか。政務官と中ノ郷は顔を見合わせ、サヘエ・サヘエの知性に舌を巻いた。
ここで摂政サーマインが、その男とも女ともつかぬ美しい顔で微笑んだ。
「なるほど、日本政府の方々としては、迂闊に日本国外の政府と我々を接触させれば一方的に不平等な貿易が行われかねないことを心配なさっているのですね」
政務官はうなずいた。
「誤解のないよう申し上げておきますが、我々は貴国を過小評価している訳ではありません。ただ、この世界にはこの世界なりの商習慣や外交ノウハウがあり、そういった点で貴国が不利な状況にあるのは事実です」
サーマインはその言葉に深くうなずき、謝礼の言葉を口にした。
「日本政府の皆様にはまことお気遣い深く、当方としてもリリア王を筆頭に心より感謝するものであります。されどサンリーハムとて国家として長く歴史を編んできたのですから、国を護る知恵も知見もございます。どうでしょう、一度その各国代表団をこのサンリーハムにお連れになっては。『結果は迷う時間より容易く出る』といったことわざは、そちらの世界にもございましょう。釘浦首相閣下にはそのようにお伝えください」
こう言われてしまっては、もう政務官に話すべき言葉はない。「首相にお伝え致しましょう」とだけ答えて、中ノ郷と共に席を立った。
太陽は南中し、兵隊たちはヘトヘトになっている。華奢な黒髪のシャミルも「そろそろ休憩なさってはいかがでしょう」と言うので、一平太は蒼玉の鉄騎兵団の兵士たちに昼食休憩を告げた。
「初日なんで二時間ほど休憩を取ります。ゆっくり休んで午後も頑張ってください。以上、解散!」
兵士たちは疲れた足取りで広場から離れて行く。どうやら街の屋台に食べに行くようだ。一平太は一人弁当を取り出した。シャミルがめざとくそれを見つける。
「一平太様、何ですかそれは」
「ん? 弁当やで」
「ベン、トウでございますか。軍用糧食のような物なのでしょうか」
「そんな大層なもんやないよ。自分の食べたい物突っ込んで持ってきてるだけやから。留美もいまごろ幼稚園で弁当食べてるんやないかな」
「ご自分で作られるのですか? それは、大変でございますね」
「慣れたらどうってことないよ。留美がよろこんでくれるしな」
平然とそう言ってのける一平太に、シャミルは改めて感心した顔を向けた。が、その顔が不意に曇る。
「……あれは、何だ」
広場の真ん中に、うっすらとした影ができている。つむじ風だろうか。それなら別にどうということもないのだが。しかしその影は次第に濃くなり、やがて人の姿をなしてきた。
弁当をかき込むことに夢中な一平太の頭の中で警告の声がする。
――敵だ
「ん? シャラレドか? 敵ってどこに」
顔を上げた一平太に細く長い空気の帯が鋭く迫り、弁当を下から跳ね上げた。プラスチックの弁当箱は宙に舞い、さらに空中で二つに割れる。広場の真ん中、つむじ風の中から現れた影は、全身を蛇革の鎧で包んだ小柄なネコ耳娘だった。
「にゃ~ん」
ネコ耳娘は右手に長いムチを持ち、牙の見える口で舌なめずりをしている。
「三槍竜を殺した英雄にお目通り願いたいにゃ~ん」
その前に剣を抜いて立ちはだかったのはシャミル。
「一平太様、お逃げください。ここは私が時間を稼ぎます」
「そ~んなできもしないことを言っちゃダメにゃ~ん」
ネコ耳娘の右手のムチが消えたかと思うと、シャミルの剣を弾き飛ばす。
その隙に一平太はバックホーに走っていた。手近にあるミニバックホーでは話にならない、この相手には弁天松スペシャル二号機が必要だと頭の中でシャラレドが言うのだ。何とかたどり着いて乗り込んだ運転室のキャノピーを、無数のムチの雨あられが襲う。しかしいまはさすがにシャラレドの加護がある、傷一つつかなかった。
このネコ耳娘が敵なのは間違いないのだろう。だがそれでも、人間の姿をしている者をバックホーで殴る気にはなれない。とにかく攻撃が通じないことをわからせて、あと少し脅して退散してくれれば有り難いのだが。
一平太は高速でネコ耳娘の周囲を駆け回り、相手の間近にバケットを叩き付けた。普通の人間ならこれで恐怖を感じるはずだ。だが敵は不敵な笑顔を崩すことなく、バケットが落ちても身をかわすことすらしない。当てるつもりがないことを見抜いているのだ。それどころかムチを振るい、バックホーのブームに巻き付けた。
次の瞬間、バチッ! 運転席に火花が走り、一平太の全身を電流が走り抜けた。
「は~い、次はもうちょっと本気で行くにゃ~ん」
停止したバックホーに、再度電撃が加えられる。一平太は叫び声も上げられない。
シャラレドの加護は道具の無限強化である。電撃を受けてもバックホーは壊れない。それだけ。つまり電撃を防ぐことはできず、運転する一平太にダメージが通りまくるのだ。
何もしなければ一平太は感電死するしかない。この期に及んで人間の姿だから攻撃できないなどとお気楽なことは言っていられなかった。
一平太はネコ耳娘の頭の真上にバケットを振り下ろす。だがそれが届く前に相手は宙に身を躍らせていた。しかしこれは一平太の想定内、即座にブームを傾けながらボディを回転させ、アームの先端を敵にぶつけようとした。が、ネコ耳娘はクルリと身を回し、これを軽くかわした。
けれどそんなネコ耳娘でも、直後に襲い来た白い光の刃を想定しておくのは無理だったようだ。蛇革の鎧がなければ彼女は袈裟懸けに真っ二つにされていただろう。
「ふぎゃあっ!」
地面に叩き付けられたネコ耳娘は、女の声を聞いた。
「いまだ一平太!」
バックホー弁天松スペシャル二号機は高くバケットを持ち上げ、ネコ耳娘に向かって振り下ろした。立ち上がった土煙の消えたとき、そこにはもう誰の姿もなかった。ただえぐれた地面があるだけ。
バックホーに近づいてきた白い影は、聖剣ソロンシードを手にしたレオミス。
「一平太、無事か」
「病み上がりにはキッツいけど、レオミスのおかげで何とか助かったわ」
無理して作った笑みが引きつっているのは自分でもわかる。それでも弱気なところは見せたくない一平太だった。
レオミスは問う。
「いまの敵、何者だったかわかるか」
一平太は答える。
「いや、全然。まあ状況から考えて魔竜の関係者なんやろうとは思うけど」
「サンリーハムが元の世界にいたとき、魔竜を送り込んでくる敵はこちらに一切姿を見せなかった。どうしていま姿を見せたのか」
腕を組むレオミスに、一平太はバックホーから降りながら言った。
「何かあったんやろなあ。こっちにとったら嫌な何かが」
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