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21.スクリーンショット

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 春男たちが河地善春らしき男と暮らした家の一階、五味はしゃがみ込み、目を固く閉じた盲目の少女にたずねる。

「ロープはどこにあったと思う」
「たぶん、私のタンスの中」

「何故わかった」
「音がしたの。たぶん夜中、服よりも重そうな物をタンスに入れる音」

 冬絵の言葉に五味の視線は鋭くなった。

「事件の何日前か覚えてるか」
「四日か五日前」

「それは警察に話したか」
「私には何もかれなかったから」

 立ち上がり築根に視線を向ければ、築根もうなずきこう言う。

「河地善春の自殺は発作的でも偶発的でもなく、計画的に実行されたという事か」
「だが何故だ。何で計画的な自殺なんて面倒な事をしなきゃならない」

 五味の疑問は至極もっともである。築根も首をかしげる。

「春男くんの話によれば、河地善春は仕事をしていなかった。滅多に外出もしない。自殺するタイミングはいくらでもあったろう。だが実際には、自殺は計画的に行われた。『いつでも』ではなく『このとき』でなければならなかった訳だ」

 原樹が春男にたずねる。

「その日って何かあったのか。記念日とか祭とか」
「防災訓練がありましたけど、他には特に」

「なるほど防災訓練で、あそこの家が来てないぞ、何かあったんじゃないかって事になって、なってから……んー?」

 原樹は固まってしまった。それを無視して五味も春男にたずねる。

「死体を見つけたのはオマエだったな」
「はい、ボクです」

「死体は間違いなく晋平さんだったか」
「えっ」

 驚く春男に美冬が目を丸くし、築根は眉を寄せる。親方と笹桑はその後ろからのぞき込んだ。

 春男はうなずいたが、そこに自信は見えない。美冬は春男と五味を見比べている。

「どういう事ですか。死体が兄さんじゃない可能性があると?」
「可能性だけなら腐るほどある」

 五味は苦笑交じりに言う。

「首を吊った人間てのは、当たり前だが普段と同じ表情はしてない。こんな顔は見た事ないってレベルで変わる。死体を見慣れてる人間ならまだしも、こんな子供がビックリたまげた目ん玉で見て、間違いなく本人だなんて言い切れる方がおかしいんだ」

「でも服は晋平さんのでした。頭も坊主だったし。だから」

 納得行かない顔でそう言う春男に、築根が優しげに微笑みたずねる。

「警察は指紋を採ったのかな」

 春男はうなずき、築根は続けた。

「この部屋の指紋も採取したはずだし、それが一致したんだと思うけど」

 春男は、またうなずく。

「警察の人も、そう言ってました。本人で間違いないって」

 築根は言う。

「普通ならこれで十中八九、本人確認ができる。偽名を使って暮らしていたにせよ、少なくともこの家の住人である事は、ほぼ間違いない」
「普通なら、な」

 そうつぶやきながら五味は、机の上のノートPCに何気なく目をやった。光学ドライブから出てきたCDのバンド名がパスワードだったりしてな、とか思いながら。

「PINコードならわかりますよ」

 そう言ったのは春男。目を丸くしている五味に、続けてこう言う。

「晋平さんが教えてくれました。1008です。使わなきゃいけない事があるかも知れないからって」

 美冬は思わず口を押さえる。その横を通って原樹が近付いてきた。両手にはめた白手袋をワキワキしながら。

「よーし、パソコンなら任せろ。こう見えて、パソコンには詳しいんだ」

 嬉々としてノートPCを開く原樹を横目で見ながら、五味は美冬にたずねた。

「1008ってのは」
「十月八日、父の命日です」

「なるほどね」

 そしてまた春男に目を向ける。

「晋平さんは家で手袋をしてたか」

 驚く春男の顔が告げている。何故わかるのか、と。

「はい。画集を開くときには白い手袋をしてました。手の脂がつくと変色するからって」

 五味は大きなため息をついた。理屈はわかった。違和感の正体も理解した。別段たいしたトリックじゃない。だが、わからない。「これ」はいったい誰なんだ?

「おぉ? 何だこりゃ」

 奇妙な声を上げた原樹を見ると、ノートPCの画面に向かって首をひねっている。横手から五味と築根がのぞき込めば、そこに映っているのはSNSの個人ページ。プロフィールには県内在住の五十代主婦とある。

「おまえ何見てるんだ、こんなときに」

 呆れ返る築根に、原樹は釈明した。

「いえいえ違いますって警部補、これスクリーンショットですから!」
「スクリーンショットだぁ?」

 いぶかる五味に原樹はフォルダを見せた。小さな画像のサムネイルが沢山並んでいる。

「ほらほら、スクリーンショットだろ。いまみたいなのが何枚も、いや何十枚か、とにかく山ほどあるんだよ」
「SNSばっかりか」

「そう、SNSばっかり。たぶん全部同一人物のページだ」

 築根も画面に顔を近付ける。

「本名は書いてないみたいだな」
「ええ、ハンドル使ってますね」

「よし、このページにアクセスして調べられる限り調べろ」
「了解しました!」

 張り切ってマウスを走らせる原樹の背を見つめながら、築根は五味に問う。

「これが何か関係あると思うか」

 五味は答える代わりに春男に問う。

「警察はPCの中身も見たのか」
「見ました」

 そして築根に顔を向けた。

「気付かなかった訳はねえよな」
「気付いてはいただろう。だが、SNSのスクリーンショットがあるから自殺に疑問を持つなんて発想、普通はないぞ」

「まあ、そりゃそうか」

 砂鳥宗吾。霊感ヤマカン第六感。河地善春。坊主頭の首吊り死体。主婦のSNS。全部が意味不明ではないが、つながる糸があるとしても、さほど多くも太くもないだろう。

「はいはーい。私、思いついたんすけど」

 不意に手を挙げた笹桑に五味は眉をひそめたものの、とりあえずといった感じでうなずいた。

「一応聞いてやる。言ってみろ」

 笹桑は自信満々、鼻高々で説明を始めた。

「いいっすか、実は、この家には四人目の人物が住んでいたんすよ!」
「表に出て家の外寸測ってこい。その後で内側の寸法も測れ。話はそれからだ」

「えーっ、まるで全否定されてるみたいじゃないっすか」
「みたいじゃなくて全否定だ馬鹿野郎」

 疲れたように大きな息を吐く五味。と、そのとき苦笑していた築根のスマートフォンが振動した。画面に表示されるのは県警捜査一課長の古暮の名前。慌てて耳に当てる。

「はい、築根です。何か……は? はあ、はい……えっ! はい、了解しました。ありがとうございます」

 緊張の面持ちで通話を終えた築根に五味が声をかける。

「何だ。職場から呼び出しでもかかったか」

 しかし難しい顔をした築根の口から出た言葉に、五味も、その場に居た誰もが声を失った。

「山猪寛二の死体が見つかった」
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