約束というほどではなくても

柚緒駆

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第30話 十文字香の手記 その十四

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 土日の部活は禁止されてこそいないものの、学園側からは休みが推奨されていた。制服に着替えて校舎の廊下を歩いてみても、しんと静まり返って人の気配がない。新聞部の部室も施錠されたままだった。おそらく化学教室辺りにまで行けば警察官がウロウロはしていたのだろうが、さすがに目立つことをして、また校長室に呼び出されるのはかなわない。私の足は自然と第四校舎の推理研究会へと向かった。

 もしも推理研究会も閉まっていたらどうしよう。そのときは素直にあきらめて寮に戻り、明日の予習でもすればいい。夏風走一郎だって五味民雄だって受験生、特に夏風は難関進学コースである。のほほんと部室に居られる訳もあるまい。

 などと考えながら推理研究会の部室の前に立ったとき、突然中から「ぐあぁっ!」と苦悶の声が。背中に冷たいモノが走る。まさか、ここで事件? 私は慌てて引き戸を開け、部室の中に飛び込んだ。

「夏風くん!」

 部屋の中では床にあぐらをかく夏風走一郎。その前には頭を抱えて倒れ込む五味民雄がいた。

「やあ、十文字さん。どうしたの」

 笑顔で問いかける夏風走一郎に、私はどんな顔を返したのだったか。

「いや、どうって、その、五味くんが」

 すると五味民雄が寝転んだまま振り返った。

「俺が何だよ」

「ええっ、何よ、あんたたち何してる訳」

 動揺する私を見て察したのか、夏風走一郎は小さく吹き出した。

「何って、僕がスピードで六連勝しただけだよ」

「スピード?」

 よくよく見れば、二人の間にはトランプが山を作っている。五味民雄が体を起こし、ため息をついた。

「こいつスピード、クソ強くてよ。反射神経じゃ負けないつもりだったのに」

 意味がわからない。何でわざわざ日曜日に部室でスピードなんかやっているのか。そんな気持ちが顔に出ていたのだろう、夏風走一郎が解説してくれた。

「気分転換にどうだって五味くんがね。殺人事件のことばっかり考えてたんじゃ気が滅入るだろうってことで。まあ別に僕は事件に取りかれてる訳でもないんだけど、親切は有り難く受け取った方がいいかな、と思ってさ」

「部室で待ち合わせて?」

「待ち合わせてはいないよ。僕が日曜日に部室にいるのは習慣だから。五味くんがどこでそれをぎつけて来たのかは知らないけど」

 私が視線を移すと、体を起こした五味民雄は鼻先でフンと笑った。

「おまえが日曜日に何してるか、考えてみたら誰にでも想像がつくだろ。想定の範囲内だったってだけだ」

 果たしてそうだろうか。そんなことがわかるものなのか普通。

「それでトランプを持ってきた訳」

「UNOも花札もあるがな」

「いやいや、そういうことじゃなくて。て言うかカードゲームばっかりね」

 それを聞いた五味民雄は不満げに立ち上がり、部室の隅に置いてあった美術部員がキャンバスを入れて運びそうな大きなバッグの中から何かを取り出した。

「人生ゲームとモノポリーもあるぞ」

「どうやって持ち込んだのよ、そんなもん!」

 本当にどこからどうやって学園内に持ち込んだのだ、こんな大きな物を。五味民雄の行動力に良くも悪くも唖然としていると、夏風走一郎が私にこう言った。

「十文字さんも参加しなよ。さすがにスピードばかりじゃ飽きてしまうからね」

「え、私も?」

 五味民雄も言う。

「何やるかおまえが選べ」

「選べって言われても」

「ただの気分転換だ。難しく考えるな」

 ただの気分転換でも、教師に見つかったら校則違反で吊し上げられる。また校長室に呼び出されることになるかも知れないというのに、それを覚悟してまで遊べというのか。そこまでしてこの三人で遊びたいのか。私は、どうなんだろう。私は。

「……じゃあ人生ゲーム」

 私の選択にほんの少し意外そうな顔を見せると、五味民雄は人生ゲームの箱を手に持ち、あぐらをかく夏風走一郎の前にまで運んだ。

 そこで私は一番大事なことを口にした。

「銀行家は五味くんね」

「はぁ? それはルーレットかジャンケンで決めるもんだろ」

 しかし夏風走一郎が私の味方についた。

「いや、僕も銀行家は五味くんでいいと思う」

「はーい、多数決でーす」

 五味民雄はしばらく不満げな顔をしていたが、小さく舌打ちすると、片膝かたひざを立てて座り込んだ。

「ったく、しゃあねえな」

 そして箱を開けてゲーム盤を取り出した。それから結局、何時間くらい遊んだのだろう。気付けば陽が傾いていた。自分がまだあんなに無邪気に、夢中になって遊べるだなんて、それまで思ってもみなかった。
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