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第27話 五味民雄の述懐 十一コマ目
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この時点ではまだ確証があった訳じゃない。だがモルヒネの一言から第一校舎の閉鎖された中庭を引っ張り出した夏風走一郎の発想には、有無を言わせぬ説得力があったんだ。そしてもしそれが事実なら、連続殺人の真犯人は……多ノ蔵理事長ってことになる。
いや、もちろん理事長のあの細腕で男二人を殺したとは思えない。実行したのは別人だろうが、裏で糸を引いているのは理事長で間違いないはずだ。
ただ引っかかるのは、やっぱりNEだよな。奈良池と絵棚の死体近くに書かれたNとE。もし連続殺人の黒幕が多ノ蔵理事長だったとして、この二文字にどんな意味を持たせたんだ。いったい誰に読ませたかったのか。警察に? それともまだ想定の外側にいる第三者にか? 二人をただ殺すだけでは何かが足りなかったのかも知れないが、その何かとは何だ。
生徒ではなく教師を殺さなきゃならなかった理由もわからない。夏風走一郎の推理が正しければ、犯人はあえて教師を二人選んで殺してる。どうして生徒ではダメだったのか。仮に犯人が俺のような落ちこぼれ生徒だったとしよう。犯人は学園に恨みを持っている、教師を憎んでいる、だから教師を選んで殺した。これならまあ何とか話の筋は通る。
しかし実際に容疑者として浮かんでいるのは多ノ蔵理事長だ。学園に憎しみを抱いているとは考えにくい。教師に殺意を覚えていて、以前から犯行の機会をうかがっていた、という想定もなかなか無理があるだろう。理事長は学園の卒業生でも何でもないしな。
奈良池と絵棚は中庭のケシのことを知っていた。だから口封じに殺した。これも一見ありそうに思える。だが二人を殺したことで警察が学園に乗り込んできた。もしここから中庭が捜索されるようなことになれば、本末転倒だろう。口封じをした意味がなくなってしまう。
たとえば奈良池と絵棚に個人的に酷いことをされたとしたら? ならまず二人をクビにする方が先じゃないか。学園の中で殺すことに象徴的な意味合いがあった可能性もあるが、じゃあ実際それは何を象徴している。
まったく逆にすべて何の意味もないことはあり得るだろうか。この世には理由なき殺人もあるにはあるが、今回の一連の事件にそれが当てはまるのか。いや、さすがにそれはどうだろう。
わからん。この時点の俺にはまったくわからなかった。マジに頭が痛かったよ。十文字と並んで寮に戻る道すがら、廊下の窓ガラスを叩き割ってやりたくなったくらいには。誰かの歌でもあるまいし、そこまで子供じみた発散方法はやめておいたけどな。
まったく、あの夏風走一郎の頭の中はどうなってやがるんだ。どうしても追いつけない。いや、別に追いつきたい訳でもなかったんだが、俺だって餌をねだる魚にはなりたくない。名推理をご開帳されて、うやうやしく押し頂くばかりってのは性に合わねえんだ。マトモな会話にならないのが腹立たしかったんだな。
私立探偵になんぞなるつもりは毛頭なかったんだが、夏風走一郎の言葉を説明なしに理解できる程度の推理力は欲しかった。そのために、俺にできることは何だ。何だと思う。簡単なことさ。考えればいい。夏風が俺の三倍頭がいいなら、俺は三倍時間をかけて考えればいい。て言うか、それしかないんだよ。悔しいかな。
十文字茜も剛泉部長も沈黙していた。圧倒されていたと言った方が正確なのかも知れない。茜も部長も事前にこの手記を読んでいる。だがそれでも、改めてこの部分を読むと夏風走一郎の推理力と発想力に驚嘆せざるを得ないのだ。
五味がふっと笑った。
「ま、いわゆる天才の所業ってやつだ」
十文字茜が当惑した顔を向ける。
「五味さん、さっき天才かどうかわからないって」
「それは俺がアイツを実際に知ってるからだよ。こんな書き物を通して、言ったこと、やった事実だけを目にした人間からすれば、常人だとは思えない、天才だとしか思えないのは当たり前だ。それだけのことはやってやがるからな」
剛泉部長は深いため息をついた。
「事実上もうこの時点で、多ノ蔵理事長の犯罪を指摘している訳ですからね、凄い。凄まじい推理力だ。あまりに凄すぎて呆れ返るレベルです」
五味は笑ってうなずく。
