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21 墓所の激闘
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「まったく意味がないではないか」
マーニーはダッシュボードの中央に鎮座ましますカーナビのモニターを見つめていた。何も映っていない暗いモニターを。
「普通はこれを使えば道に迷わないものだろう」
「うるせえなあ。ちょっと道を間違ったくらいでギャースカギャースカ」
勇作はムッとしている。さっきまでカーナビは稼働していたものの、それでも道を間違った挙げ句、キンコンキンコンうるさいからと言ってスイッチを切ってしまったのだ。
「だいたいの場所は頭に入ってる。何とかなるから心配すんな」
この返答にマーニーは苦笑を返すしかない。
「人生哲学としてなら立派な言葉だが、ただの言い訳だからな」
「それより、相手は追っかけてきてないのかよ。いきなり撃たれるのは勘弁だぞ」
「まだ近くにはおらんよ。まあいずれ追いついてくるだろうが、できればその前に散場大黒奉賛会に到着したいところだ。多少なりとも睡眠は取った方がいい」
勇作は小さく舌打ちしながら赤信号で停まった。
「向こうは眠らなくてもいいんだろうな」
いまいましげな勇作の言葉を、マーニーは鼻先で笑った。
「そりゃそうだ、鉄砲だからな。眠くもならないし、疲れもしない、腹も減らない。そういう意味でこちらは常に不利であり続ける」
「何か弱点とかないのかよ、ニンニクとか十字架とか」
「さあて、撃つ弾がなくなれば何もできなくなるだろうが、それはこちらも同じかも知れん」
信号が青に変わり、車道は再び流れ出す。運転する勇作はまっすぐ前を見つめている。
「そもそも相手の正体は何なんだ。何でおまえをこうも狙う」
「おまえ言うな。正体まではわからん。腹を割って話し合ったこともないのだから仕方ない」
そしてマーニーは赤いキャップを取って、勇作の顔をのぞき込んだ。イタズラっぽく笑いながら。
「面倒臭くなったか」
「面倒臭いのは最初からだ馬鹿野郎」
「野郎ではないぞ、女の子だ。面倒臭いのなら置いて逃げてもいいのに、何故そうしない」
「何もしないで逃げるのは嫌いだ」
「でも外国人も嫌いなのだろう」
「ああ、大嫌いだね。ブチ殺してやりたいって思ったことも一回や二回じゃねえ、大人はな。……それでも」
勇作の声が、少し絞られた。マーニーはやれやれといった顔でため息をつく。
「それでも?」
「それでも、子供が殺されていいなんて思えねえんだよ」
「ややこしい正義感だな。それとも善人に見られたいのか」
「どっちでもねえ。ただ、幸がな」
「彼女がどうした」
「俺の子供を流産してる」
対向車線をハイビームのまま走っていく車がいたが、勇作は眩しそうな顔すらせず、ただまっすぐ前方を見つめていた。目をそらしてはならないと決めているかのように。
「アイツ自分のせいだって泣いてな。違うって言っても聞きやしねえ」
「それで別れたのか」
「俺に会うたびに思い出して悲しい顔されるんだ、さすがにどうしようもない」
「だから子供は大切、か」
「大切っつーかよ、子供ができるってのはマグレみたいなもんだし、凄えラッキーだろう。だから俺と別れた後、幸が結婚して子供産んだって聞いたとき、嬉しかったんだ。ああ、アイツが子供産んだら俺までこんなに嬉しくなるんだってビックリしたんだよ。子供ってのは、そういうもんだ。俺にとっては」
「しかし自分の命を賭けてまで他人の子供を守らんでもよかろう」
「いいんだよ。いまおまえを放り出したら、死んだ母ちゃんにどやされる」
それを聞くと、マーニーはロサンゼルス・エンゼルスのキャップを深くかぶり直し、小さく口元で笑った。
「おまえ言うな」
そう言いながらシートに深く身を預ける。が、突然その目を見開いた。
「あ」
「どうした」
「マズい、物凄い速さでこっちに来る」
