約束というほどではなくても

柚緒駆

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第44話 十文字香の手記 その二十一

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 不信感を満面に浮かべながらも幾津刑事は多ノ蔵理事長に連絡を取り、五味民雄の言葉をそのまま伝えた。やがて携帯電話を切ったその顔は、困惑し当惑していた。

「理事長はすぐに来るらしい。待っていてくれということだったが」

「じゃあ待ちましょう。慌てたって仕方ない」

「五味くん、何をたくらんでるんだ。説明してくれないか」

 だが五味は小さく鼻先で笑った。

「いまここで説明したところで、誰も信用しませんよ。時間の無駄だ」

「いや、だけどな」

 緊張感を顔に浮かべて食い下がる幾津刑事の背後、廊下の向こうから間延びした声が聞こえて来た。

「あれー? 何でみんな集まってるのん。ボクも混ぜてよ」

 歩いて来たのは阿四田婦警を伴ったカウンセラーの入地。幾津刑事はやや腹立たしげな様子であったが、五味民雄は構わず声をかけた。

「じゃあ入地さんも来ますか。夏風の見舞いに行くんですけど」

 すると入地は、はたと立ち止まり、「へえー」と声を漏らした。

「……ま、それやったらボクもついて行こかな」

 これに不満を表したのが阿四田婦警。

「また入地さん、そんなこと勝手に決めて。私にも立場というものが」

「ハイハイ、わかってますって。すぐ帰ってきますから。もうピューッと行ってピューッと戻って来るんで大丈夫、大丈夫」

 いかにも軽佻浮薄けいちょうふはくな入地の言葉だったが、どこか死出の言葉のように感じられたのは何故なのか、このときの私には思い至らなかった。



 三十分ほど待つと、理事長のピンクのリムジンが正門前に到着、理事長補佐の二品が観音開きの後部ドアを開けて私と五味民雄を招いた。乗り込もうとして、初めて気付いた。高い塀の陰に隠れて校舎の中からは見えなかったのだが、学園の外には結構な数のマスコミが集まっていたことに。

 リムジンに乗り込めば、後部座席は向かい合わせの四人乗りスペース。進行方向に顔を向けた奥の席には笑顔の理事長がいた。私はドギマギしてしまい、進行方向に背を向けた席の手前側に腰を下ろした。しかし五味民雄は平然と理事長の隣、私の向かい側に座り、リムジンのドアは閉じられた。

 幾津刑事と入地は覆面パトカーで後からついてくるらしい。二品が助手席に乗り込むと、リムジンはエンジンの振動すら感じさせないほど静かに、そっと発進した。

 後部座席にピンと張り詰めたような静けさがあると感じたのは、私が緊張していたからだけだろうか。その静寂を破ったのは理事長の声。

「何か興味深いことが行われるとのお話を聞きました。面白い趣向でもあるのでしょうか、五味くん」

 名前を覚えてるんだ、私は漠然とそんなことを考えていた。五味民雄の保護者と理事長には個人的な交友があるとの噂が本当なら、当たり前の話なのかも知れないが。

「面白かぁねえよ」

 五味民雄は窓から外を眺めながら、つぶやくように答えた。

「でもアンタにとって興味深い話だろうし、世話になってるのも事実なんでね、知らん顔するのもアレだから声だけかけさせてもらった訳だ」

「感謝されるほどのお世話をした覚えはありませんが、気にかけてもらえたことは嬉しく思います」

 だがこれに五味民雄は何も答えず、またリムジンの後部座席は沈黙に包まれる。ああ、早く子田病院に着かないかなあ。私はいたたまれない気持ちだった。
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