「まあな。仮に誰かが台本書いたんだとしても、ここまで上手くは演じられなかったろうさ。オカルト嫌いな俺がこんな言い方するのもアレだが、夏風の推理はマジで神懸かってたよ。尋常じゃなかった」
そう語る五味の眼差しには、複雑な思いがよぎっている。十文字茜の目にはそんな風に見えた。
いや、もちろん理事長のあの細腕で男二人を殺したとは思えない。実行したのは別人だろうが、裏で糸を引いているのは理事長で間違いないはずだ。
ただ引っかかるのは、やっぱりNEだよな。奈良池と絵棚の死体近くに書かれたNとE。もし連続殺人の黒幕が多ノ蔵理事長だったとして、この二文字にどんな意味を持たせたんだ。いったい誰に読ませたかったのか。警察に? それともまだ想定の外側にいる第三者にか? 二人をただ殺すだけでは何かが足りなかったのかも知れないが、その何かとは何だ。
生徒ではなく教師を殺さなきゃならなかった理由もわからない。夏風走一郎の推理が正しければ、犯人はあえて教師を二人選んで殺してる。どうして生徒ではダメだったのか。仮に犯人が俺のような落ちこぼれ生徒だったとしよう。犯人は学園に恨みを持っている、教師を憎んでいる、だから教師を選んで殺した。これならまあ何とか話の筋は通る。
しかし実際に容疑者として浮かんでいるのは多ノ蔵理事長だ。学園に憎しみを抱いているとは考えにくい。教師に殺意を覚えていて、以前から犯行の機会をうかがっていた、という想定もなかなか無理があるだろう。理事長は学園の卒業生でも何でもないしな。
奈良池と絵棚は中庭のケシのことを知っていた。だから口封じに殺した。これも一見ありそうに思える。だが二人を殺したことで警察が学園に乗り込んできた。もしここから中庭が捜索されるようなことになれば、本末転倒だろう。口封じをした意味がなくなってしまう。
たとえば奈良池と絵棚に個人的に酷いことをされたとしたら? ならまず二人をクビにする方が先じゃないか。学園の中で殺すことに象徴的な意味合いがあった可能性もあるが、じゃあ実際それは何を象徴している。
まったく逆にすべて何の意味もないことはあり得るだろうか。この世には理由なき殺人もあるにはあるが、今回の一連の事件にそれが当てはまるのか。いや、さすがにそれはどうだろう。
わからん。この時点の俺にはまったくわからなかった。マジに頭が痛かったよ。十文字と並んで寮に戻る道すがら、廊下の窓ガラスを叩き割ってやりたくなったくらいには。誰かの歌でもあるまいし、そこまで子供じみた発散方法はやめておいたけどな。
まったく、あの夏風走一郎の頭の中はどうなってやがるんだ。どうしても追いつけない。いや、別に追いつきたい訳でもなかったんだが、俺だって餌をねだる魚にはなりたくない。名推理をご開帳されて、うやうやしく押し頂くばかりってのは性に合わねえんだ。マトモな会話にならないのが腹立たしかったんだな。
私立探偵になんぞなるつもりは毛頭なかったんだが、夏風走一郎の言葉を説明なしに理解できる程度の推理力は欲しかった。そのために、俺にできることは何だ。何だと思う。簡単なことさ。考えればいい。夏風が俺の三倍頭がいいなら、俺は三倍時間をかけて考えればいい。て言うか、それしかないんだよ。悔しいかな。
十文字茜も剛泉部長も沈黙していた。圧倒されていたと言った方が正確なのかも知れない。茜も部長も事前にこの手記を読んでいる。だがそれでも、改めてこの部分を読むと夏風走一郎の推理力と発想力に驚嘆せざるを得ないのだ。
五味がふっと笑った。
「ま、いわゆる天才の所業ってやつだ」
十文字茜が当惑した顔を向ける。
「五味さん、さっき天才かどうかわからないって」
「それは俺がアイツを実際に知ってるからだよ。こんな書き物を通して、言ったこと、やった事実だけを目にした人間からすれば、常人だとは思えない、天才だとしか思えないのは当たり前だ。それだけのことはやってやがるからな」
剛泉部長は深いため息をついた。
「事実上もうこの時点で、多ノ蔵理事長の犯罪を指摘している訳ですからね、凄い。凄まじい推理力だ。あまりに凄すぎて呆れ返るレベルです」
五味は笑ってうなずく。
「まあな。仮に誰かが台本書いたんだとしても、ここまで上手くは演じられなかったろうさ。オカルト嫌いな俺がこんな言い方するのもアレだが、夏風の推理はマジで神懸かってたよ。尋常じゃなかった」
そう語る五味の眼差しには、複雑な思いがよぎっている。十文字茜の目にはそんな風に見えた。
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