「おい、ここでかよ!」
「どこか人のいない場所で待ち伏せろ。でないと、とんでもない被害が出るぞ」
「んな都合のいい場所が」
そのとき、道路脇の看板が勇作の目に入る。
「あったかも知れん!」
軽のハイトワゴンは慌てて車線変更をし、高架下の側道へと向かった。
看板には何と名称が書いてあったっけ。勇作はほんの五分も経っていないことを忘れている自分に呆れた。まあ名前はどうでもいい。とにかくナントカ霊園とあった。要は墓場だ。時刻は午後八時過ぎ、こんな中途半端な時間に墓場に来る者など、肝試し目的の高校生ですらいないだろう。いないでいてくれよ、勇作はそう願いながら空っぽの有料駐車場――一時間五百円だ――に車を止め、グロック17と弾の詰まったマガジンを二本、そして猟銃を持って、マーニーと墓場に入って行く。
夜に墓参りする層をあまり考慮していないのだろう、通路を照らす灯りは少なく、走るのは少し危なっかしい。とにかく奥へ奥へと二人が進んでいるそのとき、駐車場の方からエンジン音が響いた。明らかに聞こえよがしに空ぶかしをしている。死刑宣告でもしているつもりなのかも知れない。
ちょうどいい墓、という言い方はおかしいが、縦横の幅が広く身を隠すのに好都合な墓があった。その後ろに回り、グロックの薬室に弾丸を込める。ここなら敵を迎え撃てるか。まあ、相手が真正面から来てくれれば、だが。そんな緊張感ではち切れそうになっている勇作の背後から、やけにのんびりとした声が。
「なあなあ、これ船だぞ」
「あぁ?」
勇作が振り返れば、マーニーが楽しげに上を指差している。見上げると確かに船があった。墓石が船の形をしているのだ。漁業か海運業の関係者の墓かも知れない。
「ここにあるのは全部墓なのだろう? これだけの数の人間が死に、その何倍もの数の人間が石を見て故人に思いを馳せている訳だ。何とも面白い風習よな」
実際には家族の墓や先祖代々の墓もあるので、墓の数より死者は多いのだが、まあ確かにマーニーの言う通り、最低でもこの墓の数だけ人間は死んでいる。しかし墓を建てるのがそんなに面白い風習だろうか。勇作は闇の向こうを気にしながら言う。
「墓が面白い訳あるか。どんな宗教だって墓はあるだろ」
「いいや、墓のない宗教だって世の中にはあるのだ。そちらから見れば墓など無意味な石の塊に過ぎない」
「この国じゃ意味があるんだよ。おまえ、墓場が怖くないのか」
「おまえ言うな。墓場のどこに怖い要素がある。この国ではせいぜい人の骨が埋まっているくらいだろう。命を失った肉体は『物』だ。それを焼いた残りなど、物以外の何物でもない。物を怖れるのは闇を怖れるのと同じ、未開の妄想に囚われた古い脳だよ」
「物物うるせえよ。俺は未開人で結構だ。この闇が怖くて仕方ねえ」
「そうか。ならお主が死んだときには墓に入れるよう尽力してやろう」
「縁起でもねえこと言うな」
そのとき墓石の端が砕け、ほぼ同時に銃声が轟く。勇作は身を小さくかがめ、飛び出す機会をうかがった。
「こっちが見えてやがるな」
そう言った瞬間、火花が散り、頭上の船型の墓石に何かがめり込む硬い音。
「心配はするな」
マーニーが後方の闇に両手を向けている。
「後ろから飛んで来る弾は防いでやる。前から来る弾にだけ当たらなければいい」
「そいつはありがたいねえ、何ともかんとも!」
勇作は墓の陰から身を乗り出し、闇に向かってグロックの引き金を引いた。三発。しかしどれも墓石を削っただけとしか思えない。それでも相手が通路沿いにまっすぐ来てくれるのなら当たる可能性もあるものの、墓の間をすり抜けられたりしたら。
そこまで考えたのだが、まったくの杞憂だったようだ。いかに相手のトカレフが化け物じみた拳銃であっても、サプレッサーもなしに銃口から放たれる発火炎を消すことはできない。弾丸の射出と同時に輝く閃光は、通路の真ん中を進んだ闇の中から発せられた。考えてみれば当然か。向こうは肉体が傷つくことにも死ぬことにも、躊躇も恐怖も一切ないのだから。ならば。
マーニーはダッシュボードの中央に鎮座ましますカーナビのモニターを見つめていた。何も映っていない暗いモニターを。
「普通はこれを使えば道に迷わないものだろう」
「うるせえなあ。ちょっと道を間違ったくらいでギャースカギャースカ」
勇作はムッとしている。さっきまでカーナビは稼働していたものの、それでも道を間違った挙げ句、キンコンキンコンうるさいからと言ってスイッチを切ってしまったのだ。
「だいたいの場所は頭に入ってる。何とかなるから心配すんな」
この返答にマーニーは苦笑を返すしかない。
「人生哲学としてなら立派な言葉だが、ただの言い訳だからな」
「それより、相手は追っかけてきてないのかよ。いきなり撃たれるのは勘弁だぞ」
「まだ近くにはおらんよ。まあいずれ追いついてくるだろうが、できればその前に散場大黒奉賛会に到着したいところだ。多少なりとも睡眠は取った方がいい」
勇作は小さく舌打ちしながら赤信号で停まった。
「向こうは眠らなくてもいいんだろうな」
いまいましげな勇作の言葉を、マーニーは鼻先で笑った。
「そりゃそうだ、鉄砲だからな。眠くもならないし、疲れもしない、腹も減らない。そういう意味でこちらは常に不利であり続ける」
「何か弱点とかないのかよ、ニンニクとか十字架とか」
「さあて、撃つ弾がなくなれば何もできなくなるだろうが、それはこちらも同じかも知れん」
信号が青に変わり、車道は再び流れ出す。運転する勇作はまっすぐ前を見つめている。
「そもそも相手の正体は何なんだ。何でおまえをこうも狙う」
「おまえ言うな。正体まではわからん。腹を割って話し合ったこともないのだから仕方ない」
そしてマーニーは赤いキャップを取って、勇作の顔をのぞき込んだ。イタズラっぽく笑いながら。
「面倒臭くなったか」
「面倒臭いのは最初からだ馬鹿野郎」
「野郎ではないぞ、女の子だ。面倒臭いのなら置いて逃げてもいいのに、何故そうしない」
「何もしないで逃げるのは嫌いだ」
「でも外国人も嫌いなのだろう」
「ああ、大嫌いだね。ブチ殺してやりたいって思ったことも一回や二回じゃねえ、大人はな。……それでも」
勇作の声が、少し絞られた。マーニーはやれやれといった顔でため息をつく。
「それでも?」
「それでも、子供が殺されていいなんて思えねえんだよ」
「ややこしい正義感だな。それとも善人に見られたいのか」
「どっちでもねえ。ただ、幸がな」
「彼女がどうした」
「俺の子供を流産してる」
対向車線をハイビームのまま走っていく車がいたが、勇作は眩しそうな顔すらせず、ただまっすぐ前方を見つめていた。目をそらしてはならないと決めているかのように。
「アイツ自分のせいだって泣いてな。違うって言っても聞きやしねえ」
「それで別れたのか」
「俺に会うたびに思い出して悲しい顔されるんだ、さすがにどうしようもない」
「だから子供は大切、か」
「大切っつーかよ、子供ができるってのはマグレみたいなもんだし、凄えラッキーだろう。だから俺と別れた後、幸が結婚して子供産んだって聞いたとき、嬉しかったんだ。ああ、アイツが子供産んだら俺までこんなに嬉しくなるんだってビックリしたんだよ。子供ってのは、そういうもんだ。俺にとっては」
「しかし自分の命を賭けてまで他人の子供を守らんでもよかろう」
「いいんだよ。いまおまえを放り出したら、死んだ母ちゃんにどやされる」
それを聞くと、マーニーはロサンゼルス・エンゼルスのキャップを深くかぶり直し、小さく口元で笑った。
「おまえ言うな」
そう言いながらシートに深く身を預ける。が、突然その目を見開いた。
「あ」
「どうした」
「マズい、物凄い速さでこっちに来る」
「おい、ここでかよ!」
「どこか人のいない場所で待ち伏せろ。でないと、とんでもない被害が出るぞ」
「んな都合のいい場所が」
そのとき、道路脇の看板が勇作の目に入る。
「あったかも知れん!」
軽のハイトワゴンは慌てて車線変更をし、高架下の側道へと向かった。
看板には何と名称が書いてあったっけ。勇作はほんの五分も経っていないことを忘れている自分に呆れた。まあ名前はどうでもいい。とにかくナントカ霊園とあった。要は墓場だ。時刻は午後八時過ぎ、こんな中途半端な時間に墓場に来る者など、肝試し目的の高校生ですらいないだろう。いないでいてくれよ、勇作はそう願いながら空っぽの有料駐車場――一時間五百円だ――に車を止め、グロック17と弾の詰まったマガジンを二本、そして猟銃を持って、マーニーと墓場に入って行く。
夜に墓参りする層をあまり考慮していないのだろう、通路を照らす灯りは少なく、走るのは少し危なっかしい。とにかく奥へ奥へと二人が進んでいるそのとき、駐車場の方からエンジン音が響いた。明らかに聞こえよがしに空ぶかしをしている。死刑宣告でもしているつもりなのかも知れない。
ちょうどいい墓、という言い方はおかしいが、縦横の幅が広く身を隠すのに好都合な墓があった。その後ろに回り、グロックの薬室に弾丸を込める。ここなら敵を迎え撃てるか。まあ、相手が真正面から来てくれれば、だが。そんな緊張感ではち切れそうになっている勇作の背後から、やけにのんびりとした声が。
「なあなあ、これ船だぞ」
「あぁ?」
勇作が振り返れば、マーニーが楽しげに上を指差している。見上げると確かに船があった。墓石が船の形をしているのだ。漁業か海運業の関係者の墓かも知れない。
「ここにあるのは全部墓なのだろう? これだけの数の人間が死に、その何倍もの数の人間が石を見て故人に思いを馳せている訳だ。何とも面白い風習よな」
実際には家族の墓や先祖代々の墓もあるので、墓の数より死者は多いのだが、まあ確かにマーニーの言う通り、最低でもこの墓の数だけ人間は死んでいる。しかし墓を建てるのがそんなに面白い風習だろうか。勇作は闇の向こうを気にしながら言う。
「墓が面白い訳あるか。どんな宗教だって墓はあるだろ」
「いいや、墓のない宗教だって世の中にはあるのだ。そちらから見れば墓など無意味な石の塊に過ぎない」
「この国じゃ意味があるんだよ。おまえ、墓場が怖くないのか」
「おまえ言うな。墓場のどこに怖い要素がある。この国ではせいぜい人の骨が埋まっているくらいだろう。命を失った肉体は『物』だ。それを焼いた残りなど、物以外の何物でもない。物を怖れるのは闇を怖れるのと同じ、未開の妄想に囚われた古い脳だよ」
「物物うるせえよ。俺は未開人で結構だ。この闇が怖くて仕方ねえ」
「そうか。ならお主が死んだときには墓に入れるよう尽力してやろう」
「縁起でもねえこと言うな」
そのとき墓石の端が砕け、ほぼ同時に銃声が轟く。勇作は身を小さくかがめ、飛び出す機会をうかがった。
「こっちが見えてやがるな」
そう言った瞬間、火花が散り、頭上の船型の墓石に何かがめり込む硬い音。
「心配はするな」
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「後ろから飛んで来る弾は防いでやる。前から来る弾にだけ当たらなければいい」
「そいつはありがたいねえ、何ともかんとも!」
勇作は墓の陰から身を乗り出し、闇に向かってグロックの引き金を引いた。三発。しかしどれも墓石を削っただけとしか思えない。それでも相手が通路沿いにまっすぐ来てくれるのなら当たる可能性もあるものの、墓の間をすり抜けられたりしたら。
そこまで考えたのだが、まったくの杞憂だったようだ。いかに相手のトカレフが化け物じみた拳銃であっても、サプレッサーもなしに銃口から放たれる発火炎を消すことはできない。弾丸の射出と同時に輝く閃光は、通路の真ん中を進んだ闇の中から発せられた。考えてみれば当然か。向こうは肉体が傷つくことにも死ぬことにも、躊躇も恐怖も一切ないのだから。ならば。
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